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祈りの治療が終了すると、ユリは内線電話で船長に連絡した。
まもなくライン特佐が現れた。うつぶせになって動かないタクヤをそのままにして、ユリをとなりのベッドに導いた。
ユリが横になると、ユリの腰にベルトを巻き付けながら説明した。
「これは非常用ベルトです。眠ってしまうとゆれたときに危険なので、いちおうつけさせていただきます」
「はい……」
「もちろん、あなた自身でもはずせますが、何かありましたら、このボタンを押してください」
ラインは、ベッド脇の壁に作られたコール用ボタンを指差した。
それが終わると、ラインはアンプルを取り出し、カチッと口を開けて、注射器に薬液を吸わせた。
ピストンをひと押しして空気をぬいてから、ユリの白い腕をとり「失礼します」と針を差した。
ユリは痛みの予感に顔をしかめたが、実際はほとんど痛みなく針は皮膚に刺さった。
シリンジの中のピストンがゆっくりと移動し、薬剤がユリに注がれていく。
「タクヤ様、大丈夫でしょうか……」
ユリが不安げにつぶやく声は、近くのベッドでうつ伏せになったままのタクヤにもかすかに聞こえた。
タクヤは、息を殺し、聞き耳を立てた。
ラインは注射を終えると、早くも薬で視界が定まらなくなってきたユリの耳元で、丁寧にささやいた。
「ご安心ください。私たちがついています。ユリさん、私から一言、お許しください。あなたはとても魅力的な方だ。あなたのためなら、私はどんなことでも引き受ける覚悟です。決して大げさに言っているのではありません。あなたを一目見たときから、祈り師としての真の覚悟が伝わってきました。それは、あまりに気高く、美しいものです。しかし、これは、ただの個人的な想いにすぎません。伝えたからと言って、何かが変わると期待しているわけでもありません。ただ、お伝えしたかった。一人の男のわがままを、お許しください」
ラインが、ユリの顔にかかった前髪を、指先で横にずらして整える。
二人の顔が近い。
しかし、さすがに無断でキスをすることまではしなかった。
タクヤは横目で観察しながら、歯ぎしりするほど腹が立った。おまえの声、聞こえてるっつうの。自分の地位を利用して、何を言ってやがるんだ!
もちろんユリだって、こんなバカな告白を、まともに受け取るはずがない。
ラインが去ると、タクヤも、そのまま眠った。
ユリが、死ぬわけはない。
そんなことありえない、僕が絶対に死なせない、と、ひたすら考えをめぐらせながら。