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数ヶ月が過ぎ、前線基地の一角にある簡素な病室にも、ようやく「日常」と呼べる空気が戻りつつあった。
朝の光が、埃を含んだ窓越しに柔らかく差し込む。
陽菜はベッドの縁に腰掛け、自分の足を見下ろしていた。
――ちゃんと、動く。
指先も、足先も。
かつて爪が剥がされ、血が滲み、包帯に覆われていた手足は、今では薄く残る傷跡を除けば、ほとんど元に戻っている。
爪も生え揃い、まだ弱々しいが、確かに「生きている身体」だった。
陽菜は、洗面器に浸した濡れタオルを手に取り、ゆっくりと腕を拭く。
傷跡に触れるたび、微かな痛みが走るが、それもまた「生きている証」だった。
胸、肩、腹部。
無数の裂傷、火傷の跡、銃創の痕。
戦場で刻まれた履歴書のような身体。
「…ほんと、よく生きてたわよね、あたし」
独り言のように呟き、苦笑する。
そのときだった。
病室の扉の外、ほんのわずかな気配。
視線を上げると、開ききっていないドアの隙間に、見覚えのある影があった。
皇輝だ。
彼は買い出しや連絡のついでに立ち寄ったのだろう。
本当に“たまたま”通りかかっただけの顔をしているが、視線は確実にこちらを見ていた。
――見られてる。
陽菜は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに肩の力を抜いた。
「…皇輝君」
その声に、皇輝はビクッと肩を跳ねさせる。
「す、すみません! 覗くつもりじゃ…その」
慌てて視線を逸らし、顔が一気に赤くなる。
陽菜は、そんな様子を見て、くすっと小さく笑った。
「そんな慌てなくてもいいわよ」
濡れタオルを絞りながら、冗談めかして言う。
「おばさんの、だらしがない身体見ても、何もないでしょ?」
その言葉に、皇輝は勢いよく首を横に振った。
「ち、違います!」
声が裏返りそうになる。
「あ、いや
そういう意味じゃなくて…その…。」
言葉に詰まり、耳まで真っ赤になる。
陽菜は、しばらく黙って彼を見つめていた。
そして、ふっと表情を緩める。
「ふふ…ありがとうね」
「え?」
「こんな身体見て、引かないでくれて」
皇輝は、はっとして顔を上げた。
「引くわけないです」
即答だった。
「……むしろ、すごいと思いました」
陽菜の身体に刻まれた無数の傷。
それは恐怖の象徴ではなく、彼女が生き抜いてきた証だった。
「こんな状態から、ここまで戻って…」
言葉を探しながら、皇輝は続ける。
「陽菜さんは…本当に、強い人です」
陽菜は一瞬、驚いたように目を見開き、次の瞬間、照れたように視線を逸らした。
「…やめてよ。おばさん照れるじゃない」
そう言いながらも、その口元は微かに笑っていた。
かつて“俺”と名乗り、銃を握り、孤独に生きてきた女。
今は、“あたし”として、誰かに見守られながら、静かに回復している。
病室の外では、砂漠の風が今日も吹いている。
だがこの小さな空間には、確かに温度のある時間が流れていた。
皇輝は一歩下がり、遠慮がちに言った。
「…あの、タオル、替え持ってきます」
「ふふ、ありがと」
その背中を見送りながら、陽菜は小さく息をついた。
戦場で失ったものは多い。
それでも――
「…悪くないわね」
今の、この時間。
濡れタオルを握りしめながら、陽菜は静かにそう思った。
病室の空気は、午後の陽に温められて、どこか穏やかだった。
乾いた砂漠の風が窓の隙間から入り込み、白いカーテンをわずかに揺らしている。
皇輝は、棚に置いてあった清潔なタオルを一枚手に取り、少しだけ深呼吸してから陽菜の方へ歩いた。
「タオルの…替え、持ってきました」
「ありがとう。皇輝君」
その笑顔は、戦場で何度も死線をくぐってきた人間のものとは思えないほど、穏やかで、どこか母性的ですらあった。
陽菜は濡れたタオルを膝に置き、少しだけ視線を伏せる。
「ねえ…お願いがあるんだけど」
「はい?」
「背中、拭いてくれない?」
一瞬、皇輝の思考が止まった。
耳まで一気に熱くなり、視線が宙を泳ぐ。
「え、あ…そ、それは」
「無理ならいいわよ。おばさんの背中なんて、誰も見たくないでしょ?」
からかうような声音。
だが、その奥に、ほんの少しの不安が滲んでいることを、皇輝は見逃さなかった。
「…いえ」
意を決したように顔を上げ、皇輝は首を横に振る。
「やります。陽菜さん」
その言葉に、陽菜は少し驚いたように目を瞬かせ、それから、どこか安心したように微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、お願い」
皇輝は背後に回り、そっとタオルを手に取る。
陽菜の背中に触れた瞬間、その指先に伝わってきたのは、無数の傷痕だった。
焼け跡、裂傷、古い銃創。
それらが複雑に重なり合い、ひとつの人生を刻み込んでいる。
(…この人は)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
タオルを動かす手は、自然と慎重になった。
力を入れすぎないように、痛ませないように。
「…上手ね」
陽菜がぽつりと言う。
「慣れてませんけど…」
「そう? 史奈やレイラちゃんより、よっぽど優しいわ」
冗談めかした言い方に、皇輝はさらに赤くなる。
背中を拭き終えたところで、陽菜は少し首を傾けた。
「ねえ、そのまま…肩も、少し揉んでくれる?」
「…っ」
皇輝は一瞬固まったが、逃げなかった。
「…わかりました」
両手を、そっと陽菜の肩に置く。
細く見えて、その内側に強靭な芯を持つ肩だった。
指で円を描くように、ぎこちなく揉むと、陽菜が小さく息を吐く。
「ふぅ…生き返るわ」
「力、強すぎませんか?」
「ううん、ちょうどいい。若い男の人に世話されるなんて、人生で初めてかも」
その言葉に、皇輝は何も返せなくなった。
ふと視線が落ち、皇輝は陽菜の長い髪に気づく。
黒く、艶やかで、陽の光を受けて静かに輝いていた。
「…綺麗ですね」
思わず、口から漏れた言葉。
「え?」
「髪…その、四十代って聞いてたので…」
言いかけて、しまったと思うが、陽菜は笑った。
「ああ、これ?
