唇に温かい感触が広がった。体が固まって、動けなかった。
「っ、…?」
理解が追いついて、顔に熱が集まる。今のはもしかして、いやもしかしなくても。
「…ごめん」
彼が呟いた。
「今の、忘れて」
そう言って、彼は部屋から出て行った。ドアがぱたんと閉まる音が耳に残る。
「…え?」
今度こそ、理解できなかった。
今キスしたよね?ごめんってなんなの、忘れてって何?
「忘れられるわけ、ないでしょ…」
好きな人からされたキスなんて。
ずっと好きだった。初めて会った時から、恋してた。「恋に落ちた」だなんて表現が当てはまるくらい、気づいたら好きになっていた。
そんな彼が家に来て、もう何回も来ているはずなのに毎回緊張して。いつものように他愛のない会話を交わしていたら、彼と目が合った。それだけで俺の心臓はばくばくで、時が止まったみたいに目をそらせなくて。そうしたら、ゆっくり…
「あ~~っ、!!」
だめだ、恥ずかしすぎる。
…いや、それよりも問題なのはその後だ。
突然はっとしたような顔になって、「ごめん」と一言。
そして、もう彼は俺の家にいない。
「…どういうこと?」
整理しても、やっぱりだめだった。意味がわからない。もしかして、桃くんは俺のことを?いやいや、それはない。普段からそういう素振りなかったし。
…いやでも、冗談でキスするなんてことするか?
そこで、彼が彼の相棒の腕に噛み付いた話を思い出した。
「…やりかねないな」
冗談だとしても、たちが悪すぎる。俺は桃くんのことが本気で好きだし、キスしたいし、触れたいし。
「桃くんが同じ気持ちだったらいいのに」
なんて、思ってしまった。明日からどんな顔すればいいんだろう。なんて考えて、その日はベッドに入った。
「一睡もできなかった…」
そりゃそうだろう。こんなに俺が悩んでるのも全部彼のせいだ。というか、彼に聞けばいいのでは?
いや、それができたら苦労しないし、とりあえず探ってみるしかない。もしかしたら桃くんの方から何か言ってくれるかもしれないし。
なんて考えながら撮影に向かって、そこには既に他のメンバーがいた。
彼を除いて。
「赤おはよう!」
「黄くん!おはよう~」
他のメンバーに迷惑かけるわけにもいかないし、普通を装う。しかし内心は桃くんのことでいっぱいだった。彼が遅刻するのは今日に限ったことじゃないし、なんとかみんなの前では気まずい空気を流さないようにしないと。
「あ、遅れました」
「っ!」
大好きな低い声が響いて、反射で目を向けてしまった。ばちりと目が合う。
「赤おはよ」
「お、おはよう、っ」
「俺遅刻どんくらいした?」
「…10分くらい?俺が来たのが10分前だから」
「お前遅刻しなかったのかよ!裏切り者め」
「はぁっ?なんで俺が、」
「怒んなってw」
…あれ。
おかしい。普通に話してるし、いつも通りすぎて俺も普通に話してしまった。いや、普通に話すのは良いことか?昨日のこと、忘れてるのだろうか。
「忘れるなんてある…?」
他のメンバーと楽しそうに話している彼の背中に、小さく呟いた。
「はぁぁ~…」
今日は本当に疲れた。撮影もそうだけど、俺なんて撮影どころじゃなかったし。
なんであいつはあんなに普通でいられるんだ?なんでキスしたの、なんでその後、!
はてなが頭を回るのに、彼のことを考えるのはやめられなくて。
「…俺をこんなに悩ませておいて、自分は普通って」
もはやイライラしてきた。やっぱり冗談だった?なんでそんな冗談、
その時、ドアを叩く音と、あの声が聞こえた。
「赤~」
「っ桃くん…!?」
なんで彼が、どうして。
とっさに時計を見ると、11時を指していた。
「赤ぁ…開けて」
流れるがままドアを開ける。するとそこには、案の定彼がいた。
「おじゃましま~す」
「…飲んでる?」
「のんでないよぉ、」
「いや絶対飲んでるでしょ…」
顔も赤いし、絶対酒飲んでそのまま来たんだ。拍子抜けした気分だった。
「赤も飲も?」
「俺は遠慮しとく」
「そんな冷たいこといわないでさぁ、」
「あーもう!聞きたいことあったのに!」
これじゃあ話にならないじゃん、と呟く。
「なんのこと?」
「言わねぇよ酔っ払い」
「…おしえてよ、」
「っわ…!」
ドサッ、という音と共に視界が傾く。
「ちょ、なにしてんのばか…!」
「ん~…、赤、」
「やめ、」
「なんで嫌がるの…」
「っ、」
そんな顔で見ないで。
桃くんは本当に、何がしたいんだ。
「なんでとかじゃ、」
「じゃあいいじゃん」
「は、…」
次の瞬間、またあの感覚が降った。忘れられもしないあの感覚、俺をずっと悩ませたあの感覚。
「…ッ!」
「赤はさ、俺のこと…」
そう呟いて、彼はじっと俺を見た。そして、今度は俺から言葉を発した。
「…なんで、」
「なんで、キスするの」
そう言ったら彼は微笑んで。
「考えてみてよ」
「…っは、」
「酔いも冷めたしもう帰るわ。勝手に来てごめんな」
「赤も早く寝ろよ」
ドアが閉まる音が、部屋に響いた。
「なに、それ」
それに、なんなんだよ。
考えてみて、って…、!!
