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新曲配信に合わせてしれっと。
傍観者としてにのみあさんを出してみました。
そろそろ人を選びそうである。
偶然通りかかって目にした光景に、よくやるねぇ、と思わず苦く笑ってしまった。
鮮やかな青い髪を揺らして惜しみなくやわらかな笑みを浮かべる藤澤氏が、なんとなく見覚えのある若い男のスタッフと談笑している。特段気に留めるようなものではないけれど、あざといモテテクの見本市みたいな仕種を自然とやってのける藤澤氏を見るとそうも言っていられない。
多くは女性がやるであろう仕種なのに、藤澤氏がやっても違和感がないからすごいんだよな。元貴とは違った意味で自分の魅せ方をよく知っている証拠だ。
ほわほわと笑っていたのに急に意味ありげに細めた目で相手を見たり、人ひとり分空いていた距離を少しずつ詰めたり、触れるか触れないかのスキンシップをしたり。
30を過ぎているとは思えない愛らしさを漂わせながら、ふと滲み出る年相応の色気というギャップ。綺麗な見た目とあたたかな人柄からは思いもよらない、嫣然とした笑みが作り出すしっとりとした空気感。
テレビで見せる天然ポンコツキャラとは全然違う姿は、見ていて飽きないものではある。とはいえ、これが藤澤氏じゃなかったら興味も湧かないし素通りしたんだけどね。
そこそこ気心の知れた俺に対して何もしてこないのは、俺が割と元貴と密な繋がりがあるというのもあるだろうけれど、恐らくは俺が子どものいる既婚者だからだ。
藤澤氏の中でも線引きはあって、家族のある人を誘うことはしない。家庭を壊すつもりは全くないのだ。いや、そもそも駆け引きを楽しんでいるだけで、藤澤氏の方からは一線を越えることもしていないか。そう仕向けているとはいえ、相手が勝手にお熱になるだけだ。
元々所属していた事務所の後輩たちの何人かが藤澤氏の餌食になっているのを知らないわけではない。まぁアイツらもいい大人なんだから自分でなんとかしろと言いたいところではあるが、なんとも巧妙に張られた蜘蛛の巣のような罠は、捕まったが最後、逃げることは難しいのだろう。
風磨もね、自分だけはって思っちゃってる時点で罠に嵌ってんのよ。本人に自覚がないのが藤澤氏、いや、Mrs.の3人に都合よく使われているってことになるのにね。
新入りだろうスタッフからすれば雲の上の存在がにこやかに話しかけてくれるんだからたまったもんじゃないだろう。口では彼女がどうのと言っているが、彼女の存在より目の前の存在が気になって仕方がないと見える。芸能人と話しているという高揚感じゃなくて、目の前の綺麗な生き物の魅力に嵌りつつあることに本人は気づいているんだろうか。
彼女さんと行くならこのお店とかおすすめですよ〜、よかったら今度下見に行きます? と藤澤氏が無邪気に笑った。芸能人御用達のお店に行けるという興奮もあるだろうけど、誘われたことにはしゃいでいる。
あーらら、そのへんでやめておきな?
未来ある若者に道を踏み外させるのはあまりに憐れだから、仕方ないなと藤澤氏の肩を叩いた。
「楽しそうな話してんじゃん」
天下のMrs.と並んでも見劣りしない自信があるから平然と声をかける。案の定、一瞬だけつまらなさそうに表情を消したがすぐに笑顔を武装し直した藤澤氏が、二宮さん、とやわらかに呼んだ。この切り替えの速さはいっそ感嘆すべきだ。
「俺も混ぜてよ」
