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見た目だけでなく記憶や技能、性格までも正確に変身できる黄落人は一見完璧に思えるが、実は致命的な欠点がある。
それは自分を見失ってしまうことだ。
黄落人はあくまで誰かに「変身」しているだけであって、その変身している対象=黄落人、ではない。
だが、変身している年月が長い程、変身している対象そのものになってしまうと言う。
それを防ぐため、今回フォーカスを当てていく男は、変身対象を「演じている」と認識するようにしているらしい。
あくまで演技であり、元の自分は元の自分、今演じている役は演じている役……と言った感じで分けて考えているらしい。
おかげで、自分を見失うということはなくなった。
だが、逆の事象が彼には発生していた。
自我を出しすぎてしまう、らしい。
*
長い長い夢から醒めたような感覚を覚える。
目の前に広がる真っ白な壁。中央に存在するモニター。開かない扉。隣にはいつもの従者・大台音端がいる。
「主様、これは一体……」
「さあね。知らない」
一体ここはどこなのだろうか。前の記憶が一切ない辺り、誘拐されたとみるのが妥当だが、なぜ従者と共に。
男は思考を巡らせる。男の名は、天竺極夜。またの名を……いや、今の姿での名を天神白兎と言う。
戦闘の名門・天神家に生まれた白兎は、出産直後から謎の不治の病を患い、余命いくばくもない状況であった。
しかし、迫りくる病と幻覚を感じさせないほどに白兎は戦闘が出来た。10歳にもなると、一人で100人ほどを同時に相手できることもあったと言う。
白兎は人間が嫌いだった。その理由は誰にも言わなかったらしいが、彼の従者はみな人外で固められていた。
天神邸に近寄った人間はみな殺された。そのせいで白兎に対する人間の恨みは大量に蓄積されていた。
そんなある日、お金に困っていた黄落人の一人・極夜が天神邸に盗みに入った。
テロ集団に混じる事が出来たため、盗みは成功した。しかし、極夜はテロ集団の一人に誘拐されかける。
その時、白兎がテロ集団を倒して彼を助けたのだ。彼は動揺しつつあったが、なんとか白兎に感謝を述べる。
だが、現実は時に非情だ。白兎は余命を迎えて極夜の目の前で病死する。
その時に託された言葉を、極夜は一生忘れられない。
これは、そんな極夜達の視点を借りて194回目に至るまでの起源を追いかける、始まりの物語である。
*
「こんにちはー!僕はhappyだよ!よろしくね!」
モニターに表示されたのは、ブカブカの服を着た謎の白髪の少年。黄色い耳飾りとピンク色のアクセントが余計に子供らしさを引き立てている。
音端からの視線に気づき、首を横に振ってhappyと名乗る少年を知らないことを伝える。音端は小さく頷いた。彼にも面識はないらしい。
「これから君たちには、異世界によくあるような能力を渡すよ!それを使って、まずは探検してみよう!道中、ミッションやダンジョンがあると思うから、そこにも行ってみてね!!楽しい飛行船ライフを~!」
モニターの画面が消える。と同時に、モニターとは別に極夜の目の前に何やらゲームのレベルアップ画面のようなものが表示された。
プロジェクターで表示できるような画面であるが、そのような機械は周囲に見当たらない。不思議な力が働いているのか、そういう人外がいるからなのか、極夜には判断しかねたが、とにかくこの世界が、というかこの空間がおおよそ通常の世界と異なる事だけは分かった。
プロジェクターに書かれた文字には、『天神白兎様 能力:バグを増殖させる能力 代償:不明』と記されている。
「何これ。能力?意味わかんない」
「なんなんでしょうかね、これ」
「音端にもあんの?この変な画面」
「はい、ありますけど……主様にもあったのですか」
そう、音端の元にあるらしい画面は極夜に視認できない。
一方、極夜の元の画面も音端から見えていないらしい。
お互いがお互いの画面を視認できていない。
「自分の名前が書いてあるやつ以外見えないってこと?」
