【第8話:美桜】
最近、なんだか慌ただしい毎日が続いてる。学校、バイト、家族の話題、それに…ちょっと気になる人のこと。
私、真田美桜。穏やかと言われることが多いけど、実は心の中ではいろんなことをぐるぐる考えてる。今日もバイト帰り、いつもの道を歩いていたら、思わぬ偶然に胸が高鳴った。
その日はバイト終わりが少し遅くなってしまった。夜風がひんやりして、マフラーをぎゅっと巻き直しながら歩いていたら、後ろから誰かが声をかけてきた。
「美桜ちゃん?」
振り返ると、そこにいたのは増田奏斗さん。大学生で、バイト先でたまに顔を合わせる先輩。大人っぽくて、優しい雰囲気の人だ。
「奏斗…!」ちょっと驚いて声が上ずる。
「もう上がったの?お疲れ様。」彼は柔らかい笑顔を浮かべて言った。なんだかその笑顔を見ると、今日の疲れが一瞬で吹き飛んだ気がする。
「はい、お疲れ様です。」私も少しぎこちなく返す。
すると、奏斗さんが「ちょうど帰るところだったんだ。一緒に帰らない?」って言ってくれた。そんなこと言われたら断れるわけがない。
「ありがとうございます。」そう答えた私の声は、たぶんいつもより少しだけ弾んでいたと思う。
二人で並んで歩く帰り道。なんだか落ち着かないけど、心地いい沈黙が続いた。
「美桜ちゃんって、ほんとに穏やかだよね。バイトでもあんまり慌てたりしてるの見たことないし。」
急にそんなことを言われて、思わず足を止めそうになる。
「そんなことないですよ。私、結構ドジなところもありますし…。」
「そうかな?でも、そういう落ち着いてるところ、いいと思うよ。」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられるような感覚がした。奏斗さんの言葉は、なんでこんなに優しいんだろう。
「ところで、美桜ちゃんって今、高1だよね?」奏斗さんが少し声を低くして聞いてきた。
「はい。まだ高校1年生です。」
「そっか、高校生かぁ。なんか、しっかりしてるからもっと大人に見えるよ。」
「そんなことないですよ。」照れながら答えたけど、心の中ではドキドキが止まらない。
大学生の奏斗さんとこうして話しているだけで、私なんかじゃ釣り合わない気がする。それでも、一緒にいられるこの時間が嬉しくてたまらなかった。
別れ際、奏斗さんが「じゃあ、またバイトでね。」と言って、軽く手を振ってくれた。その姿を見送ると、自然と笑顔になっている自分に気づく。
「また一緒に帰れるといいな…。」そんなことを思いながら、私は家に帰る足を早めた。
家に着くと、リビングでは萌音がスマホを眺めながら何かを考え込んでいる様子だった。
「どしたん?」声をかけると、彼女は少し驚いたような顔をしてから、「あ、美桜おかえり。別に、なんでもないよ。」とそっけなく答えた。
でも、私にはわかる。萌音は最近、何か悩んでるみたいだ。もしかして、颯真のこと?でも、それを直接聞くのも気が引けて、そのまま話題を変えることにした。
「今日ね、バイト帰りに奏斗と一緒になったの。」
そう言うと、萌音が目を輝かせて「え!それって、もしかして…」と食いついてきた。
「違うから!」慌てて否定するけど、萌音のニヤニヤした顔を見ると、なんだか恥ずかしくなってきた。
夜、自分の部屋で布団にくるまりながら、今日のことを思い返す。奏斗さんの言葉、笑顔、一緒に歩いた帰り道。
「なんでこんなに嬉しいんだろう。」胸の高鳴りを抑えようとしても、全然収まらない。
増田奏斗。またお近づきに、なれますよーに。