スタッフを見遣ると俺の登場に驚きながらも残念そうな顔をして藤澤氏を見るが、藤澤氏は潮時かな、というようにスタッフにはもう視線を送っていなかった。完全にもう眼中にない様子に、今度はスタッフの顔に困惑の色が浮かんだ。ちょっと可哀想になるくらいだわ。
「彼女さんと行くのにぴったりなお店を紹介してただけです。二宮さんはおすすめとかありますか?」
「あるある。安くてうまいとこ。アットホームな雰囲気で品数も豊富で入りやすいいい店」
藤澤氏はスタッフと一歩距離を取り、俺の方に身体を寄せた。代わりに俺が一歩前に出て、スタッフににんまりと笑いかける。
「……ど、どちら、ですか?」
震える声で訊いたスタッフにずいっと近寄り、小声で「サイゼ」と囁いた。一瞬の沈黙のあと、あははっと吹き出した藤澤氏は、確かに安くて美味しいと頷いた。
「そろそろバラシ始まるんじゃない?」
固まったスタッフの肩をポンポンと叩き、「この業界にいたいならもう近づくなよ」と低い声で続ける。怯えたような眼差しに変わったスタッフは、頭を下げて逃げるように走り去っていった。
言葉の意味は分かるだろうから、これで俺の目があるうちは近づくこともしないだろう。背中が見えなくなったところで藤澤氏を振り返る。
僅かなり咎めるような俺の視線に気づくと、まだ何もしてないのに、と唇を尖らせたあと、申し訳なさそうに苦笑した。
「……あれじゃ二宮さんがこわい人になっちゃいますよ」
俺の心配をする彼のこの表情が、計算とはどうしても思えなかった。そう思いたいだけかもしれないけれど、少なくとも俺の知る藤澤涼架という人間は、全てを計算して行動できるほど薄情でも冷徹でもない。どこまでも藤澤氏は“いい人”なのだ。
元貴が惚れ込んだというやわらかな人柄は、決して創られたものじゃない。元貴と若井氏を想う気持ちはきっと誰よりも深くて重い。もちろん、2人が藤澤氏に向ける感情もそうだ。
俺の世界がメンバーだけで完結していたように、Mrs.も三人で世界が完成している。何人たりともそこを侵すことはできず、藤澤氏とて他者を入れるつもりはないと見える。だから阿部ちゃんみたいな安全牌が必要で、風磨みたいな監督者が必要になる。あの2人でさえ蚊帳の外だと周囲に知らしめるために。
そもそも、どうしてこんなことを繰り返すのだろうか。
向けられる愛情を一片たりとも疑っていないのに、試すような行動をやめないのはなぜだろうか。
元貴も若井氏も、なぜ見限らないのだろう。嫌になってもおかしくないのに、なぜそこまでこの人物に執着するのだろうか。
藤澤氏に引っ掛かっている後輩2人も、それを疑問に思っても訊いたことはないだろう。そこを明らかにしてしまったら、もう2度と食事に行くことも素の表情を見ることも叶わなくなるから。
なぜ? そう思うのに、誰も答えを訊けずにいる。それが分かれば、もう少し違う動きもできるような気がするのに。
じゃぁ誰が? ……藤澤氏に陥落しなくて、なんなら藤澤氏の方から一線を引き、元貴と連絡が取れる……、むしろ俺が適任なんじゃないかって気さえしてきたな。
好奇心も否定はできないが、堂々巡りのこれが落ち着くなら、一肌脱ぐくらいしようじゃないか。
「……行きつけのバーがあるんでしょ?」
「え?」
「おじさんも連れてってよ」
目を丸くした藤澤氏は、少し考えるような素振りを見せてから、元貴に秘密にしてくれるなら、と微笑んだ。
そう言ってやって来たのは、閑静な住宅街だった。こんなところにお店なんてあるのかと思う俺をよそに、藤澤氏は迷うことなく看板も何もない扉を開いた。
ふぅん……なるほど、まさしく“隠れ家”だ。密会には最適な場所だろう。示し合わせたかのように俺たち以外の客がいないのは偶然だろうか?
