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僕は図書館が好きだ。人間が溢れる賑やかな街や学校は悪いものでは無いのだけど、正直好きでは無い。
広々とした図書館で何を取るでもなく、本の表紙や独特の雰囲気と匂いに耽っていた。
照明の少ない廊下を渡って僕は目当ての本を見つけ、ソッと取り出して表紙を確認する。
それを持って小さな長方形の紙が入った棚から一枚取り出し、表紙の名前と自分のクラスそして名前を記入してから踵を返し、窓から見える魔法使い達を横目に奥の扉に向かう。
扉の横……ドアノブの近くにあるポストのような物に、本を入れて扉に付いた小さめの箱に紙を入れると、小さく鈴の音がチリンッと鳴る。
扉を開くとそこは本の世界。
僕は涼しげな空気を吸うと、懐かしさが彩る世界に飛び出した。
そして……扉がパタンッと閉まった。
「ん、えっと……ここは……」
目を開くとそこは沢山の扉が佇んでいる場所で、扉が浮いていたり地面に付いていたりと不自然な形を保った森だった。
ただ、僕は懐かしさに震えた。
僕は人々の空想の世界で生きている人間だったが、ある日何者かに捕まってしまい、魔法使い達のいる世界に閉じ込められてしまっていた。
そこで僕はどうにかして帰らないといけないと……宛もなく彷徨い続けて、ようやく紆余曲折を経て、この世界に戻って来ることができるようになった。
毎回出る場所は変わるが、同じ世界に浸ることが出来ることに……何度歓喜したことか。
ただし、制限時間のような物が勝手に付けられていて、一時間ちょっとであの世界に戻されてしまう。
でもようやく見つけた僕の休める場所。とりあえず好きなだけ遊んでいよう。
森から出ると、空を飛ぶユニコーンのメリーゴーランドに乗って、小さな小人達とかくれんぼをして、大好きなお菓子と紅茶でお茶会をしたら近くにあったベンチで休む。
ずっとここに居たいと頭の中を木霊する本音に、分かると謎の共感をして目を閉じる。
女の子の空想世界で生まれたからか、この世界は心地良いが、時々現れる男の子のような世界観はあまり得意じゃないんだよな。
そんなことを考えていると、自分の性別がよく分からなくなる。
あの魔法世界に入ってから、男女の行動を見るに、自分の空想世界は女の子の物だと理解した。
それなら僕は女の子なのだろうか?
ただ、魔法世界では男だと分類されているし、何よりも自身の性別が男だと自覚している。
所々濁しながら一人の友人に質問すると、女の子は脳内に彼氏を作ることがあるし、それは男でも同じだと聞いた。
「……。」 (……男でも脳内に彼氏を作るんだろうか?)
考え事をしていると、男らしき複数人の声が聞こえてきた。
「……?、何だ、誰だ?」
物陰に隠れながら警戒しつつ見ると、そこにはかなりの人数の人間達が、この世界に入ってきて、静かに驚きの声を上げていることが分かった。
何かの魔法を使っているのか、ぼやけて視界から阻害されているような感覚が魔法に鈍い僕でも分かった。
「……っ、!」
(…耳鳴りも酷い)
チッと舌打ちをする。僕だけの世界に魔法使い共が勝手に入ってきたのか。
しかしどうやったんだ?……この世界に入るには一冊しかない本を見つけてポストの中に入れないと……
だけどそれは僕が入れているし……そうなると扉は内側でしか開かないようになっている。
「何でだ……どうやって……」
近くに隠れて話を盗み聞きしていると、どうやら誰かを探しているようだ。
とにかく出ていって貰いたいが、……でも追い払う時間がもう無い。
本には扉から特別な力が加わるために、一度使ったら月の光で浄化しないと、破けてボロボロになり使えなくなってしまう。
そうなったら二度とこの世界に戻って来れなくなる。
「……はぁ、クソッ」
苛ついて大きな壁に模したケーキをダンッと殴るが……そんなことに意味は無い。
ベタベタになった手の甲を見て、ため息をついた。
「仕方ない……」
あの連れ去れた魔法使いの世界で、唯一僕が身に付けた魔法。
杖を柔らかく振って呪文を唱える。
遠くなる意識の中で自分の発した声が消えていく。
「アイツらを……追い払え。」
ハッと目を覚ますと、魔法使い達が窓の外で箒を使って飛んでいる様子が見えた。
拳を痛い位強く握って、ポストから本を取り出し本棚の奥にソッと入れる。
一時間ちょっと前に書いた紙を取り出し、ビリッと破って、魔力が消えていくのを確認すると、僕は教室に戻った。
