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迷子たち
「ねーえーシヴァ聞いてる??」
「聞いてる聞いてるーー」
そう適当に相槌を打つ。
みんなの話は聞こえているけど頭に入ってこない。
左耳から右耳に突き抜けている感じだった。
夕食後のリビングでは、バラエティ番組が流れていてソファには何人かが座っていた。
「やっぱさー、私はこう思うんだけど」
「俺はその時絶対こうした方が良かったと思うんだよ」
隣からはうりとえとの言い争いが始まる。
この光景にも見慣れてしまった。
俺は頬杖をつきながら適当に相槌を打った。
「じゃっぴー!!」
どぬくが声をあげる。
キッチンで洗い物を手伝っていたじゃぱぱが振り返った。
「なにー??」
「この前の写真送ってよーー」
「あ!忘れてた」
じゃぱぱは呑気に笑っている。
その瞬間、視界の隅でたっつんが少しだけ眉をひそめた
一瞬だった。
本当に一瞬。
でも俺は見逃さなかった。
まただ。
最近よく見るようになった。
じゃぱぱが誰かと話している時、笑っている時、誰かに頼られた時、褒められた時。
たっつんの表情がほんの少しだけ変わる。
すぐ戻るし誰も気づかないくらい自然だけど。
俺は気になって仕方がなかった。
「シヴァ?」
トイレから戻ってきたヒロから声をかけられる
「ぼーっとしてるみたいだけど大丈夫?」
「んー。」
そんなに大事にするものじゃないしな。
まだ確証も持ててないし。
「大丈夫だよ」
そういいながら視線を逸らす。
まあ俺が言えた話じゃないけど。
昔の自分もそうだった。
気づかれないように笑って、何事も無かったように誤魔化して。
誰にもなにも気づかれないように。
昔、というか今もだと思うけど。
だからこそわかるのかもしれない。
何かを隠している人間は何かを隠している人を分かりやすい
「お前さ」
ぽつりと呟く
「ん?」
テレビから顔を逸らしこちらに目線を向ける。
「なんや」
少しだけ目を細める
そういえば
あの時もこんな顔をしていた。
ふと、数年前の記憶が蘇る。
中学2年生の部活の帰り。
夕焼けに照らされる坂道を降りていた。
「お前さ、じゃぱさんのこと好きなの?」
軽い気持ちで聞いただけだった。
幼なじみだからなんとかってふたりはいつも一緒にいた。
そんな一緒にいるんだからお前らもうカップルじゃんって
ネタのつもりだった。
「なに?」
ざっ、と風向きが変わる。
生暖かい風が身体にまとわりついて気持ち悪いかった。
いつもの彼とは程遠い真っ黒な瞳で俺を見つめる。
まるで奈落に落ちてしまいそうな。
そんな目で俺を見つめていた。
「…いや、なんでもない」
普段とはまるで別人のような彼の圧力に負けて俺は何も言えなくなってしまった。
あの日のことは今でも忘れられない。
俺は確実によく聞こえるはっきりした声でそう聞いたはず、だから聞こえなかったなんて事は
ないに等しい
次の日からは何事も無かったように振舞っていた。
だけど違和感が気になって仕方がない。
しばらく一緒にいてわかったことがある。
彼は自分自身を演じている。
「シヴァー?」
ふと、たっつんの声で我に返る。
「あー、ごめんごめん」
慌てて笑う。
笑うのは得意だった。
昔から、本当のことを隠すのは得意だった。
誰にも気付かれないように、ずっと。
そうやって生きてきた。
だからこそ分かる。
あの時のたっつんの目が、俺と酷く似ていることを。
_____________________
「やっぱシヴァはおもろいわ」
ガヤガヤとした小学校の昼休み
俺の席の周りにはいつも人集りができてた。
みんな勝手に笑う。
適当にふざけていればみんな勝手によってくる。
みんなを笑わせる
みんな、笑う
おれも、
なにやってんだろ、
俺自身はまったく笑えなかった。
何が楽しいのか、どうしてみんな笑えるのか
よく分からなかった。
「帰りたくないなあ、」
ぽつりと呟く。
その声を聞いてくれる人はいない。
「じゃあなシヴァー」
「また明日ー!」
手を振り返しながら帰路につく。
みんなは明日を楽しみにしている。
俺も楽しみそうな顔をしてみた。
演技だけど。
家に近づくにつれて足が重くなる。