カウンターの奥にいた初老の男性が小さく頭を下げ、磨き上げたグラスに水を注いだ。
カウンター席に腰掛けた藤澤氏の横に座り、音もなく提供されたグラスで喉を湿らせる。
「いいお店ですこと」
「ありがとうございます」
マスターと思しき男性がやわらかく微笑む。うーん、ナイスミドル。Jが歳食ったらこんな感じになりそう。
俺と同じように水を飲んだ藤澤氏がマスターにモヒートをひとつオーダーし、俺の方を向いた。
「何がお好きですか?」
メニューも何もないから好きなカクテルを頼めってことなんだろうけど、生憎そこまで詳しくはない。風磨がカクテル言葉について調べているのを思い出し、にこ、と笑って告げる。
「俺に合うのを選んでよ。ついでにモヒートの意味も教えてくれる?」
隠さないなぁと笑った藤澤氏は、俺の方をじっと見て、グランドスラム、とマスターに言った。手際よく創り上げたマスターは、それぞれのカクテルを静かに置いた。
「乾杯」
俺の合図でグラスを打ちつける。
スパイスの効いた味わいに、なかなかアルコールの味を感じるが、飲みやすく美味しいと感じるものだった。
「……『2人だけの秘密』にしてくださいね」
俺のグラスを指差しながら藤澤氏が言う。
へぇ、そんな意味があるんだ。まったくわからん。
「それで、何が聞きたいんですか?」
取り繕うことをする必要がないと判断をしているのか、元貴には秘密にしろと言った手前時間がないのか、さっさと本題に入る藤澤氏に、とりあえずモヒートの意味を訊く。
どうせそれも計算のうちなんでしょ、とこちらも隠すことなく言葉にする。
藤澤氏はすっと表情を消すと、モヒートの入ったグラスを揺らし、ぼんやりと遠くを見るように視線を空に向けた。
「……二宮さんはパートナーから必要とされてるって、自信を持って言えますか?」
答えになってないし、なにを青臭いことを。
眉を寄せた俺に、ふふ、と寂しそうに藤澤氏が笑った。
妖艶でも無邪気でもなく、ただただ満たされなくて悲しいと訴えかける笑みだった。
「僕、元貴と若井に必要とされてるって、思ったこと、ないんです」
訊いておきながら答えを聞く気はないようで、俺の返事を待たずに吐き出された声は、ひどく切なく悲しみに満ちていた。なんと答えていいか分からずに言葉に窮する。
だが、その切なさも寂しさも悲しみも、正直なところよく分からなかった。率直に今の俺の心情を一言で表すならば、コイツは何を言っているんだ? である。あんなにも必要とされていて、何を馬鹿なことを。
隠すつもりなくそれを表情に出すと、ふはっと噴き出した藤澤氏が肩を揺らして笑う。
「今、何言ってんだコイツって思いました?」
「うん」
素直に頷くと、二宮さんの飾らないところ好きですよ、とその辺の人間なら勘違いしそうなことを言って、やわらかな印象を与える目を細めた。そこまで藤澤氏と親しいわけではないが、なんとも“らしくない”表情だった。
「……元貴が求めているものは“俺”じゃないんですよ」
またなんか言い出した。よくある謙遜からの「そんなことないでしょ」待ちのような言葉に少し苛つく。
だけど、口を挟ませない強さがあった。脆いのに、震えているのに、それを否定することを許さない圧があった。
苛つきが疑問に変わる。
「元貴はね、他のものなんて要らないくらいに音楽を愛してる。自分の思い描いたビジョンに嵌る音を出してくれる存在を求めてる。それがたまたま俺だっただけです」
一口お酒を飲んで、藤澤氏は続ける。
「若井もそう。若井が求めているのは元貴の音楽で、元貴の音楽に俺が必要だから引き戻すだけ。元貴が俺を要らないってなったら、若井の中から俺なんて跡形もなく消えるでしょうね」
果たしてそうだろうか?
いや、仮にそうだとしよう。100億歩譲って音楽至上主義の元貴が藤澤氏の“音だけ”を求めているとしよう。
自分が制作した楽曲を、寸分の狂いなく表現してくれる存在として藤澤氏を欲しているとして、それのなにが問題なのだろうか。
元貴の求める音は藤澤氏にしか出せないんだから、結局藤澤涼架っていう存在を求めていることになるんじゃんないの?
若井氏の方は定かではないけれど、彼は彼でまた、藤澤氏のことを必要としているように見受けられる。どちらかと言えば元貴よりも分かりやすく、他者の介入を許していないような気がするけど。
「ライブは良い。レックも。あんなにも2人に求められる瞬間は他にはないから。でも、音楽を取り去ったら元貴や若井が俺を求める理由はなにもない」
キッパリと断言する藤澤氏に違和感が募る。その違和感の正体を探り、ひとつの仮説が浮かんだ。
もしその仮説が正解だとしたら、あんなにも元貴たちが焦って連れ戻しに奔走するのも分かる。藤澤氏のお遊びを止めない理由も見えてくる。
きっと彼は、元貴たちから向けられる愛情を疑ってはいないのに、信じてもいないのだ。
やさしさの塊のようなこの子に、元貴か若井氏が、そう思わせるだけの何かをしてしまったんじゃないのだろうか。
そして、予定調和のようなこのお遊びを繰り返すことが、元貴の“贖罪”だとしたら?
このお遊びを通してでしか“求めていること”を示すことができないとわかっていて、藤澤氏がそのための舞台を作っているのだとしたら?
お遊びに興じる藤澤氏を元貴たちが連れ戻す一連の流れが、音楽を構成する要素としてではなく、人間存在として求めていることを証明するための装置だとしたら?
