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朝目が覚めると、見慣れないベッドの上、
見慣れない部屋、いつもと違う空気。
隣には、エミリオがすやすやと気持ちよさそうに寝息をたてている。
私、昨日……。
自分の行いを振り返って赤面する。
「リナ」
「エミリオ、おはよう」
私達はお互いに顔を合わせると、照れてしまった。
戸惑う私にエミリオは「ちょっと待って」と声をかけて、素早く起き上がり、奥の部屋に向かった。しばらくして戻ってきた彼の手には袋が握られている。
「これを」
エミリオは私の手に袋を持たせる。
乗せられた袋は、ずしりとした重みがあった。
「これは?」
「リナが寝ている時に違約金のことについて調べたんだ。多分、足りるはず。
ほとんど、というか、ほぼ全財産かも。はは。
結婚資金として貯めてた分もあるから。
しばらくは贅沢な生活もできないと思うけど、こんな俺でもリナは付いてきてくれるかな?」
「エミリオ! こんな大金受け取れない!」
私はエミリオに袋を返そうとする。
「俺の為に、お願い」
もう一度、エミリオは私の手に袋を握らせる。
これは、エミリオの今までの努力の結晶。
苦労して頑張って貯めたことが痛いほどに分かる。
それを私なんかのために?
「エミリオ…少しづつ頑張って返せるように、私も働くから!
私、一刻も早くあそこを出たい……だから、このお金を貸してください。必ず、返すと約束する。だから、私、今日、辞めてくる」
エミリオに深々と頭を下げて懇願した。
「ちょっと、リナ、顔を上げて。大丈夫だから」
頬にそっと触れられたエミリオの手の感触が嬉しい。私に勇気を与えてくれる。
居ても立っても居られなかった。
私は急いで自宅へと戻ると契約書を探した。
「あった!」
退職する時の項目を探す。
退職する時、
最低でも2週間前、出来れば1ヶ月前が望ましい
あぁ、2週間も!
絶望感に苛まれる。2週間なんて耐えられない。
再度、注意深く確認してみる。
ふと例外の項目に目が止まった。
但し、身体的、精神的に就労困難と判断とされた場合にはその限りではない
これだわ!
精神的苦痛の為に、今日限りで退職をお願いしよう。
いくら何を考えているか分からないサラお嬢様でも、契約書には違を唱えないはず。
私はエミリオから借りた袋を持って、決意を固めて商会へと向かった。
普段よりも早く来たため、まだ従業員の方はいない。でもサラお嬢様はもう来られているはず。
サラお嬢様がいると思われる部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
「おはようございます。サラお嬢様。」
サラお嬢様は私の顔を見ると驚いていた。
「リナ、いつもより早いわね。」
「朝早くに失礼します。サラお嬢様、あのっ、突然で申し訳ないのですが、今日限りで退職させてください!」
一息で言い切ると、深く頭を下げる。
突然の申し出に、サラお嬢様は明らかに動揺されていた。
「待ってリナ、まずは座って話しましょう」
私達はソファーへと座って話すことにした。こんな風に向かい合わせで座るのは何度目だろうか。いい思い出はひとつもないけれど。
サラお嬢様は私に紅茶をだしてくれた。
「リナ、本気なの?」
私の意思は固い。もう一刻も早く終わりにしたかった。
紅茶を一口飲むとサラお嬢様は、ゆっくりとした動作でカップをテーブルに戻す。
真っ直ぐに見つめてくる視線からは、真意は読み取れない。
「リナ、やっぱり、ルーカスのことが原因?」
それが分かっているのにどうして聞いてくるの?
「私は、リナの幸せを願っているわ。本当よ。
私は…ルーカスに対して恋愛感情はないの。」
「━━は?」
あまりのことにサラお嬢様を思わず睨んでしまった。あんなに盛大に婚約を発表しておきながら恋愛感情がない?
