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○はじめに、
見ていただきありがとうございます。
こちらは初心者個人で作った初めての作品です。確認はしましたが、 所々に誤字やわかりづらい所、間違っているところもあるかと思います。
自分はあまり漫画や小説などを読まないので、他の作品と似てしまうことがあるかもしれませんが完全オリジナルです。
R18作品ではありませんが、暴言暴力、恋愛的シーンなど、小さなお子様には適さない場合があります。
画像、絵などはございません。
続きについてはある程度考えていますが、一部設定が変わる場合があります。
お楽しみいただけると嬉しいです。
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○あらすじ
普通の日本人は髪や目の色は黒、もしくは茶色。
でも、髪や目の色が黒や茶色ではない人も少なからずいる。
でも、ある時あの事件が起きたことで髪や目の色が黒や茶色ではない人々は危険だと言われこのような特徴のある人々を人狼と呼び、嫌った。
その後、人狼と呼ばれる人々が次々と誘拐され、ある島の、ある実験施設に閉じ込られ、残酷な実験体にされてしまった。
この実験により、人狼には普通の人間の数倍の能力や筋力などがあることもわかった。
この結果は多くの人々に知れ渡り、恐怖に満ちてゆく。
まだ小さな人狼に対して暴力を振るったり命を狙う人々も現れた。
でも中には人狼を周りの人たちに知られないように、大切に育てようとする人も少なからずいる。
しかし、ある時実験施設に閉じ込められ、実験体にされた人狼が暴走、施設から脱走し多くの人々が殺される事件が起こる。
複数の人々は島から離れることができ、その後暴走していた人狼は射殺された。
だが、2度も人狼による大事件が起きたことでよりいっそう危険視された。
その後、この島に戻る人々はおらず、しばらくは無人の島になった。
それから数年後、この島はとある人々により、輝きを取り戻した。
この島はそれから幸の鳥島と呼ばれ、傷つき苦しむ人々が集まる島として生まれ変わった。
狼は大切なもののために牙をむく
1
Ⅰ
鳥の鳴き声や眩しさで意識が戻る感覚がする。
ゆっくりと目を開けるとぼんやりと白い天井が見える。
何が起きているのかよくわからないまま、上半身を起こそうとする。
だが、体が重く感じるのと痛みも感じて起き上がれずすぐ倒れる。
首を動かし、左右を見てみるがここがどこか、ここで何をしていたのかわからない。
思い出そうと考えた瞬間、頭を握り潰されるような、そして針で刺されるような強い痛みが襲ってきた。
『ううっ…』
と声にもならないような何かが口から出る。
その後頭を抱えてうずくまり、ゆっくり痛みが引いてくるのを待つ。
結局何も思い出せないまま。
もう一度ゆっくり起き上がり、あたりを見回す。
すぐ近くに綺麗な花束や果物が置いてある。
僕は一つの部屋の端にあるベッドで眠っていたようだ。
さてどうしようか、
とりあえず手すりを握り、立ち上がる。
上手く力が入りにくいがゆっくり歩く。
自分の手を見てみると全体的に細く、少し震えている。
『・・・』
そういえば、自分のことすらわからない。
自分は一体何者?
ふらふらと歩きながら反対側にある扉へ歩く。
そして少し悩みながらもドアを開ける。
その先、左側はすぐ壁があった。が、右側は長い廊下が伸びている。
道が伸びている右側へ向かって歩くと1人、男の人が少し離れた扉から出てくる。
そして男の人がこちらに気付き、驚いた表情を浮かべながら歩み寄ると、
『目を覚ましたのですね。体調はいかがですか?』
男の人が優しい声でそう言った。
『……大丈夫です』
大丈夫なのかわからないまま、僕は小さな声でそう言った。
その後、診察を受けた。
特に身体の方に異常はないと言われたが、
自分の名前や自分が何をしていたのかなど質問に答えることが出来なかった。
男の人【新田[ニッタ]先生】の言っている言葉は分かるし、自分も話すことはできる。
だが、自分の名前もこれまで何をしてきたのかもわからないし思い出せない。
先生が言うには、どうやら記憶喪失とのことらしく、何かしらのきっかけで思い出すことがあるらしいが、全く思い出せないということもあるそうだ。
『さて、君の名前だけど思い出せそうかな?』
『……いえ、思い出せないみたいです…』
あまり深く考えるとまた頭が痛くなるかもしれないのと元々頭が回らないのもあって思い出せそうになかった。
『君の名前は[アカガネ.アマ]、アカガネが苗字でアマが名前らしいのですが…』
え、らしいのですが?
どういう意味だろう。
『この名前は君のお友達から聞いた名前でね、どうやらその友達がつけた名前で本名ではないそうです。』
???
あれ?
『えと、本名ではない…では本名は……』
新田先生は難しそうな顔をしている。
『本名はその友達もわかっていないそうです。でも…君のような子だとそういったこともあると思います。』
先生が何を言っているのかわからない。
僕のような人だと本名がわからないこともあるって…
『ぼ、僕は普通の人とは違うのですか?』
少し大きい声を出したため喉が痛む。
先生は困った顔をする。
『この話は長くなるから別の場所で話そう』
先生は僕に肩を貸して立ち上がり別の部屋に入る。
その部屋の真ん中にある椅子に案内され、
『麦茶でいいかな?』と訊かれる。
僕は返事をして先生が麦茶の入ったコップを持ってくる。
そして僕の前のテーブルにコップを置いた。
『アマ君、君が聞きたかったのは自分が普通の人間かどうかについてだったね?』
僕はその問いに頷く。
別の部屋で、長い話をすると言うことだけでなんとなく予想はついている。
覚悟は…ある程度できている。
『結論、君は普通の人間だ。』
え???
普通の人間なんだ…
まぁそれが一番いいんだけど…
先生は続けて、
『でも、これは“私から見て”であり、周りからだと普通の人間としては見られていないことが多いだろう。君は、君たちは特別な存在だと言われています。』
特別、
先生を見ればその特別が良い意味ではないことが分かる。
先生はポケットから鏡を取り出すと僕の方に向ける。
『君の髪や目の色は黒でも茶色でもない、ほとんどの人は髪や目の色は黒か茶色なんだ。』
先生の髪や目の色は黒っぽい色だった。
でも、鏡に映る自分は、違った。
『昔…30年ほど前までなら珍しい色だと言われるだけで終わったけれど、あの時からそうではなくなってしまった。』
『あの時?一体何があったのですか?』
僕たちが普通ではなくなったきっかけは何なのか。
それは、
『八本木人狼殺人事件』
長い名前で覚えずらそうだが聞いたことのない言葉だ。
八本木人狼という人が殺されたのだろうか。
『人狼と呼ばれる人々が八本木という場所で500人ほどの人を次々と殺害した大きな事件で…』
人狼が?500人もの人々が殺された?
『人狼、こう呼ばれる人々は…髪や目の色が黒や茶色ではない人のこと、君と同じような特徴のある人のことなんだ…』
っ..!
僕と同じ…
『この事件が原因で人狼と呼ばれる人々は危険だと言われた。そして人狼はこの島にあった実験施設で実験され、一般的な人間の数倍の能力、筋力などがあることが分かったそうだ。』
『・・・』
手の震えが強くなる。
喉が詰まったような感覚。
自分がしたわけではなくともショックだった。
『申し訳ない、傷つけたかったわけではないんだ。ただ…これが現実、君のような人が普通ではなくなった理由です。』
僕は何も言えなかった。
『でも君はあんなことをするような人ではないと信じている。君は悪いことを悪いとわかっている、アマ君なら大丈夫ですよ。』
先生は優しくそう言った。
少し、違和感がある言い方。
でもそれを訊く気分ではない。
僕はまだ一口も飲んでいない麦茶を見つめた。
コップに手を伸ばし、麦茶を少し飲んだがほとんど喉を通らす、味がしない。
コップをテーブルに置いた。
それから少しして気持ちも落ち着いてきた頃、
『次は君の過去について君のお友達から聞いたことを話そう。』
記憶をなくす前の自分。
どんなことをしてきたのだろう?
『えっと、まず君のお友達の名前は[アカガネ.コハク]さんで銅色の髪と琥珀色の目をもつ、君と同じ歳の子、君とは東京の小さな学校で出会ったそうだ。』
アカガネコハク…銅色の髪と琥珀色の目…
ふわりと、何か思い出せそうな気がしたが完全には思い出せない。
ん?アカガネ?
『あの、アカガネって僕の苗字と同じですけど、どういうことですか?』
先生は困った顔をして、
『コハクさんも本名ではないそうで、アカガネコハクという名前はアマ君、あなたが名付けたそうです。』
とおっしゃった。
そうなの⁉︎
驚いた。まさか自分が友達の名前を付けただなんて。思いもしなかった。
『そしてアマという名前はコハクさんが名付けたそうで苗字はコハクさんと同じアカガネにして欲しいとのことで決まったそうです。』
そういうと、先生はスマホを取り出して、
『アカガネは銅色の銅、アマは甘いの甘、コハクは自然石の琥珀と書くそうですよ。』
銅色の髪と琥珀色の目…銅琥珀…
僕は友達に雑な名前をつけてしまったみたい、
「(´・ω・`)」
そして僕は、甘いの甘か、
え?
『えっと、甘君が初めて琥珀さんと出会ったのは学校で、2人とも小学3年生になった頃、甘さんが琥珀さんの通う学校に転入してきたそうです。琥珀さんは人狼ということで酷くいじめられていたそうですが、甘君が助けたことから仲良くなったそうです。』
人狼というだけでいじめられるのか。ひどい
な。
でも逆の立場だったらどうだろうか?
『甘君と琥珀さんは同じクラスでほぼずっと一緒にいて、いじめられた時はいつも甘君が助けてくれたそうで、』
『-琥珀さんが…自ら命を断とうとした時も助けてくれたとおっしゃってました。-』
・・・!
琥珀さんは悪いことをしてないんじゃないのか?そこまでひどいとは…
『それからしばらくして周りの人々により君は琥珀さんと離れ離れになってしまったそうです。でも甘君は少なくとも1人の命を救いました。君なら人狼と嫌われている人々の印象を変えることができるはずです。』
今の僕にもできるだろうか。
『こちらは琥珀さんからの手紙です。』
と、先生が一枚の手紙を取り出す。
『琥珀さんは君に会いにこの島へ来ています。』
僕は先生が取り出した手紙を受け取る。
可愛らしい手紙だ、広げてみると、
〈 甘ちゃんへ♡
元気ですか?私は甘ちゃんに会えて元気です。私は甘ちゃんに会いに来てたけど、ちょっと怖くなっちゃって、今は会いに行けないの、ごめんね。17時くらいに蛍の星通りにいるから会いに来て欲しいな。また甘ちゃんの笑顔を見たりたくさん話したりしたいです。
琥珀より✿ 〉
『(//∇//)』
恥ずかしい。
『女の子からの手紙、どうですか?』
先生は少しからかうように言う。
エッ!、女の子だったの⁇
もう一度手紙を見る。
『☆¥$○*〒%!』
顔が熱っぽく感じる。顔が赤くなっているのだろう。
流石にこれは、
は ず か し い デ シ ョ オ ォ ォ ォ ォ ォ ! ! !
