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凛華は数秒身体が石のように硬直してしまっていた。最近リアルで彼、小野寺先輩を目にする機会が少なかったせいもある。勿論会いにいくがわざわざ先輩の教室に行っても毎回すれ違ってしまうのだ。
「…………」
「あ…」
ばちんと目が合うと、凛華は耳が火で炙られたように熱くなった。
そんな凛華を側に立っていた清之介は一瞬視線を落として逸らした後微かに下唇を突き出して呟く。
「あ、しかいわねーじゃん。俺の近所の人に似てる」
「……そんな人いたか?どんな人だ。」
達也はぴくっと微動に眉を顰めた。
「図体がでけー静かな男。つーかお前も知ってると思ってた。三笠さん家の隣の隣の人だよ。お前家近いだろ。」
「知らないな……今度三笠さんに聞いてみるよ。あ、知らない人にはあんま近づくなよ。」
「馬鹿にすんな」
清之介たちの会話が耳からすり抜けていく。凛華は固まる身体になんとか喝を入れようと拳を握った。ネイルがさっくり刺さって痛い。
なるべく感情を出さないように努めながら平然とした表情で先輩に近づく。用があるのは、多分、私だろう。
「……あの、先輩?どうしたんですか。珍しいですね教室に来るなんて……」
「用があって来た。」
「へ、へぇー、用ってなんですか?あ!体操服を借りたいとか?えっと、私のはさすがに無理ですよ。サイズの問題で……」
「……違う。おまえに用は無い。」
うわ。
先輩の氷のような視線と言葉にメンタルが死にそうになる。けど度胸試し。ここで折れてちゃまだ別れてないっての。 凛華は引き攣りかけた顔を堪えてから「なにか別の用があるんですねー。聞いても良いですか?」となるべく大きな声で言った。先輩は渋々といったように口を開く。
「……おまえの友達に用がある。」
「どの人ですか?」
「男だ。………あの髪が短い子。」
先輩が視線を向ける先にいたのは清之介と達也だった。いやどっちも髪が短いんだけど。おちょくられてたりしないよね。
「どっちですか?」
「ピアスしてる方だ。」
「あセーノスケのこと、ですか……」
なんで?なんの用があって清之介に??あいつ何処かで先輩に迷惑かけたとか?
「セーノスケっていうんだな。分かった、ありがとう」
先輩は淡々と壁に話しかけるように言った。
「えっ……」
ありがとうって言われた??私に?嘘。え、嘘でしょ。感謝してくれるってことはまだ好きってこと??頭を殴られたような衝撃のあまり混乱する凛華を他所に先輩は清之介になにか……青いタオル?を渡していた。
「セーノスケ?だな。陸堵がタオルありがとうって言ってた。あいつは職員室にいるから俺が代わりに届けに来たんだ。……嫌だったか?」
「いや全然──、っす、あざっす」
清之介は面食らったようにタオルをぎごちない動きで受け取った。だが小野寺の凛華に対しての素っ気ない反応を見たからか清之介の眉は自然と吊り上がっている。
「凛華もこっち来いよ」
「……うん」
気を遣った達也がさりげなく手招きしてくれた。それに素直に従って歩み寄ると清之介も気づいたのか凛華に話題がいくように「センパイも……こいつとかにタオル貸してもらうとかあったりするんすか?」と何故か先輩を爆弾でも見るような瞳で見た。
「いや、凛華にはない。俺は友人にしか物は借りないタイプなんだ。一度も凛華から何かを借りたことないな……物の貸し借りにうるさそうだしな。」
「……別にそんなことないです。私、先輩なら喜んで貸すし……」
「コイツ、そんなうるさくねぇすよ。安心してもいいと思うぜセンパイ。」
俯いている凛華の頭上でやや棘があるよく耳に通る声が過ぎ去っていった。清之介は不機嫌さを隠さずに小野寺を真っ直ぐ見つめている。小野寺の死んだ魚のような真っ暗な瞳には感情が読み取れない。
「ねぇあれ見てよ」
他クラスのひそひそ声が凛華の耳に入った。
「あれじゃ内藤さんを取り合ってるみたい。羨ましいよねぇ。なんであんな素行が悪い子好きになんだろ」
「なんかビッチそうだよね。わざとパンツ見せるためにスカート短くしてんじゃない?」
清之介は、庇ってくれている?私を。
