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「レオンが?」
「うん。剣術も体術もやるなら相手が必要でしょ? 俺とクレハなら背丈もそう変わらないし、良い練習相手になると思うけどなぁ。何より俺が楽しい」
「やっぱり面白がってますよね……レオン」
こっちは本当に命がかかっているから真剣なのだ。遊び半分でやっていると思われては堪らない。私は目を細め、じとりと彼を睨んだ。
「そんなことないって。やるからには真面目にやるよ。それとも俺が教えるのじゃ不服かな?」
「い、いえ! とんでもない」
慌てて首を左右に振った。決してそういう意味ではない。しかし、一緒にやろうならともかく教えてあげるなんて……。彼は腕っぷしに相当自信があるということだろうか。魔法が凄いというのはルーイ様も言っていたから分かるけれど……
「……でも確かに、教える側の力量も分からないのに承諾しろっていうのは強引過ぎるか……」
彼は腕を組みながら、何やら考え込んでいる。
「クレハ。それじゃあ、俺は君に証明しようと思う」
「えーと……何をでしょうか?」
「俺が君を教えるに相応しい人間かどうか、それに足る実力を持っているかどうか……君に直に見て判断して貰う」
「はい?」
レオンは相変わらず楽しそうに笑っている。そんな彼を見ていると、やはり遊びだと思われているのではと疑ってしまうのは仕方ない事で……。本当に分かってくれているのだろうか。
王宮から向かって西側、島の端に位置する場所に軍の訓練施設がある。王宮勤めの近衛兵などはここで日々のトレーニングや近接格闘訓練をしているのだという。
「あの……レオン」
「うん?」
「今から何が始まるのですか?」
「それは見てからのお楽しみ」
翌日私はレオンに引っ張られてこの訓練施設まで連れてこられた。王宮と同じく高い塀に囲まれたその場所は、大きな広場の様になっている。周りを見渡すと数人の兵士が走り込みをしたり、2人1組で対人練習を行っていた。
「レオン様、クライヴの隊が暇そうにしてたんで連れて来ましたよ」
私たちが入って来た方と反対側の入り口から、セドリックさんが数人の兵士を引き連れてやって来た。その中の若い男性の兵士さんの首根っこを掴み、ズルズルと引きずっている。
「セドリックさん、誤解ですって!! ポーカーやってたのは別にサボってた訳じゃなく……なんつーか、ちょっとした息抜きでして……」
「へぇ〜……職務中に随分と余裕があるなぁ……クライヴ隊長。それなら少しばかり子供の遊びに付き合ってくれないか?」
「ひっ! 殿下……」
「平和な証拠と言えるのかもしれませんが、少々弛んでいる様ですね。レオン様の『遊び』相手も満足に勤められるか怪しいものです」
「遊びって……。殿下、もしかしなくても『あれ』をやるんでしょうか?」
レオンはその問いかけに対しニッコリと良い笑顔を返した。クライヴ隊長と呼ばれていた兵士さんは、それを肯定と受けとったのか『マジかよ……』と小さく呟いている。
「クライヴ、今お前の隊の者はこの場に何人だ?」
「えーっと……6人ですね」
「6か……もう少し欲しいな。あっちで自主練してる奴らも入れるか」
レオンが兵士さんたちと話をしている間に、私はこっそりとセドリックさんに耳打ちをした。
「セドリックさん、『あれ』って何なんですか?」
「簡単に言うなら『鬼ごっこ』みたいなものです」
「鬼ごっこって……子供がやる遊びのあれですか?」
「はい。でも、彼らが今から行うのは普通の鬼ごっことは違いますよ。彼らにはこれを胸の上に装着して貰います」
セドリックさんが取り出したのは、5センチ幅くらいの太めの革ベルトだった。よく見ると帯革の部分に液状の物が入った袋が縫い付けてある。
「この袋は何ですか?」
「この中には赤く染められた水が入っています。強い衝撃を受けると破裂し、中の液体が飛び散る仕組みになっているんです。それはまるで血飛沫のように……」
うわぁ……作り物と分かってはいても、その場面を想像してゾッとした。
「制限時間は15分。鬼はレオン様です。レオン様はこのベルトの袋を狙って、15分間兵士たちを追いかけ攻撃します。兵士たちはレオン様から自分の袋を守らなければなりません。袋を破壊された者は戦死扱いで即退場となります。制限時間内に全員の袋を破壊できたらレオン様の勝利。兵士側はレオン様から逃げきるか、もしくは逆にレオン様のベルトの袋を破壊すれば勝利です」
