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#第3回テノコン
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「はーい、それでは皆さん。今日はとっても素敵なサプライズがあります!」
神楽坂高校、1年1組。紅月輝夜の所属するクラスであり、今日も担任の女教師が元気よく。いや、いつも以上にテンションが高めであった。
「なんと。このクラスに、新しいメンバーが2人加わることになりました〜」
――おおー!
教師の発表に、ザワつく生徒たち。6月も始まったばかり、こんなタイミングで転校生がやって来るのか。それも、この教室に2人も。かなりのサプライズであり、ほぼ全ての生徒が関心を向けるのだが。
「……」
紅月輝夜は、真剣な表情で1枚のプリントを見つめており、クラス内のビッグウェーブに乗っていなかった。
輝夜が見つめているのは、”体育祭の種目”について書いてあるプリント。大縄跳びを始めとする全員参加の競技に、リレーなどの選択種目など。それらの内容を、異常なまでの真剣さで見つめていた。
「じゃあ、2人ともカモンだよ〜」
――おおー!!
転校生の登場に、教室内のテンションはさらに上昇。
しかし輝夜は、それどころではなかった。
「ッ」
一つ一つ種目を眺めては、深刻そうな表情で首を振り。それでも、諦めきれずに可能性を模索し続ける。
「――アリサ・エクスタイン、です。えっと、出身はアメリカのミズーリで。……えっと、その。よろしくお願いします!」
可愛らしい金髪の少女に、教室の雰囲気がほんわかとなり。
「ランス・ロンゴリア。特に言うことはねぇ」
派手な青髪の不良少年に、教室の空気が凍ったり。
そんな中でも、輝夜は”自分の問題”が最優先であった。
”黄金の指輪”を身につけた、2人の転校生に。
いずれ来る、ジョナサン・グレニスターとの決戦。
そんなことよりも、輝夜には立ち向かうべき問題があった。
(……恥を、かきたくないッ)
自分の運動音痴さを、多くの人々に見られる。
そんな”体育祭”というイベントが、輝夜には何よりも恐ろしかった。
◆
異国からやって来た、2人の転校生。アリサとランス。自己紹介の印象通り、アリサという少女は人当たりもよく。すぐにクラスメイトたちが集まり、軽いお祭りのような状態になっていた。その一方、ランスの周囲には人が寄ってこない。あれほど睨みを利かせているのだから、当然といえば当然なのかも知れない。
そんな、対象的な転校生2人を、善人と桜は後ろの席から眺めていた。
「あの2人、間違いないよね」
「うん。昨日連絡があった、”例の騎士団”の人だと思う」
桜の言葉に、善人も肯定する。
2人とも、転校生の存在には驚いていなかった。彼らがこの学校にやって来ることも、遺物保有者であることも、すでに”知っていた”のだから。
「流石に、今は話せそうにないね〜」
「……昼休みに、屋上に誘うべきかな?」
「あー、そだね。かぐちも、そう考えてそうだし」
ホームルームが終わっても、紅月輝夜は自分の席から微動だにしていない。
その背中は2人にとって、とても頼もしく見えていた。
◇
転校生の存在に、盛り上がる教室内。そんな中で、変わらずにプリントを睨み続ける輝夜のもとに、訪問者が1人。
「いやー。それにしても、転校生が2人だなんてね」
「……ん?」
やって来たのは、クラスメイトで友人の、黒羽える。彼女に話しかけられて、ようやく輝夜はホームルームが終わっていたことに気づいた。
「……転校、生?」
「……なるほど、そう来たかぁ」
黒羽えるは、賢い少女である。今の輝夜の反応で、だいたいの事情を察した。この子は体育祭のプリントに夢中で、ホームルーム中の記憶が無いのだと。
その集中力を、褒めるべきか、哀れむべきか。ともかく黒羽は、2人の転校生について、改めて輝夜に話した。
「……確かに、金髪と青髪、外国人が増えてるな」
ここに来て、輝夜は転校生の存在を認識する。
「逆に疑問なんだけど。一番前の席なのに、何も聞いてないなんて、可能なの?」
