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「何か言った?」
もう一度尋ねると、陸翔兄さまは大きくため息をついた。
「沙織、お前は優しすぎる。お前が何を言おうと、俺はお前の旦那を許せない。そして、その女も、その母親もだ」
「陸翔兄さま」
「沙織の心配は働いている社員だけだな? まだ旦那をかばいたい気持ちがあるなら、言っておいてくれ」
陸翔兄さまの冷静な声に、私は唇をきつく噛んだ。まだ芳也を助けたいか……。答えはNOだ。
彼は私がまだ芳也を愛していて、守りたいと考えたのかもしれないが、私の中にあったのは、ただの情と罪悪感だけだった。
芳也に別の愛する人ができたなら、もう私に未練などない。
「ありません」
はっきりと陸翔兄さまの顔を見てそう伝えると、「わかった」と彼は答えた。
「今の状況を調べさせる。そしたら沙織にも報告する。お前も自分の目で確認したいだろう」
昔から陸翔兄さまは、私のことを仕事に関しては子ども扱いしない。
「もともと沙織は経営や語学もかなり勉強してたはずだ。ほとんどお前の手腕だろう」
その的確な指摘に、私は苦笑した。私が彼をどれほど助けたかなんて、芳也もお義母さまも全く知らず、何もできないと責め続けられていた。
どこかで本当のことを言おうと思っていたが、地位や名誉を得るたびに変わっていく芳也にこのことを伝えれば、さらに酷くなってしまう気がして、言えずにいた。
でも、今ではそれが正しかったのかもしれないと思う。夫婦間で隠し事をしていたことは悪いと思うが、結婚式もせず、ただ役所に紙を一枚提出しただけの結婚生活だった。
「迷惑をかけてごめんなさい。できることは私がやるからね」
陸翔兄さまにも仕事やプライベートがある。それを邪魔するつもりはない。
もう、ただ我慢する日々は終わりにしなければならない。これからは、きちんと一人で生きていこう。
そう思ったときだった。
置いてあったスマホが震える。それは芳也からだった。
「旦那か?」
「うん」
じっとスマホの画面を見つめ、思案する。正直、声も聞きたくない。しかし、離婚の手続きを進めるにしても、無視するわけにはいかない。早く離婚を進める話かもしれない。
そう考え、ちらりと陸翔兄さまを見てから、スマホの通話ボタンを押した。
「沙織! お前、何をしてるんだ!」
一番に聞こえてきた怒声に、私は驚いてしまう。でも、今は一人じゃない。
「どういう意味?」
「今何時だと思ってるんだ? 風呂が沸いてないだろう!」
本当にこの人は何を言っているのだろう。あんな風に追い出しておいて、私が帰ってくると本気で思っているなんて、おめでたい。
「追い出したのはあなたでしょう」
小さくため息をつきながらそう答えると、電話越しに芳也が怒りに震えているのがわかった。
「はあ? 追い出されても、やるべきことはやるのがお前の役割だろう? 俺の金で生活しているくせに、何様だ!」
静まり返った部屋で、怒り狂った芳也の声が陸翔兄さまにも聞こえたようで、彼の瞳には怒りがにじんでいる。私以上に怒ってくれる人がいることに感謝する。
「それなら、今までかかったお金を返せばいい? いくら?」
「お前が払えるわけないだろう! ふざけるのもいい加減にしろ!」
その言葉に、私は聞こえるようにため息をついた。
「ふざけてなんかない。離婚しよう」
「なっ……! 沙織!」
電話の向こうで驚いたような声が聞こえる。私から離婚を切り出されるとは思っていなかったのかもしれない。
「弁護士を通して」
それだけ言って、私は通話を終了した。切ってすぐ、何度も芳也からの着信があったが、電源をオフにする。
「嫌なものを聞かせてごめんね」
まだ怒りの消えない陸翔兄さまに、私は頭を下げた。そんな私に、彼は髪をかき上げてソファに深く身を預け、天井を見上げた。
「沙織、男を見る目がないな」
少しふざけたような、私を励ますような言葉に、私は「そうだね、本当に」と笑った。
「今日はゆっくり休め。ここはセキュリティも万全だ。誰もお前に危害は加えられない」
そう言いながら陸翔兄さまは立ち上がった。
「ありがとう」
私はお礼を伝え、彼を見送った。こんなことがなければ絶対に会いたくなかった人。ただ一人、私の心を揺さぶる人。