史奈ちゃんとレイラちゃんがね、ずっと手入れしてくれてたの。
あの子たち、戦場では鬼なのに、こういうところは妙に優しくて」
その声には、確かな絆があった。
少しの沈黙のあと、陽菜は穏やかに言った。
「ね、皇輝君。もうひとつ、報告があるの」
「…はい」
「あなたの基地でね、給仕係として働くことになったの」
皇輝は思わず手を止める。
「え…?」
「ちゃんと許可ももらってるわ。あなたの直属の上司から」
冗談ではない、と分かる落ち着いた口調。
「銃を持たなくても、役に立てる場所はあるって…そう思えるようになったの」
皇輝の胸に、じんわりと熱が広がった。
「…それは。」
言葉が詰まる。
「嬉しい、です」
心からの言葉だった。
陽菜は、少し照れたように笑う。
「ありがとう。
それにね…誰かのいる場所で、生きてみたくなったの」
皇輝は、もう一度、静かに肩を揉み続けた。
戦場の喧騒から遠く離れた、その小さな病室で、二人の時間は、ゆっくりと流れていた。
それは、傷だらけの過去を抱えた者同士が、未来へ向かって、そっと歩き出す音だった。
崩れ落ちた基地には、まだ硝煙の匂いが残っていた。
数時間前まで、人の声と生活の気配が確かにあった場所は、今や瓦礫と炎に覆われ、夜風に焦げた布切れがはためいている。
見張り塔は折れ、倉庫は半壊し、照明はすべて落ちていた。
皇輝は、息を切らしながら瓦礫の間を走り続けていた。
「陽菜さん!! 陽菜さん!!」
返事はない。
無線は沈黙し、仲間の姿も見えない。
襲撃は、あまりにも突然だった。
重火器による集中砲火。
防御線は数分で破られ、混乱の中で次々と仲間が倒れていった。
皇輝と共に任務に出ていた女傭兵―レイナだけが、奇跡的に生き残った。
しかし、皇輝の直属の上司は、最後まで部下を逃がし、その場で命を落とした。
「くそ…」
歯を食いしばりながら、皇輝は必死に陽菜の名前を呼び続ける。
給仕係として、基地の中心にいた彼女が、無事でいるはずがない。
その考えが、胸を締め付けた。
やがて、崩れた塹壕の縁にたどり着いた時だった。
――微かな嗚咽。
皇輝は、凍りついたように足を止める。
「…っ」
塹壕の下を覗き込むと、そこにいた。
陽菜が、膝を抱え、身体を丸めて震えていた。
土と血にまみれ、髪は乱れ、目は恐怖でいっぱいだった。
その周囲には――
動かない仲間たちの姿。
かつて笑い合い、食事を共にした傭兵たちの遺体が、いくつも横たわっていた。
「陽菜さん…!」
皇輝は、勢いよく塹壕へ滑り降りる。
その声に、陽菜はビクリと身体を震わせ、ゆっくり顔を上げた。
「あ…皇輝君…?」
次の瞬間、堰を切ったように泣き崩れる。
「やだ…やだよ…」
陽菜は、皇輝の胸元を掴み、声を張り上げた。
「あたし…何も出来なかった…!
みんな…みんな…!」
視線は、周囲の遺体へと向けられる。
「怖くて…動けなくて!
ここで、ただ…隠れて!」
声は嗄れ、呼吸は荒い。
「お願い…皇輝君…」
陽菜は、涙で濡れた目で、皇輝を見上げた。
「撃って……
あたしを……!」
その言葉に、皇輝は息を呑んだ。
「仲間を……見捨てた……
生きてる資格なんて……ない……!」
陽菜の身体は、震えが止まらない。
過去の拷問、戦場の記憶、そして今目の前にある現実が、一気に彼女を押し潰していた。
「陽菜さん」
皇輝は、震える手で彼女の肩を掴む。
「そんなこと…言わないでください」
声は、必死に抑えているが、揺れていた。
「あなたは…生き残ったんです。
それは…罪じゃない」
首を横に振る陽菜。
「違う…違うの…
あたしは…また…。」
そこへ、後ろから静かな声がかかった。
「大丈夫か?」
皇輝の仲間の女傭兵が、銃を下げたまま近づいてくる。
彼女もまた、泥と血にまみれていた。
「生き残るってのはな…
選んだわけじゃない」
レイナは、ゆっくりと膝をつき、陽菜と目線を合わせた。
「運だ。
ただの、残酷な運だ」
陽菜は、嗚咽を漏らしながら首を振る。
「でも…あたし…」
「それでも、生きてる」
レイナの声は、強く、しかし優しかった。
「生きてる人間が、死んだ人間の分まで背負うしかないんだよ」
皇輝は、陽菜をそっと抱きしめる。
「…撃てません。
そんなこと…絶対に」
陽菜は、皇輝の胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。
「ごめん……
ごめんなさい……」
「謝らなくていいです」
皇輝は、彼女の背中を、何度も、何度も撫でる。
壊滅した基地の中で、
銃声の消えた戦場で、
三人は、しばらくその場を動けなかった。
生き残ったという事実の重さを、
それぞれが、静かに噛みしめながら。
夜明け前、焼け落ちた前線基地の残骸に、冷たい風が吹き抜けていた。
黒煙の匂いと、金属の焦げた臭いが、まだ空気に残っている。
皇輝は瓦礫の間に立ち尽くし、拳を強く握りしめていた。
上司も、仲間も、ここにはもういない。
残ったのは、生き延びた三人だけだった。
塹壕の縁に腰を下ろした陽菜は、毛布に包まれながらも震えが止まらない。
血と土に汚れたその手は、何度も胸元を掴み、呼吸を整えようとしていた。
「ごめんね…」
掠れた声で、陽菜が呟く。
「あたし…また…守れなかった」
皇輝は何も言えず、ただ陽菜の前に膝をついた。
その背中を、もう一人の生存者が無言で支えている。
レイナだった。
短く切った黒髪に、煤の跡。
肩にはMDRを掛け、20連マガジンを確かめながら、周囲を鋭く警戒している。
腰のホルスターにはGLOCK17
その佇まいは疲弊していながらも、芯の強さを失っていなかった。
「…ここにいても、意味ないね」
低く、だがはっきりとレイナが言う。
「敵は戻ってくる。
この基地はもう終わりだよ」
皇輝は顔を上げた。
「…撤退するしか、ないですよね」
「そう」
レイナは頷く。
「でも、ただ逃げるんじゃない。
生き残るために、合流する」
皇輝は、はっとする。
その名前が、自然と口をついて出た。
「史奈ちゃんと、レイラさん…。」
レイナはわずかに口角を上げた。
「話が早い。
あたいも、その二人なら信用できるって思ってた」
陽菜が、ゆっくりと顔を上げる。
目は赤く腫れ、涙の跡が残っていた。
「史奈…レイラちゃん……」
小さく名前を呼ぶ。
「あの二人なら…きっと……」
皇輝は陽菜の手を、そっと握った。
「一緒に行きましょう。
ここを離れて…もう一度、ちゃんと生きるために」
陽菜は、しばらく沈黙したあと、弱く頷いた。
「うん…」
レイナは周囲を確認し、簡易地図を地面に広げる。
指で砂漠地帯と市街地の境目をなぞりながら言った。
