※十四話目、続き
「あ〜クソッ………んで携帯家に忘れちまったんだろ……」
久方ぶりの射撃ともあって、舞い上がりすぎたか。
いつにも増して好成績を残せたので、射場を意気揚々と出たところまでは良かった。というか出るまで携帯を家に置き忘れていることに気づかなかった。何故気づいたのかというと、しばらく歩いたところでウクライナに会ったからだった。
『……あれ?フィンランドさん?』
聞き覚えのある声がして振り返ると、そこにはウクライナが立っていた。
『……ウクライナじゃん。久しぶり』
『どうもこんばんは。お久しぶりです』
そう言って軽く頭を下げる。あの小さな頃から比べれば、随分と大きくなったものだと思う。声さえ聞かなかったら、ややもすれば少女と見紛うような愛らしい顔立ちであることは変わりなかったが(加えて声も、兄・ロシアの低音───ドスの効いた声を出すのも容易いので、喧嘩では有利である───から比べれば随分と少年のような可愛らしい声なのだ)。
『撃ってきたんですか?』
ウクライナがフィンランドの背負ったガンケースを見ながら聞く。
『あぁ、まぁな』
『どうでした?』
『んー……久しぶりにしちゃあ良かったかな』
『さすが。……いいなぁ、楽しそう』
『今度、一緒に撃ってみるか?』
『えっ、良いんですか?』
『全然構わないけど』
フィンランドがそう言うと、ウクライナは嬉しそうににっこりと笑った。その笑顔に少しばかりエストニアを重ねてしまう。当たり前か、兄妹だもんな、と思っているとウクライナが、
『……こんなところで頼むのも野暮なんですけど、フィンランドさん、その……一つ、頼まれてくれたりしません?』
『……いいよ』
別段疑いもせずフィンランドは頷いた。するとウクライナは少しばかり言いづらそうに、
『その……もし、兄さん……ロシアを見かけたら、声、かけてくれませんか?僕が、兄さんのこと探してたって』
『分かった』
なんだ、そのくらいと思いつつフィンランドは快諾した。そこでふと思い当たって、
『あれ?でもウクライナ、携帯持ってるんじゃ……』
『あぁ、なんかいくら電話かけても出てくれなくて。だったらもう探すしかないなと』
『……何やってんだよアイツ……』
『またアメリカさんか中国さんと呑んでるんですかねぇ……』
ウクライナのそのお人好しで他人行儀な言い方がおかしくて、フィンランドは笑った。
『じゃ、見つけたらウクライナのとこ行くように言っとくわ』
『ありがとうございます!』
『全然良いって。場所は?』
『えーと……』
そんなこんなで、今に至る。
ウクライナと別れた後、フィンランドはこちらからも電話してみようとスマホを探した。しかし、いくらポケットをまさぐろうと一向に見つからない。そこでやっと、家に置き忘れてきたことに気づいたのだ。
「……マヌケがよ……」
そうぼやきながら、フィンランドは繁華街の中へ入っていった。
「えと〜……水、水……あ、あった!」
小銭を投入しボタンを押す。耳障りな音を立てて一本のペットボトルが受け取り口に落下した。拾い上げながら、それをしげしげと見つめたアメリカは、
「ん……どうしよ、もう一本買ってってやろうかな……余ったら俺が飲めばいいし」
ぶつぶつと独り言を呟いて財布の小銭に手を伸ばしかけた、その時だった。
ガツン‼︎ という激しい音がして、アメリカは驚いて振り返った。そこには、血の気の引いた顔で、銃を肩から取り落として突っ立っているフィンランドがいた。
アメリカが顔を引き攣らせた。
「えっ……ふぃ……フィンランド……?おまっ……え?いつから……?」
「あっ……あのアメリカが……炭酸飲料じゃなくて、み、水買ってる……」
ブルブル震える指でアメリカを指差したフィンランドは、そのままふらついて後ろにぶっ倒れそうになった。アメリカが面食らって叫ぶ。
「わぁああっ!お前っ!しっかりしろよ!俺だって飲みたくて買ってるわけじゃねー‼︎ 」
「じゃっじゃあなんでアメリカが水なんかっ……‼︎ 炭酸飽きたのかそれともダイエットか⁉︎ 明日大雪でも降らせるつもりかッ⁉︎ 雪は好きだから別にいいけどっ‼︎‼︎ 」
