テラーノベル
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―こんにちは。
――はい。今日はあの件についてですよね。
―出来るだけ答えられることは、お話しします。
彼は明るい人でした。
辛いことがあっても態度に表さないようなそんな。
口癖は「沙也夏」。お恥ずかしながら私の名前です。
ずっと私の名前を口にしていました。
まさかあんなことになるなんて。
――はい。大好きでした。愛していたんです。
ずっと一緒にいたくて。
でも私、おかしいんです。
彼の顔が思い出せないんです。
少し垂れ目で、八重歯が左にだけ見えていて、あと。
私を見つめるとき眉が少し下がっていて。
他にも、照れると頬を膨らますんです。
可愛いですよね。大好きでした。
でも、思い出せないんです。
彼の顔が。
――あぁ。あの件についてですよね。
すみません。思い出話が長くなりましたね。
――。
あの日の夜、私は家にいました。
そしたら電話が――。
すみません。すぐに泣いて。
でもごめんなさい。まだ彼が亡くなって2週間で。
なんともない顔で帰ってくるんじゃないかって。
思うんです。
「―彼はもう帰ってきませんよ。」
分かっています。
「彼だって泣いてほしくないでしょ。」
分かってます。
「貴女が泣いていると彼も悲しいと思います。」
分かってるって、言ってるじゃないですか。
沙也夏の額に汗が走る。
私だって分かってます。
彼は、春来はもう帰ってこないって。
分かってるのに。なんでそんなことを言うの。
沙也夏の前に座るのは一人の男性。
沙也夏の目を見て目を細める。
「貴女が笑ってくれたらきっと嬉しいと思います。」
男の笑った顔は困ったようで。
見えた口には八重歯が覗いている。
沙也夏は続けて語る。
春来は事故死だって。
春来は足を骨折していたから、駅の階段を
踏み外して――。
一緒にいるって約束したのに。
私の名前を呼ぶ春来が大好きなのに。
もう、会えないなんて。
沙也夏の瞳から涙がこぼれる。
男は困ったように笑った。
「ねぇ。貴女が泣いていると胸が痛いんです。」
男は少し垂れた目に涙をためて、沙也夏を見つめて
眉を下げた。
沙也夏はうずくまって泣いている。
「――ごめんね。約束守れなくて。」
沙也夏はゆっくりと視線を上げた。
「こんな僕でも君の名前を呼んでも良い?」
沙也夏はよりいっそう涙を流した。
――春来?
「うん。」
――ずっと会いたかった。
「――うん。」
――ねぇ。私の名前を呼んで?
「――沙也夏。愛してるよ。」
――うん。うん。
沙也夏は笑った。そして目を細めて。
そのまま目を閉じ眠った。
「沙也夏。もう起きる時間だよ。」
真っ暗な暗い部屋。
一人の男、春来が一人、椅子に座った。
「――沙也夏。会いたいよ。」
春来の瞳から涙が止まらなかった。
また彼女の名前を呼びたい。
そう真っ暗な天井に呼び掛けた。
雑音が耳を触る。
話し声?いや違う。蝉の声か。
目を開けてみると畳と長く伸びた黒い髪が目に写った。
「―春来?」
いつも隣にいるはずの彼の名前を呼んだ。
誰もいなかった。
その代わりに目の前に広がるのは1本のちぎれた
ロープ。
「――なんでよ。なんで?」
沙也夏の瞳から涙がこぼれる。
一人きりの部屋。明るく光が入る。
そこで沙也夏は並べられた2つの椅子に座った。
隣に誰も座っていないのに。
彼の名前を呼んでしまった。
「――春来。愛してるよ。」
赤く腫れあがった瞳と首に痛々しく残るロープのあとが残酷に淡々と沙也夏を縛って離さない。
「ねぇ。春来。会いたいよ。」
涙が流れた。
もう、誰の涙か分からなかった。
コメント
1件
うわっ……ちょっと待って、これ1話で完結してるの!?😭💕 沙也夏の「会いたいよ」に、春来の「会いたいよ」が重なったラスト、心臓ぎゅってなった……。 最初はインタビュー形式で冷静なのに、どんどん感情が溢れて、最後の「愛してるよ」の連呼が切なすぎるよ。 「私の名前を呼んで?」って懇願するシーン、もうダメだった……。読後感がずしりと重いけど、それだけ愛が深かったってことだよね。 とーとさんの文章、雰囲気作るの上手すぎる!!次も読みたいけど、これで終わりなのが寂しいよ……😢💔