「史奈たちは、この辺りを拠点にしてる可能性が高い。
直線距離じゃ無理。
夜間移動で、二日はかかる」
「敵の追撃は?」と皇輝。
「来ると思った方がいい」
レイナは即答する。
「でも、あたいが前に出る。
MDRはまだ使えるし、弾も最低限はある」
皇輝は背筋を伸ばした。
「俺が後衛を担当します。
陽菜さんは…」
「歩けるよ」
陽菜が、ゆっくりと立ち上がる。
足取りはまだ不安定だが、その目には、かすかな決意が宿っていた。
「もう、震えてるだけのあたしじゃない」
レイナは一瞬、驚いたように陽菜を見つめ、すぐに頷く。
「いい顔してる」
三人は、燃え落ちた基地に背を向けた。
ここにはもう、守るべきものは残っていない。
だが――
生き残った者同士が、再び繋がる場所は、まだある。
史奈とレイラ。
戦場を生き抜いてきた二人のもとへ。
夜が、ゆっくりと砂漠を覆っていく。
その闇の中を、三つの影が、確かな足取りで進み始めた。
それぞれが傷を抱えながらも、
「もう一度、立ち上がる」ために。
砂漠の夕暮れは、あまりにも唐突だった。
昼間は容赦なく照りつけていた太陽が、地平線の向こうへ沈み始めると同時に、空気が一気に冷え込む。
皇輝、陽菜、レイナの三人は、言葉少なに歩き続けていた。
基地を捨ててから、すでに半日以上。
「…今日は、ここで野営だな」
皇輝が足を止め、周囲を確認する。
砂丘の陰、風を避けられる小さな窪地。敵影はない。
レイナが素早く動いた。
「あたいがテント張るよ。手、慣れてるし」
MDRを肩から外し、警戒しながらも手際よく簡易テントを展開する。
その動きには、26年分の実戦経験と野営の癖が染みついていた。
陽菜はその様子を、少し離れた場所で座り込んで見ていた。
回復してきたとはいえ、まだ長距離移動は身体に堪える。
皇輝は陽菜の隣に腰を下ろし、静かに声をかける。
「無理してないですか、陽菜さん」
「あたしは大丈夫よ」
そう言いながらも、陽菜は小さく肩をすくめた。
「昔みたいには動けないけど…歩けてるだけ、御の字ね」
夜の帳が降りるころ、簡易テントが完成し、焚き火が小さく灯る。
揺れる炎が三人の影を砂の上に伸ばした。
食事は携帯食料だった。
乾いたビスケット、栄養バー、パウチのシチュー。
レイナは自分の分を確認すると、陽菜の方へひとつ差し出す。
「陽菜さん、これ。
あたい、昼ちょっと多めに食べたから」
「いいの?」
陽菜は一瞬ためらったが、レイナの気遣いに微笑んで受け取る。
「ありがとう。優しいのね」
「ま、放っとけないでしょ」
レイナは照れ隠しのように肩をすくめた。
焚き火を囲みながら、皇輝がぽつりと言う。
「…レイナ。陽菜さんのこと、聞いたことありますよね」
「伝説の傭兵って話?」
レイナの目が、少しだけ輝く。
「正直、半分は噂だと思ってた。でも…」
レイナは陽菜を見る。
穏やかな表情の奥に、数え切れない戦場をくぐり抜けてきた重みがある。
「こうして隣にいると、妙に納得するんだよね」
「静かだけど、芯がある」
陽菜は苦笑する。
「買いかぶりよ。あたしはもう、昔の人」
「でもさ」
レイナは焚き火に枝を放り込みながら言った。
「史奈って人と、あたい、たぶん気が合うと思うんだ」
皇輝が顔を上げる。
「どうしてそう思うんですか?」
「なんとなく」
レイナはニッと笑う。
陽菜は小さく頷いた。
「史奈はね…不器用だけど、根が優しい。レイナちゃんとは、たぶん似た者同士」
「へぇ…」
レイナは焚き火の向こうを見つめる。
「会ってみたいな、その史奈」
砂漠の夜は静かだった。
遠くで風が砂をなぞる音だけが響く。
皇輝は陽菜の方を向き、低い声で言う。
「今日は、もう休みましょう。明日も移動が続きます」
そして、少しだけ言葉を選びながら続けた。
「無理しないでください。陽菜さんは…今は守られる側でいい」
陽菜は一瞬、何かを言いかけてから、素直に頷いた。
「ありがとう、皇輝君」
レイナはその様子を横目で見て、何も言わずにテントの入口を閉じる。
その背中には、これから始まる放浪と、再会への覚悟がにじんでいた。
焚き火が静かに燃え尽きていく中、
三人はそれぞれの想いを胸に、砂漠の夜へ身を委ねていった。
史奈とレイラを探す旅は、まだ始まったばかりだった。
夜の砂漠は、音を吸い込むように静まり返っていた。
だがその静寂は、銃声によって無残に引き裂かれる。
乾いた連射音。
曳光弾が闇を裂き、砂丘の稜線を赤く染める。
「追っ手だ…しかも数が多い」
皇輝は息を潜め、前方を睨みつけた。
彼の背後には陽菜、そして右側にレイナが伏せている。
「陽菜さん、伏せたまま。」
「分かってる…無理はしない」
陽菜の声は落ち着いていたが、指先は微かに震えていた。
銃を捨て、戦場から離れると決めたとはいえ、銃声は否応なく過去を呼び覚ます。
敵は傭兵団の残党。
夜目装備を使い、三人を包囲するように展開してきていた。
「左右から来る!」
レイナが低く叫び、MDRを構える。
サイト越しに浮かぶ影。
引き金を引くと、7.62弾が闇を貫き、敵兵を吹き飛ばした。
皇輝も即座に応射する。
二人の銃撃は的確だったが、敵の数は減らない。
砂煙の向こうから、容赦ない反撃。
弾丸が砂を弾き、身体のすぐ脇をかすめていく。
「ちっ、しつこい…!」
レイナは前に出た。
陽菜を守るため、少しでも敵を引きつけようとする。
その瞬間だった。
乾いた衝撃音。
レイナの右肩が跳ね、彼女は思わず膝をつく。
「ぐっ…!」
肩口から血が噴き出す。
被弾——それでも彼女は歯を食いしばり、MDRを落とさなかった。
「あたいは平気だ!撃ち続ける!」
「無茶するな、レイナ!」
皇輝が叫ぶ。
だがレイナは笑ったように息を吐き、再び引き金を引いた。
片手で銃を支え、反動に耐えながら、確実に敵を削っていく。
皇輝も前に出る。
二人の連携は即席とは思えないほど噛み合い、追っ手の動きが鈍る。
やがて——
最後の敵兵が倒れ、砂漠に再び静寂が戻った。
しばらく誰も動かなかった。
ただ荒い呼吸だけが、夜の空気を震わせる。
「…終わった、か」
皇輝が銃を下ろすと、レイナはようやく力が抜けたように座り込んだ。
「肩……見せて」
陽菜がすぐに近寄る。
彼女の表情は、さっきまでの怯えが嘘のように落ち着いていた。
「ごめんね、あたいが前に出すぎた」
「違う。守ってくれたんでしょ」
陽菜はそう言って、レイナの装備を外し、傷口を確認する。
弾は貫通していたが、致命傷ではない。
「大丈夫。ちゃんと処置すれば問題ない」
陽菜は手慣れた動きで包帯を取り出し、止血を始めた。
