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皿を下げて、テーブルを拭く。
さっきまで剣を握ってた手で、今は皿を拭いてる。
フィーネはまだ落ち着かない顔をしている。
でも、怯えが全部消えたわけじゃないのに――少しだけ呼吸が深くなっていた。
食卓の空気がまだ柔らかいうちに、流れで見せておきたかった。
「ここが自分の居場所だ」って感覚は、説明より“体験”のほうが早いから。
フィーネはソファの端にちょこんと座ったまま、部屋をきょろきょろ見回している。
落ち着かないのは隠せてない。でも、好奇心まで引っ込めてないのが分かる。
「……部屋、案内するか」
「……はい」
立ち上がると、フィーネもすぐに立つ。
距離を詰めすぎないように、でも置いていかれないように――控えめに後ろへついてくる。
遠慮がにじむ歩幅が、いちいち健気だ。
まずは水回りから。
洗面所に入った瞬間、フィーネが白い洗面台と鏡を見て目を丸くした。
俺は言葉より先に、蛇口へ手を伸ばす。
「見て。ここ、ひねると水が出る」
カチ、とレバーを上げると、透明な水がさらさら流れた。
フィーネは一歩だけ近づいて、息を止めたみたいに見つめる。
「……え……水が、勝手に……」
「勝手にじゃなくて、管で繋がってる。いつでも出る」
フィーネは恐る恐る指先を近づけて、落ちてくる水に触れた。
ひんやりした感触に、肩が小さく跳ねる。
「……すごい……本当に……家の中で……」
そのまま、風呂とトイレも見せる。
「ここが風呂。ここがトイレ。……ノエル、あとで使い方教えてやってくれないか」
「オッケー! まかせて!」
頼む、余計なアレンジはするな――と思ったら、ノエルが浴室の扉を開けて「ほら、ここが泡の神殿」と言いかけた。
俺は咳払いで止める。
フィーネはフィーネで、白いタイルと鏡にまた目を丸くした。
そこからは順番に部屋を見せていく。
廊下と言うほど長くない動線で、ドアを開ければすぐ“部屋”だ。
「で、ここが俺の部屋。こっちがノエルの部屋」
ノエルが自分の部屋を当然のように指差す。
「私の城ね」
「俺の家」
フィーネがそのやり取りを聞いて、口元だけ少し緩めた。
笑うのを我慢してるみたいな顔。
そして、空いてる部屋がいくつかある。
どれも同じ“空き部屋”のはずなのに、ドアを開けるたびに空気が違う。
窓の向き、見える街の灯り、静けさの濃さ。
「……部屋、まだあるんですね……」
「ある。持て余してるくらい」
俺は扉を指しながら、なるべく軽く言った。
「ここ、ここと、この部屋が空いてる。フィーネはどれがいい?」
「……え!?」
フィーネが目を泳がせる。
“選んでいい”という発想が、まだ現実じゃない顔だ。
「じゃあ! ここなんかどう? 私とシンゴさんの間!」
ノエルが指したのは、確かに使いやすい位置の部屋だった。
フィーネが恐る恐る言う。
「……いいんですか? こんな立派なお部屋を……」
俺は、遠慮させないように少し明るめに言う。
「大丈夫。誰も使ってないし、空いてるから。」
「……ありがとうございます……」
「さあ、入って入って」
半ば強引に背中を押して、部屋へ。
照明スイッチを教える。
「このボタン押すと電気がつく。もう一回で消える」
フィーネが恐る恐る押す。
パッ。
「……ひっ」
でも次の瞬間、少し安心した顔になる。
窓の鍵、クローゼットの扉、空調のリモコン。
「分からなかったら、なんでも俺でもノエルでも聞いてくれ」と伝える。
フィーネは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます!」
少し大きめの礼。
必死さが滲んで、胸がきゅっとなる。
◆
今日は疲れている。
ダンジョン探索も、戦闘も、救助も、全部濃い。
早めに休むことにした。
俺は自分のベッドに入って、明日の予定を頭で並べた。
フィーネの保護申請。
生活用品の買い出し。
顔認証の登録も――必要だな。
その時。
コン、コン。
ノックの音。
「はい」
短く返すと、ドアが少しだけ開く。
「……あの。すいません。シンゴさん……」
フィーネがおずおずと入ってくる。
手が落ち着かなくて、もじもじしている。
「どうした? 何か分からないことでも?」
フィーネはふるふる、と首を横に振った。
そして、顔を真っ赤にして、絞り出すみたいに言う。
「……あの……一緒に寝ても、いいでしょうか……」
「……え」
一瞬、フリーズした。
フィーネは涙目で続ける。
「……寝ようとしたんですが……両親のことで悲しくなって……寂しくなって……」
なるほど。
そういう夜、あるよな。
「……いいよ。寂しくなったら、いつでも来ていい」
俺は――心の中ではバクバクしているが、それを出さないようにやさしく言った。
「……ありがとうございます。では、失礼します……」
フィーネはそっと俺の左側からベッドに入ってきた。
俺は慌てて、右側へ寄った。
「ベッド大きいから、3人くらいなら寝れるね」
少し緊張して言う俺に、フィーネはくすりと笑って返した。
「そうですね……」
「じゃあ、寝ようか」
「はい……」
◆
しばらくすると、フィーネは疲れていたのか、すうすうと寝息を立て始めた。
……これで安心かな、と思ったのに。
「……お父さん……お母さん……」
小さな声。
涙が、枕に落ちる気配。
俺は、頭をポンポンと優しく叩いた後、なぜなぜと撫ぜる。
そうすると、フィーネは少し安心したのか俺に体を摺り寄せてきた。
おおふっとなりながらも、まあ、いいか。これでフィーネが安らかに寝れるのなら――と思う。
フィーネがすり寄ってきたので、隙間が無くなってしまった左腕を、そっとフィーネの左側に回す。
これは……腕枕だ。
娘がいたら、こんな感じなのかな。
俺も三十二才。子どもがいても不思議じゃない年だしな。
突然の父性に戸惑いつつも――まあ、悪くない。
俺は目を閉じた。
明日もやることは山ほどある。
でも――今日は、ここまで。
静かな部屋で、二つの寝息が重なっていく。