テラーノベル
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夏の暑さに耐えかねたセミが、さなぎを捨てる。晴れすぎた空は入道雲と、青の絵を描いていた。
自転車で坂道を走っていた。バイト帰りの僕は、アパートで待っている悠太に早く会うために、苦手な立ち漕ぎをした。アスファルトが太陽の光を反射して僕を焼く。太陽が僕に嫉妬してきて、やけに暑かった。
アパートの駐輪スペースに自転車を置き、階段を全力で駆け上がる。エレベーターを使うよりちょっと、早い。自分の部屋について鍵を取り出した僕は、髪を少し整えてからドアを開けた。靴が二つあった。
「大和も来てるから」
悠太の声が聞こえた。
悠太と大和が僕の部屋にいた。大和の着ていたスーツとネクタイが少し乱れていた。
「何、したの」
「別に」
悠太が不貞腐れた声で言った。カーテンを開け切っていない窓から漏れた太陽が僕のネクタイを照らした。外よりも強い日差しだった。悠太と大和の間に飲みかけのペットボトルがあった。少し強い、タバコの臭いがした。床に置いていた灰皿には、吸いかけたタバコが残っていた。
僕は大和の手をつかんだ。
「大和は何も悪くないよ」
悠太が言った。呆れた声だった。大和の手を離す。大和はつかまれた場所を何度か擦った。
僕は床のペットボトルを拾って、中身を大和にかけた。
「おい」
悠太が言った。大和は黙っていた。僕も黙っていた。悠太がため息をつきながらティッシュで床を拭く。僕はからになったペットボトルを持ちながら日差しを浴びていた。
床を拭き終わった悠太が立ち上がる。
「あのさ、俺からだから、そんじゃ」
悠太がゆっくりと外に出る。僕は大和を見つめながら振り返らなかった。切れたティッシュの箱を捨てた。
急ブレーキの音と止められなかった衝突音は乾いたアスファルトを通じて僕らの耳を通った。救急車の音は大和だけが聞いていた。
*
「夏っていいよな、海だっていける。この前さ、悠太と行ったんだ、二人で、三年前に三人で行ったあの海岸。覚えてる? 悠太がタオル無くしちゃって、近くで買ったじゃん。まだ、僕の部屋にあるよ」
昇はそう言った。僕は緩んだネクタイを締めながら聞いていた。テレビから流れる救急車の音。三日前の交通事故は昇を苦しめた。
「今度さ、また三人で行こうよ、僕と、悠太と、大和と。悠太が二十日なら空いてるって言うからさ、大和が大丈夫か聞きたくて。」
「ああ、大丈夫、悠太も来るんだ。」
「そりゃ来るよ、悠太がいないと面白くなくなるでしょ。」
僕はこの二日でかなり痩せてしまった。二人で見た悠太の姿で肉が食べられなかった。ニュースが三日前の交通事故を流していた。
「かわいそうだよな、事故って」
昇が言った。僕はテーブルの上の少しぬるくなったビールを飲んだ。
「悠太と同姓同名じゃん、年まで同じだ。こんな偶然ってあるんだな、珍しい」
「ああ、そうだね」
昨日と同じ反応だった。僕は昨日と同じ元気のない返事をした。
皿の上に一つだけ取り残された枝豆のからは僕に似ていた。
*
二十日。僕らは二人で海に来ていた。昇が出した車で出かけた。荷物はいっぱいだった。助手席には誰も座らなかった。
「海、誰もいないじゃん」
そう言った昇の顔は最近見た中で一番楽しそうだった。
砂浜で走る昇を僕は追いかけた。昇は悠太のタオルをつかんで離さなかった。
「悠太も早く来て、一緒に遊ぼうよ」
昇は僕達が乗ってきた車を見つめてた。
「なあ、昇」
僕は昇の手をつかんだ。昇を思いっきり海に投げ飛ばした。
「何するんだよ」
昇はタオルを持っていなかった。
「タオルどこいった?」
「あっ、悠太も早くきて、探して!」
僕らは海の中に落ちた悠太のタオルを探した。思ったよりすぐに見つかった。昇が僕から奪った。
「大和」
僕の方を向いた昇は太陽に照らされて綺麗だった。
「悠太ってさ、どっか行ったのかな」
昇は僕を見たまま僕を見ていなかった。そのまま続けた。
「悠太ってさ、すぐどっか行くじゃん。今日も探してるのに居なくなっちゃうし。悠太は、僕といて、楽しくなかったのかな、大和といるより」
昇が太陽の方に向き直りながら言った。昇との距離は思っていたより遠かった。
「楽しかったと思うよ、僕は」
昇の背中を見ながら言う。悠太を思い出し、僕は右手を右目に押し当てる。
「悠太もさ、昇に感謝してるよ、ありがとうって」
顔の見えない昇のタオルを握る手が強くなる。僕は潮と汗の匂いが懐かしかった。
「じゃあ」
昇はタオルを海に投げ飛ばした。タオルの水が日差しに当たって光ってた。僕が見た悠太に似てた。
コメント
1件
第1話、読み終えました。最初の「太陽が僕に嫉妬してきて」という表現から、もう張り詰めた空気が伝わってきて。ペットボトルの水をかけるシーン、あの静かな緊張感がすごく印象的でした。それから、昇が「悠太も早く来て」と過去のまま止まっている感じが切なくて…。最後のタオルの光が悠太に似てた、という一文、胸に刺さりました。続きが気になります。
// もあ .
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