あぁ、帰りたくないな。
そう思うけど、家には帰らないといけない。
ガチャ
「ただいまー」
返事はない。
返事が返ってこないことは分かりきっていたけど、毎日ほんの少しの希望を持って返事を待つ。
冷蔵庫を開ける。
何も無い。
昨日も無かった。
一昨日も無かった。
このくらいの空腹には慣れていた。
また今日も我慢するかー、
そう思った瞬間。
バンッ
玄関の扉が勢いよく開いた。
嫌な予感がする。
「なんだ、もう帰ってたんだ」
おそらく玄関にある俺の靴を見て呟く。
鼻につくほどのきつい香水の匂いとアルコールの匂い。
その対極な物同士の入り交じった匂いに思わず嗚咽が出そうなのを必死で堪える。
「おかえり、」
そう言ったけど返事はない。
母は俺を見ることもなくカバンをソファに放り投げる。
カツカツとヒールの音だけが部屋に響いた。
「ご飯、ありますか、、」
勇気を出して聞いてみる。
もしかしたら今日はもらえるかもしれない。
「は?」
氷のように冷たくてするどい声。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
間違えてしまった。
「仕事して帰ってきた親に向かって最初に言うことがそれ?」
「いや、その……」
おかえりって声はかけたんだけど。
なんて反論できるほど俺は強くなかった。
「自分でなんとかしなさいよ」
「ごめんなさい、」
何も言えなかった。
冷蔵庫の中には調味料と水しかない
簡単なご飯でさえ作れない状況なのに。
「あーあ、」
やけに大きい独り言が聞こえる。
「ほんとーに役に立たない」
「あんたなんかいなきゃよかったのに」
ぽつりと落とされた一言。
たった一言が酷く重い、鉛のようだ
「あんたさえいなかったら私は今頃あの人と一緒にいれたのに」
聞こえないふりをしてても耳に入ってくる。
胸がぎゅっと痛む。
俺は何も言えなかった。
母は相変わらず俺に目を合わせず自室に消えていく。
静かになった部屋で1人立ち尽くす。
お腹が鳴った。
その音だけがやけに大きく部屋に響いた。
「やっぱシヴァはほんとーにおもしれーよな」
「だろだろーーー??」
いつもと変わらない。
昨日は何も無かった。
そう思わないとやっていけなかった。
『あんたさえいなければ』
変な汗が吹き出る。
あの言葉はどんなに忘れようとしても脳内にこびり付いて離れてくれない。
「シヴァ聞いてんの??」
笑わないと
笑顔でいないと
笑わないとバレちゃう
「ぼーっとしてただけ」
いつもは簡単に上がる口角もこの日だけは言うことを聞いてくれなかった
「じゃーなーー!!!」
「またあした!」
学校が終わった瞬間にみんな急いで家に帰る。
みんなにとって家はずっといたい場所らしい。
俺も帰らないとか、
やけに重いランドセルを背負ったその時
「疲れない?」
静かな教室に冷ややかな声だけが響く。
振り返るとクラスメイトのひとりがこちらを見ていた。
声の主はいつもつまらなそうに窓の外を見ている姿が印象的だった。
友達はちゃんといるけど俺のとこのグループにはいないから話したことはなかった。
「なにが?」
急に変なことを聞かれて俺はすこしムカッときていた。
俺の事なんか知らないくせに。
「ほら、その顔」
「ほんとに笑ってんの?それ」
そう言いながら薄ら笑みを浮かべる同級生が気味悪くて堪らなかった。
このままここに立って話を聞いてると真っ暗な闇に飲み込まれてしまうような気がして怖かった。
信じられなかった。
今までこんなことを言う人は今まで誰一人としていなかった。
まるで俺の中を全て見透かされているような気がして気味が悪かったことを覚えている。
「…別に」
やっとのことで絞り出した声。
酷く動揺してしまった。
いつも通りの笑顔ができない。
このままじゃ全部見透かされてしまう。
「ふーん」
聞いてきたのは向こうなのにやけに素っ気ない返事が返ってくる。
本当になんなんだこいつは。
「じゃあなんで今笑わなかったの?」
見透かされていた。
冷や汗が止まらない。初めて会う未確認生物を前にして純粋に怖いと思った。
まるで俺は追い詰められてる小動物で目の前の男は捕食者だった。
「何が言いたいんだよ」
苛立ちが止まらない。
結局こいつは何がしたい?
