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アクセサリーショップを出たレイチェルは
少し肌寒い朝の空気を吸い込み
満足そうに胸を張った。
袋から包みを一つ取り出し
小さなリボンを解くと
中からアクセサリーが顔を出した。
「ふふ!
良い買い物、できたなぁ。
ここならトイレから出て
ガラス越しに見えるし⋯待ってよっと」
店の前にある
大きなガラスを鏡代わりにして
アクセサリーを着けようとする。
その瞬間
背後から軽い衝撃があり
肘が何かに当たって体がぐらついた。
「⋯⋯っと。ごめんね?」
腕に支えられ
ふわりとした抱擁感がレイチェルを包む。
驚いて見上げると
腰まである艶やかな黒髪を
緩く編んだ青年が
優雅な笑みを浮かべていた。
先程、街中ですれ違った
あの美しい人物だ。
「わ!私こそ⋯⋯ごめんなさいっ」
レイチェルが慌てて体を起こすと
青年は柔らかい声で笑った。
「ふふ。
謝らないで?
余所見してた、ボクが悪いから。
それ⋯⋯良かったら、着けてあげる」
その笑顔は自然で
まるで花が綻ぶように穏やかだ。
涼しげな
アースブルーの瞳に見つめられ
レイチェルは一瞬、息を呑んだ。
(⋯⋯すごい綺麗な人⋯⋯男、だよね?)
年齢は20代前半くらいだろうか。
細くしなやかな指が
レイチェルの手から
アクセサリーを摘み上げる。
あまりに自然な流れで
言葉を紡ぐ間もなく
気付けば首元に
そのアクセサリーが着けられていた。
ふわりと鼻先を擽る甘い香り――
長い黒髪が揺れる度
柔らかな香りが漂う。
「⋯⋯あ、ありがとうございます⋯⋯」
レイチェルが小さな声で礼を言うと
青年は微笑みを深めて頷いた。
「どういたしまして。それじゃあね?」
そう言って、ゆったりと歩き去っていく。
その優雅な後ろ姿を見送りながら
レイチェルはぽかんと立ち尽くしていた。
「⋯⋯おい。
店内に居ねぇから
探しちまったろうがよ」
突然
背後から低く不機嫌そうな声が響いた。
振り返ると
ソーレンが少し眉を顰め立っている。
「あ、ごめんごめん!今ね⋯⋯」
「悪ぃ。
ハンカチ貸してくれねぇか?
忘れちまった」
ソーレンがぶっきらぼうに言いながら
手を差し出す。
「あ、うん、ちょっと待っててね!」
レイチェルは
バッグからハンカチを取り出し
ソーレンに手渡した。
ソーレンは無言でそれを受け取り
手を拭きながらじっくりと見つめた。
拭き終えると
そのままハンカチをポケットにしまい
代わりに小さな包みを手渡してきた。
「⋯⋯ん」
「え?どしたの、これ?」
レイチェルが包みを開けると
可愛らしいハンカチが中から現れた。
淡い花柄が繊細に刺繍されている。
「⋯⋯アクセサリーは
わかんねぇから⋯⋯
今回はコレな?」
「えぇーーー!
めっちゃ可愛いっ!
ありがとう、ソーレン!」
レイチェルは
嬉しそうにハンカチを広げ
ふわりと鼻に当てて
柔らかな香りを楽しむ。
ソーレンが僅かに照れたように
顔を背けたその時
レイチェルも包みを差し出した。
「あ、私からも、はい!」
ソーレンが受け取って開けると
中にはシンプルなレザーチョーカーが
入っていた。
「⋯⋯これ」
「ふふ!
多分、ソーレンが考えてたの
これかなって!」
ソーレンの瞳が一瞬曇る。
その様子を見逃さなかったレイチェルは
わざとブラウスの首元を
少し緩めて見せた。
「⋯⋯あ」
「ふふ!
お揃いで買っちゃった!
