「あ、そうそう。マサヒコとカオリ……血繋がってないんだ」
「……は?」
「実はなぁ……ヒック……お前は俺の友達の息子でなぁ……ぐぅ」
「……ねぇ親父、今の話詳しく!ねぇ!」
それは酔った親父から突然言われた言葉だった。
最近、海外出張の多い父、普段家にいることは少なく、一年に一回帰ってくる。
母は数年前にすでに他界してしまい、父親一人で育ててくれた。
今日は親父と晩酌(もちろん俺はジュースで)に付き合っていた。
俺は高校受験も終え、あとは中学の卒業を控えている。
俺も高校は上京して一人暮らしの予定。
そこそこ裕福な俺の家、マンション借りて3年間暮らす費用は余裕で出せる。
ただ、それに頼ると将来に良くないから社会勉強を兼ねてバイトして仕送りには頼らずに生活すると決意していることを父さんに伝えた。
ちなみに俺には二つ年上の姉(現在高校二年生)がいる。
姉も上京して一人暮らしをしている。同じようにバイトで生計を立てている。
来年姉も大学受験、だから少しでも負担を減らすのと、家事分担しやすいかなと姉に頼んで同居して暮らさないかと提案したのだが、話をしたら「絶対に嫌です」……と電話を切られてしまった。
その愚痴を親父に話していたら突然こんな話をされたんだ。
事業が成功してご機嫌だった親父。普段はお酒を飲まないのだが、祝いでもらった100年もののワインを飲んだ。
親父が俺の前で酔うのは初めて。それほどまでに嬉しかったのだろう。
お酒を飲み始めて1時間が経った頃だろう。親父は酔っ払いフラフラになってしまった。
俺はそんな嬉しそうな親父を見るのは久々だった。
お冷を飲ませている時にその突然の言葉が出た。
親父の体を揺って起こそうとするが爆睡しているのでびくともしない。
親父……そういう重要なことを酔った勢いで言わないでよ。
前振りもない突然突きつけられた真実、俺は戸惑いどうすれば良いか混乱する。
どうにか事実を確かめたい俺は知っているかもしれない姉に電話をしていた。
「もしもし姉さん?今時間いい?」
『なんですか?私勉強中なんですけど』
冷たい声、丁寧な言葉遣いな姉さん、昔はもっと柔らかい口調をしていた。
何もかも包み込んでくれるような優しい声、だが俺が中学入学のタイミングで今の冷たい姉さんになった。
「いや、すぐ終わるよ。実は今、親父と晩酌してたんだけど……あ、もちろん俺はジュースだったんだけどーー」
『ねぇ、早くしてくれません?私暇じゃないんですけど』
相変わらず素っ気ない。昔みたいに仲良くなりたいんだけどなと思うが、思春期の姉弟なんてこんなものなんだなと結論づける。
少しくらい雑談に付き合ってくれてもいいじゃないか……と思ったんだが、前回電話した時、雑談混ぜすぎて打ち切りされたので要件だけ伝えようと思う。
「ごめんごめん。すぐ終わるよ。どうしても聞きたいことがあって」
『……はぁ』
ため息混じりに聞いてくれるようだ。
今回は少し機嫌がいいのかな?……前回は確か学期末試験の最中だから機嫌が悪かった。
「親父が泥酔しちゃってさ、それで面白いこと言ったんだよ」
『ふーん』
「実は俺と姉さん……実の姉弟じゃないんだって」
『ふーん……だから?……ふぇ?』
ああ、この反応見る限りたぶん知っていたな。
確認のため電話したのだが、父が言ったことは真実だったらしい。
こんなことならなんで早く教えてくれなかったんだか……少し文句をいう。
「知ってたのかよ。……ならもっと早く教えてよ姉さんも親父も……まぁ、別にそれを知ったからって今更気にすることじゃないけどね」
『……』
姉さんは俺の小言に返答がなかった。
あ、やべ。また怒らせたかな。
「……姉さん?」
『今忙しいからまた明日電話しますね』
「え?ああ、わかった。勉強中邪魔してごめんね」
『……また明日ね……マーくん』
ーーブチ。
姉さんは電話を切った。本当に俺への関心がないようだ。
別に今に始まったことじゃないけど。
……あれ、そういえば最後俺のことマーくんって言った?