「そうなんでしょうか……にしても、まるでゲームですね。どうなってるんでしょう」
「さぁ……。変なの」
音端に言われて、改めて周辺を見回す。
狂いそうなほど真っ白な壁だ。ペンキ塗りたてみたいな壁が二人の空間すべてを覆っていて、目がちかちかしてきた。
唯一白くないドアノブが変に目立っている。前は、真っ先に開けようとして開かなかったが、今回ドアノブに手をかけてゆっくりと回すと扉が開いた。
扉の向こうも相変わらずのペンキ塗りたて壁で覆われている極夜達が居た部屋と同様の部屋がずらりと並んでおり、極夜達とほとんど同タイミングで知らないやつらが部屋から登場した。
栗毛色の美しい長髪の女性や、音端と同じくらいの年齢に見える青年など、様々な人たちが勢ぞろいだが、誰一人としてこの状況を把握している人はいないようだった。
中には部屋の中に人間しかおらず、極夜(白兎)や音端のように人外がいることに驚いている人もいた。
そして、膠着状態が続く。しばらくして、片目が髪で隠れたノースリーブを着た女性が、
「みんな状況を理解していないようだし、分からない同士軽く自己紹介でもしようと思うのだが」
「[一秒もない沈黙]異論はないようだな!!よし、自己紹介タイムだ。俺様の名前は輝煌貴志。能力と書かれているものは仕切る能力だ。よろしく!」
と言った。話す間を与えない話し方だ。仕切る能力はもはや超能力の類ではないのではないかとも思ったが、不思議なことに誰も彼女の紡ぐ言葉を止められない。もしかして、既に能力を使用しているのかもしれない。
その疑念は確信に変わる。誰もが貴志と名乗った彼女を一点に見つめている。一般的に話を聞いていないと形容されるような人は誰も居ない。彼女の言論統制が行われている。しかし、誰もそれに抗えない。極夜だってそうだ。おそらく白兎はこの状況に至ったら貴志を切り殺していただろうが、なぜかそうしようという気が起きない。反抗しようなんていう考えは浅はかなものに感じるのだ。まあ自己紹介というだけだから別にいいと言えばいい。
「では俺様と一緒に居たそこのお前、自己紹介しろ」
「俺か?俺は木更津……えっと……。悪い、記憶が混乱してて、なぜかわからんけど下の名前が思い出せなくて。とりあえず木更津って呼んでくれ。能力は風を操る能力らしい」
「もう二度と振らないから安心して俺様の話を聞いておけ!さぁ、もう一人の地味女は?」
「楊梅花芽と申します。能力はーー」
「あーーーーーーーーきた!!俺様は飽きたぞ!!なぜよりによって”罪人共”の話を聞かねばならんのだ!!そうだそうだー!おどおど話しやがって本当に飽きたぞ!!……まあいい。じゃあ今から高らかと宣言してやろう」
極夜は罪人という言葉に敏感だ。黄落人の頃は別に犯罪という行為に何とも思わなかった。なんせ、盗まないと生きていけなかったから。盗む以外の行為を知らなかったから。
迫害され続けた黄落人が生きるすべなど、盗みを働くしかなかった。もしそれ以外の方法があるなら、それを教えるのが人類の役目だろうに、愚かな人類はそれをしなかった。
悪いのは人類だ。極夜はそう考える。
一方で、天神白兎という役を演じるにあたって極夜は殺人を行わねばならない時があった。
白兎は日常的に殺人を行っていたからだ。それほど白兎も人間が嫌いだった。
極夜はそんな嫌いな人間を殺せるということで最初は喜んでいた側面もあったが、それでも殺すという行為に非常に嫌悪感があったのも否めない。
盗みとはわけが違うと、初めて殺人した時に感じた。
まず罪悪感が襲ってくる。自分はこの人を殺してしまったんだという。
あくまで殺したのは白兎という役のためであって俺じゃない、と言い逃れすることだってできるが、生暖かい血の匂いが全ての思考を停止させる。
人生において最も嫌な行為に殺人がカウントされた瞬間であった。
貴志は両手を広げ、演説を行うかのように話し出した。
「いいか、罪人共!俺様は貴様ら罪人を正しに来たのだ。貴様らのような罪の自覚すらないような罪人にまともな人生を送らせる気などさらさらない!」
