ちゃり。
鎖の金属と金属が触れ合う音。静寂に包まれた部屋に響き渡り空気と化して落ちた。鎖の下がる首枷を付けた「囚人」。彼は寝台の上で窓の外を静かに眺めている。僕には彼がその場を動こうとはしないように見えた。窓の外に凛と咲く薔薇や椿の低木。そのそばに存在を主張させるような木々。彼はそれらの後ろで見守る夜空をただ、眺めているだけのようだった。寝台の上でただ座る2人。
いつしか僕は聞いた。
「お前は息苦しくないのか?」
何となくで口から出た言葉であった。なんの意味もなく、なんの感情もなかった。当然彼は初めに驚いたように目を見開いた。痣で開きにくい彼の右目だけは唯一変わらなかったが。彼は少し笑って、こう言った。
「きっと発明がなかったら、息苦しいのかもね。」
頬をかきながら彼は確かにそう言った。
「囚人」は元天才発明家と呼ばれており、事故で記憶障害を患ってしまった、とだけ聞いていた。実際彼は僕から見て苦手な類に入る人間であったため最初は距離を置いていた。新しく来た3人組でビクターと共に彼とVAL組、と呼ばれた時には正直何故こんなやつと、とも思った。解読は早いけれど集中のし過ぎでハンターに気付かないし、チェイスだって少ししか持たない。けれど待ち時間や食堂で偶に見かける彼は本を読んだり機械を弄ったりと生き生きとしていた。その姿に関心に近い感情を抱いていた。そして後日僕は見ることになる。彼の苦い姿を。その日はちょうどVAL組で試合が入っていた。だが「囚人」がいつまで経っても来ないため、寝ているのではないかと僕とビクターで確認をしに行った。結果、彼は寝ていなかった。寝台から落ち、小さくなり頭を抱え独り言を呟いている。時折混ざる呻き声と涙で顔はぐちゃぐちゃに成り果てていた。それを見たビクターは焦った顔で医師を呼んでくるから見といてくれといい行ってしまった。見てくれ、と言っても勿論これ程まで苦しむ者に何をすれば良いのか僕が分かるはずもなく。戸惑う僕を尻目に、
「私の発明は完璧だ!理解などしない癖に、これ以上私の発明の邪魔をするな、クソッタレ!」
突如大声で彼はそう叫んだ。苛立ちと痛みの混ざりあった悲痛な叫び。頭を抱え涙を流す彼。それを見て何故か、可哀想に思えた。彼は、きっと、
「 」
嗚呼、そういえばあの時彼はなんて呟いたのだったかな。
結局あの後駆けつけたエミリーという医師とビクターによって「囚人」の暴走は終止符を打ったのだった。
未だに発明を遂げられることの出来ていない「囚人」。発明に打ち込むその様子は、まるで珍しい虫を慎重に眺めている健気な子供のようで。だからこそ脆く消えそうで。手を繋いでやりたかった。だけれど胸騒ぎがした。「囚人」に、ルカに触れたら彼が塵のようにふわりと空気に紛れて消えてしまうのではないかと、心配になった。未だ彼は窓の外から視線を離さない。横から見るルカの顔は美しく、儚い。
「君を土の中へと埋めて、守ることが出来たらどんなに幸せだろうか。」
ふと、呟いてしまった。無意識に口から出た言葉。ルカは驚いた顔をまたしていた。口が開く。
「私の発明が、完成しなかったとしても。心残りはきっと、ないさ。」
君に埋められるなら、私は。
ルカの言葉はそこで紡がれなくなった。月の仄かな明かりに照らされ、ゆっくり此方を向いて。そう、君は笑ったんだ。
コメント
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…ビクターが分かるように…VAL組が…キャラの過去が分かるようになってからまた読みたい ( ( 語彙力があることと神作だってことだけは分かるんだけどなぁ ()