2
それから数日、リハビリをする日々が続いた。
最初に比べてだいぶ身体も動くようになった。
だが、先生の話によるとどうやら僕は半年ほど気を失っていたそうで、まだ長い間身体を動かし続けるのはきつい。
『今日はこのくらいにしておきましょう』
先生のその合図で身体の力が抜け、その場にへたり込む。
『あまり無理をしない方が良いと思いますが…今日もかなり無理をしていたようですね。」
確かに無理をしすぎているとは思うけど、
『あの子を長い間待たせるわけにはいかないので、』
先生は笑顔を見せると、
『あの子をここに呼ぶこともできますが、君が会いに行った方が良いでしょう。ですが、身体を壊してしまったらもっと待たせることになりますよ?』
その通りだと思った。
『そうですね。』
僕はそう答えた。
しかし、昔のことを思い出そうとした時になるあの頭痛については、まだ先生に伝えられずにいた。
『やはり…』
先生がつぶやいた。
『えっと、今何か…』
先生は何かを考えている。
何か問題でも起きたのだろうか。
少し怖くなる。
先生はこちらを向くと、
『やはり、君は半年眠り続けていたのに対して、それほど筋力が落ちていないように見える。これは人狼ということが関係しているのか…』
これでも筋力はそれほど落ちていないのか。
この疑問について訊いてみよう。
『まだ長い間身体を動かすことは難しいのですが、これでも筋力はあまり落ちていないのですか?』
『あぁ、普通なら半年ほど眠り続けていた場合、身体を動かすことはかなり厳しく、ほとんど動けないはず…』
続けて先生が話す。
『筋力が大きく落ちないようケアはしていましたが……それにリハビリでも上達速度が速いようですし…』
筋力があまり落ちていないこと、上達速度が速いことは嬉しい。だが反面、それは僕が人狼である意味にもなり複雑だった。
目を覚ましてから約10日がだった頃にはほぼ普通に歩けるようになった。
『もうこれくらいなら私生活でも問題はないでしょう。』
時計を確認する。
今は15時過ぎ。
『あの子のこと、気になりますか?』
あの手紙を見ればね…気になりますよ、
『17時に蛍の星通りで待っているそうで…気になりますね。』
先生は何かを考えているようだった。
『今日もそこに来られますか?』
『多分ですが、今日も来られると思います。』
先生はまた何かを考えているようだ。
『もう少し様子を見ておいた方が良いのですが…大丈夫でしょう。ではその前に、』
なんだろうか。
『少し待っていて欲しい、』
そう言って引き出しから何かを取り出した。
『これを君に返そう。』
『え?』
取り出されたものを見て驚いた。
そこにあったのは所々錆びているが銀色に輝くものとと黒いブーメランのような形をしたものがあった。
これが何かは分かっている。
『ナイフとハンドガン……』
『これは君が記憶をなくす前に使っていたもの。これを使って君は悪人から多くの人々を守っていたのです。』
僕はナイフとハンドガンを見つめる。
記憶をなくす前のことはまだ全く思い出せていない。
僕がこの武器を使って人々を守っていた…
信じがたい。
僕はまずナイフを手に取る。
刃を折りたたむことができるようになっているタイプみたいだが、錆びており動かない。
重さがあり見れば見るほどそれが本物であることを実感する。
ナイフを元の場所に置き、次はハンドガンを手に取る。
ずっしりと重さを感じる。こちらも本物のようだ。
『それは君のものですよ。』
先生はそう言った。
その後、少し話をしたあと出発する準備をする。
ナイフは錆びていて結局たためず、持つのが大変だったため処分した。
ハンドガンはどうしよう、
とりあえずポケットにしまう。
重いなぁ。
他に、特に準備をすることはなかったが、先生は服や日用品などをバッグに入れている。
『ある程度の物はここに入れています。』
『それは…』
『これは甘君が琥珀さんの所で使えるよう準備したものですよ。』
たくさん入っていた。
いつの間に、準備をしていたのか。
あれ?
この感じ、
『どこかに泊まるみたい…』
『琥珀さんの家に泊まらないのですか?』
!?
そういえば僕の家はどこだろう。
『僕の家はどこにあるのでしょう?』
しかし、
『君の本当の家がどこかは分かりません』
と、返ってきた。
予想はしていた。
『安心してください。琥珀さんには事前に伝えておきました。』
僕が琥珀さんの家に泊まることを琥珀さんは知っているのか。
にしても、
『こんなにたくさん…良いのですか?』
バッグを見て言う。
先生は頷く。
『遠慮はしないでください。』
『あ、ありがとうございます。』
そう言って手を伸ばすが。
『あぁ、このバッグは私が持って行こう。』
そう言って先生はバッグを持って行く。
と、
『あ、あと』
と、先生が棚から何かを取り出した。
『これは、…カメラ?』
『古いものだけど、これも君にあげよう。大切なことを忘れないためにね。』
優しい笑みを浮かべ、そう言ってバッグにカメラを入れた。
『さて、もうそろそろ向かった方が良さそうですね。』
僕と先生は階段を降りる。
すでに16時30分前、
『そういえば、蛍の星通りってどこにあるのでしょう?新田先生、知っていますか?』
どこに何があるのか、その場所がわからなかった。
今から行って間に合うのかさえわかっていない。
『はい、ここから10分ほどで着きますよ。』
10分なら間に合いそうだ。
少し安心しながら出入り口を出る。
あの日目覚めてから初めて病院の外に出た。
眩しい光が照らす。
太陽は沈み始めていた。
ふと何かが髪を揺らした。
冷たい風だった。
外に出てみれば初めて感じるもの、見るものがあった。
『甘君、こっちだよ』
先生が僕を呼んだ。
僕は慌てて先生について行く。
それから少し歩くと、先生が1台の車の前で歩みを止める。
『これが私の車です、乗ってください。荷物は、後ろに乗せますね。』
先生が外までバッグを持って行った時から少し違和感があったけど、車で送ってもらえるとは思っていなかった。
『申し訳ないです……』
『お気になさらず。』
先生はそう言って、後ろにバッグを乗せ、車に乗る。
僕も車に乗る。
先生は車のエンジンをかけ、車が動く。
『そうでした、この島についてまだ話していませんでしたね。』
この島、今はどうなっているのか、まだ知らなかった。
『この島の実験施設に人狼を閉じ込め、実験されていたことは話しましたよね?』
確かそのことは聞いた記憶がある。
『はい、聞きました。』
先生は話し始める。
『その後、実験体にされた人狼たちが暴走して、多くの人々が殺害される事件がまた起こりました。生き残っている人々は救助船などで島を離れ、暴走した人狼は自衛隊等により殺されたそうです。』
実験がどんなものなのかはわからないけど、また人狼による殺人事件が起こったのか。
『その後、この島はしばらく誰も近づくことがなかったけれど、ある人物達がこの島を訪れ、心の弱く、傷つき、苦しんだ人々が集まる島として生まれ変わりました。』
弱い立場にある人々が集まる島、
良い事だと思う。
『だがそんな弱い人々を狙って、悪いことを企んでいる人々も多く潜んでいます。君も琥珀さんも人狼であることを忘れてはいけません。君たちの命を狙う人々も多くいるでしょう。』
僕や琥珀さんなどの命を狙う人々がいる。
想像するだけでゾッとする。
先ほどのナイフやハンドガンも自分の命を守るために持っていたのだろうか?
『うぅむ、渋滞がひどいようだ…』
そういえばしばらくの間ほとんど進んでいなかった。
『渋滞なんて滅多にないのに…』
すると前からサイレンが聞こえる。
サイレンはどんどん大きくなり、やがて救急車が走ってくる。
そして、横を通り過ぎる。
『事故だろうか。』
救急車は僕がいた病院に向かっているようだった。
その病院の医師として、
『大丈夫ですか?』
『あ、あぁ大丈夫ですよ。』
と言ったがあまり大丈夫そうではなかった。
すぐ横に、コンビニがある。
『ここで降ります。』
と言った。
コンビニに入れば早く病院に戻れるだろう。
『いえ……はい、すみません、』
そう言ってコンビニに入って車を駐車場に止める。
そしてここからの道のりを教えてくれた。
『ありがとうございました。助かりました。』
とお礼を言って、
『気をつけてくださいね。』
と先生が言った。
『大変お世話になりました。』
と、お辞儀をして向かう。
3
バッグは少し重かった。
行き道は複雑で、
『ここを左だったっけ?』
だんだん怪しくなってくる。
進んで行くほど周りに人気がなくなってくる。
でも自分が人狼である以上、訊くことも難しいだろう。
そして、
『ここからはどういけば良いんだ?』
迷ってしまった。
『こっちだろうか。』
とりあえず進んでみる。
???
見覚えのある建物が見える。
どうやら前に通った道に戻ってきたようだ。
次はあっちに行ってみよう。
しかし、そこは行き止まりだった。
『・・・』
次は、あそこで曲がってみようか。
曲がった先、そこは薄暗い道だった。
少し怖い。
すぐ近くの物陰からカラスが飛び立った。
『!?』
戻りたい。
本当にこっちであっているのだろうか。
太陽は建物で隠れいる。
今何時だろう。
もうそろそろ17時になるくらいかな。
だけど人の姿すら見えない。
もし、会えなかったらどうしよう。
そんなことを考えていると、
「ーーー』
何かが聞こえた。
今のは人の声か?
「ーーー!』
今のは間違いなく人の声だ。
でも、普通では無さそうだった。
近くの路地裏の方から声が聞こえた。
僕は少し怖いが路地裏に入る。
近くのゴミ箱に身を隠し、様子を見てみる。
『おい!テメェ、いい加減にしろ!』
『びびってねーで早くしろよ!』
『逃げられると思うなよザコが!』
物騒だ。
3人ほどの男性が怒鳴っている。
すると、
『お願いします。許してください…』
と、女性の小さく、怯えた声が聞こえた。
ガコン!
という音がする。
こちらに空き缶が転がってきた。
『いつまでもいつまでも同じこと言ってんじゃねーよ!さっさと金をよこせって言ってんだよ!』
バン!
と次は鉄を叩くような大きな音が聞こえた。
身体がビクッと震えた。
女性は先ほどよりも小さな声で何かを言っていたが男性が舌打ちをし、被せるように、
『チッ、痛い目見ねーとわからないようだな。』
と冷たい声で言った。
男が女性に手を出そうとしているようだ。
これ以上はまずい。
僕はバッグを物陰に置き、ポケットからいつでも銃を出せるよう手を入れ、男達のいる方に歩く。
そこには柄の悪そうな男3人が、怯えている女性1人を囲むように立っていた。
『君たち、何をしている。』
少し震えた声で言った。
すぐに男3人が振り返り、僕を睨みつける。
『あぁ?誰だテメェ!』
と真ん中の男が僕に怒鳴る。
うぅ、怖い。
だが止めなければ。
『そちらの女性が怯えていますが、なにを…』
『だからぁ!誰だって訊いてんだよ!』
と、僕の言葉に被せて言った。
『・・・』
怖くて身体が震えている。
殺されるかもしれない。
でも、銃を向けることはなるべくしたくない。
どうすればいい?どうすればあの女性を助けられる?どうすれば…
『訊いてんだからさっさと答えろや‼︎』
その時後悔した。
今の僕はやっと普通に歩けるくらいになっただけで誰かを救えるほど力はない。
銃を使って人を傷つけることはなるべくしたくない。
ーなら今の僕はただ余計なことをしているだけなのでは?ー
『銅.甘』
名前を言った。
『は?』
返ってきた言葉は一言だけだった。
そして真ん中に立つ男がこちらに歩いてくる。 この人が3人の中のボスなんだろう。
何をされるのだろうか。
怖いのに、逃げたいのに動けず、ただそこに立つことしかできない。
男の顔を見る。
と、
『なぜ、』
男は目を見開き、
『なぜ、お前がここにいんだよ!』
と、男が後ずさった。
一体何が起きているのかわからなかった。
後ろを振り返ってみても誰もいない。
『クソッ、お前ら逃げるぞ!』
ボスであろう男がそう言って2人を連れて逃げていく。
後ろにいた男2人は不思議そうな顔をしていた。
?
