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水白
殺人パロ
「祝福は、いつも最後に壊れる」
血の匂いが、好きだと思ったことは一度もない。
ただ、求めてしまう衝動が、僕の中に棲みついているだけだ。
それは獣のようで、神罰のようで、どうしようもなく――僕自身だった。
「……今日も、抑えられたな」
夜明け前の部屋で、初兎(しょう)はそう呟いた。
窓の外は薄く青く、世界は何事もなかったように回り続けている。
ベッドの端に腰掛けたまま、拳を強く握る。
爪が掌に食い込み、赤い線が残るほどに。
これくらいで済むなら、安いもんや。
そう言い聞かせるのが、もう癖になっていた。
初兎には、殺したい衝動がある。
理由はわからない。
生まれつきなのか、呪いなのか、神の気まぐれなのか。
ただ一つ、はっきりしていることがあった。
――この衝動は、愛する人を殺さなければ、いずれ暴走する。
誰か知らない人間では、意味がない。
嫌いな人間でも、足りない。
「愛している」と心から思える相手を、自分の手で殺すこと。
それだけが、衝動を鎮める唯一の方法だった。
「……ほんま、最低やな。僕」
鏡に映る自分は、穏やかな顔をしている。
関西弁で冗談を言って、よく笑って、人当たりもいい。
誰も、知らない。
この身体の奥に、殺意が祈りのように沈んでいることを。
「しょう、おはよう」
キッチンから聞こえた声に、初兎は息を呑んだ。
「……おはよ、いむ」
振り向けば、いむ――仏(ほとけ)が、眠たそうに目を擦りながら立っている。
白いシャツ、少し乱れた髪、無防備な表情。
この人を、愛している。
疑いようもなく、確かに。
「昨日、また遅かったね。大丈夫?」
「んー、ちょっとな。でも平気や」
嘘だ。
昨夜も、衝動が喉元まで迫ってきていた。
誰かを殺したい、というより――
壊したい。奪いたい。終わらせたい。
その衝動を抑えるために、初兎は自分の腕にナイフを当てていた。
血が流れると、少しだけ落ち着くから。
でも、それは延命措置でしかない。
「無理しないで。しょうが壊れたら、僕、嫌だよ」
その言葉が、胸に刺さる。
「……優しすぎやろ」
苦笑して言えば、いむは首を傾げた。
「好きな人に優しくするのは、普通でしょ?」
――ああ。
だから、あかんのや。
この人は、何も知らない。
自分がどれほど危険な存在かも。
どれほど、殺す条件を完璧に満たしているかも。
昼下がり、二人は並んで歩いていた。
他愛もない話。
天気のこと、夕飯のこと、くだらないテレビ番組の話。
いむが笑うたび、初兎の胸は締め付けられる。
奪いたくない。殺したくない。
それが本音だった。
けれど、同時に――
いむ以外を殺す未来が、もう見えなくなっている自分も、確かにいた。
「ねえ、しょう」
「ん?」
「僕さ、こうやって一緒にいる時間が、ずっと続けばいいなって思う」
足が止まる。
「……急になんやねん」
「急じゃないよ。ずっと思ってた」
いむは、少し照れたように笑った。
「しょうが隣にいない未来、想像できないんだ」
――やめてくれ。
そんな言葉を、向けないでくれ。
祝福みたいな言葉は、呪いになる。
初兎は、無理やり笑って答えた。
「……重たいなぁ。でも、悪ないわ」
本心を隠すのは、得意だった。
夜。
眠れない初兎は、天井を見つめていた。
隣で眠るいむの寝息が、やけに大きく聞こえる。
胸の奥が、ざわつく。
心臓の鼓動が、殺せ、と刻み始める。
「……まだ、や」
小さく呟いて、目を閉じる。
まだ耐えられる。
まだ、我慢できる。
でも――
この衝動が完全に目覚めたとき、
自分は、いむを守れるのか。
それとも――
一番美しく壊してしまうのか。
答えは、神ですら知らない。
ただ一つ確かなのは。
祝福は、いつも最後に壊れる。
そして初兎は、
それを壊す役目を、最初から与えられていた。