マーくんは昔の呼び方だ。
昔は一緒の布団で寝たり、一緒にテレビ見たり、一緒に買い物行ったり(全て六年生まで)
日常生活だと学校以外毎日共に過ごしていた。
だが、俺が中学入学の少し前から距離を置かれた。
口調が敬語になり他人行儀になった。
手を繋がなくなった(毎回姉から繋いできてた)
散歩も買い物も行かなくなった。
スキンシップ(抱きついたり、腕を組んだり)もなくなった。
そんな寂しく思うもこれが成長するということなんだと思った。
大好きな姉に距離を置かれるも幼馴染からいつか嫌われると言われていたので、これが姉弟なのだと思った。
そんな姉さんが……いや、義姉さんがマーくんと呼ぶわけがない。
多分聞き間違いだな。
今更昔みたいに呼ぶわけがない。
「はぁ……おい、親父!寝室行くよ!」
「うぃぃ……」
そう結論づけて泥酔している父さんを寝室まで運ぶ。
明日二日酔いだな。まぁ、しばらく休みって言ってたし、大丈夫だろう。
明日問い詰めてやろう。
「……すまない。二人が成人してから話そうと思ってたんだ」
「いや、別に謝ることないよ。今更関係が変わることないし」
次の日、俺は親父に昨日のことを聞いたらやはり事実だったらしい。
別に俺は気にしていないので、平然としていた。
あ、昨日義姉さんに伝えちゃったこと言っておかないと。
「ごめん、俺昨日の夜義姉さんにそのこと伝えちゃったよ」
「……」
「親父?」
親父は俺の言葉を聞くと目を見開き停止してしまう。
すると数秒後親父は右拳を口の前にして考える。
「……カオリは何か言っていたか?」
「いや特に何も」
「テンションが高くなったりしてないか?」
「相変わらず冷たい態度だったよ」
「そうか」
的外れな質問に昨日あったことをそのまま話す。
すると親父はまた考え込んでしまう。
「何か気になることでも?」
「……いや、大丈夫だ。考えすぎだな……うん」
「いや、一人でーー」
自己完結するなよ。
そう言おうとするが、俺のスマホのバイブがなる。
何かと思いスマホの画面を見ると……「姉さん」と表示されていた。あ、義をつけるの忘れてた。
それにしても義姉さんから電話が来るなんて珍しい……いや、昨日電話するって言ってたか。
「親父ごめん、義姉さんから電話かかってきたからちょっと外すね」
「お…おう」
ぎこちない返事をされるが俺はリビングを出て廊下に行った。
「もしもし姉さん?」
『……昨日振りですね』
「うん。昨日は夜遅くにごめんね。それでどうしたの?」
『いえ、昨日の件が本当かどうかの確認を』
「ああ、さっき親父から聞いたけど、本当のことだって。俺と義姉さんが成人してから話そうとしてたらしい」
『……』
義姉さんも律儀だ。
そう思いつつ電話を続ける。
だが、また黙り込んでしまう義姉さんか?
『ねぇ、マサヒコ……話は変わりますがこの前あなたが話していた件覚えていますか?……その……同居の話』
「あーうん。今住まい探してるところ」
『そうなの……まだ見つかってないんですね……よかった』
「ん、今なんていった?」
今なんて言った?
いや……
『マサヒコ、東京に来たら私の住んでるマンションに来なさい』
「え、なんで急に?……だって絶対に嫌って言ったの義姉さんでしょ?」
『ほら、それにはわけがあってですね。……ほら、私は学年末テストで頭がいっぱいだったというか、疲れていたんです。……それでテストが終わった後、冷静に考えたら、雅彦と同居した方がメリットだと考えました。だって私も今年は受験があります。勉強に集中したいのです。やっぱり家事分担や家賃、光熱費、水道代が半分になるというのは私にとっても都合がいいわけですし』
……こんなに話す義姉さんは久々だ。
早口で淡々と告げられ、少し理解が遅れるも、同居の件を引き受けてくれるらしい。
こっちとしても慣れない東京暮らしは不安だったので好都合。
そう思い。
「よかったよ。1人だと不安だったんだ」
『……やった……いつこちらに来る予定なんですか?』
「卒業後だから3月12日予定してるよ」
『そうですか……なら、迎えにいきますね』
「ありがとう」
色々と急な展開に驚くがこれで不安がなくなった。
ただ、義姉さんの態度が急変したのが疑問に残るも、何か義姉さんにも思うことがあったんだろう。……昔のように仲良くなれそうだ。
こうして義姉さんと12日に約束をした。
ただ、電話が終わった後このことを話したのだが。
「いいか雅彦、定期連絡はするように。……カオリに何か変な様子があったら教えてくれ」
何故か親父からそう言われた。俺の上京がそんなに心配なのか?