かつての傭兵としての経験が、自然と身体を動かす。
レイナは痛みに顔を歪めながらも、陽菜をじっと見つめていた。
「……噂は聞いてたけどさ」
「何?」
「伝説って言われる人は、やっぱ違うね」
陽菜は一瞬だけ目を伏せ、微笑んだ。
「もう、伝説なんかじゃないよ。ただの…生き残り」
皇輝は二人の様子を見守りながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
傷つきながらも、互いを支え合う姿。
この三人で、まだ先へ進める——そう思えた。
「レイナ、無理はするな。今日はここで休もう」
「了解…あたい、まだ戦えるけどね」
そう言いながらも、レイナは陽菜の処置に身を委ねた。
砂漠の夜風が吹く。
焚き火の小さな炎が、三人の影を揺らしていた。
追っ手は退けた。
だが、旅はまだ終わらない。
それでも今は——
確かに、生きている。
夜明け前、空気は冷たく張り詰めていた。
レイラは砂と瓦礫に埋もれた丘の稜線に伏せ、静かに呼吸を整える。肩には**TAC-338**。
ハンタースコープは7倍率、遠距離での一撃を確実にするための相棒だ。
セカンダリーには、**マリアのM45A1**をショルダーホルスターに、**自分のM1911**をレッグホルスターに収めている。
背中には**マチェーテ**、ベルトには**スモークと手榴弾**。
今回の任務は単独。
敵は旧工業地帯を拠点にする武装集団。人数は多いが、指揮系統は脆い――それを突く。
スコープ越しに、見張りの影が二つ。
風向きを読む。
呼吸を止め、引き金を絞る。
**ズドン。**
一人目が崩れ落ち、数拍遅れて二人目。
反応が遅い。まだ気付いていない。
レイラは位置を変える。
撃った後に留まらないのが鉄則だ。
次の標的は通信兵。
アンテナの下で身振りを交えている。
**ズドン。**
通信が断たれ、拠点にざわめきが走る。
ここからが本番だ。
敵が散開し、建屋の影に隠れる。
距離が詰まる。
レイラは**スモーク**を投擲。
白煙が視界を奪う瞬間、彼女は滑り込むように前進した。
近距離で**M1911**を抜く。
二発、三発。確実に、無駄なく。
弾切れ――リロードの一瞬を狙われ、衝撃。
壁に叩きつけられるが、体勢を崩しながら**マチェーテ**を抜く。
刃が閃き、敵の武器を叩き落とす。
続けざまに膝、肘、柄で顎。
相手が沈む前に、背後から別の足音。
レイラの手が自然に**ショルダーホルスター**へ伸びる。
**M45A1**。
**バン、バン、バン。**
防弾アーマー越しに衝撃を叩き込み、敵が倒れる。
レイラは息を吐いた。
「…ありがとう」
誰にともなく、そう呟く。
拠点奥から増援。
レイラは**手榴弾**を投げ、爆風に合わせて前進。
混乱の隙を突き、要所を制圧していく。
最後の抵抗。
銃声が途切れ、砂煙が静まる。
瓦礫の中に、敵の指揮官。
抵抗はない。
レイラは無言で拘束し、証拠を確保する。
遠くで夜明けの光が差し始めていた。
TAC-338を担ぎ、彼女は振り返らない。
マリアのM45A1は、静かにホルスターに戻された。
――まだ、戦いは終わらない。
レイラは歩き出す。
次の影へ、次の任務へ。
砂漠の夜明け前、乾いた空気の中で二つの影が向かい合っていた。
史奈は、レイラの背中にかかる異質な存在感に、最初は違和感としてそれを感じ取った。
いつもの、見慣れたMK14のシルエットではない。
より長く、重く、そして研ぎ澄まされた“殺意”を内包する輪郭。
「…そのライフル」
史奈がそう言った瞬間、レイラは振り向かなかった。
砂の上に膝をつき、ゆっくりとボルトを操作しながら、淡々と答える。
「TAC-338」
低く、感情を削ぎ落とした声。
スコープは7倍率。
“確実に仕留める”ための選択だ。
史奈は一歩近づき、レイラの装備を改めて見た。
ショルダーホルスターには、マリアのM45A1。
レッグホルスターには、使い込まれたM1911。
背中にはマチェーテ。
ベルトには
スモーク、手榴弾。
―戦うための装備。
だが、それ以上に“覚悟”を背負った構成だった。
「…MK14じゃないんだな」
史奈の言葉に、レイラの指が一瞬だけ止まる。
しかし、顔は上げない。
「理由を聞く?」
史奈は首を振った。
「…いや」
沈黙が二人の間に落ちる。
風が砂をさらい、遠くで何かが軋む音がした。
レイラはゆっくりと立ち上がり、TAC-338を肩に担ぐ。
その姿は、かつて史奈が知っていた
マリアと、どこか重なって見えた。
「詳しくは言わない」
レイラはそう言ってから、ほんのわずかに視線を逸らす。
「…でも、史奈なら分かると思った」
史奈は答えなかった。
けれど、胸の奥では、すでに理解していた。
――マリア。
伝説の女傭兵スナイパー。
死してなお、戦場に影を落とし続ける存在。
レイラは、マリアの背中を追っている。
いや、追うのではない。
“並び立とうとしている”。
少しでも近づきたい。
同じ景色を見て、同じ距離で敵を見据え、
同じ孤独を背負って撃ち抜きたい。
「けど…無理するなよ」
史奈の言葉は、それだけだった。
レイラは一瞬だけ、驚いたように目を瞬かせ、
それから、ほんの僅かに口元を緩めた。
「無理はしない。」
そう言い切る声は、強かった。
二人は並んで歩き出す。
朝焼けに染まり始めた砂漠の中、
TAC-338の影が、長く砂に伸びていた。
それは、マリアの不在を埋めるための影ではない。
マリアという伝説を、自分の足で越えていくための影だった。
史奈は、その背中を見つめながら思う。
―レイラは、もう十分に強い。
けれど、それでも彼女は戦う。
想いを引き金に変えて。
砂漠の朝は、静かに始まっていた。
砂漠の夜明け前、冷えた空気が肺に刺さる。
皇輝、レイナ、陽菜の三人は、崩れた岩場を背に、必死に息を整えていた。
だが――
エンジン音が、地平線の向こうから唸りを上げて近づいてくる。
「…来たな」
皇輝が低く呟く。
双眼鏡越しに見えたのは、複数の車両。
即席装甲を施したピックアップに、荷台には重機関銃の銃座。追っ手は一隊ではない。
明らかに“狩り”に来ていた。
「数が多すぎるよ、これ…」
レイナが歯を噛みしめる。
肩の包帯はまだ新しく、動かすたびに痛みが走るはずだが、弱音は吐かなかった。
陽菜は一歩下がり、必死に周囲を見回す。
銃は持っていない。持たないと決めた。
それでも、足は止めない。止まれば、全てが終わる。
「陽菜さん、俺の後ろに――」
皇輝が言いかけた瞬間、乾いた破裂音が砂漠を切り裂いた。
ドンッ、ドドドドッ――!