「……まぁ、これも一種の才能だな」
輝夜は一つのことに集中すると、周囲が見えなくなるタイプだった。
決して、自慢できることではない。
「それ、体育祭のプリント? どうして、ずっとにらめっこしてるの?」
「……それが、だな」
輝夜は、非常に深刻そうな表情で。
「――”家族”が、見に来るんだ」
どうでもいい事実を、告白した。
「……そう、なんだ」
黒羽も、反応に困ってしまう。
「くそっ。”優しい姉”になったことで、まさかこんな事になるとは」
それは、今朝の出来事。
いつもと変わりない、紅月家の食卓にて。
『そういえば』
『どうした?』
影沢が洗い物をしている最中。朝食をとりながら、輝夜が弟に対してつぶやいた。
『お前、巨乳が好きなのか?』
『ッ!? お前、なんで』
『なんでって。それはもちろん、夢データの中に、お前の秘蔵データっぽいのが残ってたからよ』
『……遅かったか』
自分のミス。最悪の事実を、朱雨は悟った。
『まぁ、そう気にするな。わたしも、理解のある姉だからな。お前の秘密を知ったところで、誰かにバラしたりはしないよ』
『その設定、まだ生きてたのか』
『設定とは失礼だな。わたしも、もう子供じゃないんだよ。豊かな心を持ち、包容力のある姉として、”愚かな弟”を導いていくつもりだ』
『……』
妙に調子に乗った、その一言に。おそらく朱雨も苛ついたのだろう。
彼も、反撃に打って出る。
『……そういえば、お前はもうじき体育祭だったよな』
『それが、どうかしたのか?』
『いいや。今までだったら、気にすることもなかったが。お前が優しい姉になったなら、弟の俺も、しっかり駆けつけるべきだと思ってな』
『……いや。大丈夫だ。別に、来なくていい』
バツの悪そうに、輝夜は顔を背ける。
『まさか。”魔力を使ってインチキ”とか、したりしないよな?』
『……』
この瞬間。輝夜の中で、体育祭の難易度が大きく跳ね上がった。
「――というわけで、わたしは体育祭で死ぬかも知れん」
「えっ。そこまで断言しちゃう?」
ただ、弟が体育祭を見に来る。それだけにしては、輝夜の反応は深刻すぎた。
「もしかして。紅月さん、体育祭で魔力を使うつもりだったの?」
黒羽の一言に、輝夜はすーっと目を閉じる。
「……そんな、派手にやるつもりじゃなかったんだぞ? わたしのカスみたいな運動能力を、大人数に見られるのが恥ずかしいから。ちょっと魔力を使って、人並みのパフォーマンスをやるつもりだったんだ」
「確かに。このクラスの人は、ほとんど紅月さんの”残念さ”を理解してるけど。学校全体で考えたら、まだそのイメージもないのかな?」
これまでに何度か、輝夜も体育の授業に参加して。1年1組の中では、”圧倒的な運動音痴”という認識が確立されていた。女子の一部が、体育の時間になると、輝夜専用の日傘とタオルを用意する程度には、もう浸透してしまっている。
特に、体力測定が決定打であった。
握力は10kg。ペットボトルの蓋を自力で開けられないレベル。
上体起こしは3回。腹筋なんてなかった。
反復横跳び、長距離走、シャトルランは、圧倒的な最下位で。
その後に行った50m走は、ほぼ徒歩に近く。
立ち幅跳びは、人間よりも小動物の記録に近く。
ハンドボール投げは、ハンドボール”落とし”にしか見えない、残念な結果となった。
唯一、体だけは柔らかいのか。長座体前屈だけ、クラストップの記録を叩き出していたが。そんなものでは挽回できないほど、輝夜の体力測定は伝説的であった。
たとえ、このクラスでドッジボールを行ったとしても、誰も輝夜を狙えない。もはやそんなレベルである。
そして、体育祭という地獄のイベントが近づこうとしていた。
担任やクラスメイトたちは、無理をせず、見学でもいいと言ってくれていたが。元より、輝夜はしっかりと参加はするつもりであった。1人の高校生として、学校の行事を楽しみたいという気持ちもある上。そもそも、影沢舞が応援にやって来ることは知っていたから。ゆえに、ほんのちょっとだけ魔力を使って、人並み程度の活躍をしてみようと、今の今まで思っていたのだが。
――まさか。”魔力を使ってインチキ”とか、したりしないよな?