俺を知ってどうしたいんだ。
「面白いこと言って」
「周り笑わせて」
「何も考えてないフリをして」
やめろ。
「楽しいの?それ」
やめろ。
「俺には全然楽しそうに見えないけど」
完全に飲み込まれてしまった。気を抜いてしまうと立っていられなくなるような気がした。
2人だけの教室に沈黙が落ちる。
「うるせぇな」
気がついたらそう口走ってた。
でもそれは紛れもなく俺の本心だった。
「お前に何がわかるんだよ」
目の前にいるあいつの瞳に映るのは嫌悪でも怒りでもなく何故か少し嬉しそうに目を細めた。
「分かんないよ」
あまりにもあっさり返されて言葉が詰まる。
「分かるわけないじゃん!そんなの」
「は、」
先程の気味の悪い笑顔とは打って変わって子供らしい無邪気な笑顔になった。
まるで道化師のような表情の変化だった。
「分かんないけどさ、」
「少なくとも、心の底から楽しいって思ってる人はそんな顔しないよ」
またすぐに表情が変わる。
少し悲しそうに眉を下げる。
さっきの笑顔はどこにいってしまったのか。
今まで苛立ちやら困惑やら恐怖で気づかなかったが自身の眉間にはシワができていた。
こいつの行動一つ一つに目が離せなくなって
口も動かなくなる。
「別にいいんじゃない?」
「そのまま続けてたいなら嘘笑いしとけばいいじゃん」
心底興味が無さそうな口調で話し始める。
こいつは俺にどうして欲しいんだ。
「でも」
初めて目が合った。
きれいな海の色だな、と思った。
でもその奥は全く見えずにまるで底なし沼のような深さをしていた。
「俺の前でまで演技する必要ある?」
__ドクン
心臓が大きく脈打った。
なんで。
なんでこいつは。
何も知らないくせに。
なにも、
知らないはずなのに。
目の前にいる謎の生物は俺と同じ顔をしていた。
ドッペルゲンガーという訳ではない。
顔というか表情が似ていた。
「あんた、名前は?」
もう怒りは既に静まって俺は冷静になっていた。
「おれ?おれは、」
「なおきりだよ。覚えといてね」
「シヴァくん」
なんでこいつは俺の名前を知ってるのか。
本当に意味がわからないやつだったけど今度は自然と嫌な気持ちにはならなかった。
「なおきり、」
「俺はお前が何をしたいかは知らないけど」
目の前のあいつは相変わらず気味の悪い笑みを浮かべたままでいた。
全く表情が読めない。でも
「ありがとう、俺を見つけてくれて」
なおきりはそんなこと言われるとは思わなかったのだろう。驚いたように目を大きく見開いた。
初めてあいつの素顔を見れた気がした。
「なーんだ」
「ちゃんと笑えるじゃん」
気づかなかったけど俺は笑っていたらしい。
初めて意識をしないで笑顔になれた気がした。
不思議となおきりの前では素の自分でいることができた
「お前友達いんのかよ」
なんか急に照れくさくなった俺は言葉を投げかける。
「えいるけど??」
こんな変なやつに友達なんているわけねえだろ
なんて思ったけど口に出すのはやめた。
「あ、今俺の事性格悪いやつだって思ったでしょ!失礼だなーー」
また核心を突かれる。
「全部お見通しなのかよーーセコすぎ」
初めて素で話せた気がする。
今までの俺ならこんなふうに笑えなかった。
この日以降なおきりと特別距離が近くなったとかそんなことはなかった。
またいつも通りそれぞれの生活を送る。
家庭内も相変わらず変化はない。
母はよっぽど俺の存在を恨んでいるらしい
最近はずっと情緒が不安定で、泣き叫びながら
「おまえなんかいなきゃよかった」
って言われたりその拍子に家中のものを投げ飛ばしたり
前より酷く汚くなってしまった。
「よっ、シヴァぞん」
母が大暴れした次の日、珍しくなおきりが話しかけてきた。
「なんで話しかけてくんだよ」
タイミングってもんがあるだろ。
「別に?暇だったし」
そう言い残すとすぐ目の前から姿を消した。
相変わらずあいつは何をしたいのか分からないままだけど、家で何かあった次の日は毎回なおきりが話しかけてきた。
と言っても一言声を一方的にかけられるだけだが
ある日の放課後。
この日は母が茶碗を投げてきてその破片が見事
