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「違いは親水性の高さ、なんです」
花崎が新谷に向き直る。
「親水性が高ければ高いほど、汚れの分解力は上がります。それが一般的な光触媒のタイルとの相違点の一つ目です」
「ほう!」
もうすでにマイクの存在も和氣の存在も忘れた新谷が大きく頷く。
「そしてもう一つ、当社の光クリンには秘密があります。新谷さん、なんだかわかりますか?」
「ええと―――」
(セラミックコートだ)
林はカタログで見た知識を思い出した。
和氣が視界の端に入る。
口をついて出ようとした答えを林は飲み込み、花崎の言葉を待った。
「先ほど私は、築1年じゃ外壁の違いはまだまだ分からないと言いました。それがヒントです」
「――ううん」
新谷が顎を触りながら考える。
「経年劣化が関係しているんですか?」
言った新谷に、花崎が頷きながらまたタイルを2枚取り出した。
「ほぼ正解です。しかし外壁材にとっての経年劣化とは何でしょうね、新谷さん」
「……色が剥げるとか?」
「まあ、それもありますよね」
「あとは―――」
花崎がタイルを並べる。
「あ。色褪せ!」
新谷がそれらを見比べて声を出す。
「その通りです」
花崎は満足げに笑いながら、先ほどの外壁を今度は横から4人に見せた。
「当社のタイルでは、光触媒コーティングの下に、セラミックコートを施しています。これがあることで経年劣化による色褪せを防いでいます。ですので、ご覧いただいている色鮮やかなオールドブラウンも、色褪せないまま、汚れないまま、美しさを保つことができます」
花崎は外壁を下ろしながら続けた。
「家ってまずは見た目、じゃないですか。新谷さんの奥様が一生懸命、家の中を掃除してくれたとしても、外壁が色褪せて汚れでくすんでいたんじゃ台無しでしょう?」
(――奥さん?)
迷わずにそう口にした花崎の言葉に違和感を覚え、新谷を見ると、何やら顔を真っ赤にしている。
視線をそわそわと揺れている手に移す。
(―――あ)
左手の薬指にはシルバーのリングが光っていた。
(こっわ……)
あまりの衝撃に、林は口を開けながら空を仰いだ。
(……やるなあ。篠崎さん)
昨日会った男の、癪に障る笑顔が蘇る。
(牧村さん。マーキングってのはこういうのを言うんですよ……)
見上げた空には細い飛行機雲が、青さの中に溶けていこうとしていた。
◆◆◆◆◆
説明会が終わり、尚もタイルと紫外線の装置に夢中な新谷と、それに寄り添っている八尾首の二人を横目に、林は機材のコードをまとめている和氣に声をかけた。
「ありがとうございました」
この場を去るきっかけを作るために挨拶をしただけなのだが、和氣はしゃがんでこちらを見上げたまま微笑んでいる。
「――何か?」
「“セラミックコート”」
先ほどよりも幾分低い声に面食らいながら彼を見下ろす。
「は?」
「君、知ってたよね、初めから」
「―――え」
「花崎さんが質問した時、どうして答えなかったの?」
「――――」
「どうして?」
和氣が立ち上がる。
立つと意外に背が高い。もしかしたら金子や篠崎と同じくらいあるかもしれない。
「どうしてって……。ここで自分が答えるよりも、花崎さんが新谷君に教える流れの方が自然かな、って思ったから―――ですけど?」
「自然、というのは」
「いや、番組の流れ的に……」
言うと、彼はニコッと笑った。
「君、ラジオは聞く?」
「最近はあまり。昔は結構聞きましたけど。受験のときとか、卒論のときとか」
「そっかー」
言いながら和氣はポケットから名刺を取り出した。
「改めましてBE JUMPの和氣です。よろしくお願いします」
慌てて自分も名刺を取り出す。
「セゾンエスペースの林です。こちらこそ」
「林君、ね」
和氣はその名前を噛み締めるように言った。
「なんでうちの会社、BE JUMPっていうか、わかる?」
唐突な話題を振りながら、和氣は林を見下ろした。
「“跳ねろ”ってことですか?」
言うと彼はふっと吹き出した。
「もちろん、跳躍という意味もある。でももう一つ重要な意味があるんだ」
和氣は林に顔を寄せた。
「―――乗り越える?」
「あーいいね。その意味も」
「……?」
「……正解はね、“変化”」
「変化?英語ではvariation(バリエーション)かchange(チェンジ)かと思ってました」
言うと、
「そう。確かにどちらも変化という意味だね。でもJUMPはね、ただの変化じゃないんだよ」
和氣が意味深に微笑んだ。
「急激な変化」
言いながら和氣はまとめたコードを丸めた。
「もし君に、“急激な変化”が必要な時は、電話かけといで」
そう言うと和氣は花崎と新谷の方に歩いて行ってしまった。
「じゃあ、オープニングとケツ収録したいので、新谷さんと花崎さん、並んでもらっていいですか?」
「あ、はい」
新谷が緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
それを見た後輩が二人で笑い、新谷が睨む。
「急激な、変化……」
林はその言葉を反芻しながら、収録が始まるのをただ眺めていた。