予期せぬ、弟の参戦により、輝夜のプランは崩れてしまった。以前ならともかく、今の朱雨は魔力を感知することができる。つまり、少しでも魔力を使えば、インチキがバレてしまうのである。
あの弟の前で、インチキをする瞬間など見せられない。しかしそうなると、素の体力で挑む必要が生まれ、地獄が決定してしまう。
――来たら殺す。
今の輝夜では、その一言が言えなかった。
クラス内は、派手な転校生の登場で盛り上がっているが、輝夜にとってはそれどころではない。魔力を使って、弟に見下されるか。魔力を使わず、体育祭で醜態を晒すか。2つに1つ。
詰んでいる、この状況に。輝夜の頭はいっぱいいっぱいであった。
そんな話を聞いて。
「それなら、1つ。紅月さんにオススメの競技があるんだけど」
「…………あるか?」
輝夜の問いに、黒羽は微笑んだ。
◆
「で、では、改めまして」
神楽坂高校の昼休み。輝夜たちの溜まり場となっている屋上に、今日はメンバーが2人も追加されていた。
「アリサ・エクスタインです。一応、バルタ騎士団のリーダー、やってて。……えっと、その。皆さんと協力できるよう、頑張っていこうと思います」
素直さを表したような、美しいブロンドの髪に。可愛らしくも、整った顔立ち。戦いや、騎士という言葉とは無縁そうな美少女ではあるものの。彼女の手には、その証である王の指輪が輝いていた。
そんなアリサの自己紹介に、善人と桜は、歓迎するように拍手を行うものの。
紅月輝夜と黒羽えるの2人は、”何も知らない”ため困惑していた。
「あっ、そっか。クローバーは、連絡来てないから知らないよね」
事情を知らない黒羽のために、桜が説明をすることに。
それは、つい昨日知らされたばかりの情報。遺物保有者である善人と桜のもとに、同じ文章で送られてきた。
ソロモンの夜。ジョナサン・グレニスターという脅威に対抗するため、魔王グレモリーとアモンが共闘を決断。グレモリーの加担する”バルタの騎士”と呼ばれる者たちが、姫乃へとやって来ることに。
また、騎士団メンバーのうち2人が、輝夜たちと同年代のため。交流を深められるように、神楽坂高校へと転入させることになった。
以上が、昨日伝えられた情報であり。それゆえ、善人と桜は、2人の転校生の登場と、王の指輪という存在に驚かなかった。
流石に、昨日の今日で”早すぎる”とは思ったが。
「なるほど。つまり、この2人は味方側で。これから紅月さん達と、共同戦線を張るってことだね」
「そうそう。流石、クローバーは理解が早いね」
王の指輪を失い、すでにソロモンの夜とは無関係。そんな黒羽も、2人の転校生について理解をするものの。
もう1人。
輝夜の表情は、何一つ変わっていなかった。
「その情報、初耳なんだが」
――えっ。
善人と桜は、まさかの一言に戦慄する。
「輝夜さん。流石に冗談、ですよね?」
「そうそう。かぐちに対しては、あのちびネコちゃんが説明したって話じゃ」
「……あー」
輝夜は、昨夜の事を思い出す。確かに、マーク2が色々と喋っていたような気がするが。輝夜は弟の所有する夢データに夢中で、完全に聞き逃していた。右の耳から左の耳に、完全に受け流していた。
「その、すまん」
他のことに夢中で、マーク2の話は聞いていなかったと。
輝夜は、素直に告白した。
「チッ。こんな馬鹿が、テメェらのリーダーかよ」
