東雲の未だ朝霧が辺り一面に留まる中、靄を切り裂いて、残り後僅か数センチと思われる俺の頬の直ぐ横を、ボヒュンと唐突に双薙刀の切っ先が空を切る。
攻撃はそれを切っ掛けとし、連撃を生む。更に小柄な身体を回転させ加速度を増し、隙を与える暇など無い程に、のべつ幕無しの如く、幾度も刃が降り掛かる。
「くっ‼ 」
足場が揺れ、直刀の忍刀《しのびがたな》では、その連撃の重さに耐え得る事が出来ず、堪らずに後ろに飛び、回避と同時に左腕に仕込んだ機構式射出連弩《アームバレット》を対象に向けて放つ。バレットから一度に射出された100を数える細く鋭い麻痺針は、円錐状に拡散し獲物を捕らえようと包み込む。
―――伏線は張った……
双薙刀を身体の中心で構え、回転させ、迫り来る矢針を弾く、その中心点目掛け鎖分銅を投げつける―――
―――――⁉
ガシャンと分銅が双薙刀の中心に絡みつく……
(お前の大事な得物《武器》だ、お願いだから離さずにいてくれよ)
森の木々の枝に、格子状に張られた縄の上、地上高10m弱。不意に落下すれば無傷では済まないこの落差を、鎖を手綱に飛び降りる。ビンッ!と鎖が張力を生んだ所で手を離し、着地に備え受け身を取ると、上では急な鎖の緩急に耐え切れず、バランスを崩して奴が落下してくる。
(まぁ、当然無傷だろう)
落下地点に向け、間髪を容れず忍刀を投げ追撃する。同時に全力で土を蹴り、間合いを制する為に霧の中に飛び込む。右手の拳を握り手首を捻るとシャキンと鈍い金属音を奏で手甲から長鉤爪が顔を出す。
(此処で仕留める…… )
空気が揺れた―――⁉
―――何か来る……
勢いのついた身体の体軸をずらし横に飛ぶ、その刹那!! 俺が居たそこに薄靄の中から銀色の円月大輪《チャクラム》が地を這い土を舞い上げ躍り出る。
ギャギャギャン――――!!
逆回転を与えられ放たれたそれは、速度を変えず主の元へと消えてゆく。風向きが変わり風下に変わる不利な状況…… 相手の攻撃には全て風が乗る。
霧が流され…… ようやく視界が広がった。
奴は周りを疾駆する二枚の円月大輪を鞭で回転を与え操っている。どうやら落下と同時に双薙刀は手放したようだ。俺の奇襲が功を奏したのか左腕をだらんと下げ血が滴り落ちている。俺はバレットの弾倉を装填し、決着を付けるべく走り出したその直後、
相手の足元に風が舞う―――
「神息《いぶき》⁉ 」
―――挟撃の幻影か⁉……
ズラララと円月大輪が4枚となり地上から空からと迫り来る。地上の1枚に長鉤爪を当て、方向を狂わせ、咄嗟にその場に身を投げ遣り過ごす。
《ヒュンッ》
――――⁉ 「ぐッ」
ギュイと首に鞭が絡みつき縛り上げられる。一瞬の不覚‼ 既に此の距離まで詰めて来ていたとは……
「くそ‼ 」
俺は短剣を腰から抜き必死に鞭を切断しようとする。動脈を絞り上げられ意識が遠のく…… 視界の片隅に、外周を廻り円月大輪が弧を描き戻ってくるのが見える。
―――躱せない……!!
