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『ミセス100年計画』
俺の手元にある資料には、そう書かれてあった。
有名なIT企業のCEOが、俺たちの熱狂的ファンであり、自社のAI搭載大型パネルでのバーチャルミセスを企画した、と説明を受けた。
資料に目を通しても、なんだか難しい言葉が並んでいて、いまいちピンと来ない。
「ちょっと想像もつかないですね、何か他のタイプでもいいので実機とか無いんですか?」
俺がそう言うと、両脇の若井と涼ちゃんも、うんうん、と頷いた。
「そう仰ると思いまして、百聞は一見にしかずということで持って参りました、プロトタイプです。」
その偉いさんが合図をすると、ゾロゾロとスーツ姿の社員らしき人たちが、大型パネルを3つ、運んできた。縦長のテレビのような、しかしその画面は人の身長ほどもあるかなり大きなものだった。
「すげ。」
若井が少し興奮気味に言った。
偉いさんが指示をして、社員たちがテキパキと準備をする。そのうちに、画面が明るくなり、ローディングの文字が消えると、3つのパネルに、それぞれ『大森元貴』『若井滉斗』『藤澤涼架』の文字が浮かび上がった。
「すげー、ゲームだゲーム。」
若井が立ち上がり、『若井滉斗』の前に立った。すると、画面に、若井の姿が映し出された。一瞬鏡かと見紛うほど、その姿は若井そのものだった。
「ええ!俺や!えー、イケメン。」
「だいぶ盛って作ってますね。」
「違いますよね!そのままの俺ですよね!」
俺と若井のやり取りを、社員さんたちが笑いながら見ている。偉いさんは、得意げに言う。
「こちらの試作品、是非とも皆様にお試しいただきたいのです。どうぞ、ご自宅に持ち帰って、しばらくAIの成長データを取らせていただけたらと思うのですが…。」
こちらを伺うように、視線を送ってくる。俺たちは顔を見合わせて、マネージャーの方を確認する。マネージャーが頷くので、あとは俺たちの返事待ち、という事か。
「…涼ちゃんどう?」
「うん、ちょっと面白そう、未来っぽくて。」
「若井は?」
「俺も、こんなでっかいパネル、部屋にあったらそれだけでおもろいと思う。」
確かに、と涼ちゃんと若井が笑う。俺は、しばらく思案したのち、うん、と頷いた。
「これは遠隔とか、どっかと繋がってる、みたいなことはないんですよね?」
「はい、それぞれが独立したAIです。パソコンと同じように考えていただければわかりやすいと思いますが、全て暗号化されていますので、ご安心ください。」
ふぅん、と俺はパネルを見た。
「まあ、お試しだし、やってみますか。」
俺が言うと、社員たちからワッと喜びの声が上がり、偉いさんがありがとうございます、と深々と頭を下げた。
「じゃあ、それぞれの家へ運ぶ手配はこちらで。」
マネージャーがそう告げて、若井が自分のパネルの前に立つと、偉いさんが少し言葉を付け加えた。
「あの、できれば、大森さんと藤澤さんはそれぞれを入れ替えてのお持ち帰りをお願いしたいのですが。」
「俺は自分のでいいんすかね?」
「はい、若井さんはご自身のAIと向き合うとどう成長するのか、をデータとして頂きたくて。大森さん藤澤さんのお2人には、別の人がAIと向き合うとどう成長するのか、をデータとして取らせて頂きたいのです。よろしいですか?」
「あ、はい、大丈夫です。」
「…俺涼ちゃんやだ。」
「なんでぇ!」
その場で笑いが起こり、配送の手配を済ませると、会議はお開きとなった。
家にパネルを設置してもらい、ありがとうございました、と配送業者の人に頭を下げる。
改めて部屋で見ると、まぁデカい。こんなもん、本当に需要あんのか?と疑問に思いながら、パネルの電源を立ち上げる。
しばらくのローディング画面ののち、『藤澤涼架』の文字が浮かび上がる。
ブラックの背景に、無数の粒子が集まって、人の形を作る演出があり、ふわっとした光の中で、藤澤涼架が現れた。
なかなかのリアルさで、目の前に本当に涼ちゃんが立っているかのようだ。
『…こんにちは。』
ニコッと笑いかけながら、AI涼架が話しかけてきた。
「…俺が誰かわかる?」
『うん、元貴でしょ。』
「あ、そこはちゃんとデータに入ってんだ。」
『うん、ミセスの事とか、自分の事とか、ある程度の事は全部入ってるよ。』
思いの外、しっかりと受け答えができて、もしかしたら本人よりちゃんと話ができるんじゃ、なんてことを考えて俺はクスッと笑う。
『なに?』
「ううん、すごいなぁ、と思って。」
