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花街で働く者達の脱走を阻むため、大門を監視する詰所には役人達が常時控えている。


千歳を抱きかかえながら走る男は、自身の懐に手を突っ込み、麻紐で括られた人差し指ほどの細長い板を取り出した。


「これが、俺の通行手形だ」


黒漆で塗られたその板は鏡面のように艶やかな光沢を放ち、咲き誇るリンドウが箔押しされている。


松五郎が持っていたのは、手のひらほどの粗末な木板。

似ても似つかぬ優美な通行手形を、駆け抜けざまに役人に示し、そのまま詰所の屋根に飛び移った。


男は一気に屋根を駆け、前方に見える大門に向かい、勢いに任せ弾むように跳躍する。


「ぶつか……ッ!?」


閉じられたままの北の大門。

ぶわりと内臓が浮き上がるような浮遊感とともに、烏羽色……黒一色に染められた柱が目の前に迫る。


――だがそれも、一瞬のこと。


柱は残像のごとく眼下へ過ぎゆき、天から引き上げられるように千歳の身体が空高く舞い上がった。

太い柱のさらに上にある大門の|屋根棟《やねむね》を超え、屋根に|葺《ふ》かれた本瓦が、千歳の足元で瞬く間に小さくなっていく。


「千歳、顔を上げろ」


振り落とされまいと力いっぱい男の首にしがみつき、ギュッと目を閉じた千歳の耳元で声がする。


なおも続く浮遊感。

顔を上げて恐る恐る瞼を開けた瞬間、目の前に広がる光景に千歳は息を呑んだ。


「……ッ!!」

「壮観だろう?」


遮るもののないどこまでも広がる景色はまるで、空を飛ぶ鳥になったようだ。

前世でも今世でも、目に映る一番大きなものといえば、屋敷から見上げる切り取られた空だった。


花街が眼下に広がり、その先に遠く本土が見える。

大門よりも遥か上空から見渡す景色は美しく、花街を超えて遠く連なる山々が、広がる海が、世界は広いのだと教えてくれる。


それは地から見る景色とは違い、何者も侵すことのできない自由のようで、千歳の心を浮き上がらせた。


「この『雨催《あまよも》いの花街』は、すべてのものが入り交じる場所」


瞳に焼き付けるように見入る千歳の鼓膜を、男の低い声が揺らす。


「そして今越えた北側の大門から先は、瘴気溢れる危険な地。俺達はこの地を、『ハレの煉獄』と呼んでいる」


犯した罪を償うため、罪人の流刑地に指定された神避諸島《かむさりしょとう》のひとつ、『|三ツ島《みつじま》』。


異国では天地の境で罪を償う場所を『煉獄』と呼ぶことに|因《ちな》み、涅家の屋敷がある三ツ島の中心地を、『ハレの煉獄』と呼んでいるらしい。


男は長い浮遊を終え、ストンと地に降り立った。

続けてもう一人、白虎の面を被った男も着地し、荷物のようにドサリと松五郎を地に落とす。


腕から降ろされた千歳は思わず足がもつれ、腰を支えられるようにして男の脇に立った。


「ここが『ハレの煉獄』。お前がこれから暮らす場所だ」


本土に住む|唯人《ただびと》は、本来であれば足を踏み入れることを許されない、北の大門の向こう側。


男には容赦ないのだろうか、白虎の面を被った男に「早く歩け」と急かされる松五郎の姿が見える。


「お前は下働きだから、炊事洗濯や掃除が中心になると思うが、慣れるまでは指導係をつけてやる」

「ありがとうございます」

「アイツは筋力が弱そうだから、ひたすら薪割りと走り使いの雑用だ」


筋骨隆々な涅家の人間と比べるのは少し可哀想な気もするが、確かに松五郎はヒョロリとしていて、見るからに弱そうである。


こうしている間もどこからか流れてくる薄い瘴気。

先程のあやかしの件もあり、千歳が怯えていると心配していたのだろうか。


思わずクスリと笑ったのを確認し、男はどこかホッとしたように肩の力を抜いた。


「詳しいことは休んでからだ」


さぁ行くぞと声を掛け、男は前を歩き始める。


相も変わらず息が詰まるような閉塞感。

千年経っても変わり映えがしないなと、最後尾についた千歳は辺りを見廻した。


「――ただいま」


過ぎ来し方を思い返し、だが今世は健康な身体があると、喜びに笑みがこぼれる。


小声で告げた千歳の声に反応するように、目の前で小さな瘴気が揺らめいた。

撫でるように手のひらで掬い上げ、ゆっくりと拳を握ると、じゅわりと溶けるように消えていく。


「……ん?」

「どうかされましたか?」

「いや……」


わずかな瘴気の気配を察知し、振り向いた男は何もなかったことに首を傾げ、「気のせいか」と一言呟くなりまた歩き出した。


決して晴れることのない、|三ツ島《みつじま》の空。

見上げる空は重い雲に覆われ、ぼんやりと淡く明らむだけで、わずかな陽の光も差し込まない。


暗澹たる本土とも、欺瞞に満ちた花街とも違う。

朝陽が昇る前の、ほの暗い時間を思わせるその景色は、そこはかとない寂寥感に満ちていた。




あやかしに売られた『身代わり花嫁』は、愛されすぎて今日も死ねない

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