「じゃかぁしいわお前‼︎ これには歴とした事情があってだなっ‼︎ あと俺はダイエットを要するほど太ってねぇよ!筋肉だよ筋肉‼︎ 」
「どんな事情だよっ⁉︎ 」
「これから説明するよっ‼︎ あとスルーすんな‼︎ 俺は太ってねぇ‼︎ 」
絶叫したアメリカは何気なくフィンランドの地面に落ちたガンケースを見た。
「…………ていうかお前のその銃、平気なわけ?さっきやばそうな音して落ちてたけど」
「…………へ?」
ゆっくりと地面に横たわったガンケースに目をやったフィンランドは、きれいに一拍空けてから叫んだ。
「っわぁあああああ!俺の銃‼︎ 」
「お前本当に想定外のことが起こるとキャラ崩壊するよな……」
さすがのアメリカでも引くようなキャラブレぶりを晒したフィンランドだった。幸い、彼の銃は無事だった。
「……で、なんで水なんか買ってたわけ」
二本目のペットボトルを拾い上げたアメリカはフィンランドを振り返って、「歩きながらでいいか」と聞いた。
「え、なんで……別にいいけど。急ぎの用事なのか?」
「うん、割と急いでんだ。一緒にいたやつがちょっと気分悪くなっちまってさ」
「ふーん……そうなのか。……俺ついていって平気なのか?」
「んー?フィンランドなら大丈夫だと思うぞ」
どういうことだよ、と思いつつフィンランドはアメリカの隣に並んだ。自分よりも背の高い、その顔を見上げながら問いかける。
「あ、そういやお前さ、ロシア見なかった?探してるんだけどアイツ、ウクライナからの電話も出てくれないみたいでさ」
「ロシア?あー、確かに電話出られる状態じゃなかったかも、アイツ」
「え?」
フィンランドが訝しんだような顔をアメリカに向けた。
「……んでお前が知ってるんだよ」
「え、いやだって」
アメリカは手にした二本のペットボトルを軽く掲げて見せた。
「その、気分悪くなっちまったやつってのがロシアなんだよ。ちょうど良いから一緒に行こうぜ」
「…………????」
あの、年がら年中ウォッカの瓶振り回してそうな屈強な男が?
フィンランドの疑問を読み取ったのか、アメリカがふと笑った。
「はは、なんだその顔。まぁそりゃ確かに、お前より身長もあるしガタイもいいやつだけどさ……誰だって弱いとこつかれりゃ、気分の一つ悪くなっちまったってしょうがないだろ」
「そりゃそうかも知んないけど………誰がチビだ、誰が」
フィンランドがムスッとした顔でアメリカを見た。ちなみにアメリカとロシアは、ロシアの方が若干背が高いもののさほど身長は変わらなかった。そのアメリカが言う。
「え?アイツと比べりゃみんなチビだろ?」
途端にフィンランドが爆発した。
「お前が言うなお前がぁ‼︎ 嫌味かよ!」
「えぇ⁉︎ フィンランド今日どうした…?そんなキャラだったっけ?」
「俺でもわかんねぇよ!」
「…………へ」
思わずアメリカは口元を歪めて笑った。寡黙なお前でもそんなことあるんだな、とは言わなかった。言ったら言ったで殴られそうだったからである。
アメリカについていくと、繁華街をちょっと脇道に逸れた、暗い路地のようなところに座り込んでいる二人の姿があった。二人とも談笑していたが、ロシアの方は建物の壁を背に寄りかかり、まだ苦しそうに荒い息をついていた。
アメリカが二人に声をかけた。
「ただいま!ロシア、水買ってきたけど……飲めそう?」
「あぁ、ありがとうアメリカ。一本もらって良いか?まだ口の中が気持ち悪くて……」
アメリカが中国同様、ロシアの隣に座り込んでペットボトルを渡した。キャップを開けるのに少々苦労しているロシアを見ながら、
「んー、顔色はさっきより良くなったかな。………ごめんな、俺が変なこと言ったから」
ロシアは首を振った。
「いや……俺の自業自得だから。お前が気にすることないぜ」
言いながら、アメリカに笑いかけようと顔を上げたロシアは、アメリカの後ろにフィンランドが立っていることに気づいた。
「あれ、フィンランド?久しぶり」
「……よォ」
ぶっきらぼうに返事したフィンランドはアメリカの隣に座り込んだ。少し見ないうちに、ロシアもまるきり青年の顔になっていたことに気づく。つくづく時の流れは早いものだと思ったが、そんな年寄りめいたことを無意識のうちに考えていた自分に苦笑した。
