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Takamagi
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#オリキャラ注意
シネマ
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#日常系
“………ふぅー。”
仕事が片付いた。私は椅子にもたれながら伸びをする。が、首や肩が強張っており、思ったよりも伸びなかった。この事務作業の多さにはいくら経っても慣れそうにない。もっと早くこれを片付けられるようになれば、生徒たちにより多く時間を割くことができるのだが。辟易しつつ、時計を見る。現在の時刻は午後七時五十九分。今日は珍しく家に帰ることができそうだ。
「今夜は季節外れの大寒波の影響で大変冷え込みます。上着を持ち歩く等、防寒対策をしっかりとしてください。また、この冷え込みが終わる見通しはまだ立っておらず………。」
ラジオを聴きながら帰り支度を進める。机の上に散乱している物たちを鞄に詰め込みつつ、明日の当番の生徒が私より早く来た時の為に、少しばかりの甘味を補充しておく。
“…こんなものかな。”
「季節の変わり目ですので、体調管理には十分気をつけていきましょう。…えー、続いてのニュースで
プツッ
一通り身支度を終えたので、ラジオを消して私は執務室を後にした。
外に出てみると確かに肌寒く、少々身震いする。実に46日ぶりとなる久々の帰路は、厚着をした人々の吐く息と、踏むと硬く淡白な音を鳴らすアスファルトと、星一つ見えない黒の空で彩られていた。
駅の構内。多数の店が並んでいる光景は先程とは打って変わってきらびやかで、度が過ぎていて、大袈裟で、今の私には少々目障りな程、眩しい。いつもはさほど気にならないはずなのに、今日は一段と輝いていて、近くを通るのは気が引ける。そんなことを考えながらいつもの改札の前まで来て、立ち止まる。
“………あれ。”
しばらくここの電車を使っていなかったもので、あろうことか乗るべき列車を忘れていた。上から吊り下げられた列車の目的地を示す文字を見つめ、記憶を辿る。が、何かが思考回路につっかえているかの如く、頭は回らない。代わりにそんな自分を惨めに思う気持ちばかりが脳内を支配していく。そうやって難儀していると、改札の奥の奥のそのまた奥の方に、見知った顔が見えた。
その人は、通行人がまばらに入り乱れる中、只一人壁にもたれかかり、手元の携帯電話に視線を落としている。仄暗い灰色の髪。そこから覗かせている大きく印象的な獣の耳。高い背丈に似つかわしい黒のドレスを着こなした姿。
シロコだ。
生徒との邂逅に私は少し驚きつつも、シロコの姿を久々に見れて、何か暖かいものが心の中にこみ上げてくるのを感じた。まだシロコは私に気が付いていない。
会わなければ、と思った。
私は早足で改札を通り抜ける。するとシロコは携帯電話をしまい、周囲の人々と同じように歩き出した。見失ってしまうと思い、私は更にその足を速めた。
シロコを追いかけている間、何度も何度も角を曲がった。私が角を曲がった時には、シロコはもう次の角で曲がっていた。どれだけ必死に追いかけても一向に追いつけず、曲がり続ける。
1回、2回、3回、4回。
突き当たった時にはもうシロコを見失っていた。あるのは無機質な白いタイルの壁と床、そして上へと続く階段のみ。見ると、
「6番線」
と書いてあった。
ここまで来て引き返すのも今更だと思い、私は階段を上り始める。 都心部の駅ともなれば、エスカレーターが近くに備え付けられているものだが、そのようなものはここにはない。最近、その動く階段の恩恵を当たり前に享受できることがどれほど幸福なことかと考える。そして自分の体を着実に老いが蝕みつつあることがどれほど悲壮なものかとも最近、考えている。
人に見せびらかすほどでもない、細々とした思考をこういった瞬間に私はよくする。昔は私もこのようなことを好き好んですることはなかった。考える暇もない程、全てが煌めいて見えていたのだ。あの頃の熱情、理想。それらは今の私の何よりも優れているように思える。歳を重ね、理性的になり、現実と向き合うことが多くなるにつれてそれらが何だったのか、思い出せなくなった。これも老いを裏付ける証拠なのだろうか。
階段が途切れる。1つ目の踊り場に辿り着いた。 6番線への階段は不自然なほど横に広く、それは踊り場も同様だった。
「先生………?」
不意に上から声を掛けられ、見上げる。
“ヒナ?”
「奇遇だね。」
ヒナはこちらに近寄りながら微笑む。いつも通りの格好。学校から帰る途中なのだろう。しかし、以前会った時よりも目元の隈が濃くなり、少々頬がやつれていた。
“大丈夫?少し具合悪そうだよ?”
