TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
シェアするシェアする
報告する

「全く物好きよね。わざわざ報酬の少ない依頼ばかり受けるなんて」

「だってそれで困っている人がいたんだよ? 助けてあげたいじゃん」

「別にそれを否定するつもりはないけど……」


冒険者ギルドの外でみんなと合流した私はヒバナからの小言を受けながら街の外に向かって歩いていた。

この街でやることも全て終わったので、今日はこのまま別の街まで行く予定だ。行きたいところもあるし。


「ね、ねえユウヒちゃん」


袖がキュッと引っ張られたので振り返ると、さっきまで歩きながらずっと本を読んでいたはずのシズクがいた。

何かあったのだろうかと疑問に思いつつ、もじもじと何かを言おうと口を開いては閉じることを繰り返しているシズクが話しはじめるのを辛抱強く待つ。


「あ、あの、ね…………しいの……」


語尾にかけてどんどんと声が小さくなっていったので、何と言ったのか聞き取れなかった。

私が首を傾げたのを見て、シズクは目に見えて慌て出す。

だが段々と涙目になっていくシズクにヒバナが寄り添ってあげたことで、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


右手でヒバナの手をギュッと握るシズクは意を決したように私の目を見て、口を開く。


「ほ、本を買ってほしいのっ!」


なんてかわいらしいお願いだろうか、これには私も本を買ってあげたく――ならない。

別に意地悪で言っているわけではない、これには深い理由があるのだ。


「5日前に買ったのは?」

「も、もう全部読んじゃった……」


――そうか、全部読んじゃったか。

思わず頭を抱える。あれだけで数十冊あったはずなんだけどな。

シズクに対して私が抱える悩み、それは私たちの中で一番金遣いが荒いということだ。

かつてラモード王国でショコラにたくさん本を買ってもらってから読書にどハマりしたシズクだが、あの時に買ってもらった本――ざっと100冊以上を3週間くらいで読み切ってしまった。分厚くて重い本がたくさん含まれていたのにもかかわらずだ。