でも助かったみたいだ。良かった。
安心する。
女性の方を見る。
かなり怪我をしているようだった。
『大丈夫ですか?』
そう訊きながら近づくと、女性も目を見開き、よりいっそう怯えた。
『もう大丈夫ですよ。』
と、優しく声をかけたつもりだったが、
女性は走って逃げてしまった。
『・・・』
思い出した。
『僕が人狼だから?』
誰もいない場所に向けて訊いてみる。
もちろん誰も答えない。
これが人狼の宿命なのかもしれない。
僕は物陰に置いたバッグを持って、路地裏を出る。
太陽はほぼ沈んでいるが、琥珀色に輝いている。空はオレンジ、ピンク、そして青紫色に彩られており、ところどころにある雲も綺麗だった。
でももう17時を過ぎているだろう。
なのにまだ迷っている。
『くっ、』
悲しみだけがそこにある。
嫌なのに、友達かのようにいつまでもそこにあり、まとわりつく。
でも、諦めたくない。
僕は走った。
重い身体。重いバッグ。
息が切れる。ふらふらする。
足がもつれ耐えられず倒れるがすぐに立ち上がり、どこへ行けばいいのか、訳もわからず壁に手をつけながらも必死に走ろうとする。
長い間、色々探しまわりながら走る。
正面は行き止まりだったので、道が続いている方へ曲がる。
何かとすれ違ったが止まれない。
もう何をしているのかも分からなくなってきた。
一体どこにある、
『甘ちゃん?』
⁉︎
名前を呼ばれた気がする。
僕は足を止めた。
そして振り返る。
そこに髪の長い女性の姿が見える。
薄暗い中、街灯に照らされた女性、その髪は銅色、目は琥珀色に輝いていた。
『こは、く…さん……』
息を切らしながら探している女性の名前を言った。
女性……少女は口に手を抑えて目を大きくする。
やがてその目から雫が溢れていく。
でも少女は笑顔を向けている。
『甘ちゃん…なんだよね?』
僕は頷き、あの可愛らしい手紙をポケットから取り出した。
『君が…』
僕がそう言いかけた時、少女はこちらに走り、手を僕の背に回し、抱きしめてきた。
『あうぅ』
変な声が出た。
でも探していた人を見つけることができた。
『ずっと会いたかった!ずっと待ってたよ!』
嬉しそうで、笑顔を見せていた。
少し恥ずかしかったが冷静になって、
『長い間、心配かけてごめんなさい。』
と頭を下げる。
そして頭を戻すと、琥珀さんは優しい笑顔を向けていた。
『謝らないで、甘ちゃんはちゃんと会いに来てくれた。それだけで琥珀は嬉しいから、ね?』
とても優しい子だった。
僕も泣きそうになる。
でも、こう言ってくれたのなら、
『琥珀さん、ただいま。』
琥珀さんは目を閉じてにっこりと笑いながら、
『おかえりなさい、甘ちゃん!』
この子との思い出を早く取り戻さないといけないな。
『暗くなってきたし、ここで話すのもなんだし、あとはお家で話そ。こっちだよ。』
と、手を引っ張り、案内される。
住宅地から少しずつ離れ、田んぼ道をしばらく歩く。
歩いている時、琥珀さんと手を繋いでいた。
僕より小さな手。
でも、とても暖かい。
出会った所からもそれなりに歩いた。
『体調は大丈夫?痛いところはない?』
と、所々で琥珀さんは僕に声をかけて心配してくれる。
4
そうしてしばらく歩き、一つの家に着いた。
『ここだよ、』
そう言ってドアの鍵を開ける。
『病院の、あの先生が貸してくれてるの。』
新田先生だろうか。琥珀さんに家を貸してたのか。
僕は家の中に入る。
『お邪魔します。』
『ちょっと散らかってるかもだけど…』
と琥珀さんが言った。
でも中はとても綺麗だった。
『ここに座ってて。』
と、ソファーに誘導される。
僕はソファーに座ると、琥珀さんは台所に行き、コップに何かを入れて持って来た。
『ピーチミルクティーだけど飲めるかな。』
とコップを手渡す。
ピーチミルクティー?
桃味のミルクティーか、
『ありがとうございます。』
と言って受け取り、香りを嗅いでみる。
優しい桃の香りがした。
飲んでみると、やはり桃とミルクティーの味がする。
『美味しい。』
ピーチティーがあるくらいだから合うとは思っていたけど予想以上に美味しかった。
『琥珀、これが大好きなの。』
と、笑顔で言った。
『僕も好きかも。』
と言って、僕も笑顔を作る。
すると琥珀さんは僕の前にしゃがむ。
顔が近い。
なのに琥珀さんはもっと顔を寄せ、僕の両頬に手を添えて、目を閉じる。
そして、唇が触れ合う。
!?
暖かく、柔らかい。
僕も目を閉じる。
ほんのりと上品な花と甘い果実の香りがする。
少しして唇が離れた。
目を開けると琥珀さんの頬が赤くなっていた。
多分僕もだろう。
と、琥珀さんが慌てて、
『か、勝手なことしてごめんなさい。嫌だったよね。』
と謝った。
頭の中が真っ白になった。なんて言えばいい?
『い、いやぁ、全然。嫌じゃないですよ!』
と、僕も慌てて言ったが、その後になって恥ずかしいことをいったことに気づく。
(,,>_<,,)
気まずい。
顔が熱っぽい。
でも、琥珀さんは嬉しそうだった。
少し冷静になると、あることを思い出した。
『あ、あの……』
そこで言葉が詰まる。
『どうしたの?』
琥珀さんは、首を傾げて僕の顔を見た。
言いづらい。
でも大切なことなので言わなければ。
『……僕は、昔…病院で初めて目を覚ます前の、記憶がなくて…』
琥珀さんは悲しそうにしていた。
『だい…じょうぶなの?』
『記憶喪失らしい。必ず治る方法はないらしいけど、何かしらのきっかけによって思い出すこともあるってことは聞いた。あ、でも身体の方に異常はないから心配しなくても大丈夫ですよ。』
琥珀さんは僕の頭を優しく撫でる。
『早く…戻るといいね……』
小さな声が聞こえた。
恥ずかしいが、撫でられている感覚は心地よく、少し眠くなる。
『大丈夫だよ。これからたくさん思い出を作ろう?』
僕は頷いた。
琥珀さんはとても優しかった。
『・・・』
ただ、その優しさが少し怖くも感じた。
『あ、あのね……』
今度は琥珀さんか話しづらそうに言った。
なんだろうか。
琥珀さんは恥ずかしそうに頬を赤くしながら、
『あの、お手洗いに行きたいのだけど……いいかな…』
???
ここは琥珀さんが今借りている家なのになぜ聞くのだろうか。
『僕のことは大丈夫です。気にせずいってきてください。』
と答えた。
けれど、
『甘ちゃんも一緒にきて欲しいの…』
と、予想もしなかった言葉に戸惑う。
怖がりなのだろうか。
それとも、虫がいたりするのかな?
『わ、わかりました。近くまでいきましょう。』
そう言い、立ち上がる。
明るい部屋から薄暗い廊下を歩き、一つの扉の前に立つ。
toiletと、描かれた札がある。
ここかな。
『僕はここにいますので。』
そう言って扉を開けてあげる。
だが、琥珀さんは動かない。
ふと、僕の手を握る。
『甘ちゃんもきて…』
小さな声でそう言ったように聞こえた。
僕はここにいるけど…
『甘ちゃんも中まできて。』
と、お手洗い場の中に引っ張られる。
『え”っ”!』
自然とそんな声が出た。
琥珀さんは扉を閉め、鍵を掛けた。
その後、僕がいるにも関わらずスカートを下げ始めた。
僕は急いで琥珀さんに背を向けたが、また手を握られる。
僕はそのあと、しばらく記憶がなかった。
気づくと、呆然としながらソファーに座っていた。
『・・・』
琥珀さんはというと、
すぐ隣に座り、僕の右腕を抱きしめ、僕の肩にもたれかかっている。
この人はヤバい人なのか?
頭の中がごちゃごちゃになっている。
『甘ちゃん、』
急に名前を呼ばれて驚く。
『???』
琥珀さんは不思議そうな顔をしていた。
『あ、あぁ…気にしないで大丈夫でございますよ!』
明らかに大丈夫では無さそうな返事をする。
琥珀さんが悲しそうな顔をしている。
『嫌だった?』
声も小さく弱々しい、悲しみに満ちた声だった。
『・・・』
先生が言っていたことを思い出した。
「琥珀さんは人狼ということで酷くいじめられていたそうです。」
「琥珀さんが…自殺しようとした時も助けてくれたとおっしゃってました。」
昔のことがあって怖くなってしまったのだろうか。
『琥珀さんがそうしたいなら…だいじょぶ…』
僕は恥ずかしいだけで済むけど、琥珀さんはそれで良いのだろうか。
『じゃあ、お願いしてもいい………かな?』
僕は目を逸らし、とても小さく頷いた。
お願いされても自信なんて全くない。
手紙でも少し疑問に思っていたところ、
-怖くなっちゃって-とは何に向けた意味だったのだろう。
『そ、その…お腹空いてない?』
と訊かれた。
もうそろそろ、夕食を食べる頃になっていた。
『はい、お腹空きました。』
そう答え、
『何か手伝えることがあれば…』
でも料理の作り方なんてほとんど知らなかった。
『大丈夫だよ。甘ちゃんはここでゆっくりしてて。』
と言われ、琥珀さんは台所に向かって歩いていく。
琥珀さんの寂しそうな顔と「嫌だった?」という声が忘れられない。
優しくしてくれたのに酷いことをしてしまったのかもしれない。
僕もお手洗いに行く。
普通だった。
それから少しして、台所から琥珀さんが皿を持ってくる。
『あ、持ちますよ。』
僕は立ち上がり、琥珀さんが持つ皿を持とうとするが、
『大丈夫だよ。』
と言われた。
嫌われたのだろうか。
僕はテーブルに置かれた皿、その上に乗っている黄色い物体を見る。
オムライスだ。
ケチャップで何か書かれているようだ。
”甘ちゃん♥︎”
嫌われてはいなかったようだ。
そんなオムライスを見て安心した。
隣にはサラダもある。
その後、琥珀さん用のオムライスも運ばれてきた。
『甘ちゃんは、野菜ジュースがいいかな?』
と聞かれたので、
『はい、お願いします。』
と、答えた。
僕の所に野菜ジュースの入ったコップが置かれ、
僕の隣に琥珀さんが座る。
『あまり美味しくないかもしれないけど食べよう?』
そう言ってたけれどオムライスはとても綺麗で、美味しそうだった。
2人、手を合わせて、
「「いただきます」」
と言ってスプーンを手にとる。
その時、僕は思い出した。
オムライスと野菜ジュース、これは僕の好きなものだった。
ふと琥珀さんの方に目を向ける。
目が合った。
琥珀さんも、まだオムライスを食べていなかった。
ずっとこちらを見ている。
すると、琥珀さんが僕の前にあるオムライスをひとかけら、小さく切ってスプーンに乗せ、僕の口の前に持ってくる。
『はい、あーん、』
と、琥珀さんが口を開けている。
え、何?
分からない。
戸惑っていると琥珀さんが、
『口を開けて?』
言われた通り、口を開ける。
その口にオムライスが乗ったスプーンが入れられる。
『食べて?』
僕は口を閉じると琥珀さんは僕の口からスプーンをとる。
僕の口には先程のオムライスが残った。
そしてそのオムライスを何度か噛み、飲み込む。
?
不思議な味がする。
『どう…かな?』
と聞かれた。
『おぉ、甘いです!』
と答えた。
その通り甘かった。
いや、甘すぎる。
作ってもらっておいて酷いとは思う。
だが、ほぼ砂糖なのではないかと思った。
琥珀さんもオムライスのかけらを口にする。
琥珀さんの顔色が悪くなっていく…
どうやら僕のオムライスと同じ味のようだ。
『うぅ……あまーぃ……』
琥珀さんはほぼ涙目だった。
『ごめんね甘ちゃん、今作りなおすから…』
そう言って、テーブルに置かれたオムライスをさげようとする。
僕のために作ってくれたオムライス。
甘いだけで食べれるもの。
僕はスプーンでオムライスを小さく切り、口に入れる。
まるで琥珀さんのように、甘い。
身体の疲れを忘れられる。
『甘ちゃん、残して?美味しくないのに気を遣わなくていいよ。』
そう言われても止めない。
食べているうちに慣れてくる。
すでに半分ほど食べ終わっていた。
『ありがとう、甘ちゃん。』
そう言って、琥珀さんも甘いオムライスを食べ始める。
?
僕の名前は、甘。
琥珀さんが付けてくれたらしいが…
琥珀さんの方が甘いのでは?
皿の上はもう、何もなくなった。
頭が痛く、胸やけもする…
だけど、琥珀さんが初めて作ってくれた料理を全て食べ終えられた。
隣にはテーブルに突っ伏した琥珀さんがいた。
げっそりしている…
『ごちそうさまでした。』
と琥珀さんに言って、皿を流し台に持って行く。
皿を洗っている時、琥珀さんがこちらに来て、
『あとは琥珀がするよ、』
と、言った。
でも何もかも任せてしまったので、
『僕なら大丈夫だよ。』
と言って、皿洗いを続ける。
まぁ、それほど量はなく、すぐに終わった。
テレビはニュース番組が放送されている。
そういえば今日は2月29日。約4年に一度しかない日だ。
『星乃選手が100m走にて4年に一度しかないこの日に、ここ日本で新記録を達成しました!なんと星乃選手、実は今日、2月29日生まれなんですよ!』
と、テレビから流れる。
『琥珀さんは、誕生日っていつですか?』
ふと気になって訊いてみた。
琥珀さんは笑顔で、
『いつだと思う?』
と逆に訊かれた。
365日もある中で、いつかなんて予想もつかない。
琥珀さんの雰囲気からすると7月7日や12月24日のようにおしゃれな日な気がする。
『うーん、ヒントをください…』
琥珀さんは考える。
『ヒントは、琥珀と似ている日…かな。』
石の琥珀と似ている?