「これは最近素行の悪い生徒が増えてて、それの対処で…。」
“あー、そっか。今ハロウィンシーズンだもんね。”
“毎日頑張ってて、ヒナは偉いなあ。”
「…し、仕事だから。」
“でもあんまり張り切りすぎたらダメだよ?ヒナが倒れちゃったら私、悲しいし。”
「………うん、気を付ける。」
“うん。”
「先生の方こそ、気を付けてね。最近、ずっと働いてばっかりで、あまり休めてなさそうだし…。」
“私は大丈夫だよ!みんなの顔が見れればそれで十分!”
「…やっぱり先生は、優しい。」
“そうかな?”
「…本当はそんなこと、思ってないのにね。」
“え?”
少し声を落としたヒナに驚くのも束の間、ヒナは私とすれ違う形で下へ進み始める。
数段下がり、ヒナは振り返って言った。
「ずっと見てるよ、先生のこと。」
私は踊り場で暫く立ち尽くしていた。いつもと様子の違ったヒナの事をじっと考え続けていた。追いかけようとも思った。しかしもうヒナの姿はそこになく、今までの事などまるで無かったかのように、この場所は静まり返っていた。
幻覚でも見ていたのだろうか。
その可能性を真剣に考慮する程、現実味がない出来事。ふとシロコを追いかけていたということを思い出した。時間を掛けすぎたのでもう列車に乗ってしまったかもしれないが、まだ上にいるかもしれない。私は再び階段を上り始める。
なるべく一段一段を力強く踏み締めて上って行く。こうすれば気を紛らわせれられると思ったからだ。2つ目の踊り場に辿り着くのに大して時間は掛からなかった。
そして、新たな出会いが訪れるのにも大して時間は掛からなかった。
「先生?」
“…み、ミカ?”
「わーーーおぅ⭐︎⭐︎⭐︎奇遇だね!」
ヒナの次に出会ったのはミカだった。ミカは物凄い勢いで階段を駆け下りてくる。こんな偶然があるものなのかと驚愕したせいで、ミカへの応答が少し遅れた。
“………あ、ああ。うん、奇遇だね。”
「…先生、大丈夫?心ここに在らず〜って感じの顔して。」
“あはは…ごめん。まさかこんな所でミカと会うなんて思ってなかったからさ、ちょっとびっくりしちゃった。”
「そっか!私もだよ!」
ミカはとても嬉しそうに笑った。その顔を見て私も何だか嬉しい気分になり、同じように笑ってみせた。
「でも、先生って、本当にこの駅使ってるんだね。全然見かけないからガセだと思ってたのに。」
“うん、たまにしか家に帰らないから…って、なんでそんなことが噂になってるの?”
「先生は有名人だからね!みんな先生のことが気になってるんだよ!」
“うーん、物好きな人もいるんだね。私の何がそんなに良い んだろ。”
「え。そ、それ…本気で言ってる?」
“え?う、うん…。”
「う〜ん、流石に先生、それは……………まあ、先生らしいね!」
“???”
「…でもね、先生。少なくとも、私は。」
「…先生のこと、気になってるよ?…なんて。」
“……………ん?”
「…え〜、えっと!あ!そうそう!私、急いでるんだった!というわけでごめんね先生また今度!!」
“あぁ、ちょ、ちょっと!?どうしたのいきなり!?”
「先生が悪いんだよー!」
“え、えぇっ!?わ、私何かした!?”
ミカは赤く熱った頬と共に階段を下りながら可笑しそうに笑う。ひとしきり笑い終わった後、ミカはこちらを向いた。
「はぁ〜あ…ね、先生はさ。この階段まだ上るんだよね?」
“うん、そうだね。”
「じゃあさ、この先で何を見たのか、また今度会えたら教えてよ!」
“?良いけど…この先に何かあるの?”