車両の銃座が火を噴く。
砂煙が巻き上がり、岩肌が削られる。
「伏せろッ!」
皇輝は即座に射撃姿勢を取り、遮蔽物越しに反撃を開始する。
サイガ12K
の反動が肩に食い込むが、構わない。
狙うのは運転席、そして銃座。
レイナもすぐ隣で応戦する。
「あたいが引きつける! 皇輝、右の車両を!」
「無茶するな、レイナ!」
「無茶しなきゃ生き残れないでしょ!」
レイナは短く笑い、GLOCK17を抜いて前に出る。
砂煙を利用し、ジグザグに走りながら発砲。
弾丸が車両の装甲に火花を散らす。
その瞬間、銃座が彼女に狙いを定めた。
ドンッ――!
重い衝撃音。
弾丸が岩を砕き、レイナのすぐ脇を掠める。
「くっ……!」
肩に走る激痛。
先ほど治療したばかりの箇所だ。それでも彼女は倒れなかった。
「レイナ!」
皇輝が叫ぶ。
「平気! まだ撃てる!」
血をにじませながらも、レイナは歯を食いしばり、再び引き金を引く。
その隙を逃さず、皇輝が銃座に照準を合わせる。
――今だ。
連続する発砲。
銃座の男が体勢を崩し、車両が蛇行する。
「陽菜さん、今だ! 移動するぞ!」
皇輝が叫ぶと同時に、陽菜は必死に走り出した。
息が切れる。
足がもつれる。それでも止まらない。
背後で再び銃声。
レイナが最後尾を守るように撃ち続ける。
「…陽菜さん!」
彼女は振り返り、陽菜を見て叫んだ。
「生きて! それだけでいいから!」
その声に、陽菜の胸が締め付けられる。
守られている。
もう戦えない自分を、それでも守ろうとしてくれている。
やがて、岩場の奥に入り込んだ三人は、急斜面を利用して視界から消えた。
敵の銃声は次第に遠ざかる。
――静寂。
砂漠に残ったのは、荒い呼吸と、焼けた火薬の匂いだけだった。
「…なんとか、撒いたな」
皇輝が膝に手をつき、深く息を吐く。
レイナはその場に座り込み、肩を押さえる。
「正直、ギリギリだったね」
陽菜はすぐに駆け寄り、震える手で包帯を解き始める。
「動かないで。今、手当てするから」
「陽菜さん…」
「大丈夫。あたし、こういうのはまだ出来る」
震えながらも、陽菜の手つきは確かだった。
血を止め、包帯を巻き直す。
皇輝は二人を見守りながら、強く拳を握る。
――必ず、史奈とレイラに合流する。
――この地獄を、終わらせるために。
砂漠の夜は、まだ終わらない。
皇輝、レイナ、陽菜の3人は新たな敵影に追われていた。
「ちっ、しつこい奴らめ!!」
皇輝はそう言いながら、サイガ12Kで撃ち返す。
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!
レイナも、負傷しながらもMDRで撃ち返す。
陽菜は、ひたすら皇輝とレイナの後ろで様子を伺うしか出来なかった。
もはや、戦う選択肢は彼女には
なかった。
いや、消えてしまったと言うべきなのか。
その時だった。
ズドン!!
低い銃声。
皇輝が、叫ぶ。
「対物ライフルだ!!
陽菜さん、レイナ!!気をつけろ!!スナイパー(狙撃手)がいる!!」
レイナ「狙撃手が見えない!!援護を…。」
レイナがそう言った時
…。
再び低い銃声と左腕に激痛が。
レイナが左手を見ると真っ赤になった肉片があるだけで、鮮血が滴っているだけだった。
レイナは、悲鳴にならない様な声を上げて倒れ込む。
左腕の下半分が、完全に無くなっている。
砂の上に、真っ赤な血が染み込んでいく。
陽菜も、皇輝もそれに気付き
レイナの元に駆けつける。
レイナは、大きく目を見開き
荒い呼吸をする。
皇輝「クソッ!!畜生!!レイナ!!しっかりするんだ。」
レイナは、陸に打ち上げられた魚の様に口をパクパクするだけで声が出ない。
陽菜「レイナちゃん!!ど、どうしたら!!そんな!!しっかり!!」
皇輝、陽菜がレイナを運ぼうとした時、砂漠に何かが落ちるような音が聞こえる…。
皇輝が叫ぶ
皇輝「手榴弾だ!!!!伏せろー!!!」
レイナ「だ……だ…め……や…めろ
。」
-その瞬間-
爆発の衝撃が、砂漠を震わせた。
世界が一瞬、音を失う。
皇輝、陽菜は地面に叩き伏せられ、耳鳴りの中で必死に顔を上げた。
視界は砂と煙で覆われ、何も見えない。
陽菜「…レイナちゃん…?」
陽菜が、喉が裂けるような声で名を呼ぶ。
そこにあったのは、
爆心から少し離れた場所に倒れる、レイナの影だった。
彼女は動かない。
それでも―身体で、仲間を庇ったその姿勢だけは崩れていなかった。
陽菜は震える足で駆け寄る。
砂漠には、真っ赤な血溜まりが
出来ている。
陽菜「うそ!!レイナちゃん!!」
皇輝「レイナ!!」
レイナの身体の真ん中に、真っ赤な穴が空き、そこからは鮮血が流れ出している。
既に、両腕、両手は血だらけで
骨の一部が突き出している。
右腕の指からは骨が突き出し、左腕はもう無い状態。
足元もぼろ切れを纏ったような
血だらけの脚だった。
左脚の足首からは、骨が飛び出し血だらけ。
右脚は、ブーツが吹き飛び血だらけの
素足が覗いていた。
顔には火傷、顔面も血だらけ。
もはや
直視する事が出来ない姿
のレイナ。
ただ、ヒューヒューと空気を吸う音だけが聞こえる。
皇輝「レイナ!!死ぬな!!」皇輝が泣きそうな声でさけぶ。
レイナ「ひ………な……さ……ん…、こ…こ…う……皇……き……。あ………た…………い…。」
陽菜「喋んないで、レイナちゃん!!
