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校庭の桜のつぼみが咲き始めて、
すっかり春らしくなってきた。
それに合わせて、私たちも進級で、
クラス表をドキドキしながら見ている。
「〇〇、何組やった?」
一緒に見ていたまなとが、少し不安そうな顔で聞いてくる。
『2組だった。まなとは?』
「今年も同じやね。おれも2組。」
その一言に、なぜか胸がほっとする。
でも――
安心していられたのは、ほんの一瞬で。
〈まなとくんと同じクラスになれた!〉
〈やった!まなとくんと同じだ!〉
遠くの女の子たちが、
嬉しそうに声を弾ませていて、その声がやけに耳に残る。
『まなと……。』
そう声をかけるけど、顔は見られなくて。
「どうしたん?また体調悪い?」
『ううん、やっぱなんでもない。
先、教室行ってるね。』
まなとがどう思われてたって、
わたしには関係ない。
ただの“幼なじみ”だから、
口を出すこともできない。
――なのに。
「なんで、こんなにいやなの……?」
胸の奥が、じわっと苦しくなる。
*
教室に向かう足取りが、少し重い。
廊下には、新しいクラスに浮かれている声が溢れていた。
さっき聞こえた女の子たちの声も、まだ耳の奥に残っている。
『……べつに、関係ないのに。』
自分に言い聞かせるみたいに、小さく呟く。
ただの幼なじみで、ずっと一緒にいただけ。
それだけの関係で、それ以上でも以下でもない。
――なのに。
教室の前で、足が止まる。
もし、まなとがあの子たちに囲まれて、
楽しそうに笑っていたら。
その輪の中に、自分の居場所がなかったら。
『……やだな。』
気づいた瞬間、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
今まで、こんなふうに思ったことなかったのに。
『……わたし、なんでこんな――』
そう考えているとき。
「〇〇、なにしてるん?」
後ろから聞こえた、聞き慣れた声。
びくっと肩が揺れて、ゆっくり振り返ると、
少しだけ息を切らしたまなとが立っていた。
「急に先行くとか言うし、声かけても振り向いてくれんから、追いかけてきた。」
当たり前みたいに、そう言って笑う。
その笑顔を見た瞬間、
さっきまでのざわざわした気持ちが、
少しだけほどけた気がした。
でも――。
『……なんで来たの。』
素直になれない言葉が、先に出る。
「え、来たらだめやった?」
困ったように笑うまなとに、
胸の奥がまた少しだけ痛くなる。
613
『……なんでもない。』
それ以上、なにも言えなくて。
逃げるみたいに、教室に入った。
*
結局、その日一日はずっとモヤモヤしたままで。
〈まなとくん、連絡先交換しない?〉
〈今年も部活続けるの?〉
その声に視線を向けると、
さっき教室の前で思い浮かべていた通りの光景が、 そのまま広がっていた。
『ごめん、いま充電なくて。
部活は続ける、かな。まだ決めてないけど。』
まなとは誰にでも優しくて、
そこがいいところだって、ちゃんとわかってる。
――わかってるのに。
『……わたしだけかと思ってた。』
誰にも聞こえないくらいの声で、そう呟く。
自分でも、意味がわからない。
でも、その場にいるのが苦しくて。
いつもは一緒に帰るのに
今日は、ひとりで帰ることにした。
*
家に近づいたところで、鞄の中から鍵を探す。
そのとき、ふと違和感に気づいた。
『……あれ、ない。』
スクールバッグにつけていた、ペンギンのキーホルダー。
いつもなら、少し落ち込むくらいで済むけど
『……うそでしょ。』
今回は、それだけじゃ済まなかった。
『まなとがくれた、おそろいのやつなのに……』
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「これ、あげる。」
そう言って差し出してきたのは、
ペンギンが赤色のハートを持っているキーホルダーだった。
『ありがとう、かわいいねこれ。』
「でしょ?ほら、おれも持ってる。」
まなとのは、ハートが青色で。
「おれもスクバにつけるから、〇〇もつけてね。」
少し照れたみたいに笑うその顔に、
断るなんて選択肢はなくて。
『……うん。』
小さく頷いたのを、覚えている。