真剣な表情になりそう言われた。
まぁ、定期的に連絡入れるつもりだったし別にいいか。
「りょーかい」
そう一言告げた。
それから1月ほどが経過した。
その間無事中学卒業式、最低限の準備をして東京へ向かった。
親父はすぐに海外出張に戻った。
頑張れと言われ、報告について念押しされた。
「久しぶりです」
「うん」
駅に着くと俺を出迎えてくれたのは白いワンシャツにピンクのプリーツスカートで身を包むおしゃれした艶のある黒髪長髪の美少女が笑顔で出迎えてくれた。
癖一つない絹のような髪、その整った容姿は男なら振り向いてしまうほど。
会うのは久々である、よく考えれば俺は姉さんと似ていないと思う。俺の容姿は少し吊り目で髪質も癖がある。
天パというやつだ。
俺の義親父も母親(義理の)も天パじゃなかった。
そんなに気にならなかったけど、確かに血のつながりがないなら納得できる。
まぁ、それでも関係が変わるわけじゃない。
「これからよろしくね、義姉さん」
「はい、よろしくお願いします」
それから東京に着くと義姉さんと共同生活が始まった。
少しぎこちない雰囲気があるが、前のように仲良くなれるだろうかと不安になる。
だが、それは時間が解決してくれた。
俺と義姉さんは共同生活をする中で前のような仲の良い関係に戻っていった。
「マサヒコ、これからよろしくお願いしますね」
「うん、義姉さん。……家事分担もあるだろうし、できるだけするよ。学校生活慣れたらバイトする予定だしね」
「わかりました。……無理しないでね」
「大丈夫、義姉さんもね」
「マサヒコ、今日のお夕飯はハンバーグにしてみました!」
「うまそう!昔作ってくれたよね。でもいいの?勉強大変なんじゃ、志望校レベル高いんでしょ?」
「ううん、大丈夫ですよ。……実は志望校変えたんです。油断は禁物ですが、模試はA判定だから大丈夫」
「さすが義姉さん、勉強できるなんてすごいや。俺なんて高校の授業ついていくので精一杯なのに」
「そ……そうなの。よかったら勉強見てあげよう……か?」
「でも負担になるんじゃ?」
「復習も立派な勉強!心配ありません!」
「ならお願いしようかな」
「あ!義姉さん今帰り?」
「どうしたの?」
「いや、今日の料理当番俺だから今から買い物」
「そ……そうなの。……私も付き合おうかな」
「いや、いいよ先に帰ってて」
「……私がいちゃダメなの?
