テラーノベル
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そのチャイムは──鳴るはずのない時間に鳴った。
あの日の放課後、私は図書室に残り本を読んでいただけだった。
朝に降っていた雨も上がり、雲もながれ空が見えていたころ……
いつもならすぐに帰るはずだったのに、なぜかその日に限って、読みかけの本を閉じられなかった。
図書室の空気は、夕焼けの光といっしょに、やけに静かだった。
そして──
─キーン、コーン、カーン、コーン……
チャイムの音が、学校中に響いた。
聞いたことのない、不思議な音色だった。
私は思わず、本を閉じて立ち上がる。
(……今のって、七時間目……?)
だけど、学校にはそんな時間なんて、ないはずなのだ。
……誰かの、いたずら?
それとも──本当に“七不思議”ってやつ?
まだ何も始まっていないのに、心臓がドクンと鳴った。
――――――
――――
――
「……おーい!明香里!ちょっと来い。」
朝のホームルームが終わってすぐの休憩時間に渚くんに名前を呼ばれた。
何かあったのだろうか。ズカズカと教室へ入ってきたと思ったら、放送室へ引きずられた。
(…………?……???)
「ちょ!無言で放送室に……なんかあったの?」
着いてすぐ、ムッとしながら渚くんに問いかける。私が何かを言う前に問答無用で連れてこられた。
あまりの急展開に、何が起きたのかついていけなかった。教室で座っていたのに、気づけば廊下を引きずられていて、いま放送室のドアが閉まったところだった。
(……何なのよ、いきなり!)
放送室には、雨晴くんだけおらず、裕太くんが菓子パンを食べながら、こちらを見ていた。
「急に引っ張って悪ぃな。……お前……昨日のきいたか?」
昨日……何かあればと言われれば特に何も無かった気がする。……あっ
「……昨日の放課後、図書室にいたら、チャイムが…鳴っていたわね。」
そのときの空気を思い出す。図書室の窓から差し込む夕焼け。静まり返った教室。そして、不意に響いた、あの不思議なチャイムの音。
(……普通じゃなかった。)
「そう……それだ!…………学校の七不思議のひとつにもなってる、『幻の7時間目』っていうやつだ。」
七不思議。どこの学校きも存在するものである。学校によって七不思議の内容はそれぞれだ。私はその類に、全く興味が無い。
正体不明で、誰が言い出したのかも分からない噂。そういうものが、どうしても私は信じられない。
小学生の間では盛り上がるけれど、どうせ誰かの作り話だろうとしか思えないのだ。
「……まさか……それが気になるから…確かめようってこと……?」
「明香里さんって、なぎの考えることが分かるんすか。」
「ビンゴってわけね……。」
「というわけでだ!俺様たち3人で……今日の放課後、図書室で待機する。」
張り切ってそう言う渚くんは相変わらず輝いて見えた。よっぽど、興味があるようだ。
(いやでも、輝かれても……あくまで噂の話よ?)
と、冷静にツッコミたくなったけれど、渚くんの目があまりにも真剣で、何も言えなかった。
─ところで
「そういえば、雨晴くんは?」
軽く3人で話していたが、来る様子が全くない。そもそも学校には来ているのだろうか。
「あー……雨晴は来ない。今日の天気は雨だからな。」
「……はい?」
「“雨の日は絶対に来ない”って本人が言ってたっす。『無理』らしいっす。」
「な、なにそれ……体質的なやつ……?」
「いや、“気持ちの問題”って言ってたっす。」
「…………どういうことよ!!?」
思わず声が裏返ってしまう。というか、何その自由すぎる登校スタイル。
「……晴れの日はちゃんと、来てたわよね?」
「それは、たぶん晴れてるとテンション上がるから来るっぽいっす……。」
「基準ゆるすぎない!?」
渚くんが肩をすくめながら言った。
「俺様たち、あいつが何で来ないかの理由、何年一緒でも分かんねぇんだよな……」
(うん……たぶん、一生分かんないと思う。)
残りの2人が知らないというのなら、なおさら私には分からないだろう。
特に理由がないのかもしれないし、人には言えない事情があるのかもしれない。
「……で、話戻すけど。」
渚くんが急にまじめな顔に戻る。その切り替えの早さに、ちょっと驚く。
「幻の七時間目、今までにも何人か“聞いた”ってやつがいる。……けど、誰も“何があったか”までは語ってない。」
「……もしかして、怖いことが起きたとか?」
「いや……その後、みんな“なかったこと”にしてるみたいっす。」