「アメリカ?えと……これは、どういう……」
突然の訪問者に、ロシアは困ったようにアメリカを見た。
「あぁ、フィンランド、ロシアのこと探してたんだってよ」
アメリカがそう言うと、フィンランドが頷き、
「探してたっていうか、まぁ言伝を頼まれてな」
「ことづて?俺に?」
「うん」
フィンランドはガンケースを抱え直すと、ロシアの顔をしっかりと見た。
「ロシア、お前が愛してやまない弟どもの一人が、お前のこと探してたぞ」
「え?」
少し皮肉混じりのその言葉を聞いた途端、そのことをちっとも気にするそぶりも見せずロシアは顔を輝かせた。
「もしかして……ウクライナか⁉︎ 」
「ご名答」
フィンランドが苦笑気味に答えた。
(本当にこいつ……弟たちのこと好きなんだな)
慌てたようにポケットからスマホを取り出し、電源をつけたロシアは「げ」と呟いて画面をスクロールした。
「どした?」
フィンランドが聞くと、
「ウクライナからの着信……全然気づけなかった。申し訳ないことしたな……」
スマホを両手で握りしめ、本当に申し訳なさそうに小さくなっているロシアを見てアメリカが声をかけた。
「ウクライナのとこ行ってやれば?フィンランド、ウクライナはどこにいるか分かってんだろ?」
「あぁ、まあ」
フィンランドが頷く。
「えと……待ち合わせ場所は、確かイタリアがやってる店のとこ。中で待ってるってさ」
「イタリアの店アルか?」
フィンランドの言葉に、中国が反応した。ちょっと考え込んでから手を打つ。
「あぁ、あの店!有名アルね。我も行ったが、なかなか美味しかったアル」
「中国が認めるって、相当美味しいんだな」
ロシアが目を見張った。それを聞いてアメリカも、
「イタリアの店なら俺も行ったことあるぜ!親父と行ったんだが、美味すぎて思わずがっついちまってマナーがなってないって怒られたわ」
「あははっ!アメリカとイギリスらしいな」
フィンランドが笑う。
「俺と親父らしいって何だよ………。そういやロシア、もう気分は大丈夫なのか?」
アメリカがロシアの顔を覗き込みながら聞くと、ロシアは、
「あぁ、おかげさまで」
片手に持った水を軽く振って、目元を緩めた。
「アメリカ、ありがとな」
「なんだ、素直なとこあんじゃん」
アメリカが笑いながら言う。「はぁ⁉︎ 」とまたもやキレ気味に返したロシアだったが、息急き切った途端に喉を抑えて咳き込んだので、中国に止められてしまった。
「ほらロシア、無茶はいけないアル」
「だってアメリカが……う〜……ウザイ……」
「はは、そんだけ怒鳴れんだからもう大丈夫そうだな」
アメリカが立ち上がる。
「じゃ、俺らはここでお別れかな。中国、行こうぜ。本当に元気になったら、俺のオススメの店連れてってやるよ、ロシア」
「ん、楽しみにしてる」
三人も立ち上がった。
「じゃな、ロシア、フィンランド」
「再见(さよなら)」
アメリカと中国は、手を振りながら歩いていった。
少しばかり微笑みながら無言で手を振りかえしたロシアは、フィンランドに向き直った。フィンランドがロシアに問う。
「で?イタリアの店の場所知ってんのか」
「もちろん。えと、あの坂下ったあと大通り行って、それで………」
上を見ながら指折り何かを数えていたロシアだったが、顔を顰めながらフィンランドに顔を戻した。
「やべ、何番目の角曲がるか忘れちまった」
フィンランドが苦笑した。
「しょうがねぇな、連れてってやるよ」
「まじ?さんきゅ」
二人は連れ立って歩き出した。
※日本では現在、銃の所持許可証とその免許を持っている人以外は銃に触れることも撃つことも禁止されています。なので作中のフィンさんのセリフは不適切ですね!!メタ発言失礼いたしました。
あと、更新遅くなってすみません
コメント
2件
毎度のことになってしまいますが…読んでくださってありがとうございます…‼︎すごくすごく嬉しいです!私も国を絡めるのは楽しかったし、補足まで感想頂けるなんて…💦本当にありがとうございます!
更新ありがとうございます!今回は明るい雰囲気でとても癒されました。 あまり見ない国同士の絡みが楽しかったです。あと補足のつけ方が好きです。 次回も楽しみにさせていただきます!