「それは私にもわかんない。黒色?白色?赤色?それとも紫?ひょっとしたら色なんてないかも?」
ミカは私の目を真っ直ぐ見つめながら、続ける。
「だから先生が教えて。できる限り、詳しく。どんな色か、形か、匂いか、手触りか。」
“え?う、うん…わかったよ。”
ミカは再び背を向ける。
「………ごめんね。やっぱり、忘れて。」
ミカは階段を下りて行った。最後までこちらを振り返ることなく、歩いて行く。声をかけようとしても、何故か喉の奥がつかえて声が出ない。何故か私は、その背中に視線を向けることしか出来なかった。
何故か、何故か、何故か。
そう、私は何故か出来なかったのだ。私はこれまでの人生で、幾つもの「出来なかった」を経験してきた。友達よりも速く走ることが出来なかった。新しい環境で周りと打ち解けることが出来なかった。夢を持つことが出来なかった。当時は、この手で殺してしまいたい程、私は私が嫌いだった。
しかしある日、私は気が付いた。
私は「自分を嫌う私」を、堪らなく愛おしく思っていたということに。
その気付きを合図に、私のアイデンティティは確立されていった。
「全て本来は上手くいく筈の物事達だったのに、“何故か出来なかった”人」というものに。
十分する時間を確保できた筈の努力をせず、刹那的に着飾る事だけに細心の注意を払い、先人達の戒めを如何に美麗に書き留めるかにだけ固執した私でも、
全て本来は上手くいく筈だった物事達。
今回の出来事もその内の一つ。
私は今までと同じように“何故か”ミカを引き留められなかった、と結論づけることにする。
“………はぁ。”
私のような歪で、杜撰で、荒んだ精神を持つ生徒は、果たしているのだろうか。
私は再び上り始める。
一段上るごとに、教師になってからの出来事が脳裏を何度もよぎる。
初めてキヴォトスに来た時。砂漠で脱水症になりかけた時。皆で海に泳ぎに行った時。もう一人の自分と会った時。
次々と浮かぶ生徒達の笑顔、怒る顔、泣き顔。
私は階段を上れば上る程、目頭が熱くなっていくのを感じた。
3つ目の踊り場に辿り着いた時、そこにはシロコが待っていた。
「ん…先生。待ってた。」
“シロコ………もう電車に乗ったのかと思ってたよ。”
シロコに語り掛ける私の声は酷いもので、鼻が詰まっていたと言い訳するには無理がある程声が震えていて、自分でも何を発したのか分からなかった。しかし、シロコはそれを確かに聞き取り、私に返答する。
「先生に伝えたい事があって待ってた…。」
“………なんだい。”
「私、この世界に来たばっかりの時は、途方に暮れてた。」
「言語が違うわけでもない、人種が違うわけでもない、それでも………。」
「只一人、世界に取り残されてるような気がしたの。」
“………………。”
「でも、その時、先生が…言ってくれたよね。」
「“不安に思う必要はないよ。伸び伸びと暮らせば良い。私は、それを見守る仕事を託されたからね。”…って。」
「私は、嬉しかった。私の事を気遣ってくれたこともそうだけど…先生の、私の方の先生から託された事を覚えててくれた事が…本当に、嬉しくて。」
「だから、改めてお礼を言うね。」
「…約束を覚えてくれていて、ありがとう。」
“シロコ………。”
“…私は…しっかりと、先生として、上手くやれているのかな…。”
“時々思うんだ…あの人は立派だって。立派すぎるって。”
“とても…あの人のようにはなれない気が…本当は、しているんだ…。”
「…ううん、大丈夫。上手くやっているよ、先生は…。」
手足が悴む。寒さで体の感覚が失われていく。きっとこの寒さは、上着を羽織っても治らない。私は、更に上を目指す。
「…まだ、進むつもりなんだね。」
“うん…駄目かな。”
「私は止めないよ。ただ、引き返すとしたら、ここが最後のチャンス。もう上にいったら…戻れない。」
“良いんだ。それで、良い。そうじゃなければいけないんだ。”
私はゆっくりと、階段を上る。4番目の踊り場を目指して。もう指は動かない。鼻も内部の水が凍って塞がっている。目も耳も機能していない。唯一機能する足だけをひたすらに動かす。
階段を上るにつれて、先程まで脳内に浮かんでいた暖かい思い出達が、どこか遠くへ、薄れていく。
それでも私は上り続ける。
きっと、いつか、辿り着けれる。
そう信じて。
「先生が行方不明になったって知ってる?」
「うん、5日前くらいからね。」
「でもね、噂があるんだよ。」
「ふーん、どんな?」
「先生が元々いたシャーレの執務室。今は誰もいないはずなのに、毎日午後7時59分になると、勝手にラジオが付いて、お菓子が補充されるんだって。」
「えー怖い。」
「あと、先生が行方不明になった日、〇〇駅で見かけたって言ってる人が何人かいて、その人達はみんな口を揃えて、「6番線に向かった」って言ってるんだって!」
「………ん?それ、なんかおかしくない?」
「え?なんで?」
「私、いつもその駅使ってるから分かるんだけどさ。」
「あそこは5番線までしかないよ。」
コメント
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読み終わりました…。 先生の疲れた日常から始まって、駅の階段を上っていくうちにどんどん世界が歪んでいく感じ、すごく好きです。ヒナの「ずっと見てるよ」の不気味さ、ミカの意味深な質問、そしてシロコとの再会の温かさ…階段を上るごとに先生の記憶や感情が薄れていく描写が切なくて。 最後の「6番線はない」ってオチ、背筋が凍りました。先生はどこへ向かってたんだろう。続きが気になりすぎます…🥀