「安心って……なんの安心なんだ?こいつに安心する要素なんてないだろ。」
先輩がくっきりとした目元を歪めて不愉快そうに疑問をぶつけた。なかなかぐさりと心に刺さるものだ。
そんな先輩に対しての清之介の反応はというと鼻を鳴らしただけであったため、言い返してくれるのかもと期待しかけていた自分を凛華は殺したくなった。達也は何故か探るような、なんともいえない顔で先輩を見ている。先輩はなにも言わない。濃い睫毛を伏せて清之介を見下ろすだけである。
「…………」
ただただ気まずい沈黙が場に漂うばかりだと思われたがトイレから戻ってきたらしい杏奈と西川の「ぅ゛げえっ空気悪」と蛙が潰れたような好ましくない声で我に返る。それは清之介と先輩も同じみたいだった。清之介はバツが悪そうに先輩をひと目見ると先輩は「……用事は済んだ」と背を向けて教室から出ていった。凛華の方を一度も振り返らずに。
西川はひゅっと楽しげに口笛を鳴らすと他のクラスに報告しに姿を消した。杏奈は先輩の姿が消えるのを見届けて凛華に心配げに近づいた。
「珍し、先輩来てたんだ……大丈夫?また嫌なことされなかった?」
「嫌なことは言われていたな。」
達也が顔を顰めて答えた。杏奈も顔を顰めさせた。
「あいつ……凛華も慣れちゃ駄目だからね。言われるのに慣れたら!もう手遅れかもしんないけど…」
「……そんなの当たり前じゃん。慣れるってゆーか、諦めみたいな感じだし」
「状況は同じでしょそれ、なにも言い返さなかったわけ?」
もごもごと小声で呟く凛華の肩を杏奈は揺さぶると「ちょっと来て!」と教室から去っていった。
残された清之介と達也も微妙な空気に包まれた教室から出て行き、人気が少ない静かな廊下に歩いていく。
その間、清之介は始終無言を貫き達也はただ気遣うように清之介の後ろを歩いていった。
* * * *
「………」
「清之介、おい」
静かな廊下に着くと、舌打ちをして清之介は手元にあるタオルを見下ろし達也にタオルを乱暴に投げ渡した。優れた条件反射で軽くタオルを受け止めた達也は気遣うように清之介に声を掛ける。
「あんま相手にするな………気持ちは分かる。だけどお前も気分悪くするだけだろ。」
授業の予鈴が響く。真面目で一応優等生な達也は後ろ髪を引かれるような思いが込み上げたが清之介をほっとくようなことはしない。
手ぶらになった清之介は両手をズボンのポケットに突っ込んで達也を振り返る。
「無視できっかよあんな奴。つーか凛華も……あんな受け身なんかよいつも」
「……多分な。俺は凛華と、お前にも気を悪くしてほしくない。」
「だからって黙ってぼーっと見ろってか?ダセぇだろソレ。俺は単純に、」
清之介はひと呼吸つくとぶっきらぼうに言った。
「腹立つだけなんだよ。クソみてぇな言い方しかしねーアイツとあんな奴と別れもしねぇし言い返さないあいつにッ……イライラすんだよまじで。なんであんな、あんな奴と……」
今日一番でかい舌打ちが廊下に響いた。達也は視線を地面に落とす。
「凛華がまだ好きっていうなら仕方ないだろ。俺たちがとやかく文句言っていい問題じゃない。それは前に分かっただろ。凛華に……怒られてたしなお前。」
つい最近のことだ。放課後三人で帰っていた時に小野寺からラインが来て、凛華に。スマホを覗いた清之介が小野寺のあんまりな返事に文句を言って別れろよと凛華に言うと案の定彼女は酷く憤慨して「そんなあっさり言わないでくれる!?」と帰っていったのだ。清之介も沸点が低いため当然キレたし二人はしばらくの間口を聞かなかった。
二人の間に挟まれた達也は杏奈と相談してなんとか仲を取り持たせたのだが、それは重い苦労がついている。またああなるのはこりごりだ。
「趣味悪いんだよあいつ!」
馬鹿にするような声色だが清之介の顔にはいつもより余裕がない。その変化に気づけるのはせいぜい達也ぐらいだろう。幼い頃から一緒にいてずっと見てきたのだ。だから清之介の心に渦巻く感情はよく知っている。
達也はため息をついて「そうだな」と頷く。
清之介に深く追及せず、こうすることでずっと達也はやり過ごしてきたのだ。
清之介が凛華と出逢った時からずっと。