そもそも、今日は朝からツイてなかった。
起きたらなんでか知らんけど首痛いし、ヘアセットは決まらないし、入れたコーヒー資料の上にぶちまけるし。
なんなん。今日って厄日ですか。
別にそんなん信じてないけども。
厄日厄日って、そんな事言ってるから全部が厄になるんじゃねぇの。
また性格悪いとこでてるわ。というかそもそも自分の性格が捻じ曲がっていることなんて、他人から言われるよりもまず自分がよく理解してるし。
そんなもんしゃーないやん、こんな風に出来上がったもんは出来上がってしまった訳だし、変えたくても変えられないんだからさ。
そりゃあさぁ。
あいつみたいに面白さで場の雰囲気盛り上げられたら最高だと思うし。
あいつみたいに繊細な優しさがあればもっと出来ること増えると思うし。
あいつみたいにポジティブシンキングできれば今の倍以上には楽しく過ごせると思う。
それからあいつみたいに。
ここぞという時力を発揮できたら。
どこまでも真面目に真摯に向き合えれば。
もっと自信を持ってあいつの隣に立つことが出来るとも、思う。
思う、思うよそりゃ俺だって。
でもいかんせん、備わったボディと中身がこれなもんで、どうしようもなくね。
「……お前、どうしたん」
朝早くの、といっても10時だから普通に働いてる方からはぶん殴られそうだけど、まぁ、俺らからしたらいつもより早い集合時間。
その20分前に事務所の扉を開くと、そこにはすでに勇斗がいて、顔を合わせるや否やそう言われた。
当たり前だけど動画とは違う、いつもの俺らが知っているローテンションの勇斗。
どうしたん?まずはおはようございます仁人さんところでどうしたんですか、だろ。
そう言い返す気力も今日はなく、とりあえず聞かれたことに返事を返す。
「別に、どうもしてませんけど。」
「お前、顔変だよ?」
「あ?」
朝っぱらからのディスりに危うく殴りかかりそうになっていると、勇斗は違う違うそうじゃなくてと手を振りながら否定する。
「顔色悪いっつってんの。今日なんか体調悪いでしょ、お前」
調子悪い?はて?
ソファに座ったままこちらを見つめる勇斗にいわれ、自分の額に手を当てて考える。
そうか、朝からツイてないとは思っていたけど、これって体調悪いのか。
「え、気付いてなかったの」
「…気付かんかったわ」
「バカじゃねぇの」
勇斗は呆れたように笑って、自分が座っていたソファから立ち上がり、指差す。
「まだ20分以上時間あるから寝てれば?」
「…だな、そうするわ」
人間の身体というものはほんと不思議なもので、体調が悪いかもと思い至ると、一気に身体が重くなった。
足を引き摺るようにソファまで辿り着き、勇斗の言葉に甘えてごろんと横たわる。
「なんかいる?水とか」
「いや、大丈夫。ありがと」
「もしかしたら冷えピタとかもあるかもだけど。」
「いいよいいよ」
「熱とか測る?体温計あるかな…スタッフさんに聞いて来よっか?」
「いいって、大丈夫大丈夫。ありがと勇斗」
甲斐甲斐しく動いてくれようとする勇斗にお礼を言って、目を閉じる。お前はほんとうにいい奴だな。
…ていうか、そういえば俺マスクしてんですけど。マスクしてても顔色とかわかるんですかあんた。こわぁ。
目を閉じたまま、たぶんまだ側にいる勇斗に向かって尋ねる。
「あなた、よくわかったね」
「ん、なにが?」
「俺が、調子悪いってことに。」
アホなことに、自分でも気付いてなかったのに。そんな俺の問い掛けに、勇斗がいるであろう方向から、間髪なく答えが返ってきた。
「お前のことなら何でも分かるから、俺」
吐かれた言葉が、胸に刺さる。
不味いやばい。
本当に、本気で、今弱っているんだなと実感した。
だってこんな、いつもなら軽く流してしまえる言葉が、こんなにも嬉しく感じてしまう。
そして、嬉しく感じていること自体がとても嫌だ。
自分にだけじゃない。メンバー大好き人間のこいつの事だから、きっと同じ言葉はみんなにも当てはまる。みんなに言ってる。
俺だけにじゃない。
俺が、こいつにとっての、特別な訳がない。
自分でも自分が何を考えているのか分からなくなって答えられずにいると、 唐突に大きな手のひらが降ってきて、頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「う、ぇ!?」
「よーしよーし。ちょ〜っと、ね?じんちゃんはあれかな?おつかれなのかなぁ〜?じんちゃん頑張っててえらいねぇ。はやちゃんがよーしよししたげるからねぇ〜」
おどけたように、ONのテンションで俺の頭を撫で続ける手は、それでもどこまでも優しい。
きっと、俺の様子がおかしい事を汲み取って、ギャグっぽい方へと舵を切ってくれた。
俺を追い詰めないように、逃げ道を作ってくれた。
ぐっと滲み出しそうな何かを、唇を強く噛み締めて堪える。
…なんなんこいつ。
「…お前の、そういうとこほんと嫌いだわ」
俺のことなら、何でも分かるんだろ。
だったら、もう少し 泳がしといてよ。
***
本格的に眠りに入った仁人の顔を眺めながら、ひとつため息を吐く。
扉を開けて、顔を一目見た瞬間から、あぁこいつヤバそうだなと直感で感じた。
マスクをつけていても分かるくらいにその下は青白くて、今にも倒れてしまうんじゃないかと冷や冷やしたのに。
それに、自分では気付けないときたもんだ。
「ほんと、面倒くせぇやつだなお前って。」
面倒くさいというか、だからこそほっとけない。
毛布がなかったから、とりあえず俺のアウターを仁人の上に掛けながら、苦笑いする。
お前のことなら何でも分かるよ。
体調が良くないと歩き方と目つきが変わること。
マイナス思考になると周りと比べて自分はって悩んで負の無限ループにハマること。
でもとりあえずは開き直ること。
それなのに自分のいいとこには目が向けられないこと。
あとは。
さらりと、顔にかかった仁人の綺麗な髪を耳に掛けてやりながら、微笑む。
「お前の『嫌い』は、『好き』ってことでしょ」
泳がせといてもいいけどさ。
そろそろ諦めて 釣られてみてもいいんじゃないの。
end.
コメント
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天才ですか!?この話好きすぎます!!