……そうだとするなら、あまりにも、悲しい話じゃないか。あまりにも歪で、あまりにも脆くて、あまりにも排他的だ。
「世界の再現者じゃない俺に価値はないんです」
確信を持った藤澤氏の言葉が、俺の中に浮かんだ仮説を補強する。
楽曲制作中の追い込まれた状態で、普段なら絶対に口にしない、思ってもいない言葉を元貴が発したのだとしたら?
自分自身の発言を全て録画してもらって見直して、言葉の持つ影響力を振り返るのは、そうせざるを得ない状況を作り出したことがある反省からだとしたら?
悪意もなにもなく、ただそのときの感情に任せて発した言葉が、藤澤氏をこんなふうに壊してしてしまったのだとしたら?
「……ねぇ」
「はい」
「そう、言われたことがあるの?」
藤澤氏は答えなかった。
答えないことが、答えだった。
「俺もね、分かってるんですよ? なんてことのない言葉だったんだろうな、って。イライラしていて、つい出ちゃったんだろうなって。……でもあれは、あの瞬間だけかもしれないけど、確かに元貴の本心だった」
藤澤氏の目が揺れる。
「でもいっそ、そっちの方が良かった。音楽の中だけでも俺を必要としてくれてるなら、それで良かったんです。俺の音じゃないと駄目だって、そう言ってくれるならそれだけでじゅうぶんで、だからそう在ろうと努力しで……まぁそれは、自分のためでもあったんですけど。おかげで音楽では必要としてもらえるようになりました。なのに、今更、ねぇ?」
きっと元貴は死ぬほど後悔しただろう。謝り倒したに違いない……いや、もしかしたら謝らせてももらえなかったかもしれない。謝罪も弁明も懺悔も、藤澤氏はさせなかったのかもしれない。だから、行動で示し続けるしかないのかもしれない。
何度も、何度も、藤澤氏が信じてくれるようになるまで、何度でも連れ戻しに来るのかもしれない。
だけどさぁ、藤澤氏、きみは許さないことで、許してるんじゃないの。
元貴たちのために、“存在そのもの”を必要としているということをきみに伝える機会を、ああやって作ってあげてるんじゃないの。
誰よりも傷ついているくせに、その傷をつけた元貴さえも、癒やそうとしてるんじゃないの。
今この瞬間も、こうやってチャンスを与え続けているんじゃないの。
言葉にはしない。これは俺の勝手な憶測だ。
「音楽がなくたって俺を愛してる? ふふ、嘘ばっか。それだって、いつまでもつか」
唯一無二だった関係をただの“役割”に貶めたのは元貴なんだろう。藤澤氏から与えられる無償にも近い愛情を、不要だと切り捨てたのは元貴の方だったんだろう。傲慢さと未熟さが、取り返しのつかない結果をもたらした。
その後どれだけ言い募ったって、藤澤氏についた傷は癒えなかった。誰よりも信じ、誰よりも愛した人から言われたたった数文字の言葉が、藤澤氏を壊したんだ。
割れてしまったガラスをどれだけ修復しても、ヒビを取り切ることができないように。
子ども同士の喧嘩ならば、ごめんねと言って終わっただろう。そんな些細なことここまで拗らせんなと言下に切り捨てることができないのは、彼らの関係が特異だからに他ならない。
仲のいいグループ。そんなこと、俺たちだって散々言われてきた。でも、そもそもの根幹が違う。楽曲の全てを自分たちで演奏する彼らを繋いだのは、間違いなく音楽だった。
たくさんの中から選ばれてグループになった俺たちとは違う。Mrs.はスタートから音楽が媒介だった。音楽がなければ集わなかった。極端な話、楽曲が成立するなら他はどうでもいい。活動の中で築いてきた絆は本物だろうけれど、それは音楽の中でだけ生かされればいい。
だからそうしてあげている。俺の音を求めてくれているのは“本当”だから、それには応えてあげている。応えたいと思っている。ちゃんと“役割”は全うしてる。
でも、それ以外のものを拒絶したのは元貴の方なんだから、今更やめてよ。
そう、言いたいんだろう。
本当は、藤澤氏も理解している。元貴たちが本心から自分という“存在そのもの”を求めていることが分かっている。
でも、理解していても、分かっていても、信じきれない。
許してしまったら、信じてしまったら、また裏切られるかもしれないから。
藤澤氏のお遊びは、試し行動であり予防線だ。