それとも琥珀さんと似ている?
どちらにしても分からない。
『うぅ、それだけじゃわからないですよぉ。』
ヒントがヒントになっていない気がする。
僕はまだ琥珀さんのことをそれほど知らない。
石の方の琥珀でも同じ。全然知らなかった。
『………..にち、』
『え?今何か言いましたか?』
琥珀さんが何かを言ったようだが、声が小さくて聞こえなかった。
『2月29日』
『え、』
まさか今日だったなんて、予想もしていなかった。
琥珀と似ている日というのがよくわからないけど、
『あ、お誕生日おめでとうございます!』
慌ててお祝いの言葉を伝える。
『ありがとう、甘ちゃん。琥珀、嬉しいよ。』
本当に嬉しそうな笑顔だった。
けど、
『何か、ないだろうか。』
新田先生から渡されたバッグの中を探る。
『プレゼントならもう貰ったよ。』
琥珀さんがそう言った。
もちろん僕は何もあげられていない。
他の人から貰ったのだろうか。
『僕からも何かを渡したいので…』
だが、プレゼントとして合いそうなものはなかった。
『ううん、甘ちゃんから貰ったよ。』
『僕から?』
思い当たるものはない。
『琥珀に会いに来てくれたこと、すごく嬉しかった。』
会いに行ったことがプレゼント?
『そんなことでいいのですか?』
たまたまこの日に会えたわけだけど、
琥珀さんは違うようだ。
『すごく、すごーく嬉しかったんだよ。』
すごーくとな、
でもそう言ってもらえることは僕にとっても
『喜んでもらえて僕もすごーく嬉しいです。』
これは紛れもない事実。
琥珀さんが笑った。
そして僕も笑った。
ふと、硬い何かが手に当たる。
カメラだ。
『あ、琥珀さんの写真撮ってもいいかな?』
カメラを取り出して言う。
琥珀さんは、
『恥ずかしいから、だめー!』
と、言われた。
だめーだった。
残念、
『でも、甘ちゃんと一緒だったら、いいよ?』
琥珀さんが、小さな声で言った。
一緒に、か。
僕はカメラの小さなスイッチをONに入れる。
どうやって撮ろう。
内側にカメラはなく、どう映っているかわからない。
まず、カメラの使い方もよくわからない。
確かこのボタンで…
ボタンを押すと、カメラからパシャ!っという音がした。
カメラの画面を見る。
琥珀さんも見ようとする。
画面には琥珀さんと、僕の髪と肩しか写っていない写真がある。
『うぅ、』
琥珀さんは恥ずかしそうだった。
まぁいいか?
琥珀さんは、カメラを撮ろうと手を伸ばす。
僕も、カメラを取られないように手を上に伸ばす。
琥珀さんは僕より背が低いので、もちろん届かない。
『うぅ〜っ』
琥珀さんは僕の胸を優しくぽんぽんと叩く。
駄々をこねる子供みたい…
でももったいないので、写真は消さない。
『あ、間違えた!』
そう言って、また写真が撮れる。
そこには駄々をこねる琥珀さんの姿が映っていた。
『もうそろそろお風呂入る?』
時計を見ると、もう21時になろうとしていた。
『そうですね、もうそろそろ入ったほうがよさそうですね。』
『なら、甘ちゃんが先に入っていいよ。』
と、言ってくれた。
『んー、ならお先に入らせていただこうかな。』
と言って、バッグから替えの服を持って行く。
お風呂場はここかな、
扉にbathと描かれている札がある。
中に入ると脱衣所があり、また隣に扉がある。
その扉の中にお風呂があった。
服を脱ぎ、風呂場へ。
琥珀さんと入ることにならなくて安心する。
まずシャワーで身体を流す。
その後、椅子に座って、髪を濡らす。
シャンプーはこれかな?
一つ、shampooと書かれているボトルを手に取る。
ラベンダー&ベリーの香りらしい。
手の上に液を出す。
琥珀さんが近くにいる時に香るのと同じだ。
シャンプーの香りだったのか。
『・・・』
恥ずかしくなったが、そのシャンプーで髪を洗い、シャワーの水でシャンプーを洗い流した。
次は身体を洗おう。
ボディーソープは、これかな。
柑橘系の香りがする。
そして身体を洗おうとした時、
ガラガラガラ…
ふと横から音がして振り向くと、
⁉︎⁉︎⁉︎
裸になった琥珀さんが扉を開けていた。
『ギャアァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』
今までで一番大きな声で叫んだ。
僕は琥珀さんがいる方に背を向けた。
前にも鏡があった。
目を閉じる。
『甘ちゃん、急に大声出すからびっくりしちゃった。』
と、お構いなしに近づいてきているようだ。
『な、ななな、何故ここに!』
と、慌てながら言う。
『なぜって言われても…借りてるけどここが琥珀の住んでいる家だから?かな?』
その通りだけど!
『甘ちゃんの背中、琥珀が洗うよ。』
全くなんとも思っていないみたいだった。
僕の肩から琥珀さんの手が伸びてくる。
琥珀さんは僕の前にあるボトルを取るために必死に手を伸ばしているようだ。
『ん〜しょ』
琥珀さんの身体が触れる。
『あとちょっと』
もうやめてぇ!
僕はボディーソープのボトルを掴み、肩から伸びる手に渡す。
『あ、ありがとー』
と耳元で言われた。
恥ずかしいなんてものじゃない。
琥珀さんの生身が触れたのだ。
琥珀さんのあの膨らみが押し付けられたのだ。
深呼吸をしよう。
息を大きく吸ってー
はいて…
『イャアァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎』
琥珀さんの手が僕の背中に触れた。
『甘ちゃん、またびっくりしちゃったよぉ!』
と、少し怒っているみたいだった。
今のはまぁ、僕も悪かったけど…
琥珀さんは僕の背中を優しく撫でるように洗ってくれているようだった。
『寂しいから、こっちを向いて欲しいな。』
とんでもないことを言われた気がする。
『いやいやいや!ムリムリ‼︎』
もはや無謀である。
『こっちを向くだけなのにぃ!』
む り で す !
琥珀さんが僕に抱きつくようにして胸を触ってくる。
『☆¥%*〆#○!!!』
必死に叫ぶのを堪えるが、変な声が出る。
本当にやめてぇ‼︎
それから琥珀さんと湯船に浸かっている。
琥珀さんは現在頬を膨らませ、ご機嫌斜めだった。
『誕生日プレゼントとして、甘ちゃんに洗って貰いたかったのに…』
まだ言ってるよ…
ちなみに、琥珀さんの髪と背中は洗ってあげた。
怒っているのに僕の腕を抱きしめている。
というより、胸に挟まれている。
なんだろうこの子。
恥じらいとかないの?
もうよくわからない。
もう、身体中が暑い。のぼせそうだ。
『僕は、先に出ますね。』
そう言ったが、目を合わせず、腕を抱きしめたまま離さない。
『………ごめん、』
何もわからないまま自然と謝っていた。
琥珀さんは、目を合わせないままだが、抱きしめていた腕を解放してくれた。
僕は風呂場を出てバスタオルで髪や身体の水を拭き取る。
そして新しい服を着て、ドライヤーで髪を乾かす。
と、琥珀さんがお風呂から出てきた。
僕が使ったバスタオルを手に取り、使っている。
『・・・』
僕は脱衣所を出ようとした時、
『ごめんなさい…』
と、謝ってきた。
『大丈夫、僕が変な風に考えただけだから悪いのは僕だろう、』
そう、返すと、
『もっと、一緒に居たくて…わがままばっかり言っちゃったから、琥珀が悪いの。』
琥珀さんは落ち込んでいるようだった。
『今日は誕生日なんだから、わがまま言っても大丈夫ですよ。ただ、あまり行き過ぎなければ、ですけど…』
せっかくの、琥珀さんにとっては4年に1度しかない貴重な日。
それを僕のせいで台無しにはしたくない。
『甘ちゃんってやっぱり優しいんだね。じゃあ、髪を乾かすのを手伝って欲しい。いいかな?』
『それなら、全然大丈夫ですよ。』
そう言うと、琥珀さんは再び笑顔を見せてくれた。
まず、琥珀さんの長い髪をブラシでとかす。
琥珀さんの髪はふわふわとしていて、手触りが良い。
そしてドライヤーで髪を乾かしていく。
風に乗って、またシャンプーの香りがしてくる。
ゆっくり時間をかけて、髪を乾かした。
その間、少し気になったことがあった。
本名はわからないのに、誕生日はわかるんだな。
あまり触れてはいけないのかもしれない。
訊くのはやめておこう。
こんな感じだろうか。
『ありがとう、甘ちゃん!』
優しい笑みを浮かべてお礼を言ってくれる。
さて、寝る準備をしよう。
その前に、歯を磨かないと。
脱衣所にある洗面台で歯を磨く。
シャコシャコシャコ
実際は琥珀さんの歯を磨いている。
僕は先に琥珀さんが磨いてくれた。
これも琥珀さんがしたいと言っていたこと。
そして、寝る場所は…
大きなベッドが1つある。
『甘ちゃんと一緒に寝たいな、』
やはりそうなるか。
同じベッド…
『まぁ、いいか。』
琥珀さんは喜んでいる。
この笑顔、喜ぶ姿を見れるだけで僕も嬉しくなる。
僕はベッドに寝転がると、琥珀さんも隣に横になる。
琥珀さんはこちらを向く。
僕は顔だけを琥珀さんの方に向ける。
『そういえば』
琥珀さんが何かを思い出したように言った。
『何かありました?』
琥珀さんは不思議そうな顔をしていた。
『どうして甘ちゃんは敬語を使っているの?琥珀に気を使わなくていいんだよ?』
・・・
うーん、
『まだ人と話すことに慣れてなくて、自然と、なってしまったり、その方が話しやすくて敬語になってしまいまうんでっ、……あぁ、』
ふふふと琥珀さんが笑う。
『昔の甘ちゃんもたまに敬語になってたよ。やっぱり、大きくなっても、記憶を無くしても甘ちゃんは甘ちゃんなんだね。』
『ははは、昔から変わってなかったんだね。』
昔のことはまだ全然思い出せてないけど、変わってないんだな。
『でも、昔は自分のことを“俺”って言ってたのと、少し気の強くなる時があったよ。多分、自分を強く見せるためだったんだと思うけど、今の甘ちゃんは本当に優しくて、きっと今が本当の甘ちゃんなんだと思う。』
『昔の僕たちはひどいいじめを受けていたんだってことは聞いたよ。』
琥珀さんは小さく頷く。
『でも、甘ちゃんがいてくれたから、助けてくれたから、琥珀は今ここにいられるの。本当にありがとね。』
と、琥珀さんは僕の頭を撫でる。
『・・・』
やはり、心地よい。
意識が遠のいていく。
いつのまにか、僕は眠っていた。
『甘ちゃん、おやすみ。』
と、聞こえた気がする。
-私も眠ろう-
誰かが怒鳴っている。
『こんなところまで逃げやがって、手間かけさせんなよ!』
男は花瓶を叩き落とし、割れる。
綺麗な花もバラバラに…
私の前には、パパとママの姿が。
パパは男に立ちはだかるようにして両手を広げた。
『いい加減にしてください。これ以上、2人を傷つけないでください。』
すると、男はポケットから黒い物体を取り出した。
そして、その黒い物体を少し上げたかと思うと、一瞬のうちに下へ振った。
男が持っている黒い物体には、いつのまにか銀色に輝くものが付いていた。
『いい加減にしろ?それはこっちのセリフなんだよなぁ?』
パパは、少し後ずさった。
『ずっと逃げていたくせに、こんだけかよ!お前は大量の金を稼ぎ、俺に渡す代わりに、その女のとこにいさせてやったというのに、約束が違うだろ!』
男がじりじりとパパに歩み寄る。
『あなたが酒やパチンコにお金を使っている間も、私たちはずっと苦しんできたんですよ!』
パパは本当に苦しそうに言ったが、
『俺も苦しかったなぁー、お前らがずっと逃げていたせいで!金が!なくて!くるしかったなあ‼︎』
男の大きな声が響く。
私は怖かった。
ただ、ママがずっと近くにいてくれた。
『っ!早く逃げてください!』
パパが急に大きな声を上げる。
男が急に走り出し、パパに、男が持っていた銀色の部分が向けられる。
そのまま、その銀色がパパに刺さる。
‼︎
パパは苦しそうにしてうずくまる。
が、男は次にママと私の方に歩いてくる。
と、パパが男の足を掴んだ。
『2人に傷をつけるなと、言ったはずです。』
パパは苦しそうに言った。
パパの胸から、赤い液体が溢れている。
なのに、男は心底ウザったそうにしながら振り解き、パパの顔を思いっきり蹴り飛ばした。
『もうやめて‼︎』
ママが叫び、男に掴みかかる。
『はやく……にげ…て、』
パパの消え入りそうな声、
私は震えていた。
ママは、
『ーーーゃん、逃げて!』
男の声と重なり、最初の方が聞こえなかった。
だけど、それが私に言っているのだと気づく。
私は必死にあたりを見回す。
後ろに、外にいける窓がある。
だけど…パパとママは?
