「証拠も結構揃って来てるし、璃々子さんへの暴力や暴言、それによって怪我を負っている事も証拠に残ってる。俺的にはそろそろ離婚を突き付けるのには良い頃合いだと思うよ」
「だけど、家を出る前に、離婚だけはしないって言われたの……」
「何だってアイツは不倫してる分際で離婚はしないとか言うんだろ……」
「まあ、由季から話を聞く限り、その小西 貴哉はかなりプライドの高い男だろ? そういう奴は世間体を気にする。不倫について相手には当然良いように言ってるんだろうから奴が裏切らない限りは表に出る事も無いだろう。そういう奴は大抵親にも気に入られるような良い子ちゃんだ。そして、璃々子さんみたいな控えめで従順な妻という存在は何とも都合が良いだろう。周りから尊敬されて仕事も出来る、家柄もそれなりでまさに人生イージーモードのような奴が“離婚”なんて事になってみろ、例え本人が『妻に原因があった』と言っても、本人にも原因があったのではと疑う輩も出てくる。そういう事を恐れて離婚はしないつもりなんだろうよ」
啓介さんの話は説得力があった。
言われてみればそうなのかもしれない。貴哉はとにかく世間体を気にする人だ。外では信頼も厚くて仕事も出来る、まさに完璧で非の打ち所が無い良い夫を演じているから、離婚なんてマイナスにしかならない事に応じる訳が無い。
だからその為にも不倫の証拠を集めて突き付けて、例え脅す形になってもいいから必ず離婚だけはしたいと思った。
ただ、それも難しいのかと思うと頭が真っ白になる。
「やっぱり、離婚をするのは難しいんですかね?」
弱気になった私がポツリとそう言葉を零す。
「そんな事無い! 絶対あるはず無いから!」
「由季くん……」
由季くんはすぐに否定してくれたのだけど、どんなに証拠を揃えて弁護士さんに協力して貰ったとしても、貴哉もありとあらゆる手段を使ってきては自分の良いように事を運ぼうとするのではないのかという不安が私に付き纏う。
そんな私を前にした啓介さんは、
「二人共、少し落ち着け。そもそも不倫が離婚理由なんだから、きちんとした証拠さえ揃えば問題無い。言い逃れ出来ない確実な証拠が揃えば揃う程、どんなに相手が拒否しようが本来離婚は出来るはずだ」
終始落ち着いた様子で話してくれる。
「ところで由季、お前は昨日璃々子さんを助ける為に彼女のマンションに向かって相手と対峙したんだろ?」
「ん? ああ、そうだけど?」
「相手はよく、男のお前に彼女を引き渡したな? 何て言って連れ出したんだ?」
そんな啓介さんの問い掛けに由季くんの視線が泳ぎ出す。
「おい、まさかお前……下手な嘘ついてきたんじゃねーだろうな?」
「……ごめん、あの時は璃々子さんに命の危険があると判断したから必死だったんだ。色々シナリオは考えてたんだけど、咄嗟に『弁護士』って名乗ってて……」
そして、貴哉に自身を「弁護士」と名乗った事を啓介さんに告げた。
「お前は阿呆か。弁護士じゃねー奴が弁護士名乗るのは違法だって知らねぇ訳じゃねーだろ?」
「だからごめんて……」
「はあ……。まさかとは思うがお前、名刺渡したりしたのか?」
「いや、見せはしたけど、『弁護士』って言葉が効いたらしくて俺の名前を確認はしてたけど名刺は受け取らなかったんだよ」
「……ひとまず相手も阿呆で助かったな。とにかく、いくら切羽詰まった状況下だと言えど、不利になるような行動は慎め。お前が下手打つと璃々子さんに迷惑がかかるんだ、その辺肝に銘じておけ」
「はい……」
啓介さんの言葉に項垂れた由季くん。
そんな彼に掛ける言葉を私は悩んでいた。
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