「起立、礼」
「さようなら~」
そんな声とほぼ同時に俺は鞄を持つ。
友達からの遊びの誘いを早歩きと共に断る。
バス停まで早歩き。いちばん早く来るバスと猛ダッシュで競走。
勝者は猛ダッシュを運転手に見られた俺。
今まで間に合ったことないバスに初めて勝利。
ありがとう、優しい運転手さん。
今日は1日。1ヶ月ぶりに”あれ”をする日だ。
今日はふとした瞬間、身体が”あれ”を欲しがるから、大変だった。
早く家に着けと、窓を眺めていた────
ドスドス足音を立て、思いっきり玄関のドアを開ける。
マンションとかアパートだったら苦情が来るのでは無いかと考えるが、ここは一軒家だし、もうそれどころでは無い。
家に入ってもう、身体は我慢の限界に達していた。
リビングの棚に手を伸ばす。
思い切り棚を開けると、「待ってたよ」と言わんばかりの…
耳かき棒!!!
もう離さない、という気持ちで耳かき棒をしっかりと握る。
これがきっと、遠距離恋愛中、久しぶりに彼女に会う気持ちなのだろう。
持ってきたからと言って焦っては行けない。俺は着々と準備を進める。
綿棒、ティッシュ、消毒用にウェットティッシュ。
用意はできた、俺は今から月イチの娯楽を始めるのだ。
まずは耳を優しく揉みほぐす。これが意外と重要な過程。
耳をほぐすと耳穴が広がるらしい。快適な娯楽を行うためには必須である。
なんでもかんでも、突っ込めばいい訳じゃないっていうのは、きっと恋愛と同じだろう。
次は穴の中に…ではなく、穴の外の掃除だ。
大事なのは綿棒を濡らすことだ。なんかその方が取れやすそうだし、肌に何となく優しそう。
耳掃除は本来、人間には必要ないらしい。もちろん人によりけりだが、耳垢は普通に過ごしていれば自然と中から出てくる。
だから耳の中だけやればいい訳では無いのだ。
あとは綿棒の乾いた方で全体を拭き取る。なんとなく濡れっぱなしはダメな気がするから。
ここからが本番である。
俺は耳かき棒を耳の中に入れる。
入口から、すぐに感触でだいぶお汚れしているのが分かる。
入口から丁寧に、そして自分的に心地よい強さで次々取っていく。
ちなみに耳かき棒であればなんでもいいわけじゃない。俺はステンレス製のが1番好きだ。
耳の中の籠った熱が、それで冷やされる感覚が好きだからだ。
満足したら、濡らした綿棒で取り残しがないか確認。もちろんかわいた方で拭き取ることも忘れずに。
今回も大収穫であった。耳もスッキリしたし。
汚れたティッシュを眺めていると、ドアの開く音がする。
俺は急いでティッシュを綿棒達を包んで丸め、ゴミ箱に。耳かき棒は元の位置に。
「ただいま~」
「おかえり~」
何事も無かったかのように俺は返事をする。
やはり帰ってきたのは母親であった。
なぜ急いで片付けしていたかというと…
以前、母親に「そんなに耳いじくってたらぶっ壊れるで!!」と言われたからだ。
その時の俺は、痒くなればすぐ耳かき棒を突っ込んでいた。毎日のようにやっていることもあった。だからたまに耳が痛くなったりもした。
今は反省して、1ヶ月に1回、と決めている。
だが、何か言われたら面倒だから、なるべく母親の前ではしないようにしているのだ。
今日はいつもよりも、なんだか充実していた気がする。
次の耳かきは1週間後か…と、ちょっと寂しくなりながらも、ベッドに転がる。
「…耳かき専門店にでも行ってみようかな」
と、突然思いついたが、きっとすぐ忘れてしまう、一瞬の夢。
俺はそのまま眠りについた。
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