テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ダンジョン
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ヘリオスは差し出された木刀を受け取ると後方に下がり、シャインと少し距離を取る。
「……いいぜ、勝った方が真の国王だ。思えば兄貴と真剣勝負は初めてかもな」
不戦勝で王位を手に入れたヘリオスとしても、双子の兄であるシャインを力で打ち負かしてこそ真の国王を名乗れる。
城下町の真ん中の道路で突如として始まったシャインとヘリオスの戦い。民衆は二人の周囲を円形に囲む形となり見守っている。
そこへ軍服姿のヒナタが前に出てきて、木刀を構える二人の中間地点で足を止める。
「それでは私、サンディ国軍・副隊長ヒナタが審判を務めます。試合、始め!!」
ヒナタの合図と同時に動いた……のはヘリオスだけだった。力を込めて振り下ろされたヘリオスの刃をシャインは剣を斜めに構えて受け止める。
シャインは決して防御に徹しているわけではなく、先手の攻撃では仕留めない。相手の心も力も受け止めて流す、それがシャインの戦い方である。
「く、そ……なんてバカ力だ」
「ヘリオスよ。力だけではオレに勝てんぞ」
「いつもそうだ。兄だからって偉そうに!」
双子の兄弟とはいえ生まれた時間に大差はない。その僅かな差で王位継承権第二位となり見下されるヘリオスの心は歪んでしまっていた。
だがその真実は時間や立場の差ではない。シャインの強さは普段から鍛えていたという、単純に努力と積み重ねの差。そして雨女の加護がある。
勝負を見守っていたローサは急に辺りが暗くなった事に気付いて空を見上げる。
「え……雨雲……?」
今まで晴天だったのに、頭上には灰色の雨雲が流れ込んできて青空を侵食している。
やがてポツポツとした冷たさが肌と服の上にも染みてきたと思ったら、それはすぐに大雨となって人々と地面を濡らしていく。
人々は濡れているにも関わらず、空を仰いで歓喜の声を上げ始める。
「雨だ! 雨が降ったぞ!!」
「もっともっと降れ!!」
勝負の最中のヘリオスは戦いの手を止めて人々の歓声と雨に気を取られてしまう。
しかしシャインはその隙を見逃さない。濡れた地面に足を取られる事もなく、素早い動きでヘリオスの眼前に迫る。
「よそ見をするな、ヘリオス」
「あっ……!?」
シャインの強力な一太刀を防ごうと刀を斜めに構えるが、雨に濡れた手が滑った。シャインの刀を受け止めきれずに滑り落ちた木刀が地面に落ちて転がる。
ヘリオスは全身を使ってシャインの追い討ちを避けながら木刀を拾おうとする。その時、観客の誰かがヘリオス目がけて石を投げつけた。
(……なんだっ!?)
おそらくシャインを支持する者が投げたのだろう。ゴツゴツとした石は断面が鋭利で、皮膚に当たれば間違いなく負傷する。だがヘリオスはわざと動かずに避けなかった。
弾丸のような石はヘリオスの顔の横に当たると地面に落ちて跳ねる。ヘリオスのこめかみからは真っ赤な血が流れて雨と混じりながら地面に降り注ぐ。
「ヘリオス!!」
叫んだのはヘリオスの後方にいたローサだった。もしヘリオスが石を避けていればローサに当たっていた。
ローサが駆け寄ってヘリオスの胸に抱きつく。しかし今のヘリオスは茫然自失としていて雨の冷たさも、流れる血の色も、傷の痛みさえ認識していない。
シャインに勝てない悔しさよりも、国民からの攻撃を受けた傷の方が痛い。ヘリオスは胸の中に収まっているローサを抱きしめて自虐的に微笑した。
「ごめんな……オレ、兄貴に王位を返すよ。やっぱり王にはなれねぇ。かっこ悪ぃな」
「何言ってるの、王位なんて関係ありませんことよ! 私はヘリオスが何であろうと愛してますわ!」
審判役のヒナタが前に出て勝負の決着を宣言しようとするが、シャインが片腕を伸ばしてそれを制止した。
「この勝負はシャイン様の勝ちですよね……?」
「いや。この勝負に勝敗はない。ヘリオスのやつ、なかなかやるな」
シャインが褒めたのは力や剣術ではない。王ではなく男としての器と愛の大きさを見せたヘリオスの心だった。
愛し合うヘリオスとローサを微笑ましく見た後、空を見上げるといつの間にか雨は上がっている。
(あの雨雲はアメリア国の方向から流れてきた。レイニルの応援だな)
勝利の雨をもたらしたのは、遠い国から祈りを捧げるレイニルの能力だった。レイニルは雨女ではなく勝利の女神かもしれない。
そして奇跡の雨がシャインを勝利に導いた事により、国民の誰もがシャインを真の国王だと認めた。
負傷したヘリオスを送り届けるために兵士を何人か残すとシャインは馬に乗る。すっかり晴れた空の下で城下町の道の遥か先を真っ直ぐに見つめる。
「さて、行くか。アメリア国に向けて全軍進行!」
有言実行。今のシャインは国王ではなく隊長として進む事を貫く。サンディ国とアメリア国、そしてレイニルを救うために。
石造りの地下牢の中で座るレイニルは、石の冷たさとは別の冷えを足元に感じ始める。
石の床が湿り気を帯びて色濃くなっている。暗くて牢の外は目視できないが音で分かる。地上へと続く階段から大量の水が流れてきている。
(雨水が地下にまで……!!)
レイニルが立ち上がると、すぐに水は足が浸かるほどにまで浸水してきた。地下の排水溝では階段から滝のように流れ落ちる水量を逃がしきれずに溢れていく。
今は見張り番の兵もいなくて、おそらく地下牢にはレイニルしかいない。叫んだところで声は地上まで届かない。
……まさか、雨女の能力で自分が命を落とす事になるなんて。そんな絶望感で声すら出せない。
(シャイン、もう一度だけ会いたかった)
ゆっくりと水嵩は増していき、命の制限時間を示す砂時計のようにレイニルの膝下まで迫っていた。