⋆. ݁┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ݁.⋆
*
通ってきた道を戻りながら、何度も足元を見渡す。
でも、どこにも見当たらなくて。
気づけば、辺りは少しずつ暗くなっていた。
『どうしよう……。』
ただのキーホルダーのはずなのに。
なくしたって、また買えばいいはずなのに。
それでも――。
胸の奥が、じわじわと苦しくなる。
『……やだ。』
ぽつりと零れた言葉は、
さっきとは違う意味を持っていた。
夕焼けのチャイムが鳴って、
空の色がゆっくりと濃くなっていく。
遠くで、雷の音が小さく響いた。
ぽつり、と。
頬に、冷たいものが落ちる。
『……雨?』
見上げた空は、もうすっかり曇っていた。
『ほんと、ついてない……。』
そう思いながらも、探しに行く足は止められない。
どれだけ雨で濡れても、少し肌寒くても。
あのキーホルダーが見つからない方が、 いやだった。
まなとside
朝から、〇〇の様子がいつもと違うことに気づいていた。
『……なんでもない。』
そう言うくせに、いつもより素っ気なくて。
目が合っても、すぐに逸らされる。
――絶対、なんかある。
そう思いながらも、結局理由はわからないまま、時間だけが過ぎていった。
HRが終わって、帰ろうとしたとき。
〈まなとくん、連絡先交換しない?〉
「ごめん、いま充電なくて。」
そう言いながら、囲まれている隙間から〇〇の姿を探す。
でも――見当たらない。
さっきまで教室にいたはずなのに。
『……もう帰った、か。』
小さく呟いて、胸の奥がざわつく。
なんとなく、嫌な予感がして。
そのまま、急いで教室をあとにした。
*
家に帰る直前で、急に雨が降り出した。
少し濡れてしまって、そのまま風呂に入ろうとしたとき。
「……〇〇、さすがにもう家だよね。」
何気なく呟いたその一言が、妙に引っかかる。
胸の奥に、さっきの違和感が残ったままで。
拭いきれないまま、スマホを手に取る。
[今日いっしょに帰れなくてごめん。
もう家着いた?]
そうメッセージを送って、風呂場へ向かった。
*
風呂を出て、髪も乾かし終わって。
いつもならそのままベッドに倒れ込む時間なのに。
――まだ、既読がつかない。
画面を見つめたまま、指が止まる。
「……なんで。」
小さく呟く声に、焦りが混じる。
電話をかけようと思って、〇〇の名前に指を伸ばした、そのとき。
画面が切り替わって、男友達からの着信が表示される。
普段は連絡を取るけど、わざわざ電話してくるようなやつじゃない。
不思議に思いながらも、すぐに通話に出た。
「もしもし?どうした?」
〈あ、まなと?おまえさ、スクバにペンギンのキーホルダーつけてなかった?〉
突然の質問に、一瞬言葉が詰まる。
――それは、おれと〇〇がお揃いでつけてるやつ。
「つけてるけど……それがどうかした?」
〈いや、帰り道に落ちててさ。なんか見覚えあるなと思って、よく考えたらまなとのかなって。〉
言われて、自分のスクバに目をやる。
そこには、ちゃんといつものキーホルダーがついている。
その瞬間――
ひとつの考えが、頭の中で繋がる。
「……それ、ハートの色なに色?」
〈え?赤だけど。〉
その答えを聞いた瞬間、確信に変わった。
――〇〇のだ。
昼間の様子と、さっきの既読がつかないこと。
全部、一気に繋がる。
「今、家?」
〈いやもう遅いし、明日持ってくよ。〉
その言葉を聞きながら、もう体は動いていた。
スピーカーに切り替えて、急いで服を着替える。
気づけば、家の鍵を手にしている。
「いや、それ大事なやつで。」
少しだけ強い声が出る。
〈あ、そうなの?じゃあ待ってるわ。〉
その返事を最後まで聞ききる前に、通話を切っていた。
「……ごめん。」
小さく呟いて、ほとんど衝動みたいに家を飛び出す。
傘をさしながら、友達の家まで走る。
水たまりなんて気にする余裕もないくらい、
ただ前だけを見て足を動かしていた。
――なんでこんなに急いでるんだろ。
頭のどこかでそう思うのに、
足は止まろうとしない。
「……〇〇、」
小さく名前を呼びかけて、言葉が途切れる。
そのまま、誰に言うでもなく息を吐いて、さらに足を速めた。
雨は、さっきよりも強くなっていた。
*
友達の家に着いた頃には、息が上がっていた。
