俺を探していた?
それにしたってこんなすぐに見つけられるのはおかしいだろ。この店のことは常連とは言わないまでも何度も来ているってのに。
まさかとは思うが、俺が気付かない間に仕掛けられていた?
頭とか腰付近も怪しいし、制服もあり得るな。手で触れられるところだけでもそれを取り除かなければ。
どこかに超小型のGPS発信機がついている――そんなことを思いながら自分の体を触りまくっていると、
「……何してるんですか?」
そう言いながら院瀬見が首をかしげている。動きだけで判断すれば、純や下道のような男子ならすぐにでも勘違いするだろうが、俺の今の状況ではそうはならない。
「気にしなくていいぞ。体中がかゆいだけだし」
「まぁ、大体想像つきますけど、そんなことをしたって無駄ですよ?」
「すでに握り潰したのか?」
「何のことか分かりませんけど、そんな危ないことしてませんよ。そうじゃなくてわたしがここにいるのが不思議なんですよね?」
まさにそれが問題だ。ましてここは色んな意味でのマニアックなコーナー。少なくとも女子が立ち入るエリアじゃない。
「な、何でだ?」
隠しきれない動揺を見せている俺に対し、院瀬見は腰に手を置いて胸を張ってみせた。
「だってわたし、常連ですもん! 九賀さんたちはたまに来てるみたいですけど、わたしはしょっちゅう来てるので男子が好きそうなコーナーくらい把握してるわけです」
目鼻立ちのはっきりした顔でドヤ顔をされるとさすがに落ち込むな。しかも姿勢もいいから思わず平伏しそうになりそうだったぞ。
「なるほど。それは分かったけど、俺に何か用があるのか?」
「いーえ、何も」
こいつ――単なるドヤ顔を見せに来ただけか?
「それならあいつらのところに戻っていいぞ。俺は……ん?」
そうかと思えば俺の前から院瀬見の姿が見えない。結局あいつは何をしに俺の前に来たのやら。しかし院瀬見を探すつもりもないので、このまま目当ての本を探す続きをするまでだ。
俺は再び上を向きながらピンポイントなところに目をやる。
すると、透明感のある白肌の手がそこに伸びて――
「――って、おい!」
「しー! ですよ?」
その仕草も反則だ。しかし、いつの間に踏み台に乗っていたんだこいつは。
「あっ、南が気にしてた本って写真集なんですね」
「…………いや」
「えーと、『魅力あふれるセクシーすぎる美脚を求めて』……え?」
決して俺だけが読むものではなく幼馴染のアレの手土産にと一応気にしていた本でもあったわけだが、院瀬見の反応を見る限りではおそらく。
……とはいえ、院瀬見にどう思われようと知ったことじゃないな。たとえ嫌われてもというより、元から好かれてもいないから何のダメージにもなるはずがない。
などと思っていると、それを手にして院瀬見が踏み台からゆっくりと降りてきた。顔を下に向けているせいか、表情は不明だ。
「まぁ、何だ。それが欲しかったのは事実だからな。高い所から取ってくれて感謝するぞ!」
ここは素直にお礼を言うのが筋だな。
あとはこいつから本を受け取って会計に――
「――ふーん……うんうん、みんな美脚ですね」
「何でページ開いて勝手に見てんだ? 一応まだ買って無いんだぞ?」
「別にいやらしい本じゃないんですからいいじゃないですか」
買うことを確定したわけでも無いのにこいつ――。
「悪いがそれは俺が買う予定の本だ。あまり手垢をつけられても……」
「いいえ、こんなの買う必要無いと思いますけど?」
まさか取り上げて、棚に戻した後に俺に説教でもするつもりか?