それでさっきのように新しい本をおねだりしてきたことがあったのだが、そこでもさらに豪快だった。


『こ、この棚の本を全部……』


私は耳を疑った。店員さんも3回くらい聞き直していた。

流石に100冊を超えることはなかったが、それでも合計金額がすごいことになって貯金を食い散らかされた。

そして10日も経たずに読破、5日前に追加で購入。お金がないことを伝えると少しは自重してくれたが、それでもギリギリの値段まで攻めてきた。

こういう時にズバッと言ってくれるはずのヒバナもシズク相手には非常に甘い。

コウカの代わりの剣を買ってあげたのが貯金を食い散らかされる前でよかったと切実に思う。


そして今回、持っていた本を全て読み終わったシズクがまた本が欲しいと言ってきている。

だが私も学んだのだ。今の私の頭の中には1つの妙案が浮かんでいた。


「はい、シズク。ヒバナも」


シズクとヒバナの手に1つずつ、麻袋を乗せる。

チャリ、と小気味良い音を立て、自らの手の上に乗せられた麻袋を2人は不思議そうに眺めている。


「これからは収入から必要な生活費と貯金に回す分を抜いた残りを全員で分配することにします。今、渡した分がみんなの自由に使っていいお金だよ」


コウカにも2人と同じようにお金が入った袋を渡しながら説明する。

ノドカは起きてからでもいいだろう。ダンゴとアンヤの分はしばらく私が管理しておく。

私の案とは実に単純なもので、みんなに自分のお金を持ってもらおうということだ。

そうすることである程度の生活は維持できるし、みんなに金銭感覚も養ってもらえる。なんて良い案なのだろうと自画自賛したくなる。

7等分するというのは計算が面倒くさいが、そこは生活費と貯金分の金額を調整すればいい。生活に余裕が出てくれば全体の割合を調整しても良いと思うし。


「ねえ、ひーちゃん。これだけあったらどれくらい買えるかな?」

「……多くても2冊くらいじゃない?」


シズクが膝から崩れ落ちた。

――可哀そうだが非情になれ、私。これもシズクの将来の為なのだ。

ヒバナの方は私の分配制度には文句がないらしく、シズクを慰めはするものの私に何かを要求してくることはなかった。

しかし――。


「別に使う予定もないし、私がもらったお金もシズが使って」

「ほんと……? ありがとっ、ひーちゃん!」


情熱的な抱擁を交わす2人。

やっぱりヒバナはシズクに甘い。ヒバナがそれでいいのなら私は何も言わないけど。


その後、シズクは本を3冊買って早速読み始めていた。

――このペースだとまたすぐに読みきっちゃうんだろうなぁ。







「次はアエスの街、でしたか」

「うん。教会もあるみたいだから少しだけ寄って、それから休もうか」


街道を移動しながら、次の街についてコウカと話す。

ミンネ聖教の教会には毎回寄るように言われているので、その用事を済ませて今日は休むつもりだ。

――街に着く頃には日も傾いているだろうし、まだ宿が残ってくれていると嬉しいんだけど。


「お姉さま~、誰か~襲われていますよ~?」


シャワー付きの宿が残っていればいいな、などと考えながら歩いていると眠っていたはずのノドカがのんびりとした口調で何かを言った。


「襲われているって……どこで、何に!?」


振り返りつつ、ゆっくりと何を言われたかを咀嚼していくうちにその意味を理解した私はノドカに詰め寄る。

するとのんびり屋さんの少女は「あっち~」と私たちの進行方向から見て斜め後ろを指さした。


「襲われているのは~馬車さんで~、魔物さんに~追われているみたい~」


こんな時でもマイペースなノドカにもどかしさを覚えながらも、報告を聞き終えた私はすぐにみんなを連れて馬車の救援へと向かう。


「コウカ、先に行って。足止めしておいてくれると嬉しいな」

「……わかりました!」


コウカは一瞬思案するような顔をしたがすぐに頷くと、ノドカが指で示した方向へと駆け抜けていった。


そうして、またウトウトしはじめたノドカの体を押しつつ走っていると、一般的な商人などが使っている馬車が見えはじめる。

このまま馬車が道なりに進んでくれれば、それを追いかけていった魔物の側面を突けそうだ。

コウカも無事に馬車と合流できていたようで、殿を務めるコウカが馬車に近づけまいと黒光りする魔物の群れを相手取っていた。

その魔物をよく見ようとして――私は後悔することとなる。


「えぇ、あの魔物か……」


馬車を襲っている魔物はキラーアントという魔物で、一言で言えば大型犬くらい大きな蟻だ。

一体一体はそれほど脅威ではないが、虫の形をした魔物は基本的に数が多い。そして何よりも普通の虫よりも体が大きい分、いろいろな部分がハッキリと見えてキツイ。

ただ、私たちも主に森の中などで相手をしたことがある魔物なので戦い方は心得ているつもりだ。

一番気を付けなければならないのは、奴らの尾端から放たれる蟻酸。金属を溶かすことはできないらしいが、皮膚に直接浴びるのは危険だ。

スライムは蟻酸に当たってしまったとしても再生できる分、それほど影響はないかもしれないが、それでも当たらないに越したことはないだろう。幸いにも飛距離は3メートルほどなので魔法で遠くから戦うのがセオリーらしい。

コウカはガンガンと近距離戦を仕掛けているが、あれは人よりも目が良くて反応速度が優れているあの子だからできる戦い方だ。


「さっさと焼き払ってしまいましょう。ここは森じゃないし、全力で燃やしてやるわ」

「ひーちゃん、やる気だね……」


自分の《ストレージ》から取り出した杖をキラーアントの群れに向けるヒバナ。シズクは今回、見物に留めるつもりのようだ。

ヒバナはキラーアントを見るだけでも嫌悪感を覚えている節があるが意外なことにシズクの方はそこまで苦手ではないらしい。ただどんな魔物が相手でも近寄られるのは嫌みたいだが。