2人を置いて逃げたくない。
だけど、
『きゃぁぁぁぁ‼︎』
ママの悲鳴が聞こえた。
どさりという音が聞こえた。
私は咄嗟に窓へ走る。
窓を開けて、外へ逃げる。
『逃げられると思うなよ人狼が!絶対に見つけて、殺してやる‼︎』
と、男が叫ぶ。
私は耳を抑えて、必死に走る。
なのに、
急に視界が砂嵐のように霞む。
そして気づくと、
『みーつけたァ!』
男が前にいた。
後ろに逃げようとすると、
『逃すわけないだろォ?』
後ろにも男がいる。
え、
いつのまにか、男に囲まれていた。
男は銀色を構えて走ってくる。
怖くてうずくまる。
そして
ばさり。
目を開け、上半身を勢いよく起こす。
あたりは真っ暗だった。
『ここは…』
自分の家の寝室、ベッドの上にいた。
ふと、隣を見る。
甘ちゃんが目を閉じて、寝息をたてている音だけが聞こえる。
甘ちゃんの顔を見て、心から安心する。
私は甘ちゃんの寝顔を見ていた。
子供のようでかわいい。
自然と笑顔になる。
頭を撫でたり頬をつついたりしてみる。
『・・・』
甘ちゃんは眠っていた。
夢、あの時のことを思い出す。
パパが刺される瞬間、ママの大きな悲鳴。
…男の声。
それがいつまでも頭から離れない。
『甘ちゃん…1人になるのが、甘ちゃんと離れるのが怖いよ…。』
甘ちゃんがお風呂に入っていった時もそうだった。
涙目になりながら、眠る甘ちゃんに向けて言った。
最近、嫌な声が聞こえてくる。
でも、甘ちゃんといる時だけは聞こえない。
怖いと思う事がない。
…今も近くにいるのになぁ、
『助けて……』
涙が、甘ちゃんの頬に落ちる。
私は甘ちゃんに顔を、身体を寄せていた。
5
Ⅱ
意識が戻ってくる感覚。
なぜか少し苦しい。
目を開けると、
僕の身体にしがみつくようにして眠る琥珀さんの姿が。
頭を撫でてみる。
琥珀さんが目を開けた。
『おはよう、甘ちゃん。』
まだ少し眠そうに言った。
『わぁ!ごっ…ごめん、起こしちゃったかな?』
僕はびっくりした。
頭を撫でてたの、気付かれたかも!
『だいじょーぶー』
琥珀さんは嬉しそうだった。
これはバレてるな。
恥ずかしさを誤魔化すため、
『お、おはよう、琥珀さん。』
と、挨拶を返した。
朝食はトーストだった。
こんがりと焼けている食パンと卵焼き、味噌汁がある。
『ジャム、使う?』
と、イチゴジャムを渡される。
『じゃあ、使おうかな。』
そう言って僕はイチゴジャム受け取った。
どれも美味しかった。
朝食を終え、
『今日はどうしようか?』
と、訊いてみる。
『甘ちゃんは何かしたいことはない?』
と、逆に訊かれた。
うーん、
この島に何があるのか、まだ知らない。
『僕はこの島に何があるのかわからないから、おすすめの場所とか色々、見てみたい。』
と、言ってみる。
琥珀さんは考えている。
そして、何かを思い出したように言った。
『じゃあ、あそこに行こう。』
どこだろうか。
バスに乗る。
バスの中はかなり空いていた。
僕と琥珀さんが椅子に座ると、ドアが閉まり、走り出す。
複数のバス停を過ぎた後、琥珀さんがボタンを押す。
するとバスから、“次、止まります。”と、アナウンスが流れる。
『もうすぐだよ。』
と言われた。
そこは木や草ばかりで、周りに建物がほとんどない場所だった。
琥珀さんが僕の手を取り、バスを降りる。
そのまま少し歩くと、フェンスの前で止まる。
『ここだよ、』
琥珀さんは笑顔だった。
でもフェンスがあり、その奥はただ広い何かがあるだけだった。
『ここは?』
訊くと、琥珀さんは口に人差し指を置いた。
?
すると、だんだん大きな音が聞こえてきた。
そしてその音の正体が現れる。
『飛行機?』
僕の前を1機の飛行機が降りてきて、通り過ぎていった。
僕はその姿を眺める。
『ちょうどよかった。甘ちゃん、飛行機好きだったよね?』
ふと、琥珀さんが言った。
どうなんだろうか。
でも、かっこよかった。
きっと好きなんだろうな。
『うん』
僕は頷いた。
次は、少し歩いたところにある大型ショッピングセンターに行く。
中には沢山のお店があり、多くの人で賑わっていた。
琥珀さんはより一層強く、僕の手を握り、
そして、人を避けるように引っ張りながら歩く。
人が怖いのだろうか。
そう思いながら、1つのお店の前で止まる。
『琥珀、新しい服を買いたいんだけど、いいかな?』
そこはおしゃれな服屋だった。
『うん、大丈夫だよ。』
と言って、中に入る。
琥珀さんは、1つの服を手に取った。
『これが欲しいの。』
と、僕に見せてくる。
特に模様など特徴のない、真っ白な服。
『試着してみたら?』
と訊くと、『うん!』と返ってくる。
試着室に入る前にベージュのスカートも、手に取った。
『それも?』
琥珀さんが頷く。
琥珀さんが、試着している間、その場でお店の中を見てみる。
女性ものばかりだった。
まぁ、僕は新田先生からもらった服がある。
どれもそれなりのお値段がしそうな服で…
また、お礼をしに行かないと。
すると、試着室のカーテンが開けられ、着替えた琥珀さんがでてくる。
『どうかな?』
うーん、
やはり、少し地味だと思った。
でも琥珀さんが、気に入っているなら、
『うん、落ち着いた感じでいいと思う。』
上手く褒められない。
けど、琥珀さんは喜んでくれた。
琥珀さんは自分の服に着替えて、
『次は甘ちゃんが琥珀に似合う服を選んで欲しいな。』
というわけで、服を見て回る。
琥珀さんが選んだ服とスカートは購入。
2つ合わせて5千円ほどだった。
他のお店も見てまわる。
すると、
『これ、甘ちゃんに似合いそう。』
と、琥珀さんが一着持ってくる。
ふりふりのフリルがあり、ピンク色のリボンが付いていた。
メイド服みたいにも見える…
『おぉ、いいとおもっ…』
あれ、今なんていった?
僕に似合いそう?
琥珀さんは、その服を僕の前に出して、
『似合ってる、可愛い!』
と言う。
どう見ても女性ものの服だった。
『ボクニ…ニアウ?』
琥珀さんは笑顔で頷く。
んなバカな。
『いやいや、絶対琥珀さんの方が似合うでしょ』
と笑って言った。
でも琥珀さんは首を横に振る。
『琥珀は…かわいくないから似合わないよ、』
可愛くない?
服が可愛くないってことだろうか。
可愛さをわざとらしく出した服ではあるけど、琥珀さんがそんなことを言うとは思えない。
なら……自分に向けて言ったのか……。
琥珀さんは寂しそうな顔をしていた。
なら、言うことは、
『そんなことはない。琥珀さんは間違いなくかわいいよ!』
自分が思っていたより大きな声を出してしまったようで、周りの人々に注目される。
でも、恥ずかしいとは思わなかった。
琥珀さんは顔を赤くして、俯く。
『ほんと?』
小さな声が聞こえてきた。
『うん』
琥珀さんが買った服が地味だったのもそういうことか。
僕は色々見た中で気になる服を思い出す。
センスとかよくわからない。
けれど、女性ものの服をほぼ見終わった今でも気になるのはその服くらいだった。
本当は、ちょこちょこ良さそうな服はあったけど。
琥珀さんが派手な服を元に戻すと、僕は琥珀さんの手を取り連れて行く。
『どこに行くの?』
僕は答えず、お目当てのお店に入る。
そして本当のお目当ての前まで行き、手に取る。
『これはどうかな。』
ピンク色の薄い羽織りもの。
こんな服はここ以外どこにも売ってなかった気がする。
『こ、こんなの…恥ずかしいよ。』
と、言われた。
琥珀さんの顔が真っ赤になる。
『ちょっ!違う!これだけ着るってわけじゃないよ!」
慌てて言う。
僕は琥珀さんが買った服を指さして、
『この服と合うんじゃないかなと思って…』
真っ白な服の上にこのピンク色の羽織りものを着ればおしゃれになりそうだ。
『どうかな、』
あとは琥珀さんがどう思うかだ。
今は少しずつ暖かくなってきており、半袖の服も出始めている。
琥珀さんが買った服もこの羽織りものも、長袖。
でも、まだ肌寒い日もあるし、季節的にちょうど良いのではないかと思った。
琥珀さんはしばらく見た後、
『この服、買う!』
そう言って、レジへ持って行く。
無事、購入できた。
『甘ちゃんも服、見てみる?』
琥珀さんが訊いてきた。
一着くらい買おうかな。
『でもその前に、昼食取らない?』
もう13時を過ぎていた。
『そうだね。』
僕たちは3階にあったカフェに入る。
琥珀さんはサンドイッチとミルクティーを、僕はパスタとカフェオレを頼む。
あ、
僕、お金持ってない……
固まる僕に、琥珀さんは財布を差し出す。
『甘ちゃんの財布だよ。』
頭の中が?だった。
『これは甘ちゃんと琥珀のお金だから、ね!』
そう言って、琥珀さんは財布からお金を出した。
無事?購入できた。
食事を楽しんだ後、琥珀さんと色々な服を見てまわる。
と、琥珀さんが、
『これがいいかも、甘ちゃんに似合うと思うよ。』
と、一着の服を見せてくる。
今回は、白い無地のシャツに青緑色の羽織りもの。
このセットは…
僕も気に入った。
ズボンは、グレーのジーンズを手にして、試着室に入り、着替えてみる。
やっぱり。
琥珀さんが買ったものと似ている。
サイズはあっているようだった。
『似合ってるよ、カッコいい!』
琥珀さんがいつのまにか試着室の中に入っていた。
わぁ、
『勝手に入ってこないのー。』
琥珀さんを外に追い出し、元の服に着替える。
2つをレジに持って行き、購入する。
6
その後、雑貨など色々見ていたが特に買うものは何もなかった。
そして、ショッピングセンターを出ようと歩く。
『痛っ』
カチッという音がして石が転がる。
飛んできた方をみると、こちらを睨む男がいた。
『帰れ。』
冷たく、そう言われた。
琥珀さんは僕の背中に隠れた。
ここで面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。
『もう帰る予定です。』
そう言ったが、
『お前らに生きる価値はねぇよ。』
『・・・』
これが、人狼の宿命なのか。
分かっていた。
食事の時も、服を見たり買ったりしている時も、バスの中でも多くの人から睨まれたり、不自然に距離をとってきたり、態度が悪かったり。
僕も琥珀さんも、悪いことは何もしていないのに。
『死にてぇの?』
琥珀さんが裾を強く握っているのが、怖がっていることがわかる。
男はポケットから折りたたみ式ナイフを取り出した。
まただ。
周りの人々も気づき、逃げるものもいれば、見に近づく人もいる。
若い男がスマホのカメラをこちらにむける。
2人の女がこちらに迷惑そうな顔をして何か話している。
柄の悪そうな男が『人狼なんてやっちまえ!』
と叫ぶ。
それに合わせて周りの人まで合わせて騒ぐ。
『俺も混ぜろ』と僕の対面に立つ人まで現れた。
誰も止めようとしない。
正直、もううんざりだ。
『失せろ』
僕も睨みつけ返し、冷たく言った。
僕は腰ベルトに手を当てる。
上着で隠れているが、そこに銃がある。
と、乱入してきた男がこちらに走る。
銃口を乱入してきた男に向ける。
そして引き金に手を当てる。
僕は顔のぎりぎりを狙って引き金を引く。
バン!