イヤぁ!!こんな!!酷い。」
こがレイナを抱き寄せる。
皇輝「ああ、どうしたら!!レイナ!!ダメだ!!死んじゃダメだよ。」
レイナ「ふ、……ふ……み……な……に……よろ………しく……レイラ……に……も……さ………よ……な…ら………。」
そう言うとレイナはピクリとも
動かなくなった。
皇輝は大声で泣き叫び、地面を叩く。
陽菜も顔を覆い目を逸らす。
砂漠の上に2人の
涙がいくつもいくつも滴り落ちる。
しかし、敵狙撃手は再び撃ってくる。
更には、残りの敵兵士も
再び、手榴弾を投げようとしている。
皇輝は、レイナのドックタグを引きちぎって、陽菜とその場を離れる。
陽菜「皇輝くん……レイナちゃん!!置いてくの?」
皇輝「今は、逃げなきゃ!!殺されてしまうよ!!後で必ず戻る。仇はうつ。」
2人は再び走り出し
追っ手を振り払う…。
再び砂漠には冷たい夜風が吹き荒れていた。
レイナは、2人の命を身を捧げて救った。
夕暮れが砂漠を紫色に染め始めた頃、
史奈とレイラは、風に削られた岩陰で焚き火を起こしていた。
遠くから二つの人影が近づいてくるのが見えた瞬間、史奈は立ち上がった。
歩き方ですぐに分かった。――皇輝と、陽菜だ。
だが、三人ではなかった。
史奈は何も言わず、ただその事実を胸の奥で理解してしまう。
レイラも同じだった。視線を落とし、何も問わない。
皇輝は二人の前に立つと、深く息を吸い、言葉を選ぶように口を開いた。
「……レイナは、もういません」
その一言で十分だった。
陽菜は俯いたまま、両手を強く握りしめている。
涙はもう流れていなかった。ただ、そこに残っているのは、喪失の重さだけだった。
皇輝は続ける。
「最後に…レイナが言ってました。
『史奈さんに、よろしく伝えてください』って。
『一度でいいから、会ってみたかった』って……」
その言葉が、史奈の胸を静かに貫いた。
会ったこともない。
声も知らない。
それでも、確かに同じ時間、同じ地獄を生きた仲間だった。
史奈はゆっくりと目を閉じ、手を胸の前で組む。
「…ありがとう。伝えてくれて」
小さく、しかしはっきりとそう言うと、史奈は空を見上げた。
薄く浮かぶ星々の向こうに、まだ見ぬ誰かの面影を重ねる。
「レイナ…安らかに」
それ以上の言葉は要らなかった。
レイラは終始、黙っていた。
焚き火の光が、その無表情な横顔を照らしている。
だが、史奈は気づいていた。
レイラの拳が、わずかに震えていることに。
やがて、レイラは静かに口を開く。
「まだ…ここにいる」
誰に言うでもなく、低く、冷たい声だった。
「レイナを撃った狙撃手。
この戦域から、まだ逃げ切れていない」
皇輝が顔を上げる。
陽菜も、ゆっくりとレイラを見る。
レイラは続ける。
「必ず見つける。
必ず止める」
それは誓いだった。
怒りを爆発させることもなく、涙を流すこともなく、
ただ、戦士として下した決断。
史奈は一歩、レイラの隣に立つ。
「…一人じゃない」
その一言に、レイラはわずかに視線を動かし、史奈を見る。
ほんの一瞬、感情の揺らぎがその瞳に浮かび、すぐに消えた。
陽菜は胸に手を当て、静かに言った。
「レイナちゃん…あたし、忘れないよ。」
皇輝も頷く。
「俺もです」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
夜は、まだ深い。
だが、彼らは進む。
失われた命を背負いながら、
それでも、生きて戦う者として。
レイナの名は、もう声を持たない。
だがその意志は、確かにここに残っていた。
夜は、砂漠に等しく平等に降りてきた。
音も色も奪い去り、残るのは冷え切った空気と、呼吸の音だけ。
レイラは伏せたまま、身じろぎ一つしなかった。
TAC-338の冷たいレシーバーが頬に触れ、呼吸と心拍を静かに抑え込む。
距離――推定1,200メートル。
風は不規則、夜露で空気が重い。
敵は熟練の狙撃手だ。
昼間から続くこの戦いは、もはや技術だけでなく、**精神の削り合い**になっていた。
「……レイナ」
レイラは、心の中で一度だけ名を呼ぶ。
声にはしない。
感情を外に出せば、指先が狂う。
敵狙撃手も動かない。
互いに、相手が“そこにいる”ことだけは分かっている。
スコープ越しに見えるのは、暗闇と瓦礫と、星のない空。
だが、レイラは感じていた。
――**焦り**。
敵は動きたがっている。
時間が味方をしないと分かっている。
レイラは待つ。
「狙撃は、引き金を引く前に終わっている」
風が一瞬、止んだ。
その時だった。
瓦礫の向こう、わずかな反射。
スコープに、ほんの一瞬だけ浮かび上がる**人の輪郭**。
レイラの指は、迷わなかった。
呼吸、止める。
肩の力を抜く。
引き金を“引く”のではない――**落とす**。
――ドン。
TAC-338が低く吠え、夜を切り裂いた。
1秒後。
1,200メートル先で、敵狙撃手の頭部が弾ける。
顔面の中央を正確に撃ち抜かれ、
その身体は音もなく後方へ崩れ落ちた。
レイラは、追撃をしなかった。
必要がないことを、誰よりも分かっている。
しばらく、そのまま伏せる。
完全に安全を確認してから、ゆっくりと起き上がる。
夜風が、レイラの頬を撫でた。
「…終わったよ、レイナ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
マリアのM45A1が、ショルダーホルスターの中で静かに揺れた。
それはまるで、**肯定の合図**のようだった。
史奈と皇輝、陽菜が待っている。
もう、これ以上奪わせない。
レイラはライフルを担ぎ、闇の中へと溶けていった。
復讐ではない。
これは、**守るための戦いの終わり**。
そして――
次に生きるための、始まりだった。
砂漠の夜明け前、空気は冷え切り、風が低く唸っていた。
レイラは任務の帰路につきながら、TAC-338を背負い、足跡を消すように慎重に歩いていた。
狙撃手を仕留めた後でも、油断はしない。
それが彼女の流儀だった。
瓦礫と岩が混じる乾いた谷間に差しかかった時、微かな金属音がした。
――違う。
風じゃない。
レイラは即座に伏せ、スモークグレネードに指をかける。
だが次の瞬間、聞こえてきたのは、妙に間の抜けた声だった。
「…あ、やば。安全装置、外れてたかも」
レイラは一瞬、眉をひそめる。
声の主は、岩陰からひょいと姿を現した。
黒髪、短く整えられたボーイッシュな髪型。
瞳は澄んだ青。
砂漠用の装備は着古しているが、動きに無駄がない。肩には**ステアーAUG A3**、標準の1.5倍率スコープ。腰には**FNブローニング・ハイパワー**。
女傭兵は、レイラを見るなり、ぱっと笑った。
「あの…敵じゃないから
撃たないでね?」
レイラは銃口を下げないまま、静かに答える。
「名前は」
「澤村・アイラ。アイラでいいよ。」
ど天然―その第一印象は間違っていなかった。
だが、レイラは見逃さなかった。
アイラの立ち位置、銃の構え、足の向き。どれもが“撃てる者”のそれだった。
「…ここは危険」
レイラが短く言うと、アイラは首を傾げた。
「だよね!!さっきまで、追っ手がいたし。」
その言葉に、レイラは一瞬だけ目を細めた。
「射撃は?」
「得意。あと、弾切れの時の粘りも」
その直後、乾いた銃声が遠方で弾けた。
続けて、複数。
敵だ。
しかも索敵を始めている。
レイラは即断した。
「背後の高地を取る。ついてこれる?」
「もちろん。」
アイラはそう言って、AUGを軽く叩いた。