ガガガンと音が響き渡り、円月大輪が事も無げに弾け飛んだ―――
「双方そこまでじゃ」
老人が現れ終わりを告げる。
俺は「ごほっごほっ」と噎せ返りその場でへたり込んだ。
建付けの悪い木製の扉を開け、ミシリと床の鳴る小さな薄暗い部屋に入っていく。湯の張った桶をエマの側に置き、腰を掛け、湯に躍らせた汗拭きを絞り手渡す。
「痛むか? 」
俺の問いに変わらぬ表情で、猫のぬいぐるみ抱き、真っ直ぐな瞳で見詰め返す。答えが帰ってこない事は知っていた。怪我は掠り傷で済んだのが幸いで、大事には至らなかった。
「すまなかった…… 」
俺は少しばかり顔を伏せると、エマの温かい手が首元に優しく触れる。
俺の首にははっきりと絞められた跡が残ってる……
(痛み分けという事か? )
「あぁそうだな、今度はお手柔らかに頼むよ」
【死合い】とは
文字通り、相手の命を絶つまで続けられる戦い。此処、秘密の園《ガーデン》と呼ばれる養成施設内で行われていた選別試験の総称だ。当時、徒弟《とてい》の数は数百を超え、大勢の者達が此処でフィダーイ《アサシン》に成るべく教育を施された。だが、暗殺者としての才を見出される者はほんの一握りで、残りは口封じの為、死合いと云う大義名分を通して切り捨てられていった。
力無き者から死んでゆく……
「今はほれ、お前さん一人きりじゃからな切り捨てる訳にもいかんしの、エマは儂の可愛い娘じゃからなるべく怪我はさせたくないしのぅ」
(こんな子煩悩なじいさんがそんな施設の統率者だったなんてな…… )
施設の場所は極秘とされ、此処に来る者は頭を麻布で被われ、故意に眠りに落とされ招かれる。この場から巣立つ時も同じように、気が付くと、そこは見知らぬ街中なのだそうだ。秘密の園《ガーデン》の存在は秘密裏に処理をされ今は閉鎖された施設となっている。
そう、この場所は誰の記憶にも無い、存在してはならない場所なのだ。
生活拠点の母屋からエマと二人、鬱蒼と茂る森を抜け、小さな小屋に辿り着く頃には、辺りは夜の帳に包まれていた。
小屋に入り中心に有る石釜に炭を焼べる。釜の上には大小の香花石が敷き詰められ、熱して水を掛ける事により熱蒸気を発生する。
仄暗い八角形の部屋の内部は壁に沿って椅子が配置されており、何処に腰掛けても部屋の中心で視線が合うようになっている。
俺は部屋の角に4つ程ある陶磁器製の香炉に火を落とし阿芙蓉《あふよう》を焚き、砂時計を釜の近くに置いた。阿芙蓉とは【阿片《アヘン》】とも呼ばれる。一年草の植物、芥子《ケシ》の実から採取される果汁を乾燥させたもので麻薬の一種である。
阿片は中枢神経を麻痺させ精神に干渉する。幻聴、幻覚、混濁、催眠、多幸感、至福感、恍惚感を簡単に得る事ができ、快楽に浸れる。又は鎮静作用や鎮痛、麻酔効果等も得られる事から、薬としても古くから使われてきた。
焼けた石に水を撒き水蒸気を立たせると、俺とエマはお互い肌着のみになり対角線上に腰掛け砂時計を見詰める。亜麻《アマ》で紡いだ肌着が汗で肌に張り付いた……
暫くすると身体の緊張感が薄れ視界がぼんやりとしてくる。砂が全て落ちると、知らずして激しい胸の高鳴りと高揚感に酔っていた……
クラクラしながら席を立ちエマに手を差し伸べ引き寄せる。エマの足がふらつく…… 咄嗟に腰に手を回し、唇と唇が触れそうな距離で囁いた。
「大丈夫か? 」
エマは頬を染め「はぁはぁ」と呼吸を荒げ苦しそうに悶える。如何わしい燻煙《くんえん》に惑わされ、薄暗い部屋に胸の鼓動だけが谺《こだま》すると、トロンとした瞳は俺を見上げ、透けた小さな谷間には汗が伝い消え落ちる。
すっかりその中身を露呈し、肌着の役割を成していないその薄布を、ゆっくりとお互いが剥ぎ取ってゆく淫靡で甘美な一時…… 二人誘惑に侵されてゆく。
1枚ずつ1枚ずつゆっくりと確実に…… エマを全裸にしてゆく。
蒸気が全身を濡らし艶めかしく桜色に高揚したエマの柔肌を月華が仄かに差し込み露わにする。忌み子は大きく脈を打ち、エマを求め志を固くする。
俺は毒飴を口に放り込み、エマと向き合い指を絡め合う。ピンク色の頂きの登頂は未だ先と、首筋に滴る汗を舌でゆっくりと味わいながら、濡れた唇を甘く噛み、舌先でねぶりながら誘い出す。
堪えきれずエマが手を強く握り、快楽を求め舌を絡ませる。互いの粘膜を犯し唾液を合わせ、俺は存分に行為を堪能する。同時に舌上に毒飴を口移し、理性を壊されたエマにもしゃぶらせる。
肌着を床に敷き、熱く滾った幼さ残る身体を優しく床に押し倒す。植物から抽出した粘度の高いオイルを、あられもない姿のエマにゆっくりと甚振る様にたっぷりと全身に落としてゆく。生唾を飲み込み、沸き上がる欲望が俺の脳を溶かしてゆく……
媚びを含み潤んだ瞳が、期待と不安を織り交ぜて、膨れ上がった情熱を下から熱く見詰める――――
俺は腰を落とし、足のつま先から脛へ、そして閉じた太腿と、じわじわとオイルを絡め滑らせてゆく、眉さえ動かなかった表情は、やがて恥じらいの少女の表情を浮かべ、更に情欲的な娼婦の様な表情へと変わる。
そしてとうとう自ら両手を添え、魅せ付ける様に全てを露わにし、幼き丘を滴り落ちたオイルが敷いた肌着に官能的な染みを作った。
箍が外れた二人の行為は、背徳感に塗れ終わる事を知らず、夜の闇にドロドロと互いを貪り合いながら溶けて行くのであった。
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