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真っ暗だった。
上も、下も、左右も存在しない。
空気すら感じない空間。
音だけがあった。
自分の呼吸音。
鼓動。
そして――孤独。
「……詩色?」
鳴宮士樹は、闇の中で立ち尽くしていた。
何も見えない。
手を伸ばしても、自分の指先すら見えなかった。
「詩色!!」
叫ぶ。
だが返事はない。
「詩色ぉぉぉ!!!!!」
声だけが、虚無へ吸い込まれていく。
士樹の心拍が乱れる。
嫌な音だった。
不安の音。
恐怖の音。
そして――。
コツ。
静寂の中。
小さな音が鳴った。
「……!」
士樹の目が鋭くなる。
コツ。
コツ。
硬い床を叩く音。
細いヒール。
しかも先端がわずかに尖っている。
高さは七センチ前後。
左足側の外側が少し削れている。
歩き方に癖がある。
体重移動はゆっくり。
しかし妙に威圧感がある。
士樹は反射的に口にしていた。
「……赤いヒールか」
「は?」
声。
女だった。
次の瞬間。
闇の中に、紫黒い炎が灯る。
ボウッ――。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
長い銀髪。
血のように赤い瞳。
黒いドレス。
そして全身から溢れる、禍々しい魔力。
空間そのものが軋んでいる。
女は眉をひそめた。
「おい貴様」
低い声。
「足音のみでヒールの形を当てよるとは気持ち悪い奴じゃな」
士樹は警戒したまま睨む。
「……誰だお前」
「質問しとるのは私だ」
女は鼻で笑った。
「その耳、過敏すぎる。鼓膜を百倍敏感にしてやろうか?」
「やめろ」
即答だった。
「俺は昔から絶対音感でこれ以上過敏にはなりたくない」
「くくっ……」
女は面白そうに笑った。
だが士樹はそんなことより別のことしか頭になかった。
「そんなことより詩色は!?」
「……?」
「詩色はどこなんだ!! 一緒にいたはずだろ!!」
女は露骨に嫌そうな顔をした。
「ごちゃごちゃうるさい男じゃな」
次の瞬間。
ドゴッ!!!
「ぐっ!?」
蹴りだった。
腹部に重い衝撃。
士樹の身体が吹き飛ぶ。
「黙って私の話を聞かんか」
女は苛立ったように言いながら、闇の中に現れた巨大な玉座へ腰掛けた。
脚を組む。
その姿はまるで魔王だった。
「……っ」
士樹は腹を押さえながら睨み返す。
女は興味なさそうに何かを投げた。
カラン――。
細長い棒が床を転がる。
士樹は目を見開いた。
「……タクト?」
「あぁ」
女は頬杖をつく。
「わかるか?」
「指揮者が使うものだ」
士樹はそれを拾い上げる。
だが。
違和感。
軽すぎる。
いや違う。
“音”が変だ。
普通のタクトではない。
まるで中に何かが脈打っているような――。
「……これは」
「そのタクトは少し違う」
女はそれだけ言った。
説明する気はないらしい。
士樹は苛立ちを隠せない。
「待て……!」
「?」
「詩色はどこなんだ!!」
女の眉がぴくりと動く。
「……愛する女か」
「答えろ!!」
すると女はしばらく沈黙し――。
ふっと笑った。
だがその笑みは、不気味だった。
「生きておれば、そのうち会えるじゃろ」
「!!」
その瞬間。
士樹の身体を真っ黒な煙が包み始めた。
「なっ……!?」
転移。
本能で理解する。
空間転移だ。
「待て!! まだ何も――!!」
女は玉座に座ったまま、退屈そうに片手を振った。
「行け」
煙が濃くなる。
視界が消える。
そして最後の瞬間。
女は小さく呟いた。
「私の名は――デレラル」
その名だけが耳に残った。
◇
ドンッ!!!!
「いっっっっってぇぇぇぇ!!!」
士樹は勢いよく床に叩きつけられた。
尻に激痛が走る。
「〜〜〜〜っ!!」
涙目になりながら周囲を見る。
「……ここは?」
巨大な空間だった。
本。
本。
本。
視界の全てが本棚。
天井は見えないほど高い。
まるで世界そのものが図書館だった。
「図書館……?」
士樹は立ち上がる。
足音が反響する。
静寂。
紙の匂い。
古い木材の匂い。
そして無数の“知識の音”。
「なんだここ……」
本棚を見上げる。
高すぎる。
横幅も果てが見えない。
「……億冊以上あるぞ」
冗談じゃない。
こんな図書館、人類が作れる規模ではない。
士樹はしばらく歩いた。
どれだけ進んでも本棚が続く。
しかも見たこともない文字の本が大量にある。
「読めない……いや、少し読める?」
不思議だった。
頭の中に言葉が流れ込んでくる感覚。
異世界の言語。
だが理解できる。
歩き続けた先。
巨大な扉が現れた。
「……ここが入口か?」
士樹はそこでふと立ち止まる。
そして。
急激に現実感が戻った。
「……そうだ」
詩色。
妻。
自分は妻を探さなければならない。
そのためにはまず――。
「外に――」
扉へ手を伸ばす。
だが。
「……え?」
違和感。
自分の手。
細い。
若い。
肌に張りがある。
「なんなんだこの手……」
士樹の呼吸が止まる。
どう見ても十代の手だった。
「嘘だろ……」
焦る。
混乱する。
その瞬間。
ガチャ。
鍵の音。
「!!」
誰か来る。
士樹は咄嗟に扉の裏へ隠れた。
直後。
扉が開く。
ゾロゾロと大量の若者たちが入ってきた。
十代前後。
男女混合。
ローブを着ている者もいる。
杖を持っている者もいた。
「……なんなんだこいつら」
士樹は息を潜める。
「図書館に来る人数じゃないだろ……」
すると。
最後に現れた人物を見て、空気が変わった。
老人だった。
長い白髭。
黒紫のローブ。
尖った帽子。
まるで“魔女”みたいな格好をした男。
老人は杖を鳴らした。
コン――。
その瞬間、空気が震える。
「諸君」
低く通る声。
「これより試験を始める」
試験?
士樹は眉をひそめる。
(なんだそれ。本の試験か?)
すると老人は続けた。
「君達には魔法を使い、人々の役に立つ力を示してもらう」
「……っ!?」
士樹の目が見開く。
魔法。
本当に言った。
魔法。
すると動揺した拍子に。
ゴッ。
「あ」
肘が本棚に当たった。
ボスッ!!
大量の本が落ちる。
静寂。
全員の視線。
ゆっくり。
ゆっくりと。
扉の裏へ向く。
「…………」
士樹、硬直。
老人が目を細めた。
「……先客かな?」
周囲がざわつく。
「誰だ?」
「俺達より先に来てた?」
「まさか上級魔法士……?」
「試験官クラスか……?」
士樹の背中を冷や汗が流れる。
(やばい)
心臓が爆音を鳴らす。
(絶対絶望の危機なんだが!?)