着けて⋯⋯くれる?」
レイチェルが微笑んで差し出すと
ソーレンは僅かに肩を落とし
呆れたように笑った。
「ほんと、お前にゃ適わねぇよ」
ソーレンはチョーカーを手に取り
無言で首に巻きつける。
その動作がどこかぎこちなく
けれどもどこか嬉しそうだった。
(俺から⋯⋯
お揃いで買いたかったんだがな⋯⋯
見抜かれてたか)
ソーレンは苦笑しながらチョーカーを触り
首元のフィット感を確かめる。
レイチェルが笑顔でその様子を見守り
隣に寄り添うように立つ。
「似合ってるよ、ソーレン!」
「⋯⋯あぁ、ありがとな」
恥ずかしそうに
返事をするソーレンの耳元が
ほんのり赤く染まっているのを
レイチェルは誇らしげに見つめる。
二人はそのままゆっくりと
街の中を歩き出す。
お揃いのチョーカーが
日に照らされて
さりげなく輝いていた。
街の賑わいが徐々に落ち着き
穏やかな午後の空気が
流れ始めたころだった。
ソーレンとレイチェルは
お互いに
お揃いのチョーカーを確認しながら
ゆっくりと並んで歩いている。
アクセサリーショップから
少し離れた広場では
屋台が立ち並び
甘い香りが鼻をくすぐる。
「ねぇ、ソーレン!
あっちでワッフル売ってるよ!」
「⋯⋯さっき飯食ったばっかだろ」
呆れたように言いながらも
レイチェルの笑顔を見ると
なんだか文句を言う気が失せる。
ふと、ソーレンは無意識に頬を緩めた。
その時だった。
ソーレンの琥珀色の瞳が
不意に吸い寄せられるように
バッと振り返った。
感覚的に
殺気が一瞬で背筋を駆け上がったのだ。
通りの向こう
雑踏の中に佇む黒いロングコートの男。
長い袖の中から
僅かに光を反射する黒鉄の銃口が覗き
指が引き金に掛かっている。
見開かれた
アースブルーの瞳が冷たく輝き
その口元には
冷酷無慈悲な弧が浮かんでいた。
(⋯⋯クソっ、銃かよ!)
ソーレンは咄嗟に考える。
重力操作を使えば
その衝撃で周囲の一般市民を巻き込む。
(ここじゃ無理だ⋯⋯!)
「⋯⋯走れっ!レイチェル!!」
声を荒げると同時に
レイチェルの手を強く引き
喧騒をすり抜けるように駆け出した。
突然の状況に戸惑いながらも
レイチェルは必死に
ソーレンの手を握り返し
一緒に走る。
背後から聞こえる叫び声や
金属音が混じる雑踏の音が
徐々に遠ざかっていく。
ソーレンは歯を食いしばりながら
無意識に街の路地へと駆け込んだ。
曲がりくねった道をいくつも通り抜け
やがて人気の少ない
薄暗い裏路地に辿り着いた。
(ここなら、誰も巻き込まねぇ⋯⋯っ)
息を整えながら
周囲を警戒しつつ
レイチェルに向き直った。
「大丈夫か、レイチェ――」
その瞬間だった。
視界いっぱいに
ガラスのボトルが迫ってきた。
衝撃が頭部に直撃し
粉々に砕け散る音が響いた。
「⋯⋯っぐ⋯⋯!」
意識が一瞬でグニャリと歪む。
倒れ込みそうになる
ソーレンの視界に映ったのは
砕けたボトルを手に持ち
嘲笑するレイチェル。
冷たい眼差しで見下ろし
赤い液体が地面に滴り落ちている。
(⋯⋯なん、で⋯⋯)
痛みに堪えながらも
ソーレンは視線を動かす。
すると
少し離れた所で
男達に押さえつけられている
〝もう一人のレイチェルがいる〟
「ソーレンっ!
ソーレン、しっかりしてっ!!」
その必死な叫び声が耳に届くが
意識が遠ざかっていく。
(⋯⋯レイチェルが⋯二人⋯⋯?)
混乱する頭で考えようとするが
次第に意識が黒く塗りつぶされていく。
倒れ込むソーレンを見下ろしながら
偽レイチェルは口元を歪めて笑っている。
その薄笑いが
薄暗い路地裏に冷たく響く。
(⋯⋯くそ⋯っ、騙された⋯⋯)
思考がそこで途切れ
ソーレンの身体は
地面に沈むように崩れ落ちた。
最後に見たのは
涙を流しながら必死に男達の手を
振り解こうとするレイチェルの姿だった。
視界が完全に闇に染まり
ソーレンの意識は
深い暗闇に堕ちていったー⋯。