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四月二十日……巨大な亀型モンスターと合体しているアパートの二階にあるナオトの部屋(お茶の間)では……。
「……バカなんですか? あなたは」
ミノリ(吸血鬼)がナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)を寝室に運んで布団で休ませた直後、コユリ(本物の天使)は彼女にそう言った。
「い、いきなりバカとか言わないでよ! あたしもわざとやったわけじゃ……」
コユリ(本物の天使)はミノリ(吸血鬼)が最後まで言い終わる前に、こう言った。
「わざとでなければ、どんなことでもしていいと思っているなら、大間違いです。それとも、あなたには理性というものがないのですか? もしそうなら、今すぐ病院に行ってください。それかおとなしく私に解剖されてください。血の一滴《いってき》に至るまで徹底的に調べてあげますから」
「はぁ? どうしてそうなるのよ。というか、あんたあたしがナオトを連れ戻しに行く前まであたしのこと『お姉ちゃん』って呼んでたわよね? あれはいったいどういう……」
その時、コユリ(銀髪ロングと金色の瞳が特徴的な天使)はミノリ(黒髪ツインテールと黒い瞳が特徴的な吸血鬼)に迫《せま》った。
「忘れてください、今すぐに……! さもないと、あなたの体を八つ裂《さ》きにしますよ……」
いつも真顔で正直、何を考えているのかよく分からないコユリ(本物の天使)。
しかし、今だけは彼女の気持ちがよく分かった。
怒っている。今にも襲いかかってきそうな雰囲気《ふんいき》を醸《かも》し出している。
ミノリ(吸血鬼)は苦笑しながら、コユリ(本物の天使)にこう言った。
「わ、分かったわよ。その件については誰にも言わないから、そんな怖い顔しないでよ」
「本当に誰にも言わないと約束できますか?」
コユリ(天使型モンスターチルドレン|製造番号《ナンバー》 一)は彼女に顔をぐいと近づけて威圧《いあつ》した。
「え、ええ、もちろんよ。これでも約束はちゃんと守る主義だから、安心して」
コユリ(いつも真顔)は少しの間、彼女のことをジト目で見ていたが、やがていつもの表情に戻るとこう言った。
「……分かりました。ですが、もしもあなたが約束を破るようなことがあれば、地の底だろうとどこまでも追いかけて必ずあなたの息の根を止めに行きますから覚悟してくださいね?」
ミノリ(吸血鬼型モンスターチルドレン|製造番号《ナンバー》 一)は少し怯《おび》えながらも、こう答えた。
「わ、分かったわ。肝に銘《めい》じておくわ」
「そうしてもらえると助かります。では、そろそろ話してください」
「え? 話すって何を?」
ミノリ(吸血鬼)がキョトンとした顔でそう言うと、コユリ(本物の天使)は彼女を睨《にら》んだ。
「マスターがあんな風になるのは、大抵《たいてい》あなたのせいです。なので、その辺《あた》りの事情を詳《くわ》しく話してください!」
「いや、話すも何も、あたしがナオトの血を今まで以上に吸っちゃったせいなんだけど……って、ちょ、ちょっとあんた! その手に持ってる物はいったい何! それであたしをどうするつもりなの!」
コユリ(本物の天使)は鬼の金棒《かなぼう》のような鈍器《どんき》をどこからともなく持ってくると、それの先端を彼女の右肩に置いた。
「それはもちろん、あなたの身体中の血を抜《ぬ》くためですけど、何か問題でも?」
笑顔……。いつも真顔な彼女が笑っている。
これは本気で謝らないと殺される。
ミノリ(吸血鬼)は彼女の体の周囲から溢《あふ》れ出ているただならぬ殺気をどうにかしようと必死で考えていた。
その時、二人の間に割って入った者がいた。
「よう、二人とも。もしかして、まーた口喧嘩でもしてるのか?」
その人物は、まだ布団で休んでいるはずのナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)であった。
「ナ、ナオト! あんた、体はもういいの?」
ミノリ(吸血鬼)が目をパチクリさせると、彼はニコニコ笑いながら、こう言った。
「ああ、少し休んだら元気になったよ。でも、もうあんな風に血を吸うのはやめてほしいなー」
「わ、分かったわ。もうあんな風にあんたの血を吸ったりしないわ。けど、あたしが飲んだ血の量はいつもの三倍くらいあったはずよ。体は大丈夫なの?」
「うーん、そうだなー。若干《じゃっかん》、体がふわふわしてるような感じがするけど、それ以外はなんともないぞ」
「そ、そう……なら、よかっ……」
「マスター!!」
ミノリ(吸血鬼)が最後まで言い終わる前に、コユリ(本物の天使)は彼に抱きついた。
「おう、どうしたんだ? コユリ。そんなに慌《あわ》てて。お前らしくないぞ?」
コユリ(本物の天使)は目に涙を浮かべながら、彼の顔に目を向けた。
「あのアホ吸血鬼におかしなことをされませんでしたか? もし、〇〇や〇〇みたいなことをされていたのなら、私が上書きしますから言ってくださいね! それから、それから……」
彼はコユリ(本物の天使)の頭に手を置くと、ニッコリ笑った。
「コユリ、少し落ち着けよ。な?」
「……は、はい……分かりました……。そうします」
コユリは目尻《めじり》に溜《た》まっていた涙を手で拭《ぬぐ》おうとした。
しかし、彼女がそれをする前に、彼はニッコリ笑いながら、彼女の涙を手で拭《ぬぐ》った。