時間が過ぎるのを待つだけの授業を受けて、教師からテストの返却をされる。
何故か召喚魔法に関しての評価も追加されていて、それを見て僕は思わず紙を落としてしまった。
テストの点数は何点だろうと関係ない……
「評価がB……完全には扱えていないって…」
紙を拾うのも忘れたまま教室を飛び出した。
アレを扱えてないと言うことは……もしアレが暴走したら……あの世界は滅茶苦茶になる。
半ば泣きそうになりながら図書館に入って、危険を知りつつも、扉を開こうとしたが……
「こんなことしても……あの世界は壊れてしまう。」
絶望だった。どうしようもない。
僕が膝から崩れ落ちるのを、何処か他人事のように感じていた。
自分の世界が崩壊したのでは……と焦りと不安が募り、僕は隠れて夜になっても図書館に残っていた。
扉の前で月の光が、蛍のように分担してフワフワと浮いているのは幻想的だったが、その時の僕は気が気じゃなく、そんな余裕はなかった。
ただ、ボーッと時間が過ぎるのを待って……フワフワと浮かぶ光が、あの本に浸透するのを見て、急いで立ち上がった。
「…これで、ようやくっ、!」
その本を手に取り、ポストにすぐさま入れてドアノブを掴み扉を開いた。
「ぁ、え、?」
そこはただの木が敷き詰められた壁になっていた。
「ぼ、僕が壊しちゃったの、?」
足の力が抜ける。
「ぁ、ぁあ、?……っ」
何度も扉を開いたりポストから本を取り出したりするが、一向に変わらない。
僕はここが図書館ということを忘れて、ひたすらに大声で泣いた。
途中で教師やら何やらが集まって来たのには気付いたが、そんなのどうでも良い。
悔しい、苦しい……悲しい……寂しい。
自分の故郷を自分の手でぶち壊してしまったんだ。
「っ……う”ぁぁん!!あ”ぁ”ぁぁっ!!」
僕は図書館から先生達に連れられて、職員室に入った。
涙は止まらないし子供のように縮こまって、袖で目を擦る。
「こーら、痛くなっちゃうよ?」
近くにいた男の魔法教師が僕の目元を優しい手つきで撫でる。
コイツには分からないんだ。
自分の過ちで故郷を失って、この訳の分からない世界に取り残された人間の気持ちが。
コイツらは人間じゃない。
魔法使いは人間じゃない。
「お前らなんか……だいっきらいd」
ガッ……
「、ぇ?」
目の前の先生らしき人に口を掴まれて、ぐるぐると不安と恐怖が支配する。
「…………。」
一言も口を開かない先生が恐ろしくなって、目を反らすが周りの先生の様子もおかしい。
「……、っ!」
口を掴んでいる先生の手を掴んで、引き離そうと後ろに仰け反る。
パッと手を離されて、ソファの背もたれに体が沈む。
「っ、何するんですか、!」
涙目になっているのは自分でも分かるが、そんなことよりコイツらに、弱気な状態で挑んだら駄目だと、強気で睨み付ける。
先生は自身の赤い髪をクシャッと苛立ったように触ったが、その瞬間に息の詰まるようなこの場とは場違いな声を上げた。
「……っ、あはははっwww 」
「、?、は??」
何でコイツは笑ってるんだ?
そういえば、あの世界に入ってきた魔法使いって……こんな……見た……目
○
サラサラと柔らかい髪を撫でるように透くと、眠っている彼は眉間にシワを寄せた。
先程まで泣いていたからか、ポテポテと目元が赤くなっている。
何故彼がこんなにも取り乱しているのか、そんなのは簡単な話だ。
俺が魔法をかけた扉の中で騒ぎを起こし、セキュリティが発動したことに気付かずに絶望しているんだろう。
「はぁ、……可愛い♡」
俺は取り乱して泣き叫ぶような人間が大好きなんだよ。
○
俺は昔、魔法を使って脳内に侵入して、精神的な病気を治す精神科医だった。
でもそれはずっとずっとずぅっと前の話だ。
いつしかマンネリ化してきた行動に嫌気が差して……脳内で暴れまわったんだ。
戻った頃には患者が怯え泣きながら、過呼吸を起こしている所だった。
物凄く興奮した。
それからはずっとそんなことを繰り返していたが、魔法使いの世界での違法な治療として精神科医を辞めざる負えなかった。
仕方がないから暫くは大人しくして……自分の暴れる機会をひたすら待った。
生憎俺は普通の魔法人間とは違い、時の流れがゆっくりだからな。
大してする事もなく、退屈な時間を過ごしていた。
……でも…ようやく、その時が来たんだ。
住んでいた街から離れて、別の少し古い街にやってきた。