「な、なにそれ、ホラー展開……やめてよ。」
私は思わず後ずさる。
「でも、俺様は気になるんだよな。だって……謎が残ったままって、気持ち悪いじゃねぇか。」
それはそうだけど……。
だけど、渚くんのその顔を見てると、不思議と“行ってみようかな”って気持ちになってくる。
「はあ……仕方ないわね。図書室に行けばいいのね。」
「おう!!!……ゆうもいくよな?」
渚くんのそばに座っていた裕太くんを見た。永遠と菓子パンをもぐもぐと食べている様子は、リスみたいで可愛らしかった。
「ん……もちろんっすよ!」
(やれやれ…………何もない日の方が珍しく感じてきちゃうわね……)
――――――
――――
――放課後・図書室
「…………しずかだね。」
「しずかっすね……。」
「しずかだな……。」
「いや、さっきからそれしか言ってないわよ!?語彙力どうなってるのよ!?」
「逆にしずかってことや!!」
「いや、それしか言えないだけでしょ!?」
図書室の中は、確かにしん……としている。ほかの生徒の姿もない。
(……あれ、本当に、あのチャイム……また鳴るのかな。)
私はそっと窓際の席に座り、読みかけの本を開く。
「それにしても、放課後に図書室で待機って、なんか……探偵っぽいよな!」
「いやいやいや、もう事件解決しちゃった人の顔してるよ、なぎ。」
「え、俺様そんな顔してるか!?」
「してるしてる。なんか“今日もいい推理ができた”みたいな。」
「いや、まだ何も始まってないっすけど!?」
くだらないやりとりをしながらも、どこか、全員がそわそわしていた。
(チャイム……鳴るのかな。いや、鳴ったら、それはそれで……こわい。)
ぴたりと、空気が静まりかえる。
外の空は、すっかり曇って、夕焼けがにじんで見えていた。
(……そろそろ、昨日と同じ時間。)
私は、息をひそめる。
そのとき──
─キーン、コーン、カーン、コーン……
空気を裂くように、学校中にチャイムの音が響いた。
でも、その音は、どこかくぐもっていて、不思議と胸がざわつく。
「……っ、きた……」
渚くんの目が、鋭く光る。
「始まったっすね……七時間目が。」
心臓がドキドキしながら、息をのむ。
(ほ、ほんとうに……七時間目が!?)
すると廊下の方から足音が聞こえてくる。
私は思わず立ち上がって、窓の外を見た。だけど、校庭には誰の姿も見えない。部活の声も、まったく聞こえない。
「お、おい……みんな帰ってるってことか?」
「放送部の俺らだけ、取り残されたんすかね……?」
「おばけだったらどうするんすか……??」
裕太くんが困ったような顔をする。
「……どうしようもねぇな……てか、出たら、七不思議がほんとになるだろ……。」
「ワクワクするっすね!!!」
(……なんでこの人たちは、いつもこう……)
私は呆れながらも、耳をすませる。
さっきまで何の音もなかった図書室が、少しだけざわついている気がした。
……ガラガラ……
(……え?今、ドア……?)
確かに、誰かが廊下のドアを開けたような音がした。
「誰か来た……?」
「マジっすか……って、ちょっと待って、俺隠れるっす!」
「俺様も隠れる!」
「私も!?なにこの流れ!?」
慌てて全員で本棚の影に隠れる。ギュウギュウに狭くて、誰かの肘が刺さる。
「……肘!誰の肘!?それ俺様の鼻に当たってるってば!!」
「わ、わたしじゃないわよ!!」
(……もう、バカ……)
そのとき、図書室の中に足音が響いた。誰かがゆっくりと入ってくる。
カツ……カツ……
3人で本棚の小さい隙間から、その様子をゆっくり確認すると……
「なんや……先生おらへんのかい。本、借りれへんなあ……。」
聞いたことある声が図書室にひびく。横にいた渚くんが驚いたように、その人のところへ走っていく。
私は慌ててあとを追いかけ、見えた人物は……
「雨晴……!?お前、今日は休みって……」
「……?外見てみい!!もう曇りやで!」
「元気でなによりっす!」
「それにしても……」
渚くんがポツリとつぶやいた。
「お前が入ってきたとたんにチャイム鳴ったんだぜ……どんなタイミングだよ。」
「え?そうなん?」
雨晴くんはキョトンと目をまるくする。
「……ってことは、もしかして俺、なんかスイッチ入れちゃったん?」
「いや……そんなバカな。けど、あのチャイム……昨日も図書室で鳴ったっすよね?」
「ってことは……場所と、タイミングと……条件がそろったら鳴るとか……?」
みんなが、しん……と黙りこむ。
図書室の空気が、また少し冷たく感じられた。