傘を差していたはずなのに、 服は所々濡れていて、 さっきまでどれだけ無理に走ってきたのかを自分でもようやく実感する。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「うわ、そんな急ぐ?」
呆れたように笑いながら、友達がキーホルダーを差し出してくる。
手のひらの上に乗せられたそれは、見慣れたペンギンで。
赤いハートを持った、小さなキーホルダー。
「……ありがとう。」
短く礼を言って、それを強く握る。
思っていたよりも冷たくて、
でも、その感触に触れた瞬間、張りつめていたものが少しだけ緩んだ気がした。
「そんな大事なやつなんだな。」
何気なく言われた一言に、少しだけ言葉が詰まる。
「……まあ。」
曖昧に返すけど、
その“理由”は、自分でもはっきりわかっていた。
これが、〇〇のものだから。
それだけで、こんなにも放っておけなかった。
「じゃあ、また。」
それ以上は何も言わずに、すぐにその場をあとにする。
*
少し歩き出したところで、ふと足を止める。
ポケットからスマホを取り出して、さっき送ったメッセージをもう一度開く。
でも―― まだ既読はついていない。
「……まだ外にいるかも。」
そんな考えが、ふいに頭をよぎる。
根拠なんてほとんどないのに、
その可能性だけがやけに現実味を帯びてくる。
気づけば、家に戻るはずだった足は、
自然と別の方向へ向いていた。
雨はさらに強くなっていて、
街灯の光が滲んでぼやけて見える。
足元なんて気にする余裕もなく、ただ前だけを見て進む。
「〇〇、こういうとき変に無理するから。」
小さく呟く。
探し物をしているときの〇〇は、見つかるまで絶対に諦めない。
それを、ずっとそばで見てきたからこそ、
変に確信があった。
「……ほんとにいたらどうしよ。」
半分は勘みたいなものなのに、
その想像が現実になりそうで、胸の奥がざわつき始める。
*
どれくらい走ったのか、もうわからない。
雨に紛れて、周りの気配も曖昧になっていく中で、 街灯の下に、見覚えのある影が立っていた。
一瞬、見間違いかと思う。
でも―― すぐにわかる。
「〇〇!!」
思わず名前を呼んで、駆け寄る。
近づくにつれて、はっきり見えてくるその姿。
制服も髪も濡れていて、
傘もささずに、その場に立ち尽くしている。
「なにしてんの、傘もささないで。」
そう言いながら、自然と傘を〇〇の方へ傾ける。
自分に降り注ぐ雨がやけに冷たくて、
こんな中にずっといたのかと思うと、胸の奥がざわつく。
『……ごめん、まなと。』
小さな声でそう言いながら、
今にも泣き出しそうな顔で見上げてくる。
「どうしたん、そんな顔して。」
思わず、手を伸ばして〇〇の身体を引き寄せる。
その瞬間、〇〇はおれの服をぎゅっと掴んで、顔をうずめてくる。
『キーホルダー、なくしちゃった……。』
抱きしめた身体は、思っていたよりずっと冷たくて。
その冷たさに、胸が締めつけられる。
「これやろ。」
ポケットからキーホルダーを取り出して、そっと見せる。
「友達がたまたま見つけてくれてた。」
できるだけ落ち着いた声で伝える。
それを見た瞬間、〇〇の身体から力が抜けた。
崩れかけた身体を支えた拍子に、手から傘が滑り落ちる。
地面に当たる鈍い音。
でも、そんなこと気にしてる余裕はなくて。
これ以上 〇〇が濡れないように、
覆うみたいに、さっきよりも強く抱き寄せる。
「……ほんとに、ばかやな。」
小さく呟く。
「キーホルダーくらい、また買えばいいのに。」
そう言いながらも、
「……こんなんでまた風邪ひくなよ。」
呆れたように笑う声の奥で、ほっとしている自分がいる。
『……なんで、来てくれたの。』
腕の中で、小さく聞こえる声。
答えは、もうわかっているはずなのに。
すぐには言葉にできない。
「……なんでだろ。」
少しだけ間を置いて、苦笑いみたいに息を吐く。
「気づいたら、走ってた。」
曖昧なままの答え。
それが逃げだってわかってるのに、
まだちゃんと名前をつける勇気がなかった。
でも――
腕の中にいる体温を感じて、
胸の奥が静かに熱を持っていく。
このまま、離したくないと思ってしまうくらいには。
〇〇side
雨が、少しずつ強くなっていく。
最初は気のせいかと思ったくらいの雨粒だったのに、