「考えてるし…!?!?」
彼がいなくなった部屋で、一人葛藤する。
どれだけ考えたと思ってるんだ、ということはやっぱりドッキリとか…?いや、そんなつまらないドッキリしても何も面白くないだろ。ていうか俺が可哀想すぎない?振り回されて悩んだ挙句これって。。
「ほんと…なんなの、」
まだ唇に熱が残ってる。彼の体温が唇から届いて、息が止まりそうだった。
もしかして、桃くんも俺のこと、
だなんて淡い期待が浮かんでしまう。違う、それだけは絶対に違うのに。
もういい。もう知らない。好き勝手しやがって。何を考えてるのかも分からせてくれないずるい君のこと、俺は許してあげるよ。
「…覚悟しなよ」
もうこれで弄ぶのは終わりだよ、桃くん。
「俺、桃くんのこと好きだから!」
「…へ、?」
突然、家に現れた。
昨日俺がやらかしたから怒ってるのかと思って、若干びびりながらもドアを開けたら流れ込むように家に入って、この一言。
「いま、なんて?」
「だから!好きなの!!」
どういうことだ、
こいつが俺を好き?
「…なんかまずいもんでも食ったのか?さっさと病院行けよ」
冷たい言い方になってしまったけど、目を覚まさせないと。
これはただの、俺の片思いだから。赤が俺を好きなんてありえない。
最初は、気持ちが抑えられなくなってキスしてしまった。だから慌てて忘れてもらおうとしたけど、やっぱり無理だったみたいで。次会った時の赤のよそよそしさで、自分がやってしまったことの重大さを思い知った。普段通りと頑張ったけど、赤は無理して普段を装ってるし、俺が無理させた。俺のせいで赤を困らせた。
それでも諦められなくて、ヤケクソになって酒を大量に飲んでそのまま赤の家に行った。ドアが開いた時の赤のびっくりした顔が可愛くて、そのまま家に入った。
そして、またあれを繰り返してしまった。
赤はさ、俺のことどう思ってる?なんて聞こうとして、我にかえった。
また、やってしまった。また繰り返した。酔いも既に冷めきって、残ったのは赤の言葉だけ。「考えてみなよ」なんて言って、そのまま逃げた。少しでも意識してほしかった。俺のそんな身勝手な行動で、赤はきっと困ったんだ。
俺のことが好き、なんてありえないんだから。早く目を覚ましてやらないと、
「…なに、それ」
震えた声が響いて、驚いて赤の方を向いた。
ポタ、と水滴が床に落ちる音がした。
「か、勘違いさせるようなこと、してっ」
「結局…病人扱い、?」
「っ、赤?」
「俺だけ、だったんだよねっ、?どきどき、したのもっ、意識したのも、」
「…、!!」
その時初めて気がついた。俺は、なんてことをしてしまったんだ。
俺が傷つけたんだ。赤の気持ちを聞かずに無視した。勝手に決めつけて、傷つけた。
俺はなんて身勝手なんだろう。好きな人をこんなに傷つけて。
初めて会ったとき、目が会ったとき、心臓が壊れるんじゃないかってくらいドキドキした。声を聞くたび、目が合うたび幸せで、いつか二人で幸せになりたいなんて思うほど好きだった。話したくてちょっかいかけて、ゲームも赤に尊敬されたくて頑張って練習した。今この瞬間だって、赤が好きだ。こんなに好きなのに、俺は、
結局臆病なだけだったんだ。
気持ちを伝える勇気がなかった。でも好きなのは忘れられなくて、気持ちを爆発させてしまうほどだった。なのに肝心なことは伝えられなくて、全部全部赤に任せた。
「赤、…っごめん、俺、」
「もういい、俺帰るっ」
「ちょ、待てって…!」
赤の白い腕を掴む。
「俺、最低なことした」
「…、」
「だから、もう一回…やり直させてくれない?」
「へ、」
「赤が好きだ」
「俺と、付き合ってほしい」
「…遅いよ、ばか」
そして、キスをした。あの日とは全く違って、甘くて幸せな味がした。
背中に手を回して、彼の体温が体全体に伝わった。もう泣かせないから、これからは全部俺が幸せにするから。
だから、また君を愛させて。
end.
久しぶりの投稿です!いや、正確には全く久しぶりじゃないというか作品何個も書きました。そして全てボツになりました!
中には4000字超えたのにボツになったものもあるので、頑張ってボツなりに投稿できるくらいのものにします!なので待っててください!
がんばりました!コメントください✊🏻🤍
コメント
18件
ブクマ失礼します!
キュン
フォロー失礼しますm(_ _)m