二人は無言で走った。
レイラは狙撃手としての最短ルートを、アイラは、経験から来る“敵が嫌がる場所”を選ぶ。
互いに言葉は少ないが、動きは噛み合っていた。
高地に着くや否や、敵兵が三人、谷を越えて現れる。
「私が抑える」
アイラが言うや否や、AUGが火を吹いた。
1.5倍率スコープ越しの正確な連射。
反動を完全に殺した射撃で、敵兵二人が即座に倒れる。
残る一人が伏せた瞬間――
ドン、と重い音。
レイラのTAC-338が夜明け前の空気を切り裂いた。
敵兵は動かなくなった。
しばらくの沈黙。
風の音だけが戻ってくる。
アイラは、ふうっと息を吐いた。
「…あなた変わってるよね?よく言われない?まぁ、いい意味でだけど。」
レイラは銃を下ろし、短く答える。
「あなたもね?」
その一言に、アイラは目を丸くしてから、くすっと笑った。
「それ、最高の褒め言葉として受け取っておこう!!」
二人は並んで歩き出す。
まだ名前も知らない仲間たちの元へ向かう道の途中で、奇妙だが確かな“相性”が、静かに芽生えていた。
夜の砂漠は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
沈みきった太陽の余熱だけが地面に残り、冷たい風がテント布をわずかに揺らす。
レイラとアイラが合流地点に辿り着いた時、すでにそこには史奈、陽菜、皇輝の姿があった。
「…史奈」
レイラが短く言う。
史奈は一瞬だけ目を見開き、すぐに小さく笑った。
「無事でよかった。…そっちは、新しい仲間?」
レイラが視線を横に向けると、AUGを軽く叩きながら、にこっと屈託なく笑った。
「はじめまして。私、澤村アイラって言います」
そして一人ずつ、順番に顔を見ていく。
「陽菜ちゃん、だよね?」
「うん、あたしが陽菜。よろしくね」
「皇ちゃん?」
「えっ…あ、はい。皇輝です。」
「それで…ふぅちゃん?」
史奈が一瞬固まる。
「…誰?」
「史奈さんでしょ? なんとなく雰囲気で!」
「史奈でいいでしょふぅちゃんって…」
その様子を見て、皇輝が思わず吹き出し、陽菜もくすっと笑った。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
「ふふ、面白い人ね」
陽菜が言うと、アイラは胸を張る。
「よく言われます。変わってるって!」
レイラはそんなやり取りを無言で見つめながら、周囲の地形と風向きを確認していた。
そして、短く指示を出す。
「ここで夜営する。五人分、簡易テントを張ろう」
全員が頷き、手際よく動き出す。
皇輝と史奈が支柱を組み、陽菜は焚き火の準備、アイラは周囲の警戒を買って出た。
「私、夜番得意だから。見張ってます。」
AUGを抱え、砂丘の陰に腰を下ろす。
「頼もしいわね」
陽菜がそう言うと、アイラは少し照れたように頭を掻いた。
焚き火に火が入ると、橙色の光が五人の顔を照らした。
乾燥した空気の中、パチパチと薪の爆ぜる音がやけに大きく響く。
簡単な携帯食を分け合いながら、皇輝がぽつりと呟く。
「……こうして全員揃うの、久しぶりですね」
「そうだね」
史奈は焚き火を見つめたまま答える。
「失ったものも多いけど…それでも、まだ前に進ける」
レイラは何も言わず、空を見上げる。
満天の星が、冷たく、しかし静かに瞬いていた。
アイラがその様子を見て、ぽつりと呟く。
「レイラちゃん、強いね。でも、無理しすぎないで」
レイラは少しだけ目を伏せ、短く返す。
「ありがとう。…でも、戦わなければならない時もある」
「うん。でも、今は休もうよ」
アイラは柔らかく微笑んだ。
その言葉に、レイラはわずかに表情を緩める。
やがて夜は更け、五人はそれぞれのテントに入る。
焚き火の残り火が赤く揺れ、砂漠の闇に溶けていった。
砂漠の夜明け前。
冷えた空気の中、史奈は一人で装備を整えていた。
単独任務――それが今回の条件だった。
AKMのボルトを静かに引き、マガジンを確認する。
余計な感情は排する。
ただ任務を遂行するだけ。それが彼女の流儀だった。
「…行くか」
史奈が歩き出そうとした、その背後で、砂を踏む軽い音がした。
「ふぅちゃん、おはよ」
振り返った瞬間、史奈は思わず眉をひそめる。
「…アイラさん?」
そこに立っていたのは、黒髪短髪、青い瞳の女傭兵―澤村・アイラだった。
AUG A3を肩に掛け、どこか呑気そうな笑みを浮かべている。
「なんで、ここに…。今回は単独ですから。ついてこないでください」
史奈は冷たく言い放つ。
しかし
アイラは首をかしげ、悪びれもせず答えた。
「んー…なんかね、心配で?」
「あの…邪魔になります」
「邪魔しないよ。多分」
“多分”という言葉に、史奈は小さくため息をついた。
だが今さら追い返す時間もない。
史奈は無言で前を向き、歩き出した。
目的地は、市街地外れの半壊した工場跡。
敵勢力の中継拠点だという情報があった。
史奈が先行し、物陰から内部を確認する。
――多い。
軽装の武装兵が十数名。想定よりも多い。
「ふぅちゃん、左から回る?」
囁くアイラの声。
「…勝手に動かないでくださいね」
「了解」
返事は軽いが、銃口は正確だった。
次の瞬間――
乾いた銃声が夜を裂いた。
敵兵が気付いたのだ。
「敵だ!」
史奈がAKMを構え、短いバーストで敵兵を制圧する。
アイラもAUGで援護射撃。
スコープ越しの射撃は正確無比だった。
銃撃戦は一気に激化する。
弾丸がコンクリートを削り、火花が散る。
敵兵が側面から回り込もうとするのを、アイラが即座に察知。
「右、二人!」
「了解!」
史奈が振り向きざまに射撃。
連携は即席とは思えないほど噛み合っていた。
だが――
「くっ…!」
弾切れの瞬間、史奈の前に大柄な敵兵が飛び出してくる。
「―!!」
史奈は反射的に銃床で殴りかかるが、体格差があった。
敵兵の拳が史奈の腹部にめり込み、息が詰まる。
さらにもう一人。
二人がかりで組み伏せられ、史奈は壁へと投げ飛ばされた。
鈍い衝撃。
視界が白く弾け、そのまま意識が途切れた。
―どれくらい経っただろう。
遠くで怒号と、短い悲鳴。
史奈はうっすらと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは――
小柄なアイラが、信じられない光景を作り出していた。
大柄な敵兵の腕を取り、体を沈め――
「せいっ」
柔道の投げ技。
男の巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
もう一人が突っ込んできた瞬間、アイラは懐に入り込み、再び投げる。
そのまま間髪入れずに、ナイフを引き抜き――
躊躇なく、急所へ突き立てた。
短く、確実に。
敵兵は声も出せず崩れ落ちる。
アイラは息を整え、周囲を確認すると、ようやく史奈に気付いた。
「あ、ふぅちゃん。起きた?」
史奈は呆然としながら、上半身を起こす。
「今の…は」
「ん? 柔道の技のこと?」
まるで散歩の話でもするような口調だった。
「……」
史奈は一瞬、言葉を失った後、深く頭を下げた。
「アイラさん…すみません。邪魔だなんて言って」
アイラは目を丸くし、すぐに照れたように頬を掻く。
「え、いいよいいよ。私、柔道やっててさ。まぁ、昔だけど」
「…本当に、助かりました。」
史奈の声は、今までになく素直だった。
アイラは少し嬉しそうに笑い、AUGを肩に担ぐ。
「じゃあさ、これからは一緒に任務行ってもいいかな?