「それは……かなり兵士さん側が有利なのではないですか? 兵士さんの方は1人でも残っていれば勝ちなんですよね」
時間も短い。兵士の数も10人近くいるみたいだし、レオンが勝つのは無理ではないだろうか……
「ええ。それにレオン様は単独であるのに対し、兵士側はチームプレイ可ですからね。普通に考えたらレオン様が勝つのは難しいです」
「ですよね……」
「でも、この鬼ごっこ……レオン様の気分で今までも何回か行われているのですが、レオン様が負けた事は1度もありませんよ」
「えっ……?」
「レオン様が武芸を本格的に始めたのは、7歳になられたばかりの頃でした。そこから僅か3年……凄まじいスピードで力を付け、今ではレオン様にまともに応戦できるのは『とまり木』のメンバーを含めた少数だけです。そして、それも数年後にはどうなっているか……。加えてレオン様の持つ特殊能力。所謂魔法ですが、これを使われるともう手の付けようがありません。お仕えしている身でこう言ってはなんですが、バケモノですよ。あなたの婚約者は」
「セドリック、聞こえてるんだが……主をバケモノ呼ばわりとは良い度胸してるじゃないか」
セドリックさんのバケモノ発言が気に障ったのか、レオンが会話に割り込んできた。兵士さんたちとの話は終わったようだ。
「おや、それは失礼致しました。しかし、クレハ様にレオン様の強さアピールはしっかりできましたので、大目に見ていただけると……」
「物は言いようだな。あっ! そうだ。準備してくれてるとこ悪いが、今回はそれ使わないからな」
レオンが指差したのは、さっきセドリックさんが見せてくれた水袋が仕込まれたベルトだ。
「せっかくクレハがいるんだから少し趣向を変えてみようと思うんだ」
離れた所で控えていたのか、1人の侍女がこちらに向かってやって来た。私は彼女が手にしている物を見て目を丸くする。
「凄い……綺麗」
それは真っ白なバラの花束だった。そこまで大振りなものではないが、花びらは混じりけのない純白で、そのバラがとても良質な物だと分かる。庭園の温室には見事なバラがたくさんあったから、そこで栽培されたものだろうか。
「白バラ……クレハの一番好きな花だよね?」
「覚えていて下さったんですか……」
ローレンスさん……つまり、レオンと手紙のやり取りをしていた時に、好きな花の話をした事があったのだが、それを覚えていてくれたようだ。
「忘れるわけない」
彼は私の頭を優しく撫でた。つむじから毛先に向かって手の平を滑らせる。ときおり髪の毛を梳くように動く指の感触が心地良くて……私は瞳を閉じた。
「……あの、殿下少しよろしいでしょうか?」
「何だよ……」
遠慮がちに声をかけてきたのは、先程セドリックさんに引きずられていたクライヴ隊長だ。
「そちらにおられるお嬢様……クレハ・ジェムラート様だとお見受け致しましたが、私もご挨拶させていただきたいと……」
「あ、ああ……そうだな。クレハは今後、王宮に頻繁に出入りする事になるだろうし、隊長のことは覚えといた方がいいな」
「ありがとうございます」
クライヴ隊長は私の目の前まで近づくと、その場で片膝をついた。
「クレハ様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は王宮警備隊三番隊隊長、クライヴ・アークライトと申します。この度は殿下とのご婚約おめでとうございます」
「はじめまして、クレハ・ジェムラートです。えっ、えーと……ありがとうございます、クライヴさん」
自分も納得済みの事とはいえ、婚約のことを改めて言われると何となく照れくさい。クライヴさんは私の顔をじっと見ている……そして――
「なるほど……」
小さく呟くような声だったけれど確かに聞こえた。えっ、どういう意味? 何が『なるほど』なんだろう……
「クライヴ、もういいか? そろそろ始めるぞ」
「ホントにやるんですか……。それではクレハ様、殿下がお呼びですので私はこれで失礼致します」
クライヴさんは立ち上がり、私に向かって一礼をするとレオンの方へ行ってしまった。あの、ちょっと……意味深な事言って去って行くのやめて下さい。