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六月、雨が続いている。
蒼(あおい)は、今日も学校に行かなかった。携帯の通知はすべて切って、暗い部屋のベッドの上に丸まっていた。外からの光は遮断していて、時間の感覚すら曖昧だ。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
──和臣(かずおみ)が、また来る。
部屋の鍵は、もう彼が持っていた。合鍵なんて言葉では収まらない。和臣は、蒼のすべてを知っている。スケジュール、好きなもの、苦手なもの、過去のトラウマ──全部。彼が望めば、蒼の人生ごと奪える。
最初はただ優しかった。
不登校気味だった蒼に、毎朝「おはよう」とLINEをくれたのは和臣だけだった。教室の隅でひとりで弁当を食べていると、彼だけが隣に座ってくれた。
「君が、かわいそうなんじゃない。ただ、世界のほうが狂ってるだけだよ」
その言葉に救われた気がした。
それが、地獄の始まりだった。
扉の音がした。鍵が回る。静かに、和臣が入ってくる。
「蒼、起きてる?」
声が近づいてくる。優しく、静かで、それでも――なによりも恐ろしい。
「寝てるフリ、もうやめなよ」
身体が震えた。次の瞬間には、蒼の髪がそっと撫でられていた。
「今日も、君が生きててよかった」
彼はいつもそう言う。そして、柔らかく笑う。
「誰にも渡さないからね、蒼。君を傷つけるものは、全部消してあげる」
その“消す”という言葉に、嘘はなかった。
中学時代、蒼をいじめていたクラスメイトが階段から転落した。大学に進学してから、蒼に執拗に連絡してきた先輩が、突如退学した。蒼の知らないところで、何かが「片付けられて」いった。
蒼はもう、誰とも連絡を取れない。
SNSは和臣にすべて監視されていた。スマホにはGPSが仕込まれていた。LINEも、メールも、誰にも繋がらない。
「君は僕だけ見てればいい」
和臣はそう言って、そっと蒼の額にキスをした。
その夜。
いつもと違って、和臣が泣いていた。
「ねぇ、蒼。もしも、僕がいなくなったら──君、自由になれる?」
「……どういう意味?」
「いや、ごめん。忘れて。バカなこと言った」
彼は微笑んだ。いつものように優しく。
けれどその夜、蒼が眠っている間に、和臣は姿を消した。
朝になっても、連絡はなかった。
三日後、警察からの連絡が来た。遺体で見つかった、と。
死因は服毒自殺。部屋には大量の写真が残されていた。
すべて、蒼の写真だった。
眠っているとき、泣いているとき、笑っているとき。
家の中だけではない。外出先、学校、バスの中、病院の待合室。
どこにいても、和臣の視線は蒼を捉えていた。
最後のページには、一行だけ文字があった。
「君が自由になるなら、それでいい」
蒼は泣かなかった。ただ、空虚な部屋の隅で、写真を抱いていた。
自由になったはずなのに、心はどこにも行けなかった。