…なんてね〜。」
そう言うと、アイラが笑う。
史奈もクスッ、と笑う。
夜明けの光が、二人の影を並べて照らしていた。
戦場は残酷だ。
だが、そこで生まれる信頼は、確かに本物だった。
敵の姿が完全に消え、銃声の反響だけが遠くの瓦礫に吸い込まれていった市街地の拠点。
崩れかけた建物の影で、史奈とアイラはようやく肩の力を抜いた。
「……終わった、ね」
史奈がAKMを下ろし、深く息を吐く。
「うん。もう気配ないよ、ふぅちゃん」
アイラはAUGを背中に回し、辺りをきょろきょろと見回していた。
瓦礫だらけの路地を進むと、半壊した倉庫の奥に、錆びたドラム缶がいくつも転がっているのが目に入った。
アイラは一つに近づき、軽く叩いてから目を輝かせる。
「ねえ、これ……水、入ってる」
蓋を少し開けると、中には澄んだ水がたっぷり残っていた。
「水?」
史奈が覗き込み、思わず驚いた声を出す。
「敵が使ってた食糧庫っぽいね。
ふぅちゃん、これでさ…ドラム缶風呂、作らない?」
アイラは何でもないことのように言った。
「…お風呂?」
史奈は一瞬、聞き返した。
「うん。ほら、ずっと戦いっぱなしだったでしょ。
身体もさ、ボロボロだし」
そう言って、アイラはもう別のドラム缶を転がし始めている。
史奈は呆然としつつも、その背中を見て少しだけ心が緩んだ。
戦場の真ん中で、そんな発想が出てくるのが、いかにもアイラらしい。
二人で手分けして、木片や板を集め、ドラム缶の下に敷いて簡易の炉を作る。
アイラは手際よく火を起こし、煙がまっすぐ立ち上るのを確認した。
「よし、これでいける」
満足そうに頷いてから、アイラは史奈を振り返る。
「ふぅちゃん、下着になってね。服、血と砂だらけでしょ」
「ちょ、ちょっと…」
史奈は顔を赤くし、思わず視線を逸らす。
「大丈夫、大丈夫。私、気にしないから、女同士じゃん!!」
アイラは屈託なく笑う。
「…私が気にするの」
史奈は小さく呟きながらも、周囲に人影がないことを確認し、しぶしぶ装備と服を外して下着姿になる。
「じゃ、ゆっくり入って」
アイラは火加減を見ながら、ドラム缶の縁を軽く叩いた。
史奈は慎重に足を入れる。
温かい湯が足首を包んだ瞬間、思わず息が漏れた。
「…あ」
身体を沈めるにつれ、冷え切っていた筋肉がゆっくり解けていく。
砂と血に覆われた日々の感覚が、湯に溶けていくようだった。
「はぁ…数年ぶりかも。ちゃんとしたお風呂」
史奈は目を閉じ、ぽつりと言った。
「でしょ。だから作ってよかった」
アイラは少し離れた場所で座り、火を見守りながら答える。
湯気の向こうで、崩れた街の輪郭が揺れている。
銃声も怒号もない、束の間の静けさ。
史奈は肩まで湯に浸かり、ゆっくりと呼吸を整えた。
戦場の中でも、こんな時間があるのだと、胸の奥で確かめるように。
「…ありがとう、アイラさん最高…。」
小さな声でそう言うと、
「どういたしまして。ふぅちゃんが少しでも楽になったなら、それでいいよ」
アイラは照れたように、焚き火から視線を逸らした。
瓦礫の街の片隅で、ドラム缶から立ち上る湯気だけが、静かに夜へと消えていった。
ドラム缶風呂の湯気が夜気に溶けていく。
史奈は、ようやく身体の芯まで温まった余韻を残したまま、そっと風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭いた。
「次は…私が入ってもいいかな?」
アイラが少し照れたように笑う。
史奈は頷き、視線を外しながら火の具合を確かめた。
ドラム缶の下でパチパチと薪が弾く音が、静まり返った市街地に心地よく響く。
アイラは無言で装備を脇に置き、
下着を全て取り、全裸になると
ドラム缶に身を沈める。
史奈は意識して背を向け、湯の温度だけを気にするふりをした。
「ふぅ…。
ちょうどいい温度
ありがとう、ふぅちゃん。」
アイラの声は、普段のど天然な調子よりも少しだけ柔らかい。
史奈は振り返らずに答える。
「無理…しないでね。長湯は良くないから…。」顔を赤らめながら言う。
湯気の向こうで、アイラは小さく笑った。
史奈はふと、火を調整するために近づいた拍子に、アイラの腕に走る古傷の数々が目に入る。銃創、刃物の痕、古い火傷。
どれも、彼女が歩んできた戦場の時間を静かに物語っていた。
鍛え抜かれた背中と腹筋は、無駄がなく、兵士としての強さをそのまま刻み込んでいる。
ボーイッシュな見た目からは
想像出来ない程の、豊満な乳房、サーモンピンクの乳頭。
整えられた陰毛。
その姿は、紛れもなく一人の女性だった。
史奈はすぐに視線を外す。
「…戦場にいると、こういう時間がどれだけ贅沢かわからなくなるよね…。」
「ほんと、それ!!」
アイラは肩まで湯に沈みながら、と答える。
「でもさ、こういうのがあるから、また歩けるんだと思うな」
火の爆ぜる音と、遠くで吹く風。
二人はしばらく言葉を交わさず、それぞれの傷と疲労を、ただ静かに湯に溶かしていった。
戦場の只中で生きる傭兵たちにとって、ドラム缶一つの風呂は、何よりも確かな“休息”だった。
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