大きな音がすると同時に、男の頬に軽く傷ができる。
血が出ている。
が、男は止まらない。
覚悟を決めるしかない。
僕は男の額に銃口をむける。
と、
ほんの隙間に別の男が割って入る。
走っていた男は止まり、割って入った男を退けようとする。が、
すぐに顔色が変わった。
そのまま男は後退り、どこかへ慌てて走って逃げる。
ナイフを持っている男も、舌打ちをし、睨みつけた後どこかへ去る。
割って入った男がこちらを向き、
『大丈夫?怪我はないか?』
と訊いてきた。
僕は銃を下ろし、
『僕は平気です。』
と、言った。
『それは良かった。』
男は笑う。
僕のことを悪く思っていないようだ。
『助かった、ありがとう。』
そう言った。
『気にすることはない。私は幸の鳥島防衛剣士隊 第1隊所属、隊長を務める鷹也.真[タカヤ.シン]だ。私はこの島の安全を守ることが仕事だ。』
何を言っているのか半分くらいわからなかった。
幸の鳥島のなんだって?
『一匹狼君、君も剣士にならないか?君が目を覚ますのをずっと待っていたよ。』
一匹狼君……それって僕のこと?
剣士にならないか?まず剣士って何?
『えっと、一匹狼って何のことですか?後…剣士とは何ですか?』
わからないことは訊こう。
『一匹狼は君のこと、君は昔、よく一匹狼と呼ばれていたからね。』
・・・。
『銅甘です。』
『そうだったか!で、剣士は…この島の人々の安全を守る仕事だ。』
急に言われてもなぁ。
『君はかなり若いし、危険な仕事だ。でも、君ほどの実力があれは、多くの命を救えるはずだ。』
『昔の自分がどうだったかわからない、その…記憶喪失で、今はそんなに実力なんてないですよ。』
危険な仕事、先ほどのように武器を持っていたり、暴力を振るってくるような人を止めなければならないとすれば、自分の命にも関わるのだ。
『そうだったのか、でもきっとすぐに良くなるさ。んー、なってくれるなら、敷地内にある広い家に住むことができる。あと食事も無料で出る。あとは……』
・・・。
それに釣られると思っているんだろうか。
『ええと、やめとき…』
『もちろん、君専用の剣も無料で渡そう。』
そ、そうですか…
しつこい。
卑怯だ。
琥珀さんが怖がって背中に隠れたままだし…
『か、考えときますから!』
鷹也さんは嬉しそうだった。
そうして、ポケットから何かを取り出して、僕に差し出す。
…これは、
名刺だった。
『場所はここに載っている。私は外で見回りをしていることが多いが、君の決断を楽しみに待っているよ。』
ならない、と言いにくくなるからやめて!
鷹也さんは『また会おう』とトドメを刺して去る。
僕は、名刺を見る。
すごく真面目そうな顔をした鷹也さんが写っている。
・・・。
面倒事に巻き込まれた。
どうしよう、
『さっきの人、知ってる人?』
琥珀さんがヒョコっと顔を見せる。
僕は全力で首を振る。
知らない知らない!
琥珀さんは不思議そうな顔をしていた。
『さ、さて帰ろう。』
僕は出入り口へ歩く。
琥珀さんも付いてきた。
バスに乗り、近くのバス停で降りる。
少し歩き、家に着く。
部屋に入り、手を洗ったり着替えたりした後、ソファーに横になる。
2人に殺されそうになったことを思い出す。
そして。銃を撃った感覚が今も残っている。
琥珀さんがくる。
僕は起き上がると、隣に座った。
『横になる?』
琥珀さんが自分の太ももをぽんぽんと叩く。
『あ、いや、大丈夫。』
と、言ったが、琥珀さんは僕の身体を引いて、倒そうとする。
僕は、そのまま倒れる。
琥珀さんの太ももの上に、頭が乗る。
『甘ちゃん、疲れてるでしょ?』
そう言われ、頭を優しく撫でられる。
正直、かなり疲れていた。
身体が重く感じる。
上を向くと、琥珀さんの笑顔が見える。
眠い。
徐々に視界が狭まる。
『おやすみ、甘ちゃん。』
それを最後に。
気づくと俺は、扉の前にいた。
この先立ち入り禁止、と載っている紙が貼られている。
でも、その扉のドアノブをひねる。
扉を押すと開いた。
光が差し込み、眩しい。
風が俺の髪を揺らす。
俺は扉のあった先へ歩くと、1人の女の子が立っていた。
その後ろ姿を俺は知っている。
綺麗な10円玉のような色の髪が、揺れている。
女の子の後ろ姿は寂しそうで、誰かが慰めに来てくれるのを待っていたかのように、そこに立っている。
『ごめんね………。』
少しだけこちらに顔を向ける。
でも、よく顔が見えない。
頬にキラリと輝く何かが落ちていく。
それだけが見えた。
でも、それだけ言って、前を向く。
女の子は制服を着ている。
ここは学校だ。
前には小さな子でも登れてしまうほどの段差があるだけで、柵はない。
天井もない。
ここは屋上だ。
学校の屋上…
俺は嫌な予感がして、女の子の方に歩く。
『こないで、』
女の子が小さな声で言った。
俺は咄嗟に歩みをとめる。
女の子は段差の上。
段差の奥に、何があるのだろう。
俺の予想が当たらないことを願う。
俺は気付かれないよう、ゆっくりと近づく。
女の子はいつ向こうへ行ってもおかしくない。
間に合ってくれ!
!?
すると、急に強い風が吹く。
女の子の身体が少しずつ斜めになっていく。
俺は走って、手を伸ばす。
間に合え!
俺の手が女の子の手をとらえるが、
『ぐっ‼︎』
強い衝撃が、腕にかかる。
『いたぃ、』
女の子も同じなのだろう。
片腕だけで女の子を支える。
持ち上げられない。
少し動くだけで俺も落ちそうになる。
もう片腕で、落ちないよう支えているため、どうすることもできない。
良い方法を考えている余裕もない。
-と、
『何してんのー?』
後ろから声が聞こえてくる。
『ははは、バカがバカなことしてるよ!』
男の子の笑い声。
『ほら、楽にしてやるよ。』
ドスッ!
頭にとてつもない衝撃と痛み。
俺は、支えている手を離して
しまった。
女の子の方へ引っ張られる。
女の子をなんとか抱きしめる。
けれど、どうすることもできない。
浮いている。
そんな感覚があった。
上に、鉄パイプを持った男の子たちが、笑いながら見下ろす。
あいつらが憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイニク………
ドスッ!
強い衝撃が襲う。
『ああぁっ!!!』
意識が戻り、目を開け、上半身を起こす。
心臓の鼓動が感じられるほど、バクバクと動いている。
息は切れている。
僕は頭を抑える。
落ちていく感覚、いや、夢の全てが妙にリアルで、実際に体験したように思える。
あれは何だったのだろう?
『甘ちゃん…』
琥珀さんが僕を抱きしめる。
『大丈夫だよ、』
琥珀さんが僕を落ち着かようとしてくれたけど、しばらく落ち着けなかった。
あれは実際に起きたことだったのだろうか。
あの夢に出てきた女の子はほぼ間違いなく、琥珀さんだった。
自ら命を断とうとしていた。
ふと、新田先生が言っていたことを思い出す。
“琥珀さんが…自ら命を断とうとした時も助けてくれたとおっしゃってました。”
あの後助かったのだろうか。
4階ほどのところから落ちた。
下はコンクリートだった気がする。
・・・
気分が悪い、
頭が痛い。
落ちていた時、笑っていた男の子の1人が、鉄パイプを持っていた。
落ちる前、頭に強い衝撃と痛みがあった原因はあれだろう。
その時の痛みが、まだする気がした。
はぁ、はぁ、
息を整える。
『琥珀さん…ありがとう………』
お礼を言う。
おかげで少し楽になった。
『甘ちゃん、うなされてたよ。』
『・・・』
何も言えなかった。
『甘ちゃんが辛そうにしているのを見ると、琥珀も悲しいよ。』
耳元で聞こえる。
琥珀さんが片腕は抱きしめたまま、もう片手で、僕の頭を撫でる。
琥珀さんが僕から離れたがらない理由がなんとなくだけどわかった気がする。
僕が思い出せない記憶、その中に何があるのだろう?
それは僕たちが人狼である以上、辛いことばかりだろう。
そのほとんどを、琥珀さんは覚えているとしたら…
『辛いよなぁ…』
僕は、記憶を取り戻す必要があるのだろうか?
忘れているからこそ、僕は今の僕でいられるのかもしれない。
このままでいたいと思ってしまう。
夕食を食べる。
メニューは白飯、サラダ、コロッケと唐揚げを琥珀さんと半分こ。
その後は風呂に入る。
琥珀さんと…
『ひぃ!』
誰かに、肌を触られるのは慣れないな。
まず、琥珀さんとお風呂に入ること自体が、慣れないけどね、
そして、あっという間に1日が終わろうとしている。
僕はベッドの上で横になっている。
・・・
嫌な夢を見ないことを願う。
琥珀さんが隣で見つめてくる。
『もう寝る?』
琥珀さんが訊いてくる。
『んー」
家に帰った後、眠ったこともあり、まだそれほど眠くなかった。
『まだ眠らないのなら、もうちょっと話そ?』
琥珀さんが誘ってくる。
僕は頷く。
ベッドの端に並んで座る。
『その…うなされてた時、何かあったの?』
琥珀さんは、気にしてくれていたみたいだ。
『昔のことをほんの少しだけ、思い出したのかもしれない。』
『ほんと?』
実際にあったことなのかわからない。
あの高さ…無事では済まないだろう。
『わからない…』
琥珀さんは心配してくれている。
『覚えているところだけでも話してみて、』
どんなことがあったのかは鮮明に覚えている。
『夢で、僕たちは小さくて、学校の屋上にいた。』
琥珀さんは静かに聞いてくれる。
『琥珀さんがいて…屋上から落ちそうになって……』
琥珀さんは少し俯く。
内容上仕方ない、
『僕は助けようとしてた、琥珀さんの手を掴んで…でも、』
少し詰まるが、続ける。
『男の子に鉄パイプで殴られて…僕たちは、そのまま落ちていった……』
琥珀さんがまた、優しく頭を撫でる。
『辛かったね、でもだいじょうぶだよ、』
琥珀さんが優しい声で言う。
『これは、本当にあったことなの?』
琥珀さんは俯いていた。
けれど、少しの間答えは返ってこない。
『ちょっと違うかな。甘ちゃんも琥珀も、本当は落ちなかったよ。』
やはり、落ちてはいなかったようだ。
『でも、琥珀が飛び降りようとしていたのは本当のこと……甘ちゃんが手をとって助けてくれなかったら、琥珀は…ここにいなかったと思う…。』
僕も俯く。
本人から聞くと特に辛い。
僕は、琥珀さんの頭を撫でる。
琥珀さんは嬉しそうに微笑む。
『甘ちゃんのおかげで幸せを知ることができたの、本当にありがとうね。』
僕は今、幸せだ。
優しい人と話せる。
それがとても嬉しい。
ーお前なんか必要ない。見ているだけでイライラする。邪魔なんだよ、うざったい。お前なんか人間じゃない。ー
『うっ!ぐぅっ!』
頭の中で誰かの声が聞こえた。
『っ!』
頭を抑える。
考えたわけでもないのに…
あの痛みがする。
『甘ちゃん!ねぇ!大丈夫?』
うまく聞き取れない。
頭を握り潰されているような針を刺されているような、強い痛み。
耳鳴りがする。
誰かが呼んでいる。
琥珀さんではない誰かが呼んでいる。
『ー “ロウム” ー』
そのまま、地面に倒れる。
『ちょっと。ねぇ、起きて!』
身体を揺さぶられる。
でも、意識はなかった。
『狼無、』
『狼無!』
俺の嫌いな名前。
昔は狼に夢と書いてロウムと言われていたのに。
『またやったのね、』
母が言う。
いや、母のフリをしているだけの知らない人。
『何回すれば気が済むの?』
またか、
嘘ばかり。
『あなたのことを信じていたのに!』
まただ、
また嘘をついた。
くだらない。
『ちょっとこっち来い。』
向こうの椅子に座っている男が、冷たく言った。
父、そう言いたくもない。
向こうに行けばどうなるかわかっている。
『早く来い。』
行くしかない。
父は酒を飲み、新聞を読んでいる。
こちらを見ようともしない。
新聞を見ながら父は、
片手に、空になった酒の瓶を持つ。
俺は抵抗しなかった。
パリーンーーーガッシャーン!