気づけば髪も制服もじんわり濡れていて、体の熱をゆっくり奪っていく。
それでも、その場から動けなかった。
『……どこいったの。』
足元を見つめながら、小さく呟く。
何度も通ってきた道を見返して、
同じところを何回も行き来しているのに、見つからない。
暗くなってきたせいで、視界も悪くなってきている。
それでも――
諦めるっていう選択肢だけは、どうしても浮かばなかった。
『……やだ。』
ぽつりとこぼれる。
ただのキーホルダーのはずなのに。
また同じものを買えばいいだけなのに。
それでも、どうしてもそれじゃだめで。
『あれじゃないと、やだ……。』
自分でも、何を言ってるのかわからない。
でも、胸の奥がずっと苦しくて。
あれをなくしたまま帰るなんて、できる気がしなかった。
ふと、ポケットの中でスマホが震える。
『……っ、』
一瞬だけ取り出そうとして、手が止まる。
画面を見なくても、なんとなくわかる気がした。
――まなと、かも。
そう思った瞬間、胸がぎゅっと締まる。
出たら、きっといつもみたいに話してしまう。
何もなかったみたいに、笑ってしまう。
それが、なんとなく嫌で。
『……いま、無理。』
小さく呟いて、スマホをポケットの奥に押し込む。
結局、そのまま画面を見ることはなかった。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。
どれくらいここにいるのかもわからない。
雨の音だけが、やけに大きく聞こえてくる。
そのとき――
「〇〇!!」
聞き慣れた声が、雨の中を突き抜けた。
びくっと肩が揺れて、顔を上げる。
『……まなと?』
視界の向こうから、走ってくる姿。
息を切らしながら、まっすぐこっちに向かってくる。
その瞬間、胸の奥にあったものが、一気に崩れる。
「なにしてんの、傘もささないで。」
少しだけ強い声。
でも、次の瞬間には、傘がこっちに傾けられていた。
その仕草が、いつも通りで。
なのに、どうしてか――
いつもよりずっと近く感じる。
『……ごめん、まなと。』
小さく呟くと、
まなとは少しだけ顔をしかめる。
「どうしたん、そんな顔して。」
その声を聞いた瞬間、
張りつめていたものが、ほどけてしまう。
気づけば、身体が勝手に動いていた。
まなとの服をぎゅっと掴んで、顔をうずめる。
『キーホルダー、なくしちゃった……。』
声が、少しだけ震える。
情けないと思うのに、止められなくて。
抱き寄せられた腕の中が、思っていたよりずっとあたたかい。
その温もりに触れた瞬間、
さっきまでの不安が一気に溢れそうになる。
「これやろ。」
頭のすぐ上から、まなとの声。
顔を上げると、手の中に見慣れたものがあった。
赤いハートを持った、ペンギンのキーホルダー。
『……え。』
一瞬、理解が追いつかない。
「友達がたまたま見つけてくれてた。」
その言葉が、ゆっくり頭に入ってくる。
『……うそ。』
思わず、手を伸ばす。
触れた瞬間、ちゃんとそこにある重さ。
なくしたはずのものが、戻ってきた実感。
『……よかった。』
力が抜けて、その場に崩れそうになる。
支えられているのも気づかないくらい、安心してしまう。
どこかで、もう戻ってこないかもしれないって思っていたから。
気づけば、視界が少し滲んでいた。
「……ほんとに、ばか。」
少し呆れた声。
でも、その言葉の奥にある優しさが、ちゃんと伝わる。
「キーホルダーくらい、また買えばいいのに。」
その言葉に、少しだけ顔をしかめる。
『……やだよ。』
思わず、すぐに返してしまう。
『あれじゃないと、やだ。』
自分でも驚くくらい、はっきりした声。
まなとが少しだけ黙るのがわかる。
『……だって、まなとがくれたやつだし。』
小さく、続ける。
『おそろいで……』
言葉が少しだけ弱くなる。
でも、それでも。
『……なくしたくなかった。』
ちゃんと、最後まで言い切る。
少しの沈黙。
雨の音だけが、二人の間に落ちる。
その中で、まなとの腕の力が少しだけ強くなるのがわかった。
『……なんで、来てくれたの。』
小さく聞く。
答えなんて、わからないのに。
でも、聞かずにはいられなかった。
「……なんでだろ。」
少しだけ間を置いた声。
「気づいたら、走ってた。」
曖昧な答え。
でも、その言葉の重さは、ちゃんと伝わってくる。
――ああ、って思う。