(……何かの偶然かもしれない。でも、偶然にしては、出来すぎてるような……)
昨日のチャイム。今日のチャイム。そして、雨晴くんの登場。
まるで……
「誰かが私たちに何かを伝えようとしている……とかかな?」
私にしては珍しい発言だった。そんな、非現実的なことは普段言わない。でも、何となくそんな雰囲気を一瞬でも感じてしまったのだ。多分、そんなことはないだろうが。
「じゃあ……その伝えたかった“なにか”って、雨晴の登校予告だったりするっすか?」
「俺様たち、雨晴が来るぞーってチャイムで教えられてんの!?まじ!?」
「え!?俺そんなVIP扱いされるほど登校してないやろ!?」
「いやむしろ、来ない方がレアだから……」
「……伝説の男すぎるっす。」
(もう、なにがなんだか……)
雨晴くんのいう、登校してないって、どういうことなのだろうか。
「雨晴くんって、不登校なの?」
「んえ……来てるには来てるで?雨の日以外はな!」
やはり、雨の日は来ないらしい。不思議な男の子だ。
「お前ら、話がそれてるぜ。」
「何の話をしてたん?」
雨晴くんが途中から来たのでもう一度、話を確認した。
七不思議のひとつである、七時間目のチャイムが鳴るというもの。なんでなるのかが知りたいから来たのであった。
「ほーん……なるほどな。で、何か分かったんか??手がかりは見つけたん?」
「何も分からないっすね。……手がかりもないっす!」
渚くんが頭をかきながら、机にもたれかかる。
そのときだった。
「……ん? なんやこれ……」
雨晴くんが、図書室の奥の棚を指差した。
「さっき、ワイが入ってきたときに、本棚のすみっこが光った気ぃしたから見てみたんやけど……」
「手がかりっすね!!??」
彼が指を差した先には、小さな金属製のスピーカーのようなものが、棚の上にこっそり取り付けられていた。
「……なんだ、これ……こんなもん、図書室にあったっけか……?」
渚くんが、そう呟くととなりで、裕太くんが目をこすりながら言った。
「なんか……機械っぽいっすね。……センサー、かな?」
明香里が、そっと指を近づけたその瞬間──
─カチッ
小さな機械音と同時に、またチャイムが鳴った。
─キーン、コーン、カーン、コーン
「へ……?」
「えっ!?今、これが鳴らしたんか!?」
「マジすか!?今の完全に連動してたっすよ!」
全員が唖然として見つめる中、渚くんがポツリと言った。
「……もしかして、雨晴……お前が来たときにこれ、反応したんじゃねぇか?」
「えっ、俺!?俺のせいなん!?」
「いや、雨晴のせいってわけじゃねぇけど……チャイムが鳴ったのは“雨晴が来たあと”だ。」
雨晴くんが突然、何かを思い出したらしく大きな声を出して言った。
「せや!ワイ……昨日の放課後も行ったんやったわ……図書室……。」
「え!?……でも、私もいたわよ……?」
なんと昨日も雨晴くんが図書室に来ていたといった。私と図書室にはいたが、本を読んでいたため雨晴くんが入ってきたことには気づかなかった。
「雨晴……昨日も雨だったよな?」
「せやな……途中、晴れたから学校来たんやったわ」
いつになく真剣な顔つきの渚くんが、話を続ける。
「もしかしたら、雨晴に反応するようになってんのかもしれねぇな。雨の日に来なくて晴れた日に来る。しかも放課後に現れる雨晴……このセンサー、温度とか動きに反応してるんなら……」
「うわ、それって……『特定の条件』がそろうと、チャイムが鳴るってやつか?」
「ってことは……誰かが“仕掛けた”ってことっすよね……この機械、どう見ても学校の備品じゃないし……」
ピン……と、全員の中で、何かがつながった。
─やっぱり
「……七不思議なんかじゃ、なかったのね。」
明香里が、そっとため息をついた。
(でも、それなら──これを“誰が”、なんのために?)
そのとき、図書室のカウンターの上に、誰かの忘れ物らしき小さなノートがあるのに気づいた。
「これ……なんすかね?」
裕太くんがノートを開くと、中にはメモがびっしりと書かれていた。
『実験:センサー×時間=特定音再生成功。
対象人物が扉を開けたタイミングで、音作動。雨天時は効果なし、条件再調整の必要あり。』
「……これって……」
「まるで、誰かが“実験”してたみてぇだな……七不思議を、意図的に作るために。」
「七不思議を、つくってたってことっすか!?」
「しかも……雨晴くんを、知らないうちに“条件”として使ってたってことよね……」
ざわ……っと背筋が冷たくなる。
──じゃあ、一体、誰が……?
