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「廻るは輪廻、果たすは天命」
眩しい朝日が降り注ぐ中、その人は長い髪をいたずらな風に遊ばせながら振り返った。
「して、お前は何を天命とする」
俺は_。
目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。カーテンの隙間から漏れた朝日が顔にかかって眩しい。
起き上がって先程までの夢を思い出そうとするが、イメージは霧のように掴もうとしては消えていく。やがてその面影すらも思い出せなくなり、諦めてゆっくりとベッドから降りた。
「はーい静かにしろー」
先生が入ってきたことで騒がしかったクラスが一気にしんと静まる。 先生はちらちらと扉を気にしながらもいつも通りに出欠を取った。
先生の様子がどこかおかしいことを不思議に思ったが、その疑問はすぐに解決されることになる。
「えーと、今日からうちのクラスに加わる転校生を紹介します。はい、入ってー」
静まっていたクラスがにわかに騒がしくなる。そんな中するりと一人の男が教室に入ってきた。
(……?)
デジャヴ…というのだったか。何故だか俺はその男に会ったことがある気がして、しかしそんなことは全く身に覚えがないため、俺はじっとその男の顔を見つめて記憶を探っていた。
その時、ふと視線がかち合った。
「あ…」
気まず。そう思った瞬間、男は目をこれでもかと見開き大きく口を開けて…そして何も言わずにさっと閉じた。そのままそそくさと割り振られた自分の席へと座り、それからはこちらには一瞥もくれなかった。
何なのだろう。もしかして、本当に昔どこかで会ったことがあるのだろうか。いや、そんなことよりも気になることがある。
(俺を見て、怯えていた?)
…まさかな。
「ここが音楽室。吹奏楽部とかがよく使ってるけど、俺達はほぼ使わない」
「…あ、うん」
「………」
「………」
いや、気まずい。
昼休みに先生に呼び出されたのはどうせ寝るくらいしかすることがなかったのでまだ良いとして、何故俺に転校生の案内をさせる。俺達(というか転校生)は目が合っただけであんなに様子がおかしくなっていたというのに…。薄々感じていたがやはり、あの先生はどうにも空気が読めないようだ。
ちらりと転校生の方を見ると、彼は俯きながら静かに歩いていた。時折こちらを見て何かを言いかけるが、その度俺と目が合いふいと顔をそらしてしまう。何か言おうとしてるのに何が言いたいのかわからないって、思っていた以上に焦れったい。仕方がない。俺からアクションを起こすしかない。
「それにしても、顔めっちゃ綺麗だね。背も高いし。イケメンってよく言われない?」
「え…」
そらされていた顔がぽかんとした表情でこちらを向いた。よし、作戦成功。続けよう。
「可愛いとか格好いいとかより、綺麗って感じ。格好いいけど」
「……ふふっ、どっちだよ」
あ、笑った。咄嗟に出た言葉だったけど、やっぱり綺麗だ。
彼ははにかみながら続けた。
「ごめん、実はちょっと緊張しててさ。ありがとう。そっちも格好いいよね。背なんて俺よりも高いし」
「…ありがとう」
緊張、だなんて嘘だと思った。でも、追求する理由もなかったから気づかないふりをした。
そうやって、俺達はちょっぴり仲良くなった。
僅かな灯りだけが照らす薄暗い部屋の中、その男は口元を押さえて蹲っていた。
「…あぁ、いたのか」
こちらに気付いて無理に作ったとすぐに分かるような笑顔を浮かべる。
「情けない所を見せてしまったな。これしきのことで、揺らぐわけにはいかないのに…」
項垂れた拍子に微かな鉄の匂いがふわりと男から香った。
「俺の天命を果たすために。俺は、もっと強くあらねばならない」
その男は、決意の宿った瞳をしていた。
目を開くと、やはりそこは自室のベッドだった。
何か夢を見ていた気がするが、その内容はさっぱり思い出せない。 気になりもするが、所詮は夢。いちいち気にして考えすぎるのも馬鹿らしい。第一、思い出した所で何があるわけでもない。この世には予知夢も何もないのだ。
夢は記憶の集合体でしかないのだから。
「次、移動教室だけど場所分かる?」
「ん?あー…ごめん、分かんない」
「いや、この学校入り組んでるし、一発で覚えられたら俺の立つ瀬無い。一緒に行こうぜ」
「あはは、ありがとう」
転校生は至って普通に俺に接するようになった。昨日、家に帰ってから彼なりに折り合いをつけたのだろう。俺達は無事にぎこちないながらも友人と呼べるような関係に落ち着いた。良かった。
次の教室へ移動するため階段を上っていると、向こうから忘れ物をしたクラスメイトが慌てて駆け下りて来た。俺はさっと避けたが、彼の肩と避け遅れた転校生の肩がぶつかった。ぐらりと転校生の体が揺れる。
(あ)
考えるより先に体が動いて、俺は転校生を抱きしめながら階段を転げ落ちた。どこかで頭を打った気がする。頭だけでなく全身も痛い。
少しずつ靄がかかっていく思考の中、転校生の驚いたような、悲しそうな、そんな顔が瞳いっぱいに映し出され、俺はしみじみと彼が無事でよかったと思った。
「…どうして」
その男は呆然としてこちらを見上げていた。
「どうしてお前がこんなこと…」
むせ返るような鉄の匂い。男の頬を伝う涙が床に広がる朱の中に混じっていった。
その顔は。そうだ、貴方は_。
目を開くと自室…ではなく、保健室のベッドだった。確か俺は、階段から落ちて…。
「あ!起きた!…良かった」
声のする方に顔を向けると、側の椅子に腰掛けた転校生が笑っていた。そしてすぐに暗い表情になり、がばりと頭を下げた。
「ごめん!俺を庇ったあまりに…」
「いや、飛び出したのは俺だし」
「でも…」
「君が無事だったのなら、いいよ」
「…君って本当に…」
ぼそりと呟いて彼は気の抜けた笑顔で続けた。
「今から変なこと言うけど、なんか、君に似てるんだよ。前世の俺を殺した人。でも勘違いだったみたいだ。変な態度取ってごめん」
俺もにこりと笑って返す。
「いや、全然。それ俺だし」
保健室の時がぴたりと止まった。
「…は?」
「だから、前世の君を殺したのは俺。さっきの衝撃で思い出したみたい」
呆然とした顔で口をはくはくとさせていた彼は、俺の言葉が進むに連れて段々とその瞳に怒気を帯びさせていった。
「…どうして、俺を殺した?お前だって知っていただろう、俺の天命を。天下統一はもうすぐだったのに、それなのに、どうして…」
凪いだ心の導くまま、あの日告げなかった言葉を告げる。
「俺の天命は、貴方の命を廻らすことだったから」
平和のために天下統一を目指し、人を傷付ければ同じ程傷付くような優しい人。貴方にあの世は似合わないから。だから平和な世に廻って欲しかった。
「…そんなこと、俺は望んでいない」
「知ってる。だから、これは天命って言ってるだけの単なるエゴでしかないんだ」
昔の口調からいち早く抜けた俺に彼は複雑そうな視線を向ける。
「今世でも、殺すのか?…俺を」
「いいや?ここは平和だからな。好きなだけ好きに生きてくれれば、それでいい」
貴方が大切だからこそ、貴方にただ幸せになってほしい。俺のしたことはただのエゴに過ぎないのだろうけど、そんなエゴこそがきっと恋というものなのだろう。
どうかこの身勝手なラブコールが貴方に届きませんように。