本当はもっと恐ろしい音がした。
父が持っていた瓶は割れている。
額から、何かが垂れてくる
下を向くと、赤い液体が落ちて床が赤くなっていく。
『いいか?これが人を傷つけるということだ。人が傷つくと言うことだ。』
父が冷たい声で言う。
視界がぼやける。
倒れそうだった。
必死に耐える。
『お前なんか必要ない。見ているだけでイライラする。邪魔なんだよ、うざったい。』
父が吐き捨てるように言う。
・・・
嫌いだ。
お前らは本当の親じゃないくせに。
言いたいことは沢山あった。
でも、それを言っても無駄だ。
余計に酷くなるだけ。
『出ていけ、』
俺は何も言わず、出ていく。
『お前なんか人間じゃない。』
声が聞こえた。
うるさい。
ドアを閉め、
真っ暗な中、街灯の光を頼りにある場所へ歩く。
月が細く光っている。
外は静かで誰もいない。
そしてすぐに、目的の場所に着く。
公園。
子供にとって、一番と言える場所。
でも、今は真っ暗だ。
キィ…キィ…
ブランコの揺れる音が聞こえる。
風はないのに、
なんだろう。
近づいてみる。
ブランコに人影がある。
『だ、だれ?』
女の子の声がする。
もっと近づいてみる。
『ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…』
女の子がずっと謝っている。
この声、聞いたことがある。
『俺だよ。』
俺は声をかける。
『え?甘ちゃん?』
やはり、琥珀だった。
『何やってんだ、こんなところで。こんな時間に。』
今は夜の21時くらい。
普通、子供なら家にいるはずの時間。
『追い出されちゃって』
琥珀もか。
『甘ちゃんは?』
逆に訊かれる。
『俺もだよ』
そう言って、隣のブランコに座る。
『甘ちゃん、頭、ケガしてる、』
琥珀がこっちに来て頭を優しく撫でる。
『痛い、』
瓶で殴られた後だ、まだまだ痛む。
『あ、ごめんなさい…』
『そういう琥珀も、ケガしてるだろ?』
琥珀の片方の頬が赤くなっているように見える。
殴られたのだろうか。
学校でも殴られたりしているが…
指も傷だらけ。
『んん…』
琥珀が今にも泣き出しそうな声で言う。
『今日の夜は一緒にいよ?』
琥珀が俺の手をとってねだるように言う。
まぁ、1人になっても何もすることはない。
『あぁ』
返事をする。
視界がさっきから酷くぼやけている。
耳鳴りがして、琥珀の声が聞こえなくなっていく。
『ーーー?』
だめだ、何も聞き取れない。
ぼやける視界、その目に1人の人影が見える。
琥珀ではない。
遠い、けど身長は高い。
『だれ、だ、?』
息も絶え絶えに言う。
『ザーーーー』
わからナい。
コイツは、誰ダ。
二重にモ三重ニも見えル人影。
グネグネと揺れテいるように見エる。
視界が斜メニなっていク。
『囘唹㐂个屮0弖叵舛啝、』
なにヲいッてイるノか、ワカらナい。
わラッてイるよウだ。
ッ!
きヅくト、
ムネにナイフがサさッテイる。
『ばケ…モ、ノ…ガ』
イタィ、
『丫乂灬仆匚勹?』
7
Ⅲ
目が覚める。
琥珀さんと目が合う。
『甘ちゃん!』
僕の名前を呼ぶ。
・・・
・・・
『甘ちゃん?……大丈夫?』
琥珀さんが心配そうに見つめる。
『あ、あぁ、』
またか、
『嫌な夢を見た。』
琥珀さんの顔が近い。
・・・
まだ、頭がうまく回らない。
夢の内容だけが残っている。
?
気づくと、琥珀さんが唇を重ねてきた。
………。
琥珀さんの顔が少し離れると、
『元気出して、』
と、心配そうな顔をして言った。
『ごめん、迷惑かけたね、』
申し訳ない。
僕は俯く。
『謝らないでよ、』
琥珀さんは、涙をこぼして泣き始める。
『大丈夫、だから…』
僕は琥珀さんを抱き寄せる。
琥珀さんが、僕の胸で泣いている。
『もう、大丈夫なの?』
琥珀さんが訊いてくる。
『うん、もう大丈夫。』
だいぶ落ち着いてきた
リアルな夢。
僕の心臓部にナイフが刺さっていた。
痛みもした。
一体なんだったのだろう?
朝食をとり。
今日は家でゆっくりすることになった。
琥珀さんは、僕の様子をちょこちょこ確認しているようだった。
心配かけてしまった。
『心配してくれてありがとう。』
琥珀さんは笑顔を向けてくれた。
そういえば、
夢を見る前、僕は倒れたんだった。
ベッドの下に倒れたはずなのに、起きた時、ベッドの上にいた。
・・・
『その…僕、倒れて……琥珀さんは眠れた?』
訊いてみる。
『ん〜、ちょっとまだ眠いかな。ちょっと眠ってもいい?』
琥珀さんが訊いてくる。
僕が迷惑をかけたんだ。
『もちろんいいよ。』
琥珀さんは横になり、僕の太ももの上に頭を乗せて、顔を見つめてくる。
『ふふっ。甘ちゃん、おやすみ、』
琥珀さんは嬉しそうに笑った後、目を閉じる。
『おやすみ、琥珀さん。』
僕は琥珀さんの髪を撫でる。
ふわふわする。
可愛らしい寝顔。
子供っぽい。
しばらくして、
琥珀さんの顔色が悪い。
うなされているようだ。
琥珀さんも、辛い夢を見ているのだろうか。
頭を撫でるが、変わらず。
起こそうと身体を揺らす。
琥珀さんが目を開ける。
『大丈夫?』
『甘ちゃん…』
弱々しい声、
『大丈夫だよ。』
琥珀さんがしてくれたように、僕も真似をする。
琥珀さんは笑顔を向ける。
よかった、
琥珀さんは上半身を起こし、僕に抱きつく。
安心しきった顔をしている。
『外、行く?』
少し、気分転換でもしたほうが良い気がした。
『うん、いこ、』
僕たちは立ち上がり、出かける準備をする。
8
特に行き先があるわけではない。
近くの田んぼ道を歩く。
そこから海まで行く。
砂浜がある。
すぐ近くに、砂浜まで降りられる階段がある。
僕たちは階段を降りる。
ザァー、ザァー、
波の音が心地よい。
琥珀さんと砂浜を歩く。
僕と琥珀さん以外誰もいない。
『もうそろそろ戻る?それとも他にも行ってみる?』
訊いてみる。
『もうちょっとこうしてたい。』
琥珀さんが身体を寄せて言う。
『じゃあ、もうちょっと先まで行こうか。』
琥珀さんが頷く。
砂浜を上がり、もう少し先まで歩く。
と、大きな建物が見える。
幸の鳥島防衛隊、と掘られた石碑がある。
ここは、
鷹也さんの顔が思い浮かぶ。
そうか、ここが、
せっかく来たならどうするかだけでも伝えよう。
全く考えてなかったけど、今は剣士になるつもりはない。
悪いけど断ろう。
『琥珀さん、少しいいかな、』
琥珀さんは不思議そうな顔をしたが、頷いてくれる。
建物の中に入る。
中は広い。
すると、奥から、
『何か御用でしょうか?』
と、1人の男が現れる。
腰に剣がある。
『えっと、鷹也さ……こほん、鷹也真さんはいらっしゃいますか?』
男は少々お待ちください。と言ってどこかへ向かう。
左右に、鉄の鎧を着ている人が立っている。
全く動かず、置物かと思う。
いや、本当に置物か?
先ほどの男が戻ると、
『今いらっしゃいます。こちらです。』
と、案内をされる。
しばらく歩くと、また1人男が椅子に座っている。
その男がこちらに気付き、立ち上がると、
『何のようだ?』
と、僕の前に立つ。
ちょっとやんちゃそうな顔をしている。
と、案内をしてくれていた男が、
『この方は鷹也隊長に用があるそうで、現在案内中です。』
と言った。
が、ちょっとやんちゃそうな顔をした男は僕をまじまじと見る。
『人狼じゃん。あれ?後ろの子もじゃん?ま、俺もだけど。』
この人は白い髪に、赤い目をしている。
と、次に琥珀さんを見る。
琥珀さんは怖がって、僕に抱きつき、隠れる。
『あれれぇ?何で隠れるのさぁ〜、さてはやましいことでもあるんだろ?』
また僕に向き直ると、
『てかあんた、この島で有名だった一匹狼じゃん!指名手配犯を次々倒したとか、本物かよ!』
前髪で少し隠れている目が、怪しく光っている。
っ!
キラリ、
間一髪避ける。
『おぉ、今のを避けられるとは、面白い。まぁ避けなくても当たらないようにしてるけどな!』
コイツ、やばい!
剣をかなりの速さで向けてきた。
『あ、あの蓮夜さん!危ないですからやめてください!』
案内してくれていた男が止めてくれた。
『あ〜わりぃわりぃ!すまなかったなぁ狼くん。あと、じょーちゃんも!』
変わった人だった。
『俺は如月.蓮夜[キサラギ.レンヤ]だ。よろしく!んで、シンちゃんに何用で?』
シンちゃん!?
『昨日、鷹也真さんから剣士にならないかと誘われて…』
『なるほどな!シンちゃんが言ってたのは、狼くんのことだったのか!で、なるんだろ?』
う、
やめてぇ。
断るつもりだと言いづらい…
でも言わなきゃ、
『こ、断るつもりで…』
『え、なるよな?』
最後まで言わせてくれない。
圧がすごい。
如月は僕の肩に腕を乗せ、なんか喜んでいる。
『いやー久しぶりにメンバーが増えるぜ!それもまさかの、狼くんとはなぁ!』
『銅甘です。』
1人で盛り上がっている。
『んあ?銅甘っての?初めて聞いたわ。漢字ってどー書くの?』
話が終わらなそうだ。
案内してくれていた男も困惑している。
『ってか、俺の事は蓮夜って呼んでくれていいぞ!俺と同じグループだといいな!』
1人で話が進んでいる。
もう行こ。
僕たちは蓮夜を置いていく。
『ここです。』
1つの扉の前で止まる。
案内してくれた男が扉をノックする。
中から返事が返ってくる。
鷹也さんの声だ。
男は扉を開け、中に案内する。
僕たちは部屋に入る。
奥に、鷹也さんが座っている。
後ろから気配を感じる。
案内役の男とは違う。
『なぁシンちゃん!アカバネ君を俺と同じグループに入れてくれないか?』
蓮夜だった。
名前間違えてるし…
『ようこそ防衛隊へ、銅君、君はどうやら剣士になってくれるようだね。嬉しいよ。』
『あ、え?まぁ、はい……。』
何も言ってないのに、
もう、なるしかないじゃん、
『それで赤羽君は俺と同じグループに!』
『そうだな、蓮也のグループは人が少ないからなぁ、そうしよう。』
『いょっしゃあああ‼︎これからよろしくな赤羽‼︎』
ツッコミどころがたくさん…
それから色々な場所を案内される。
蓮夜も付いてくる。
なぜ?
