コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あの、由季くん……ごめんね、私のせいで……」
「ううん、璃々子さんのせいじゃないよ。啓介さんに怒られたのは俺の考えが浅はかだったから」
「そんな事……」
「璃々子さん、由季を庇いたい気持ちは分かる。けどな、コイツはこの事務所で『調査員』を名乗って働いてるんだ。遊びじゃなくて仕事をしてる。コイツがヘマをして依頼人に迷惑がかかったらそれは事務所の信用問題にも関わるし、依頼人の今後に大きな影響を及ぼす事だってある。そうならない為にも、悪い事は悪いと都度叱らなきゃならねぇ。その事を由季も充分理解してるから慰めの言葉は必要ねぇさ」
確かに、働くという事には責任が伴う訳だから、事務所の社長である啓介さんがそれはしてはいけないと判断すれば、いけない事をしてしまった従業員である由季くんは叱られるのも仕方が無いのかもしれない。
それは充分理解出来るのだけど、私は由季くんの嘘のおかげで助かったみたいなものだし、彼のおかげで貴哉の元から抜け出す事も出来た。
それなのに、私は慰めの言葉を一つも掛けられない事がもどかしいのだ。
「この件に関しては終いにして話を戻すが、璃々子さんが家を出た段階で相手は内心焦っているはずだ。もしかしたら不倫がバレたのかもしれないと。由季の言う通り、離婚を切り出すなら今が一番良い頃合いだろう」
「でも……」
「相手に離婚の意思が無いと分かっているから不安に思うのも無理は無いが、不倫にDVと璃々子さんには有利な理由しかない訳だから堂々としていればいい。ひとまず書面で相手に離婚の意思を伝えよう」
「……はい」
「書面作成には雫の力を借りる方がいいな。今夜雫にも家に来るよう話しておくから、とにかく由季と璃々子さんはこれから家に必要な物を運んで来い。ついでに今夜から住めるよう、最低限の物も買い揃えて来てくれ」
「分かった。それじゃあ璃々子さん、一旦家に帰ろう」
「う、うん……その、啓介さん。ありがとうございます、暫くの間、よろしくお願いします」
こうして離婚を切り出す為の書面を作成する話になった事で、いよいよ離婚に向けて動き出す。そしてそれと同時に今夜から啓介さん宅でお世話になる為の準備をする事になった私たちは再び由季くんの住むマンションへ帰って行った。
マンションに着いた私たちは必要な服や下着などを鞄に詰め、最低限の日用品などを買い揃えて啓介さんの自宅へやって来た。
閑静な住宅街にある、庭が広い少し古めの平屋で、鍵を預かって来たらしい由季くんはドアを開けて先に中へ入って行く。
部屋は事前に割り当てられていたらしく、私と由季くんが使わせて貰う部屋は隣同士の洋室だった。
向かいにも一部屋あって、そこが啓介さんが寝室にしている部屋だという。
私たちは荷物を運び、リビングへとやって来た。
「そう言えば由季くん、お仕事に戻らなくて大丈夫なの?」
「ああ、うん。今日は依頼も入ってないから啓介さん一人で平気だって。それよりも夕飯の準備しとけって連絡来たから、とりあえず食材買いに行かなきゃ。さっき冷蔵庫見たら何も無かったし」
「そっか、それなら夕飯は私が作るよ。これからお世話になるし、家事はなるべく私がやるから」
「いやいや、璃々子さんに任せ切りは悪いよ。俺も啓介さんもそんなに出来る方じゃないけど、人並みくらいには出来るからみんなで分担しよう」
「でも……啓介さんも由季くんも働いてる訳だし、私は置いてもらう身だから……」
「璃々子さん、アイツと一緒の時はそれが普通だったのかもしれないけど、今は違う。暫くは一緒に住む家族みたいなものだからさ、ここにいる間は変に気を使ったり、遠慮したり、一人で背負う事は無いよ。出来る事は協力し合えばいいし、悩みがあれば相談すればいい。だから、まず今日は一緒に夕飯作ろう、ね?」
「……うん」
嬉しかった。そんな事、言われた事も無かったから。
協力し合う……本来は当たり前の事なのかもしれないけど、私の周りにそういう考えの人はいなかった。
貴哉は家事は女がするものだと決めつけていたし、実家に居た頃も、母が家事が苦手であまりやらなかったから、必然的に私がしてた。
実家に居ても結婚しても家事は私の仕事――みたいな感じだったから、協力し合うなんて想像もつかなかった。
私はかなり閉鎖的な空間で生きてきたんだと、今回の事でそれがよく分かった。