この人も、同じなんだって。
理由なんてはっきりしてないのに、
それでも動いてしまうくらいには。
『……ばか。』
小さく呟く。
でも、その声はさっきよりも少しだけ柔らかくて。
胸の奥にあった苦しさが、
少しずつ別のものに変わっていく。
抱きしめられている距離が、
前よりもずっと近くて。
その近さを、もう手放したくないと思ってしまうくらいには――
気持ちは、はっきりしてきていた。
まなとside
*
雨はまだ止む気配はなかった。
むしろさっきよりも強くなっていて、
アスファルトに当たる音がはっきり聞こえる。
腕の中にいる〇〇の体温は、少しづつ戻ってきているはずなのに、
それでもまだ冷たい気がして、なかなか離す気になれない。
「とりあえず、これ着て。」
少しだけ身体を離して、そう言う。
『……え?』
きょとんとした顔のまま見上げてくる〇〇に、
軽くため息をつく。
「そのままじゃ普通に風邪ひくやろ。」
そう言いながら、着ていたパーカーのジップを下ろす。
雨で少しは濡れてるけど、
そのままでいるよりはマシだと思って、無理やりにでも着せようとする。
『でも、まなとが寒くなっちゃうよ。』
少しだけ抵抗する声。
「いいから。」
間を置かずに返して、〇〇の腕を軽く引く。
「ほら、じっとして。」
半ば強引にパーカーを脱いで、〇〇の肩にかける。
そのまま腕を通させて、前を引き寄せる。
距離が自然と近くなる。
濡れた髪が頬にかかっていて、
思わずそれを指でよけそうになって、ぎりぎりで止める。
「……ほんと、無防備。」
小さく呟いて、視線を逸らす。
ジップを上まで閉めると、〇〇の身体がすっぽり収まる。
少し大きめのサイズだから、余計にそう見える。
『…ありがとう。』
小さく、でもちゃんと届く声。
その言い方がやけに素直で。
なんか、調子狂う。
「気にせんで。」
軽く返事して、視線を外す。
その姿を見ていると、変に意識してしまう自分がいる。
『あったかい…。』
ぽつりと呟く声。
それがパーカーのことなのか、
それとも――別の意味なのか、わからなくて。
「それならよかった。」
軽く流すけど、心臓の音は少しうるさい。
*
そのまま、なにか口にすることもなく、
隣を歩く〇〇の歩幅に合わせて、ゆっくりと家までの道を辿る。
雨上がりの空気は少し冷たくて、
さっきまで降っていたはずなのに、 もう音はどこにも残っていなかった。
隣にいるはずなのに、妙に遠く感じるその距離が、 やけに落ち着かなくて、何度も視線を逸らした。
「風邪ひくから、帰ったらすぐお風呂入るんだよ。」
〇〇の家の前に着いて、
やっと見つけたみたいに、言葉をひとつ落とす。
『わかってるよ。まなとも、風邪ひかないでね。』
そう言って、少しだけ俯いたあと、
ためらうように、でも確かに続けた。
『……まなといないと、やだから。』
一瞬、時間が止まった気がした。
心臓の音だけがやけに大きくて、
その一言が、頭の中で何度も反響する。
「……なにそれ。」
気づかれないように、軽く笑ってごまかしながらも、 それでも声はほんの少しだけ揺れていた。
「そんなん、おれもおなじだから。」
これ以上、踏み込んだらきっと戻れなくなる。
そんな予感だけが、やけにリアルで。
「……ほら、寒いんだから家入りな。」
そう言って、ためらいがちに、
ほんの少しだけ〇〇の背中に触れて、家の中へと促す。
『……ほんとありがと。パーカー、洗って返すね。』
その言葉に、少しだけ間を置いてから、
「いつでもいいから。……じゃあ、また明日。」
できるだけいつも通りに、軽く手を振る。
『おやすみ。』
小さく笑って、扉の向こうに消えていく背中を、 なぜか目が離せなかった。
ドアが閉まる音がしても、
しばらくその場から動けなくて。
ポケットの中で握った手が、
さっきよりも少しだけ冷えていることに気づく。
「……ほんと、いつまでこの関係、続けんやろ。」
ぽつりとこぼした言葉は、
誰に届くわけでもなく、夜に溶けていく。
“幼なじみ”なんて、都合のいい名前で繋がれてるだけで。
本当は、とっくに気づいてるくせに。
「あんなこと言われたら……もう、むりやろ。」
自嘲気味に笑って、視線を空に向ける。
さっきまで曇っていたはずの空の隙間から、
わずかにのぞいた月が、
やけに眩しく見えた____。