テラーノベル
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祭りの後片付けを終え、出店した店の近くで五人での祝勝会が一段落した頃には、夜はすっかり更けていた。大学構内には、まだ冷めやらぬ熱気で、ふわふわした空気が漂っていた。
「――俺ら、飲み物買い出し行ってくるわ」
太智と舜太、柔太朗が連れ立ってコンビニへと向かい、その場には、仁人と勇斗の二人だけが残された。特に約束したわけでもなく、なんとなく、そういう流れになっただけだった。
勇斗はしばらく、何も言わずに夜空を見上げていた。
この夏、いくつもの小さな出来事と見知らぬ光景の感情が、胸の奥に積み重なっていた。
出会ったころから理由もなく助けたくなる衝動。占い師の、意味深な言葉。
虫の夜、頭を撫でた瞬間に見た、仁人の泣き顔と感情の記憶。
衣装を纏った仁人を見た時の、説明のつかない胸の疼き。
全部を一つずつ拾い集めていくうちに、勇斗はようやく、自分の中にあったものの名前に気づき始めていた。
(――ああ、そうか)
驚くほど、すとんと腑に落ちる感覚だった。
ずっと探し続けていたものが、最初から、すぐそばにあったのだと知るような。
ずっとわかっていたことだったのに、長いこと蓋をして閉じ込めていたと思えるような。
「仁人」
「何だよ、急に」
「前から、聞きたかったんだけど」
いつもの軽い調子ではない、少し緊張を含んだ静かな声だった。仁人が、思わず身構える。
その時、ぽつり、と頬に冷たいものが落ちた。
雨だった。
この夏、ほとんど降らなかった雨が、まるで示し合わせたように、二人の頭上にぽつりぽつりと落ち始めた。
「雨、久しぶりだな」
特に慌てる様子すらなく呆然と空を見上げる仁人の隣で、勇斗もまた、降り始めた雨に目を細めていた。
なぜだろう。この雨の匂いにも、肌を叩く冷たさにも、覚えのない懐かしさがある。
まるで、大切な言葉はいつもこうして雨の中で交わすものだったと、体のどこかが記憶しているかのように。
「――仁人。俺、多分、お前のことが好きだ」
飾らない、ただまっすぐな声だった。
「理由とか、うまく説明できないけど。ずっと前から、そうだったような気がする」
仁人は、しばらく何も言えなかった。
好きだと言われて、ただ純粋に嬉しいと思う自分と、同じくらい、怖いと思う自分がいた。
大切なものは、いつか失う。そんな、根拠のない確信が、胸の奥底に、ずっと澱のように沈んでいた。誰かのために全部を差し出して、それでも報われるとは限らない、結ばれるとは限らない―――そんな物語を、自分はなぜか、何度も何度も、繰り返し読んできた気がする。
けれど、目の前で降り始めた雨に濡れながら、まっすぐにこちらを見つめる勇斗を前にすると、そんな怖さよりも、ただ、この人と一緒にいたいという気持ちの方が、ずっと強かった。
今、声は出るだろうか。一番大切な君と、ちゃんと向き合って、ちゃんと自分の言葉と声で。
「――俺も」
小さく震える声で、けれど確かめるように、仁人はようやく言葉を紡いだ。
「俺も、多分、ずっと前から」
言い終わらないうちに、勇斗の腕が、そっと仁人を抱き寄せていた。雨に濡れた体温が、思いのほか温かかった。
「――なあ」
「何だよ」
「これ、前にもあった気がするの、俺だけ?」
「……俺も、同じこと思ってた」
どちらからともなく、小さく笑い合う。理由の分からないその懐かしさを、思い出すことも名前をつけることも、もう必要がない気がした。ただ、目の前に、腕の中に、大切な君が今いる。この瞬間が、途方もなく愛おしいということだけが、確かだった。
「おーい! 何二人でいい雰囲気になっとるん!」
そこに、傘も差さずに駆けてきた舜太の声が響いた。後ろから、柔太朗と太智も、慌てた様子でついてくる。
「ちょ、ちょっと、二人とも、びしょ濡れじゃない!」
「お??もしかしなくても、告白した? したよな? その空気、絶対そうやろ!」
雨の心配よりも先に空気を察知した太智からの問い詰めに、勇斗は照れくさそうに頭をかいた。
「――まあ、そんな感じ」
「ほら見ろ、俺の言った通りやんけ! 時間の問題やって、ずっと言うとったやろ!」
得意げに胸を張る太智に、仁人が呆れたように肩をすくめる。
「うるさい、いちいち報告する義理はない」
「――冷たっ!」
そんなやり取りに、全員が声を上げて笑った。
雨は止む気配もなく、むしろ本格的に降ってきた。
「宿舎まで、走ろ!」
音頭を取ったのは舜太だった。誰からともなく駆け出し、五人は、びしょ濡れのまま、夜のキャンパスを走り抜けていく。
「びしょびしょやん!」
「舜、荷物もっと持って!」
文句を言いながらも、柔太朗の顔は、誰よりも楽しそうに笑っていた。太智は太智で、前しか見ていなかったのか、案の定水たまりに足を突っ込んでいる。
完全に三人に出遅れた勇斗の隣に、少し遅れて仁人が並ぶ。
頬が濡れているのに、楽しそうに柔らかな笑みを浮かべている君を見れてよかった。
もう、一人で泣いていなくてよかった。
「なぁ」
「なに」
「来年も、こうやって、みんなでいような」
不意打ちのような言葉に、仁人は一瞬、目を丸くした。それから、雨粒を払うように頷き、小さく笑った。
「――うん、来年も」
宿舎に着く頃には、五人とも、全身ずぶ濡れになっていた。
玄関先で顔を見合わせて笑う五人は、来年も、その先も、ずっとこうしていられるような気がした。
夏はまだ、終わっていない。五人の出会いも、まだ、始まったばかりだった。
コメント
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るりさん、読ませていただきました!雨の中の告白、すごく素敵でした…。勇斗くんの飾らない「好きだ」という言葉と、仁人くんの「大切なものはいつか失う」という怖さ、その両方が丁寧に描かれていて、胸がぎゅっとなりました。それでも「一緒にいたい」と声に出す仁人くんの強さがとても印象的です。来年の約束、五人の笑い声、全部が優しくて、読後感がすごく温かいお話でした🌷
水虹ひにゃ@リムらないでほしい