だが院瀬見は本を戻すどころか、突然周りを気にしだした。もっとも気にしたところで女性だらけの本屋なうえ、ここのコーナーに入ってくる客はほぼいないけど。
「……よし、いませんね」
「ん?」
「内緒、ですよ?」
「何が?」
院瀬見は返してくれない本をその辺に置き、両手をフリーにしたかと思えばその手を自分のスカートに移動させ、今にもスカートをつかむ雰囲気を出している。
そして、
「どうですか? わたしも美脚だと思いません?」
何をとち狂ったのか、俺に肌白なふくらはぎを見せてきた。足の感触は不本意にも触ったことがあるが、こうやって堂々と自慢されると言葉を失う。
「…………」
恥ずかしさはあるにしても俺にこれを見せてどういう得になるのか。それともこれを見せて、後で弱みでもつかもうと企んでいるんじゃないよな。
「南はわたしの足に対して何も言えないんですか? 美少女選抜優勝者の生足なんてそう簡単に見られるものでもないんですよ? それともやっぱりプロが撮った写真集の方がいいんですか?」
「足に言ったって足は返事出来ないからな」
何て言えば正解なのか。しかし素直に褒めた場合、院瀬見も大概にしてひねくれてるからお金を要求してくる危険性がある。俺は受け身状態で勝手に見せられたに過ぎないし、そもそも写真集を見ることが出来ていないわけだから、今は何も言わないでおくのがベストだ。
「またそういう”逃げ”で終わらせるんですね。まあいいです。この本を持ってとっとと会計しに行った方がいいですよ? 彼女たちを自由にさせているとはいえ、時間に限りがありますしここに探しに来るかもですから」
それもそうだな。俺はともかく、院瀬見を探し回ってこの場所に来てしまう可能性がありそうだ。そう思っていたら案の定、院瀬見を呼ぶ九賀の声が聞こえてくる。
その直後、こっちの姿を見つけてすぐに駆け寄って来られてしまった。
「院瀬見さーん。探しましたよー! カフェの席も確保したのでそろそろ……何でフツメン会長がここにいるの? まさか院瀬見さんを――」
「ううん、九賀さん。南さんとは偶然ここで遭遇しただけなので、何も無かったですよ」
遭遇って、人をモンスター扱いか。
「でもここって、男性向けのコーナーになってるんじゃ……?」
九賀も案外鋭い奴だな。そうなると偶然にも俺と出会った院瀬見が何でここにいるんだって話になる。院瀬見を見ると焦りの表情に変わっているし、上手く言葉が出てこないといったところか。
「それがどうかしたか? 九賀。紛れもなくここは男性が喜ぶ専門的な本が揃ってあるコーナーだ。俺はここで肌白で綺麗な足を見ただけに過ぎない!」
「――! 肌白……うんうん、やっぱりー」
「ケダモノにも程があるし正直気持ち悪すぎなんですけどー! 院瀬見さん、こいつ抜きでカフェいきましょーよ?」
何たる言われようだ。院瀬見の推し女だからってあんまりすぎるぞ。
院瀬見にも九賀のことをもっと教育してもら――何かにやけてるように見えるのは気のせいか?
「……コ、コホン。ううん、九賀さん。わたしがここに迷い込んだだけで南さんには何の落ち度も無いと思いますので、このままみなさんのところに行きましょう」
「院瀬見さんがそう言うならー……でも、キモキモ会長とは距離を置かないと駄目ですからね! 私、先に行ってみんなに話してきますからー」
九賀は最後まで俺を睨みっぱなしだったな。しかも称号まで変わっていたぞ。
「院瀬見も先に行った方がいいんじゃないのか?」
「そ、そうですよね! それと南……」
「あん? まだ何か……いっってぇぇ!!」
ものの見事に院瀬見による不意打ち攻撃を喰らってしまった。まさか手の甲のわずかな皮膚をつねられるとか、完全な油断だ。
「いつかのお返し、ですっ! じゃあ、南は会計を済ませたらカフェに来てくださいね! 待ってますから」
お返しというと足を触ってしまった時のアレか?
それにしても気のせいか少しだけ俺に甘い――いや、気のせいだな。
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