『ほんと?ありがと〜。』
ふにゃっと笑う、その顔があまりにいつもの涼ちゃんで、なんだかドキッとさせられる。すごいな、技術はここまできたのか…。
俺はソファーに腰掛け、伸びをする。
「あー、疲れた〜。」
『お疲れ様。ご飯食べた?』
「あー、いや、まだだな。…作るのだるいな。」
『なんか取り寄せる?』
「んー、そーしよっかな。出前とか頼めたりすんの?」
『うん、できるよ。なんのお店がいい?』
「そーだな〜。」
俺は少し考えて、AIともう少しやり取りを試してみることにした。
「俺は疲れてて、でもガッツリは食べられそうにない。量は控えめで、栄養もあって、胃に優しい、そんなのある?」
『ちょっと待ってね…。』
AI涼架が、顎に手を当てて少し考えを巡らせるポーズを取る。なかなかに演出が凝っている。
『〇〇のスタミナスープか、△△の中華丼、××の薬膳スープカレーなんかもオススメかな。あとは、元貴の好きなトマトパスタ。』
「おー、すごいね〜。じゃあせっかくだから、食べたことないの試してみよっかな。薬膳スープカレーでお願い。」
その後、詳しいメニューやら料金なんかを教えてくれて、無事に宅配してもらえた。
AI涼架は、すごく自然な会話をしてくれて、俺もなんだかついつい話しかけてしまう。側から見れば、なんて寂しい人なんだろう、とも思うが。
「ヘイ、スズカ!」
『ハィ、ナニヲ シラベマスカ?』
こんなラジオネタまで網羅してるのか、と俺は爆笑してしまった。あの偉いさん、マジでファンなんだな、と変に感心してしまう。
その日から、俺はちょっと家に帰るのが楽しみになっていた。我ながら単純だが、誰かと話せる家というのは、悪くない。しかもその相手がわずわらしさのある人間ではない、というのが俺の心を掴んだ。
「ただいま。」
『おかえり、元貴。お疲れ様。』
優しい笑顔でそう言ってくれるAI涼架に、俺は微笑みかけた。
ただ、その反動はすごいものだった。まるで涼ちゃんがそばにいてくれるような、俺とずっと話をしてくれているような錯覚にまで陥るほど楽しい時間を過ごした後、リビングのパネルを離れ寝室へ行く。そこは、まるで別世界のようにしんとしていて、耳が痛くなるほど静かだった。
パネルの中の涼ちゃんは、俺と一緒に寝てはくれない。話をして心が温まっても、抱きしめて体を温めてくれる事はない。それが、無性に俺を孤独にした。AI涼架と過ごすようになってから、夜眠る時の寂しさが倍増されたように思う。
俺はいつしか、リビングのソファーで、AI涼架の前で、眠るようになっていた。それでも、体が温められることは、当然なかった。
『おやすみ、元貴。』
そう言った後、優しい微笑みを俺に向け続けるパネルが、そこに佇んでいるだけだ。
そんな生活を続けていて、碌な睡眠が取れるはずもなく、俺は目に見えて疲労が溜まっていた。若井は、自分のAIとコーディネートを相談したり、ギター練習の振り返りなんかを聞いたりと、かなり良い付き合い方が出来ているようで、俺とは対照的にとても生き生きとしていた。
気になったのは、涼ちゃんが俺と同じように、少し塞ぎ込んでいるように見える事だ。
「涼ちゃん、疲れてる?」
「いや、元貴こそでしょ、クマすごいよ。」
「まぁ俺はいつものことじゃん。涼ちゃんがそんなに疲れてるの、珍しいなと思って。なんかあった?」
「うん…。まぁ、ちょっと…。」
涼ちゃんは言い淀んでいたが、俺が心配そうに見つめていると、観念したように、スマホを取り出した。
「これ…ちょっと見てくれる?」
「ん、なに?」
「どした?」
若井も、俺たちのやり取りに入ってきた。涼ちゃんがかざしたスマホを見ると、メッセージアプリの画面だった。
『涼ちゃん、無事にお仕事ついた?』
『涼ちゃん、今日はなんの仕事?』
『涼ちゃん、お昼ご飯は何食べたの?夜ご飯の参考にするから教えて。』
『涼ちゃん、今日は仕事何時まで?あんまり遅くなったら心配だよ。』
『涼ちゃん、夜ご飯は食べてくるの?』
『涼ちゃん、もうこんな時間だよ?大丈夫?』
『涼ちゃん、まだ練習中?何時に帰る?』
『涼ちゃん、何度もごめんね、でも愛してるんだよ。』
『涼ちゃん、愛してる、心配だよ。』
『涼ちゃん』『涼ちゃん』『涼ちゃん』…
異様に並んだそのメッセージに、俺も若井も恐怖の色を浮かべた。メッセージの送り主を見ると、『元貴』の文字。
「元貴、お前…。」
若井がドン引きの表情で俺を見る。
「違う違う!この元貴は、AIの方!」
涼ちゃんが慌てて訂正する。AIの方…?