「ちょっと、ランスくん!? そんな言い方しちゃダメだよ」
もう一人の転校生。青髪の不良少年こと、ランス・ロンゴリアが悪態をつき。
アリサがそれに注意をしていると。
彼女の持つ指輪が、淡く輝き。
「――いいや、ランスの言う通りだ」
アリサの契約する悪魔。
偉大なる者の1人。
血に染まったような、残酷で美しい赤髪に。
女王と呼ぶに相応しい、真紅のドレス。
「同盟相手がこの体たらくでは、わざわざこちらへ来た意味がない」
魔王、”グレモリー”が顕現した。
隠しきれないオーラ。潜在的な魔力が、周囲の空気をピリつかせる。
それは、紛れもない威圧感の塊であり。
善人と桜は、突然の魔王の出現に、言葉を失っていた。
だがしかし、
「……」
真っ向から対峙する輝夜は、顔色1つ変えていない。
むしろ、逆に睨み返しているようにも見えた。
「お前が、”その金髪”と契約している悪魔か?」
「ああ、いかにも」
輝夜とグレモリーが、視線を交わす。
周囲の温度が、どんどん下がっていくような。そんな雰囲気に包まれる。
「ふん。あの男が選んだ人間というだけで、少々過大評価し過ぎたようだな」
「……」
「”見た目の良さだけ”は一級品だが、瞳に意志がまるで感じられない。こんな小娘が、最大の遺物保有者とはな」
「……」
グレモリーの言葉に、輝夜の表情は変わらず。
「どうせ、悪魔の制御すらまともに出来ないような――」
だが、しかし。
彼女の”イヤリングの中”は、どうやら違うようで。
刹那。
まるで、始めからそこに居たかのように、”ドロシー”が輝夜の隣りに出現しており。
音もなく、無骨な大剣を一振り。
「――ッ!?」
グレモリーも、それを瞬時に察知。
空間が歪むほどの、”極限の魔力障壁”を展開するも。
ドロシーの大剣は、その障壁をガラスのように叩き割り。
グレモリーの首に当たる寸前で、停止させた。
一瞬の攻防に、周囲のメンバーは驚くしかない。
グレモリーですら、首元に迫った”死の恐怖”に戦慄しており。
輝夜だけが、無表情を貫いていた。
「……許可のない暴力は禁止。街を歩くときは、普通の人間っぽく振る舞う。お店に入ったら、しっかりとお金を支払う。あと、他の契約悪魔をいじめない」
ドロシーはすらすらと、言い聞かせられた”約束”を口にする。
「この子はしっかりと、わたし達を制御できているわ。……あなたが、どれだけ崇高な目的を持った、偉大な悪魔なのかは知らないけど」
その瞳は鋭く、グレモリーを射抜く。
「”雑魚風情”が、わたしのマスターを侮辱しないでもらえるかしら」
「ッ」
ただ一言、そう言い放って。それで満足したのか、ドロシーは再び姿を消した。学校生活を楽しむ輝夜を、邪魔しないために。
その場に残されたのは、プライドを傷つけられた1人の魔王。
彼女は悪魔の中でも最上級に位置づける存在であり。事実、これまでの戦いでは無傷のまま、アメリカで他の遺物保有者たちを蹴散らしてきた。
その事実を、アリサとランスは、誰よりも知っているため。今の一瞬の攻防に、ただ戦慄するしかなかった。
「……」
輝夜は静かに瞳を閉じる。
思い返せば、自分が別のことに夢中で、話を全く聞いていなかったのが原因なのに。
何か、”理不尽な方法”で解決してしまったような。
そんな感情が、頭の中を駆け巡り。
「……なんか、ごめん」
彼女たちの出会いは、最悪の形で始まった。