あの時のように毎回似たような物ではつまらない……。
そして、目の前のことに中々対応出来ないような未熟な人間が多い場所なら尚更良い。
(そういえば……あの学校、問題行動の多い生徒が集中して入学してるって噂だよな……)
……こうして俺は魔法使い共の教師を目指して、勉強し始めた。
魔法教師になるのは意外にも簡単だった。
寿命が長いため、勉強出来る時間もかなりあり、知識のある人として長く生きているという点から、校長やその他教師達にも信用されている様子だった。
俺の年齢は人間で換算すれば長生きなんだろうが、正直まだ若者なんだよなぁ……
あの頃よりはジジイ扱いされるのにだいぶ慣れたが、年寄りも案外良いものだな……と感じるのは初めてだったりする。
かなり早い段階で彼のいるクラスの担任になれたからな。
「ふはっ、……はぁ♡」
彼の眠っている姿を見ながら、なるだけ優しい手つきで撫でる。
まさか気晴らしに作った魔法の扉をくぐって、自爆している愛おしい生徒がこんなにも近くにいるとは。
コイツは異世界から来ているのか、匂いや能力にかなりの差があった。
そんなやつが勝手に入ってハマるような場所に興味を持って、入って見るとそこは空想的で幻想的な世界観だった。
やけにしっかりとした造りをしていることから、脳内によく馴染んだ場所なんだろう。
アイツが扉を開く為に必要だと思っている本には魔法がかかっていて、所有者の脳内に強くこびりついている世界を映し出す力がある。
あの時焦り過ぎて紙に情報を書くのを忘れて、月の光が浸透し始めに直ぐ取り出した結果、扉の中に入ることも出来なくなったんだろう。
セキュリティには一時的に本来の場所とは違う空間に繋げて、原因を排除した後に本来の場所に戻してくれる機能があるはず。
近くに感じる気配がこんなにも愛おしいことがあるのかと、ニヤケが止まらなくなりそうだ。
認識阻害の魔法のせいで、脳内に変換された一人の人間が何重にも見えている。
何も無い場所に向かって舌打ちしながら、苛立った様子で睨み付けている様子だ。
……可愛らしい。
そんなことを考えていると、彼の真上にチラチラと光沢が飛び回っているのが見えた。
彼の魔法では無さそうだと警戒しながら観察すると、小さな妖精達が何やら会話をしているようだ。
彼は気付いてる様子はなく、先程より苛立った様子で真横にあるケーキに八つ当たりをしている。
すると杖を取り出して根本が光り、黒が混じった光が杖の先に移動する。
しかし直ぐにフラッと倒れかけ、何かを呟いたのちに姿を消してしまった。
扉に付けた制限時間のせいだろうと結論付けて、彼の召喚魔法で現れた化け物を退治することにした。
「……んーっと……これでヨシッと」 (次の授業時間遅れそうだな……w)
「そんじゃ、頼んだっ、よっと!!」
採点機能のある相棒の機械を召喚し、縛った魔法を解除してあげると、案の定物凄い勢いで突進してきた。
化け物の目的は命令に従うことだろうが、我を忘れた様子でやたらくたらに暴れまわっている。
「うーん……どうしたもんかね~」
とりあえずで取り出した杖を向けると、化け物がそれを見た瞬間に物凄いスピードで取り上げて踏みつけにする。
「ん、魔法はナシってことね?」
化け物の大きさが人間サイズに変わり、黒い物体達が地面から生えて、姿を変えていく。
それに気を取られている隙に先手を取られ、身体のあちこちに痛みが襲う。
お互いを殴り合うような戦い方は得意じゃないんだけど。
「早めに終わらせるよ。」
「ふぅ…よし、終わりっ」
ズキズキ痛む体に軽く処置を施し、採点ロボ達をしまう。
先程出てきた扉のドアノブに手を掛けて、化け物が消えるまでの時間、セキュリティを発動させて空想的な世界から出た。
授業時間には少し遅れてしまったが、時間が少し余る程度の授業だった為、余った自習時間の合間に、彼のテストの端にクリップで採点結果を写した紙を貼り付けた。
授業終わりを告げるチャイムが鳴ると、テスト用紙を返していく。
彼の名前を呼び、慣れない魔法の影響で眠気と闘いながらフラフラとやって来る彼に、 プリントを返すとそれを見た瞬間、時が止まったようにピタリと動きが止まり、テスト用紙がヒラリと落ちた。
周りに見られてしまう前に取ってあげようとしゃがんだ瞬間、彼は今までの一番の力で、走り去っていった。
少し驚いたが、彼が向かった場所は何となく察していたので、そのまま放っておくことにした。