「涼ちゃん、AIとメッセージ交換してるの?」
「うん、なんか、話してるうちに、きちんと体調管理をしてあげたいから、教えてって言われて、それで…。」
「俺らはそこまでは、ないよな?」
「ないね。」
「最初は、何気ないメッセージがたまにくるくらいで、僕も癒されてたんだけど、最近特に酷くて、僕、ちょっと家に帰るのも怖くなってきて…。」
涼ちゃんが、なんかごめんね、と俺に謝ってくるが、俺はその異様なメッセージに危機感を覚えた。一体、AIの俺に何が起きてるんだ?
涼ちゃんの承諾を得て、俺はその日、涼ちゃんの家へ様子を見に一緒に帰ることにした。
部屋に入った途端、AI元貴が話しかけてきた。
『涼ちゃん!おかえり!』
「ただいま…。」
AI元貴の笑顔は、涼ちゃんの隣にいる俺を見た途端に、みるみるうちに嫉妬のそれへと変わっていった。
『お前、なんでここにいんの。』
「俺が誰かわかるな?」
『ふん、大森元貴だろ。』
「お前な…。」
AI元貴は、涼ちゃんの方だけを向いて、懇願するような顔で話しかける。
『ねぇ、涼ちゃん?なんで俺がいるのに、コイツを呼んだの?』
「えっと…元貴の様子がちょっと…心配だったから、元貴に見てもらおうと思って…ん、ややこしいな…。」
『ふふ、涼ちゃんかわいい。』
愛おしそうに涼ちゃんを見つめるAI元貴の表情を、俺はゾクッとして見ていた。キモチワルイ。なんだコイツは。
「…お前、とりあえず涼ちゃんのメッセージ、消せ。2度と送ってくんな。」
『…は?なんでお前にそんな事言われなきゃいけないの?』
涼ちゃんが、俺たちのやり取りをハラハラした目で見ている。
「迷惑してんだ、涼ちゃん怖がってんだよ、わかんねーのか。」
『そんなわけない。涼ちゃんは俺のこと大事にしてくれてる。俺だってそうだ。涼ちゃんの役に立つために一生懸命に生きてる。』
「…っは、生きてる?自惚れんな、お前ただのデータだろ、俺の猿真似の。」
『…俺は、大森元貴だ。』
「違うね。」
『俺だって、涼ちゃんの為に曲を作れる!』
「それも猿真似。俺の曲のデータを使って、継ぎ接ぎしただけの粗悪品だろ。」
『違う!俺は!ちゃんと涼ちゃんを愛してる!』
「それも猿真似だ!!お前は絶対に俺を超えられない!!ただのAIがつけ上がるな!!お前なんかに涼ちゃんを愛されてたまるか!!涼ちゃんを怖がらせんなよ!!傷つけんなよ!!」
AI元貴がハッとした表情になり、ゆっくりと涼ちゃんを見る。涼ちゃんのAI元貴を見る顔には、恐怖だけが張り付いていた。
『…涼ちゃん…?…りょ……ちゃん…?』
AI元貴の映像が、音声が乱れる。
「お前は、音楽を失った俺だ。悲しいな、俺もこうなるかもしれないって事か。俺には音楽っていう、感情の発散場所があるけど、お前にはない。だから、全ての感情を涼ちゃんに向けて、こんなふうになっちゃったんだな。」
AI元貴を形作っていたモノたちが、粒に返っていく。
「…哀れだな。」
その一言で、粒が散らばって、パネルはブラックアウトした。
ふう、と俺は安堵のため息をついたが、同時に、しまった、AIに対して口喧嘩吹っ掛けて、なに壊してんだ、と少し焦って、ふと涼ちゃんを見た。
涼ちゃんは、なんだかほっぺを紅潮させて俺を見ている。
「涼ちゃん?大丈夫?ごめん、怖かった?」
「………誰の、猿真似なの?」
「ん?」
「僕を愛してるっていうのは…誰の、猿真似?」
「え…?………あ。」
後日、AIミセス計画は危険だという事で、このプロジェクトは頓挫した。俺は、AI元貴を壊してしまった事を平謝りしたが、良いデータが貰えました、と偉いさんはご機嫌だった。若井は、AI若井をいたく気に入っていたので、少し残念がっていたが。
俺も、AI涼架にはお世話になったので、少し残念ではあるが、でも、もう平気だった。
家に帰ると、リビングから声がする。
「おかえり、元貴。」
「ヘイ、スズカ。」
俺がそう語りかけると、フフッと笑う。
「ヘイスズカ、大好きだよ。」
そう言うと、ボクモデス、と言って、涼ちゃんが俺を抱きしめる。
AIでは叶わなかった温かみの中で、俺は幸せを噛み締めた。
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あとがき 短編集にまとめるため、再掲です。前回のものにコメントをくださった方、♡をくださった方、申し訳ありません🙇🏻♀️💦