『今からここが銅君の家だ。好きに使ってくれて構わないよ。もちろん、今住んでいる家を使い続けでも構わない。』
中を案内される。
『そういえば、お隣の子は…確かあの時もいたね。』
鷹也さんが琥珀さんを見る。
琥珀さんはまた隠れる。
『あ、この子は怖がりみたいで…琥珀と言います。
『怖かったかな?琥珀さんも自由に使って構わないよ。』
そう言って優しい顔を向けた。
『そういや赤羽、一匹[ボッチ]じゃなくなったのか?かわいい女なんか連れちゃってよぉ!』
蓮夜が肘でこづいてくる。
『ボッチじゃないもん!』
僕は反論した。
わからないけど、
『ブハハハハ!ボッチだったくせに‼︎』
蓮夜は爆笑している
鷹也さんは呆れた顔をしている。
『蓮夜はこういう人だから気にしないでやってくれ。』
僕は頷く。
『アッハハハハハァ!おもしれぇ!』
まだ笑っている。
僕たちは蓮夜を置いて別の場所に行く。
食堂。
昼食をとる。
『ここの焼き肉丼が美味ぇんだよ。食べてみな!』
置いてきたはずの蓮夜が隣にいて、焼き肉丼とやらを差し出す。
僕は手を振り、断る。
『じゃ、また今度食べな!』
『あぁ、はい…』
食べ終え、また別の場所へ。
剣がたくさんある…
『好きなのを1つ選んでくれ、好きなのがなければ個人用で作ることもできるがね。』
一通り剣を見てみる。
『なぁ!これとかどうよ!』
蓮夜が1つ、剣を持ってくる。
ドクロのついた、刃がギザギザしている剣だった。
何でそんなのがあるんだよ。
『嫌ですよ!』
『えー、かっこいいと思ってたのにー。ぜってー似合うと思うんだけどなー。』
厨二か?
剣の色も黒と紫。
こりゃひどい。
『これでいいか。』
直感的にかっこいいと思う剣を持つ。
重いな。
『それでいいのか?』
『はい、これにします。』
うん、気に入った。
『少し、試してみるか?』
そう言ってどこかへ行く。
『こっちだ。』
と、手招きをしてくる。
そして、ついたのは。
練習、訓練施設かな。
複数人の人が囲いの中で1人ずつ剣を振るっている。
僕はその囲いの1つに入り、
『まずは初級からいこうか。』
と、鷹也さんが言う。
そして、前から人が出てくる。
え?
『安心しろ、ソイツはアンドロイドだ。赤羽の本気を見せてくれ‼︎』
蓮夜が叫ぶ。
アンドロイドが、剣を構える。
いや、本物の剣じゃない。
おもちゃかな?
練習だし、そうだよね。
アンドロイドが走ってくる。
本物の人間みたいだ。
って、もう始まったのか!
僕もアンドロイドに向け、剣を構える。
アンドロイドが襲いかかる。
アンドロイドの持つ剣を、僕が持つ剣で受け止める。
強い力で押し付けてくる。
『グッ!』
アンドロイドを跳ね飛ばし、次は僕が剣を振るう。
アンドロイドが、すぐに体勢を立て直し、剣を振るう。
2つの剣がぶつかる。
跳ね返されるが、すぐにもう一度振るう。
『はあっ‼︎』
また、2つの剣がぶつかり、跳ね返される。
まだだ!
また剣を振るう。
もっと速く!
アンドロイドが、剣で受け止める。
僕の剣が外側へ上手く流されて、アンドロイドの持つ剣が、こちらに迫る。
間一髪、避ける。
今だ!
僕は剣を大きく振り、
『やあっ!』
アンドロイドの首を狙う!
すっ!
と、アンドロイドの首の前に剣をたてる。
勝負は付いただろう。
だが、
アンドロイドは、剣を振るい、
ゴンッ!
頭を剣で優しく叩かれる。
『イタッ!』
酷いと思う。
『ブッ!』
蓮夜が吹き出す。
『おぉ!』
『スゲー!』
『マジかよ!』
『やばぁ!』
後ろから複数の人の声が聞こえる。
見られていたらしい。
琥珀さんが頭を優しく撫でる。
『カッコよかったよ、甘ちゃん!』
琥珀さんが言う。
後ろを振り返る。
鷹也さんが近づいてくる。
『素晴らしい戦いだった!』
と、手を叩く。
後ろから複数の人も拍手する。
1人を除いて。
『アッハハ!ブフフォ!』
笑い声が気持ち悪くなってるぞ
あ、ちなみに蓮夜は壁を叩いている。
『あっひひぃいっひひ!やべぇーハラいてぇー‼︎』
ムカつくなぁ!
覚えておけよ!蓮夜‼︎
『流石は一匹狼!恐ろしいな〜』
鷹也さんの隣に立つ男が言った。
・・・
『初級って、結構難しいんですね、』
めちゃくちゃキツい。
死ぬかと思ったよ。
『あぁ、すまない。今のは上級者向けだ。』
はい?
『初めてなのに…』
『でも、首をとっていたじゃないか。』
それを言われると…
『頭叩かれてたけどな!』
レェーンーヤァー‼︎‼︎
『やはり、私の目に狂いはなかった。君を招待して本当に良かったよ。』
鷹也さんがそう言うと周りの人が盛り上がる。
1人、こちらに近づく。
『初めまして、僕は東雲.光輝[シノノメ.コウキ]、君の戦う姿を見せてもらったよ。』
礼儀正しい人だ。
『初めてなのにあそこまでできるなんて君、すごいですね。』
『ありがとうございます。』
お礼を言うと笑顔を見せる。
『つい先ほど、剣士として入隊したと隊長からお聞きしました。それも私たちと同じグループだとか。これからよろしくお願いしますね、銅さん。』
そう言って、手を差し出す。
東雲さんも同じグループみたいだ。
安心する。
『よろしくお願いします!』
僕はそう答えて手を差し出し、握手する。
『すまない、これから見回りだからこれで。』
鷹也さんがそう言った。
『あれ?高羽は行かないのか?』
もう言う事はないな、
『ではまた明日会おう。』
鷹也さんがそう言って出ていく。
『明日から、楽しみにしていますね。』
東雲さんがそう言って笑顔を見せる。
『はい、また明日。』
そう言って出ていく。
僕も外に出る。
9
さぁ、帰ろう。
思っていたより、時間がかかった。
もう夕方、日が傾いている。
『ごめんね琥珀さん。かなり時間を取っちゃって、』
琥珀さんは笑顔を見せて、首を横に振る。
『大丈夫だよ。それより、甘ちゃんは剣士になるんだ、』
『うん』
僕は頷く。
『凄くカッコよかったよ!』
にっこりと笑って、琥珀さんに言われる。
『そういえば、怖がっていたみたいだったけど、大丈夫?』
ずっと僕の背中に隠れていた。
琥珀さんは人が怖いみたいだ。
『甘ちゃんがいてくれるなら大丈夫だよ。』
『そう?』
『うん!』
なら、剣士として人々を守る事にしよう。
そう思いながら琥珀さんが借りている家に着く。
ここ以外にも家がある。
どちらも借りているわけだけど。
家に帰った後はゆっくりしていた。
琥珀さんが身体を寄せて、甘えてくる。
やっぱりまだ恥ずかしい。
でもやっぱり琥珀さんは嬉しそうだ。
もう寝る時間。
今日は嫌な夢は見たくない。
琥珀さんも心配だ。
ふと、琥珀さんを見る。
琥珀さんはこちらを見つめていた。
『きょうはぎゅってしてねよ?』
琥珀さんの甘い声。
恥ずかしいが、もうあんな夢は見たくない、見てほしくない。
琥珀さんが身体を寄せて、抱きしめる。
琥珀さんの体温、
暖かい。
シャンプーの香りがする。
ラベンダーの香り。
落ち着く。
『おつかれさま。おやすみ、甘ちゃん』
『おやすみ、琥珀さん』
僕は目を閉じた。
『……ゃん』
『…ちゃん!』
誰かが名前を呼んでいる。
『甘ちゃん、ボーッとしてるの?』
琥珀が顔を覗かせている。
『見て、ねこちゃん!』
琥珀が指を差す方に猫がいる。
真っ白な毛に、黄色い目をした猫だった。
『かわいい!』
琥珀が猫の方へ走る。
猫は草むらに逃げ込む。
『あ、行っちゃった…』
落ち込んでいる。
『猫は警戒心が強いからな、』
俺が言う。
『甘ちゃんは触らせてくれるのにな…』
さらっと恥ずかしいことを言う。
『別に!触らせてないぞ!』
俺は琥珀にデコピンをお見舞いする。
『ひぎゃっ、』
琥珀は目をぎゅっと閉じて、おでこを抑えてう〜と唸っている。
・・・
『行くぞ、』
琥珀の手を握り、引っ張る。
今は琥珀がお花畑に行きたいと言っていたのでそれらしいところを探している。
でも全く見つかっていない。
ふと、遠くに人影が見える。
浴衣を着た女がいる。
俺は別の場所に琥珀を引っ張ろうとする。
だが、琥珀は動かない。
『いいな、浴衣…祭りに行ってみたい…』
小さな声で言う。
無理だろう。
行っても追い出されて嫌な思いをするだけ。
『祭りなんて、人が多いだけで楽しくなんてない。花を見てた方が何倍もマシだ。ほらいくぞ!』
琥珀の手を強引に引っ張る。
琥珀さんは残念そうだった。
色々探す。
でもお花畑と言える場所はなかなか見つからない。
1つ、古びた建物が見える。
人気[ヒトケ]はない
シャッターが閉められており、手前にガチャガチャがある。
機械に水ヨーヨーのようなものが写っている紙が貼られている。
近づいてみる。
中には、残り1つカプセルがある。
値段は200円。
たけぇ、
俺たちにそんなお金はない。
でも、琥珀さんは目を輝かせて見ている。
『これ何?』
『ガチャガチャだ。中には祭りであるらしい水ヨーヨー型のおもちゃが入っているみたいだな。』
ポケットに、自販機の下で拾った100円玉が2枚ちょうどある。
このお金で美味しいものでも買おうと思っていた。
でも、“あそこ”に行けば美味しいものが貰える。
琥珀はまだガチャガチャを見ている。
俺はガチャガチャの機械にお金を入れる。
『ほら、そこのハンドルを回せば出てくる。』
俺はハンドルを指差す。
琥珀はこちらを見つめている。
『え?』
琥珀がずっと見つめたまま動かないので、俺は琥珀の手をとり、ハンドルを一緒に回す。
ガラガラと音がした後、下からカプセルが出てくる。
と、同時に売り切れの表示が出てくる。
俺は琥珀の手を掴んだまま下に落ちたカプセルを取る。
琥珀にカプセルを握らせたまま、俺は手を離す。
『開けてみろよ。』
琥珀は呆然とカプセルを見る。
そして、カプセルを開けようとする。
『開かない…』
琥珀は悲しそうだった。
『ったく、貸せ。』
琥珀がカプセルを渡す。
周りのテープを剥がし、カプセルを開ける。
『ほら』
と、琥珀に渡す。
琥珀がカプセルから中に入っていた水ヨーヨー型のおもちゃを取り出す。
赤い金魚などが描かれた黄色いヨーヨー。
『かわいい、』
琥珀はそのヨーヨーを見ている。
『よかったな、』
『うん!』
琥珀は嬉しそうに笑顔を見せる。
?
視界がぼやける。
耳鳴りもする。
目を閉じる。
『なんなんだ、』
と、耳鳴りがおさまっていく。
目を開けると、
『ここは…』
すぐ目の前に遠くまで広がる花畑。
?
『わぁー、きれい!』
隣で琥珀が花を見ている。
俺も、花を見る。
いろんな色の花が咲いている。
いろんな種類の蝶が飛んでいる。
琥珀がお花畑に向けて歩く。
俺もついて行こうと歩く。
ふと気づく。
お花畑の中に、
人影がある。
銀髪の…
!?
『待て!』
琥珀を引き止める。
だか、瞬きをした瞬間、
それは消えた。
そして、
『いいなぁ、琥珀ちゃんばっかり、』
すぐ隣で、女の子の声がした。
銀色の髪、少し虚な蒼[アオ]い目、真っ白なワンピースは、一部から徐々に赤くなって…
⁉︎