一度壊れてしまったものを再構築するのは何よりも難しいのだと、俺もそれなりに生きてきたからよく知っている。諦めてしまうのが1番早い。期待しないのが、希望を持たないのが、最大で唯一の自己防衛だ。
でもさ、それでもやっぱりさ。
「……藤澤氏はやさしいね」
ぽつりとこぼした俺の言葉に、ぱちぱちと瞬きをした。あどけない表情が愛らしく、やっと“らしい”顔が見れた気がする。
「許さないことで許してあげるなんて、俺にはできないよ」
息を呑んで目を見開いた彼に微笑みかける。
「ずっとチャンスを与え続けるなんて、随分とお優しいじゃない」
「……そんなこと」
「あるでしょ。だって離れてしまえばよかったんだから。単純な仕事仲間としてだけ接すれば良かったのに、そうしないんでしょ? まぁ藤澤氏自身が元貴の作る楽曲が好きだっていうのもあるんだろうけど」
ぐいっとグランドスラムを飲み干す。喉を焼く感覚が心地いい。
「自分を護るために拒絶しているように見せて、元貴たちを、元貴の音楽を護ってる。元貴が生きていくための世界を護ってるんでしょ? 完全な自己犠牲ではないにせよ、相当な献身だよ」
信じたいのに、信じたくない。
許したいのに、許したくない。
愛したいのに、愛したくない。
愛されたいのに、愛されたくない。
藤澤氏だって、どうしようもないほどに元貴の音楽に焦がれていて、必要とされたいと願っている。
それと同時に、あの2人に、どうしようもないほど愛してほしいと、自分自身を求めてほしいと望んでいる。
これ以上傷つけないでという叫びは、俺を愛して欲しいと言うのと同義だ。
だから何度だって試すのだ。だから、何度だって連れ戻すのだ。
そうすることでしか、お互いが求め合っていることを証明できないから。
代わりなんていないって、言葉にしたら嘘になってしまうから。
その結果、自分たちの世界が護られるから。
なんとも人間らしい、不器用で身勝手で、だけど限りなく愛おしくて尊い感情だよね。
「まぁ正直、なにやってんだと思わなくもないけど」
人間の感情は複雑で、ごめんね、だけじゃどうにもならないものがある。単純な物事を複雑にするのは、人間に与えられた権利であり試練だ。
俺のスマホが震える。
「藤澤氏の帰る場所はあの2人の隣しかないと思うよ、俺も。きみの“心の渇きを癒す”のは、あの2人じゃないと無理でしょ」
先程藤澤氏が俺にやったように、藤澤氏のグラスを指差して言ってやる。目を瞠った藤澤氏が何かを言う前に、ゆっくりとドアが開けられた。
俺が振り返るのに倣って視線をやり、責めるような目を俺に向ける。悪いね、でも、一度も俺は了承してないよ?
「……帰ろ、涼ちゃん」
泣きそうな顔をした元貴が藤澤氏に手を差し伸べる。
数秒間その手を無言で見つめたあと、溜息を吐いた藤澤氏がグラスに残っていた酒をあおり、元貴の手を取った。
明らかにホッとした元貴がぎゅっとその手を握り締め、チラッと俺を見た。
「ここはおじさんが出してあげるからさっさと帰りな」
金にうるさい俺としては大盤振る舞いよ?
小さく頭を下げた元貴に連れられて、不機嫌な様子で藤澤氏は帰っていった。
「……ったく、なにを言ったんだか」
扉が閉じてしばらく待ってから呟く。軽々しく一肌なんて脱ぐんじゃなかった。
たった一言、何気ない言葉だっただろうそれがこの悲しい連鎖を生み出したのならば、終わりはいったいどこにあるのだろうか。
それでもやっぱり、連鎖を断ち切ることがができるのは、元貴と若井氏しかいないんだろうね。
……3人がそれを望んでいるのなら、の話だけど。
続。
お気づきですか。
全話通して7,000字を超えているということを。
コメント
49件
こんにちは。 更新ありがとうございます💕 このシリーズ💛ちゃんが小悪魔すぎてクラクラするぐらい大好きなのですが、なんか過去がある気配…✨ めっちゃ気になります! 新作もドキドキだし、 こちらも…💛 続きまた楽しみにしています🥰
えっ7000字超えてたんですか⁇ 面白すぎて700文字くらいの感覚でした🤣 どう決着つくのか凄い気になるー!元貴何言ったんだぁ🙀
💛ちゃんの意図が、お試し行動で、悲しい理由があって、、、 いろ鬼もめちゃくちゃ好きで、更に好きになりました!!! 次は誰視点かなとか、お話の全体が少しづつ明かされて行く所が堪らんです🤭 7000字超え、大納得で大好物です🫶