「そこで、だ。俺様は考えた。いかに貴様らを苦しめるか、絶望させるか、再起不能にするか!……ゲームにしちまえばいいんだよ。俺様主催のゲーム。遊びだ。ただし、貴様らの命を懸けて……」
「人間が生きるためには飲み食いして動いて寝るが三大原則だろ?そのうち飲み食いの自由を貴様らから奪った。飯や水を飲み食いしたきゃ、さっきのhappyが言っていた『ダンジョン』を探索しろ。そこに置いてある。……ただ、俺様にもう一回会ったら、そん時が死だと思え。一回猶予を与えてやってるんだ。感謝しろよ、罪人共!では、さらばだ!」
その瞬間、この場に居た全員が貴志の呪縛から解放された。
具体的に言えば、今まで異常なほどの言論統制が行われていたのを、反抗するという思考すら封じられていたのを、その封印を解かれたのだ。
全員はその呪縛から逃れられたことに安堵し、突如消失した貴志の行方を追っていない。
極夜は音端と目が合う。二人とも考えていることは同じらしい。
「とりあえずここから離れよ、音端。付いてきてくれる?」
「了承しました、主様」
移動中、白以外の色を見なかった時は流石に正気を疑ったが、もし仮に貴志という女が主となりこのよくわからん空間に極夜達を閉じ込めていると言うのなら、あの演説と言い正気とは思えない女だったし逆に納得してしまう。
他の人と行く場所が被らないよう、自慢の(逃げ)足の速さで誰よりも早く逃げだしたおかげで、周囲には誰もいない。
その事実を確認したタイミングで、極夜達二人は状況確認を行う。
「結局なんなの、これ」
「正直、余計に分からなくなりましたね。あの貴志という方を信じるのなら、ここに集められた人々は何かしらの罪を犯した罪人で、それを粛清するために貴志は動いている。僕たちは食料がなくなってて、それを貰うためにはhappy?が言ってたダンジョンに行けってことですか」
「まあ、貴志が大嘘つきな可能性だってあるけど、だとしたら終わりだし」
「……それにしても、こんなの本当に現実なんですか」
「夢ってことはないでしょ。僕と音端が同じ夢見れてんの?」
「そうですよね、でもこんな……」
「音端って、罪の心当たりあんの」
「え、いや特に法を犯したつもりはないですけど……」
「そう。実際子供っぽい人もいたし、判定が雑な可能性ないかな」
「理不尽すぎますね」
「ね。よくわかんないこと多すぎ。とりあえず、マップすら分かんないけどどっか移動しよ」
「了承しました、主様」
あてもない漂白された空間を、方向感覚すらも怪しいながらも必死に進む。
やがて、二人はある部屋を見つけた。
部屋は一見今までいた部屋と同じに見えたが、扉に殴り書いたような文字で『ダンジョーーーン!!!!』と書かれている。
「え、嘘でしょ」
「まさかこれが……例の」
「雑かよ」
「雑ですね」
「入る?」
「僕の身では特に何も……」
「そういうの関係なしに。入る?」
「えっ、あ……」
極夜は、時々音端に意見をゆだねてみることがある。
大抵、音端は様々な言い方で「従者という立場から主であるあなたに口出しするなんてできない」とよく返してくるのだが、極夜は今までの経験から、白兎を演じる演じない関係なしに単純にそんな音端を可哀想だと思って、少々白兎寄りの言い方をすれば発言権を与えている。
冒頭に述べた自我を出す、という部分は概ねこういう行動に現れている。極夜だって直したいのだが、いつもどこか申し訳なさそうにしている音端を見ると、何か感情よりも強いものが生まれているような感覚になって、役を演じるという自分を忘れてしまう。
かれこれ二年近くそんなやりとりをしているにも関わらず、音端は未だに慣れないのかしょっちゅう動揺している。明らかに慌てている音端を見れる貴重な機会だ。
「そっ、そう、ですね、入ってもいいんじゃないでしょうか」
「じゃあ入ろっか」
「あ、あの、主様」
「どした?」
「……あー、その、やっぱなんでもないです」
「別になんでも言っていいけど」
「本当になんでもないです!す、すみません……」
「……そう。じゃ、行こ」
「は、はい!」