「……い、いやや…………ありえへんわ……怖いわ……シャレにならんよ………………ぅぅ……」
泣いてしまった、雨晴くんに寄り添うように撫でる渚くん。その様子を見て、心配そうな顔つきになる裕太くん。
そのとき、ふと私がつぶやく。
「……これ、文字の癖……見覚えあるかも。」
ぱらぱらとページをめくる彼女の目が、あるページで止まった。
そこにはこう書かれていた。
『これで、みんなに“本当にある”って思わせられるはず──
チャイムが鳴れば、伝説になる。
仕掛けを知ってるのは、わたしだけ。
ドキドキする。明日もまた、実験成功するといいな。』
(この書き方──この丸文字……)
「……これ、たぶん──」
そこまで言いかけて、明香里はピタリと口を閉じた。
(言えない……これ以上は、証拠がない。)
「……?なんか言ったか??」
「……いいえ!なんにも!」
結局、そのノートの持ち主の名前はどこにも書かれていなかった。
でも、多分……ラブレターと同じ…………。
(だとしたら……何がしたいんだろうか……そんなに学校になにか……あるの?)
「まぁ……誰がやったにせよ、七不思議って、こうやって“つくられる”もんなんだな。」
渚くんがふっと笑った。
「チャイムがなる理由も、おばけではなく人が作ったって事もわかったっすね!!」
「なんか……ちょっとだけ、こわかったけどね……」
「ちょっと……どころじゃないで……ほんま怖いんや…………。」
明香里は小さく笑いながら、ふと思う。
(こうして、またひとつ、学校に伝説が増えたわけだけど──)
(……誰にも言わないでおこう。)
センサーも、ノートも、全部、そのままにしておくことにした。
そう、“七不思議”は、誰かがつくった“本物のナゾ”だったのだから。
―――――――
――――
――そして翌日の放送室にて
「七不思議って……ほんとに存在するものなんだぜ?…………信じられねぇってんなら自分で確かめて来いよ。今回は放送委員会からは何も言えねぇな。……普通に怖かったしよ!…………楽しさは満点ってとこだな。じゃあ本日はこれまで!またな!!」
─カチャリ
放送が終わり、渚くんがこちらに向き直る。
「お前ら昨日はお疲れさんな!なんか……不完全燃焼な気がしないでもねぇけど……知らない方がいいこともあるしな。」
「おかげで、雨晴は学校に来れなくなったっすけどね……。」
そう言われてみると、放送室に雨晴くんの姿はない。
(怖くなって……来れなくなったかな?)
「俺様が雨晴と登校すりゃいい!明日はちゃんと連れてくるようにするぜ。」
「放送委員会のお母さん的存在っすね!!さすがっす!」
裕太くんが給食をすごい勢いで食べながらそう言うと渚くんがドヤ顔をする。
「まあな!……お前らのことは、俺様に任せとけ!」
「頼りになるっすね!!方向以外は!」
「……なんか余計な一言があったような……。」
ムスッとした顔で頭をかく渚くん。思わず、笑いがもれてしまった。
「ふふっ……」
「……なっ!笑うとこじゃねぇだろ!!ばかやろう!!」
相変わらず、放送室は今日も賑わっている。
七不思議って、全部……作り物なのか……果たしてひとつは、本当なのか。おばけなのか。
これに関しては、オチはなぞのまでいいのだろう。
知らない方が……楽しいこともあるのだから。
――――――
――――
――
─『幻の七時間目』、解決!
いいね数:91♡ リポスト:7 コメント:32
#校内SNS放送放送委員会 #七不思議っておいしいの? #雨晴が不登校と化す
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――――
――おまけ
「おい、起きろよ……!朝だぜ?学校いこう。ほら。」
俺様は、雨晴を登校させるため、しばらくは雨晴の家に、泊まることにしたのだった。
「ぅぅ……なんやの…………まだ眠いんや……寝させてぇな…………。」
「何言ってんだよ!学校に行くんだろ!」
そう言うと俺様は思いっきり雨晴の毛布をめくり、奪い取る。
寒くなったのか、強引すぎたのか、メソメソと泣き始める。
「だって……だって…………あんなのあったら、ワイ……行けへんよ……。見張られてたん?そもそも……なんでワイなん?…恨みでもかってもうたんかな……。」
雨晴は泣き虫だ。心配しすぎたり、深く考えすぎたりしてしまうのも彼の悪い癖だが、俺様はそれを小さい時から知っている。
「……雨晴……お前には、俺様がいるし、ゆうもいるだろ?」
慰めるように、相手をする。
「……いく…………いくわ…学校。そん代わり、しばらく一緒に行こ!」
「もちろんだ!!つーか……見張られてたとして、小学生だぜ?俺様らと同じだぞ……大丈夫だって!」
そうして、雨晴を引き連れ、学校へ向かった俺様だった。
fin.
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