「違うよ。ほら、この広告のスーパー行くの遠いから。付き合わせるの悪いと思って」
「やさしいのね……マーくんは」
とまぁ、こんな感じに過ごすことが2ヶ月が経過した。
初めはぎこちない俺と義姉さんだったけど、徐々に義姉さんの態度も軟化していき今では昔のように接することが出来るようになった。
だが、いくつか気になることがある。
スキンシップが少し増えるのはまぁ、前戻った程度なので気にしないけど。
俺の友人関係について聞いたり、入学後に数回俺が風呂に入った後排水溝の掃除をしていたり、急に志望校を変え進路を変えたり。
突然の行動に驚かされる。
大学で学ぶ内容も心理学科で将来は心理師を目指すとか。
あと、最近一番気になったことは。
いつも通り一緒に帰っている時、郵便ポストにユーパックで届いた荷物が入っていた時。
「あれ、義姉さん宛?」
「これは!」
慌てて俺から奪い取り両手で抱えた。
いきなりのことで姉さんを見ていると少し顔が赤くなり、目線が右往左往していた。
様子が変だったので心配していると
「ちょっと大学の研究会の資料なの!」
「……ああ、そうなんだ」
なんとか研究所と書かれていたのはチラッと見えていた。
親しき仲にも礼儀あり、義姉さんも年頃だし色々あるのだろう。
俺はとりあえず納得したふりをして聞き返さなかった。
俺自身、せっかく仲良くなれた義姉さんと拗れるのは嫌だった。
中学3年間でぽっかり空いた胸の穴がゆっくりと塞がっていくようで心地の良い時間を過ごせる、だから今のこの関係でいたい。
俺は義姉を親愛しているから。
これまでもこれからも仲の良い姉弟で過ごしたい。
「ああ……よかったわ。バレずに済んで」
私、カオリは少し焦ったわ。
今日はマーくんと買い物行ってその帰り道、自宅のマンションに着くとまさか鑑定研究所からDNA鑑定書が届いていたなんて。
指定した時間より少し早かったわ。油断はダメね。
「それで結果は……やった……これで心置きなく……うふふ」
私は結果を見て嬉しくてたまらなかった。
だって大好きなマーくんと血のつながりがなかったから。
私はマーくんが好き、もちろん異性として。
「もう、お父さんも酷いわ、嘘つくなんて」
お父さんはマーくんが小学校卒業前に実の兄弟だから結婚できないと言われたの。また、マーくんにこのままだと嫌われてしまうと
今思えばあたり前なんだけど、当時はショックだったわ。私は昔は勉強が苦手で法律をよく勉強しなかったの。だからお父さんに言われて初めて知ったの。
兄弟は結婚できないって。
ショックだった。……それから必死に勉強したけど、私がマーくんと結婚することはできない。
だから、気持ちが抑えられなくなるから私はマーくんを遠ざけた。
どんどん好きになってしまうから。
『姉ちゃん、なんで話してくれないの?』
『勉強の邪魔、あっち行って』
『姉ちゃん……あの』
『話しかけないでって言ってるでしょ?』
苦しかった。マーくんの悲しい顔見るのは。でも、そうしないといつかこの気持ちが爆発してしまいそうだった。
でも、どうやって距離をとればいいかわからない私は拒絶という対応をとってしまった。
そのせいでマーくんとは他人のような関係になった。
ただ、同じ家の同居人。
「あはは……本当によかった」
その吉報は突然だった。
マーくんからの電話で「私たちに血のつながりはない」って知れた。
夢かと思ったわ。
その直後は電話を切ってしまったけど、次の日確証した。
それから一週間後、お父さんと2人で電話で話した。
お父さんは謝ってくれたけど今となっては気にしてない。ここまで育ててくれたし、自由にやらせてくれた。感謝はしてる。
でも、マーくんの件は一生許さないけど。
もちろん気持ちはわかる。親として心配してくれていたってこと。
それに、父さんから最後にこんな電話が来た。
『カオリ、これは父さんからのお願いだ。お前がマサヒコに異性として好意を抱いているのはわかっている。……だから、これだけは約束してくれ……マサヒコの気持ちを優先して欲しい。大人になって……しっかりとお互い合意の上でな』
「わかってる。私もマーくんには嫌われたくないもん」
父さんからはそう言われた。
随分と真剣な声音だったと思うわ。
もちろん私はマーくんの気持ちを大切にする。
もし私が本当にマーくんと結婚するにはお互い合意のもと、意思を尊重しろってことでしょ。
「うふふ……つまり18歳までにマーくんを落とせばいいのね」
そのためには必要なことはなんでもやる。
意識させるために昔みたいにスキンシップやった。義がついても私たちは姉弟だからなんの問題ないという理由を言って。
心理を学ぶために心理士を目指そうと思った。
もう苦しい想いはしたくないし、せっかく昔みたいに仲良くなれたんだからね。
私はマーくんを純愛してる。
だから、必ず意識させてみせる、惚れさせてみせる。
ごめんなさい。
お父さん、どうしてもこれだけは譲れないの。
こうして始まったんだ。
私がマーくんと結婚するための計画が。