俺の頬をかすって傷ができた次の日だった。
初めてなおきりに『一緒に帰ろ』と言われたから特に話すこともなく二人で帰路を歩んだ。
「俺さ、家嫌いなんだよね」
なんでこのタイミングでこのことを言ったのかは覚えてない。ほぼ無意識のうちにでた言葉だったと思う。
「へー、」
当のあいつは俺の方など見向きもせずに
道端で摘んだ花をずっとみていた
「それだけ?なんか言わねえのかよ」
「なに?俺に慰めてもらいたかった?」
悪戯そうに笑う。
こいつは本当に性格が悪い奴だ。
「別に、んなこと頼まねぇよ」
心の中では俺のことを気にかけてほしかったけどどうにも上手くいかないからへそを曲げる。
何頼んでも無駄なんだ。
「シヴァ」
ぽつりと、なおきりが呟く。
「なんだよ」
またろくでもないことを言われるのか。
そう身構えていたのに
「今は無理して笑わなくていいよ」
「見てて疲れるし」
いつものこいつには絶対言われないであろう
優しい言葉。
最後の一言は余計だったけど、俺にとっては充分嬉しかった。
その後は特に話すことも無く、道を別れた。
でもなぜか、
ものすごく安心した。
あの日見たあいつの横顔を一生忘れることは無いだろう。
「シヴァ?」
急に音が聞こえ出す。
ざわざわと騒がしい。
でもその声だけはやけにまっすぐ俺の方に飛んできた。
「なーに考えてんの」
「なおきりか、」
あの頃と全く変わらない目をしたあいつが
後ろに立ってた。
何を考えてるのか分からない、深い深い碧
でもあの時とは違ってその瞳に恐怖を覚えることはなかった。
「別にーー、ただ思い出してただけだよ」
「ふーん」
相変わらず興味の無さそうな返事。
聞いてきたのはお前からなのに。
「なおきりってさ」
「うん」
「全然変わんねぇよなー」
「そう?」
「そうだよ」
相変わらずこっちを見ない。
本当に興味が無いのか、それとも別の理由があるのか。
ふとなおきりと同じ方を見ると、そこにはたっつんがいた。
やっぱり俺と同じ顔をしている。
なおきりはただ黙ってたっつんとじゃぱぱの
話している姿を見ている。
その横顔は、あの時の俺に向けた顔と同じだった。
全てを見透かすかしているかのように少しだけ目を細めて。
そうだよな、
俺が気づくんだからこいつもとっくのとうに
気づいてるよな。
「ちょっと、2人ともじゃぱぱの方見すぎじゃない?」
声がした方を見てみるとそこにはヒロがいた。
「なんか気になることでもあんの?」
「俺はただあそこの二人を見てやましい事考えてただけだしーーー」
なおきりが吹き出す。
ヒロは苦笑いをしてる。
張り詰めていた空気が一気に緩む。
いつも通りの会話、いつも通りの日常。
「なぁ、なおきり」
「ん?」
今じゃなくてもいいはずだけど、
急に言いたくなった。
「ありがとう」
一瞬目を見開いたがすぐにいつも通りの
不敵な笑みに戻る
「別に?」
ニヤッと笑いながらそう言われる。
「ちょっと、急に俺がわかんない話しないでよね」
ヒロがなんか色々言ってるけど全く耳に入らなかった。
あの時、
俺のことを見つけてくれてありがとう。
そう思いながら隣のなおきりを見る。
あいつは相変わらずどこか遠くを見つめている。
昔から変わらない。
何を考えているのか、何を抱えているのか。
まったくわからない。
ただ、一つだけ思うことがある。
こんな人間が、何も抱えてないはずがない。
そんな気がした。
コメント
3件
みんな抱えてるものが複雑、、 4話のuretで少し上がりました♡笑 次のお話も楽しみにしてます!
第5話読み終えました…。 シヴァくんの過去が少しずつ明らかになってきて、胸がぎゅっとなりました。あの「あんたなんかいなきゃよかった」って言葉、重すぎます。でもそんな中でなおきりに出会って、「無理して笑わなくていいよ」って言われたシーン、じんわりきました。たっつんのことも気になるし、誰もが何かを抱えてる感じがこの作品の空気感だなあ…。続きも読みたいです🌙
しゃかな(本垢)
12
79
みあ🎸🍪
1,160
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