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深夜25時。
目の前の練習室の鏡に写る自分はひどく惨めで哀れだった。
何度目かも分からない溜め息をつくと、冷えきっている練習室の空気に溶けていく。
ぬくもりも感じない、ただ冷たい床に背中を預けて、ただ天井を見つめた。出せば出すほど、その声が嫌になるだけだ。
練習を重ねるたびに理想からひどく遠くなるような感覚。
そして、練習のしすぎで声がだんだんとかすれていく。
ウィスキーのショットを飲んだかのように喉がヒリつき、俺の心はまるで乾いた砂漠のようにひび割れていた。
何もできず、ただボーッと天井を眺めていると
ギィ……
重いドアの開く音が鳴り響く。
こんな時間に来るヤツ。顔を下げずとも分かった。つかれてるはずなのに俺を心配してくるお節介焼きの心配性なんかあのヒョンしかいない。
「はい、これ。休まないとホントに声でなくなるよ。」
ユニョンイヒョン。優しく問いかけてくるその声が、今の俺にはトゲになった。
そして、何もかもに鬱憤が溜まっていた俺に、その気遣いはただの余計なものだった。
「放ってけよ!!ヒョンに、俺の何がわかんだよ!!!」
衝動のままに叫んでしまった。
自分でも何を思ったか分からない。
分からないまま俺は差し出された温かいココアを乱暴に払いのけてた。
床に転げ落ちたココアが広がる。一瞬、ふらっと甘い匂いが耳に届く。
そんな甘い匂いも今の俺の気持ちには何も味がなかった。
俺は立ち上がって、ヒョンを突き放すように睨み付けた。でも、帰ってきたのは怒号でも説教でもなく、泣き出しそうなほどの心配そうな目をして俺を見つめてきた。
「んだよ、文句あんなら言ってみろよ…」
今はなにをやってもずっと毒を吐いてしまう俺の喉に、ヒョンの指先が優しく触れた。
思わず肩が跳ねる。
「ヒョンに何が分かるって、そういったよね?ジュネ。」
ヒョンの指先が、俺の喉仏をなぞる。なんだか、熱い。焼けるような喉の痛みとは違う、芯からゆっくりと溶かされるような熱だ。
「……っ、おい、離せよ」
抵抗しようとして後ろに引きずりながら逃げようとした力は、いつの間にか壁まで追い詰められた俺の背中に吸い込まれて消えたいった。
練習室の隅、鏡の死角。誰にも、バレないところだ。 ヒョンの体が重なり、逃げ場がなくなってしまう。
「全部は分からないかもしれない。でも、ジュネが自分で自分の声を嫌う時、俺がどんなに苦しいかは分かってよ」
ヒョンの顔が近づく。いつも優しいヒョンの瞳は、今日はどこか冷めたく、だが俺を飲み込んでくるような、そんな感じがした。
ゆっくりと重なった唇から、水音が響く。さっき床に払いのけたココアより、ずっと濃く甘い、ヒョンの体温が冷えきった体を温めてくる。
掠れた吐息が、重なった唇の間から漏れる。静まり返った練習室に、粘りつくような水音がやけに大きく響く。
ヒリついていたはずの喉が、ヒョンの舌が触れるたびに、甘い痺れに塗り替えられていった。
逃げようとしていた手はいつの間にかシャツを掴んでいて。
ヒョンは俺の腰を抱き寄せ、冷たい壁と自分の体の間に俺をとじこめ、
もう、逃げられない。そう感じた瞬間だった。
俺の覚悟を見透かしたように、ヒョンが俺の髪に指を潜り込ませた。
「……やっと諦めた? ほら、もっと近く来て。」
わずかに喉を鳴らして笑うヒョンの声は、優しさの中になにか別の熱さが混じっているような感じだった。
腰を引き寄せられ、隙間ないぐらい体をくっ付けられる。
自分の心臓の音が、ヒョンの体を通して跳ね返ってくる感じだ。どっちがどっちの鼓動なのか、もう分からない。
自分の声を呪っていたさっきまでの孤独が、ヒョンの体温で溶かされていく。 それがなんだか心地よくなってしまっていたんだ。
「ひょ、……ぁ、ま…ッ」
喉をなぞる唇が、鎖骨のあたりで止まる。くすぐったい。きっと感じるの、一歩手前なんだ。
「ここが、一番綺麗に響くんだよ…」
ユニョンヒョンは、俺が一番自信を持てなかったその”場所”に、優しく深い印を刻むように唇を押し当てた。
初めて、いつもはいじるヒョンだが、敵わねぇなと思ったんだ。
「……ぁ、ッ、」
鎖骨に落とされた熱に、思わず声が漏れる。かすれていたはずの声が、ヒョンの前では驚くほど甘く響いた気がした。
「ふふ、いい声だよ。ジュネ」
満足そうに目を細めて、ヒョンが俺の目元に溜まった涙を拭いた。 鏡には映らない場所で、俺はヒョンの腕の中に完全に閉じ込められていった。
明日の朝になれば、また俺は自分の声を呪ってしまうかもしれない。
練習室の鏡の前で、一人で絶望するのかもしれない。
けれど、この瞬間だけは、 自分を嫌いになることすら許してくれない、ちょっぴり強引で優しいこの空間に、すべてを預けてしまいたいと思った。
「うるさ、ッ……もう好きに、しろよ」
投げやりに吐いた俺の言葉に、ヒョンは今日一番の、綺麗な笑顔を見せた。
「可愛いね」
そう俺に囁いて。