この後に及んでどこまで私の心を逆撫でするんだろう。
「リナ、私の話を聞いてくれるかしら。少し長くなるけれど…」
サラお嬢様は紅茶で喉を潤すと、再びゆっくりと話し始めた。
「貴族の世界では政略結婚が当然のこと。我が家の財力を欲して婚約の話がありそうだったの。
貴族の娘として責務は弁えていたつもりよ。でも、兄と同じように勉強して、父の仕事を手伝ううちに、働きたいと思うようになったの。貴族として嫁いだら、跡継ぎを産むことが優先される。そんなこと嫌だったの。どうせ愛のない生活を送ることになるののら、自分のやりたい仕事をすることを選ぶわ。
正式な申し込みが来る前に急ぐ必要があった。
わがままなのは分かってる。でも姉達は嫁いでいるし、家族は私一人ぐらい自由にしてもいいと言ってくれたわ。
婚約の申し込みが来ないように表向きは、平民に嫁いで、貴族籍を外れる必要があった。
我が家の商会なら安定しているし、生活に困ることはない。
その中でもルーカスは容姿も素敵で、貴族のお嬢様が一目惚れしたとしてもおかしくないでしょ? 一番信憑性がある都合の良い人物だった。
リナのことは知っていたわ。
貴族世界では愛人を持つ方もいるし、私はルーカスとリナが付き合ったままでも構わなかったのよ。リナの子供を後継者にすればいいと思っていたくらい。
でも、ルーカスはそれが嫌だったようね。
あなたと別れることにしたみたい。
あなたのことを、大切に想ってたのね。
何度もルーカスと元に戻れるように気を配ったつもりなのだけど、
リナには伝わらなかったようね。
逆効果だったかしら?
あぁ、リナに話せて、なんだか心のつかえが取れたわ。
でも信じて。ルーカスには圧力をかけたつもりはないのよ。ただ《《相談》》しただけ」
一通り話し終えると、サラお嬢様はスッキリした顔をしていた。
男爵家からの相談と称した要請は、旦那様もルーカスも断ることはできなかったのではないだろうか。圧力を感じないなんてあり得ない。
なんて自己中心的な考え……。
そんなことで、
私は、私達は、別れなければいけなかったの?
愛人って…何よそれ……。
言われた内容が、信じられなかった。
ルーカスは、
ルーカスなりに、私へ誠実であろうとしてくれたのね。
私を、そんな日陰の存在になどにしないために、
私を突き放したのね。
冷たくすることで私がルーカスのことを嫌いになるように……。
分かりにくいよ!
ルーカスは、いつもそうだったね。
いつも、私のことを考えてくれた。
私を大事にしてくれた。
ルーカスは、何も変わってなかった。
なのに信じられなかったのは私……。
ルーカス……。
ごめんなさい、
私は……。
これじゃあ、私はほんとに浮気した女じゃない!
こんなにも、私を守ろうとしてくれたルーカスを、裏切ってしまった。
自暴自棄になっていて、寂しくて。
エミリオと関係を持ってしまった。
あぁ……。
もう2度と元には戻れない。
ルーカスに合わす顔がない。
「サラお嬢様……、
お話しして下さりありがとうございました。
こちらは違約金です。
只今限りで辞めさせていただきます。
お世話に…なりました。」
内心は、腸が煮えくりかえる思いだった。
後もう少しだけ、もう少しだけの我慢。
形式的に深々と頭を下げる。
「どうする?ルーカスに会って行かないの?」
「ルーカスには……、サラお嬢様から伝えて下さい。」
サラお嬢様の顔を見ることが出来ず、下を向いたままだった。今さら、ルーカスに会ってどうしろと言うの?
どこまでも無神経な発言が、許せなかった。
「そう…」
「失礼します。」
私は、振り返ることもなく退室した。
幼い頃から、ずっとお世話になった場所。
そこをこんな形で去ることになるなんて、
あの頃の私は、想像もしなかった。
ルーカス、もう一度会いたい。
ルーカス私は……。
ルーカスへの想いが、涙となってどんどん溢れてくる。
泣いたってどうしようもないのに。
どうして言ってくれなかったの?
知りたかった。
一人で抱え込まないでほしかった。
一緒に 、いつも一緒に考えてたじゃない。
話してくれてたら何か変わってた?
駆け落ちでもできた?
ううん 、ルーカスは、家族に迷惑がかかることはしないわね。
じゃあどうしてた?
何も…そう…私には…出来ることはない。
ただ傷ついただけ。
泣き喚いて、あなたをもっと困らせたわね、きっと……。
だから、一人で決めたのね。
ルーカス…私は……。
そんなあなたが今でも大好きよ。
この気持ちは、心の中に留めて蓋をする。
エミリオは優しい人。
エミリオに知られてはならない。
違約金まで払ってくれた恩人に、不誠実な態度はとれない。
サラお嬢様とルーカスは、商会をこれからも営んでいくでしょう。
私は、エミリオの元へ行く。
これ以上誰も傷つけたりしない。
さよならルーカス、
私も愛してました……。
~第一部fin~
第二部へつづく
(ルーカスのリナへの気持ちを、題名に込めたつもりです)