ニュンフェハイムを出発してすぐの頃、死角を突かれる形で魔物が至近距離まで近付いてきた時があったが、その時のシズクの取り乱し様はすさまじかった。

もう繰り返すことがないよう、十分に注意を払わなければならない。


「ユウヒ、私だけで終わらせるから魔力支援も私だけに」

「うん、お願い」


右手の杖はまっすぐ前に向けたまま、顔だけをこちらに向けて喋るヒバナ。

その要求通りに空いている左手を握ろうとするが、体ごと避けられてしまった。


「ちょっ、なんで手を握ろうとするのよ!」

「え……だって1人に魔力を向けるならこっちのほうが――」

「いいからっ! その場所からで!」


説明しようとする私の言葉を強い語調で遮るヒバナに、渋々握ろうとしていた手を下げる。

そのやり方の方が簡単だし、効率的なのにと思いつつもヒバナ自身にやめるように言われてしまったので仕方がない。

ヒバナの杖の先に膨れ上がっていく炎に向けて、私は力を送るイメージをする。


最初に放たれた炎はコウカと馬車に一番近いキラーアントに向けて放たれた。ヒバナはその結果を確認する前に次の魔法の準備に入っている。

私が魔力でサポートしているため、魔法の構築速度は初弾よりも明らかに早い。

1発目が着弾し、コウカと馬車に一番近かった数体のキラーアントが燃え上がった直後に2発目がその後ろのキラーアントを燃やす。

その後のヒバナは少し戦い方を切り替え、1発で1体を仕留めるように小さい魔法を連発していった。

キラーアントは火に強い魔物ではないので、その1発で消し炭になっていく。

足止めをしていたコウカも役目は終わったとばかりに立ち止まりその光景を眺めていた。


「これで終わりかしら?」

「うーん、ノドカどう?」

「すぅ……んぅ、ぃませんよぉ……」


全滅したように見えたが、念のためにノドカに聞いてみると寝ぼけているような声が返ってきた。

普通なら寝ぼけている相手の情報なんて信用できないようなものだが、寝ぼけていてもノドカの情報はいつも正しい。

ヒバナもノドカの言葉を信じたようで杖を《ストレージ》にしまう。


私は一息つくと、助けた馬車のほうに目を向けた。

どうやら馬車はすでに停車しており、その側にはコウカと男2人の姿があった。多分、あの男たちが馬車に乗っていた人たちなのだろう。

コウカだけに相手をさせるのは心配なので、急いで駆け寄ることにした。


「それにしても、君みたいな小さな子供があんなに戦えるなんて驚いたよ。君はいったい何をしている子なんだい?」

「あなたの質問に答える義理はありません。必要であればマスターが答えます」

「いや、そのマスターっていうのは一体……」


案の定、懸念した通りになっていた。

毅然とした態度で男をあしらうコウカとその態度に困り果てる男たち、予想していた通りの光景だ。

あの子は関心のない相手には随分と素っ気ない態度を取るようで、このような気まずい空気が出来上がりやすい。

他人でも私が仲良く話していた相手には比較的に柔らかい態度を取るのだが、今回は知らない相手だ。初対面の人が相手で友好的な態度を取るコウカを私は見たことがない。


気まずい空間へ私が近付いていくとコウカが笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。男たちも走っていくコウカを目で追うことで、私たちの存在に気が付いたようだ。

足止め役をしてくれていたコウカを労った後、男たちに向き直る。見た感じ30代から40代くらいの普通の商人に見える。

男たちはコウカとの気まずい雰囲気が霧散したことにホッとしているようだ。


「私は冒険者のユウヒと言います。ご無事なようで何よりです」

「ああ、冒険者だったのか。ありがとう、本当に助かったよ、君たちには――」

「おい、ルース……」


少しみんなとの関係をぼかしつつ自己紹介をする。

そこからコウカと話していた男が話し始めると、もう1人の男が相方を肘で突いて私のほうを指さす。……いや、正確には私が抱えているアンヤだろう。

スライムは珍しい生き物で、それを抱えている人というのはもっとレアなのだ。

正直、こういった反応はもう慣れたものだった。


「スライム……ん、ユウヒ……?」


だが今回ばかりはどうにも様子がおかしい。

私の名前を呟いた男がそのまま考え込んでしまったと思うと、すぐにバッと顔を上げる。

その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。


「思い出した……スライムマスター、ユウヒ。ラモードで噂になっていた冒険者じゃないか!」


――えっと、スライムマスターってなんだろう?

七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

11

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