「お前が俺のことを考えてくれてることは知ってるけど、だからってミノリに強く当たるのは違うんじゃないか?」
「で、ですが……! あのアホ吸血鬼は前にも同じようなことをして、マスターと私たちに迷惑をかけています! マスターがあのアホ吸血鬼に血を吸われ続ければ、近い将来マスターは……」
「死ぬ……か。まあ、それは前々から分かってたことだから別にいいんだけどよ、俺が心配なのは俺が万が一、死んだ時のことだ」
「そんな悲しいこと……言わないでください。少なくとも私はマスターとずっと一緒にいたいです」
「……そうだな。できれば、俺もそうしたいよ。けど、俺はこっちの世界の人間じゃないし、帰るべき場所もあるから、いずれは別れの時が来る。それは明日かもしれないし、今日かもしれない。それくらいお前にだって分かるだろう?」
コユリは彼から目を逸《そ》らすと、静かにこう言った。
「そんなの分かりたくありません。私はマスターと一緒になれるなら、世界を敵に回しても構《かま》いません」
「……俺が完全に自我を失ったとしても、同じことが言えるのか?」
「え?」
コユリは疑問符を浮かべながら、彼の顔を見た。
彼の真剣な眼差《まなざ》しから伝わってきたのは、今の発言が決して冗談ではない……ということだった。
「俺の体が今、どんな状態か分かるか?」
「く、詳しいことはよく分かりませんが、とにかく複数の存在がマスターの体の中に宿っていることだけは分かります」
「ああ、そうだな。お前の言う通り、俺の体の中には普通の人間の体の中にはないものが複数存在している。さて、ここで問題だ。そんな状態が長く続くと、俺はどうなると思う?」
「……そ、それは……その……わ、分かりません」
「……まあ、ある意味、正解だな。だって、そんなことその時になってみないと分からないだろ?」
「そ、それは……まあ、そうですね」
彼は、震《ふる》える自分の手を見ながら、こう言った。
「正直に言うとな、俺はすごく怖いんだよ。いつ自我を失ってもおかしくない状態にあるから怖いっていうより、お前らを傷つけてしまうかもしれないっていう恐怖の方が大きい」
彼女は彼の手をしっかり握《にぎ》ると、微笑《ほほえ》みを浮かべながら、こう言った。
「マスター……。私は例《たと》えマスターがマスターでなくなったとしても、マスターに恐れを抱《いだ》いたり、恨《うら》んだりしません。私にとってマスターは初恋の人ですし、一生肩を並べて歩いていきたいと思えた存在です。ですから、もしそんな時が来ても私を置いてどこかに行かないでくださいね?」
「……コユリ……お前」
「約束……できますか?」
自分の目の前に小指を立ててきた彼女に対して、彼はこう言った。
「ああ、約束するよ。例《たと》え俺が自我を失ったとしても、お前たちを置いて一人でどこかに行こうとしないって」
彼が彼女と『指切り』すると、彼女は彼の首筋にキスマークを付けた。
「ちょ、いきなり何すんだよ」
彼が驚きを露《あら》わにすると、彼女はニッコリ笑った。
「今のは単なる『おまじない』ですから、気にしないでください」
「そ、そうか……。『おまじない』か」
「はい、そうです」
彼女がとても楽しそうな笑みを浮かべていたことは言うまでもない……。
*
それから数分後……。ナオトたちは『ラブプリンセス国』に赴《おもむ》くことにした。
彼らは巨大な亀型モンスターと合体しているアパートの二階に住んでいるため、そのモンスターがそこに辿《たど》り着くまで暇《ひま》である。
しかし、今回ばかりはそううまくいかないようだ。
現在、『ラブプリンセス国』ではモンスターが大量発生しているからだ。
今回は、国中で暴れているモンスターたちを一網打尽にするために、とある作戦を立てた。
「……ミ、ミサキ作戦?」
ミノリ(吸血鬼)は作戦の立案者であるナオトに対して、そう言った。
「ああ、そうだ。今回の目的は、その国に大量発生しているモンスターたちを一網打尽にすることだ。だから、ここは圧倒的火力で倒すのに限る。それは理解できるか?」
ミノリ(吸血鬼)はちゃぶ台の上に置かれていた『雪○宿』を食べながら、こう言った。
「まあ、それは……分かったけど……。具体的に……どんなことをするの?」
コユリ(本物の天使)は彼女のその行動に腹を立てた。
コユリは今にも彼女に襲いかかりそうだったが、他のメンバーがそうなるのを防いでいた。
「うーん、まあ、具体的に言うとだな、ミサキが前に言ってた『超圧縮魔力砲』でモンスターたちを一網打尽にするっていう作戦だ」
「なるほどねー。いわゆる、オーバーキルってやつね」
「まあ、そういうことだ。ということで、ミサキ。頼まれてくれるか?」
彼は黒髪ベリーショートと水色の瞳が特徴的な美幼女『ミサキ』(巨大な亀型モンスターの本体)にそう言った。
「……条件付きでいいのなら、僕は躊躇《ちゅうちょ》なく実行するよー」
「条件付きか……」
「うん、そうだよ。どうする?」
「うーん、そうだな……。それは俺にできることで、なおかつキスや性行為とかじゃないんだよな?」
「うん」
まあ、本当はそれでもいいんだけどね。
「ふうむ……まあ、あんまり過激じゃないのなら、良しとしよう」
「ありがとう、ご主人。それじゃあ、その条件を伝えるよ。ご主人、ちょっと耳を貸してくれないかい?」
「おう、分かった」
それから本格的に作戦が始まったのは、ミサキがナオトにその条件を伝え終わってから、数分が経過した頃だった。