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「うわ、おしゃれ〜……」
文明の利器、スマホを駆使してなんとか辿り着いた、『フラワーショップ ワカイ』。
駅から徒歩5分ほどの距離にあり交通の利便がとても良いのだけど、人並みはそう多いわけではなく、ひっそりとたたずんでいるちいさな花屋さん。ホームページによると、お店の名前にも入っている「ワカイ」さんという人が個人で営んでいるらしい。
アイボリー色の外壁はどこか小洒落な雰囲気を醸し出し、店先には色とりどりの花々が綺麗に並べられていて、ワカイさんのセンスの良さが随所に散りばめられていた。また、立てられた看板には今の季節のお花特集がされていたり、営業時間や定休日、店の連絡先が丁寧な文字で書かれていて、おそらくワカイさんはすごくマメな人だろうなと容易に想像できる。
そのおかげもあるのか、透明なガラスの自動ドアから見える店内には若い女性やご年配の老夫婦、五十代ほどの渋めな男性などと、老若男女のお客さんで賑わっていた。
今日は、俺の従兄弟である藤澤涼架…通称、涼ちゃんが今週の土曜日、ずっと夢だったというカフェ独立開業をするので、そのお祝いとして出す花束を見繕ってもらいにきたのだ。
母が、おすすめな花屋があるのという言葉とともに送ってきたこの花屋さんの住所を打ち込み、とくになにも考えずにここまで来たのだが……。
こんなキラキラお洒落空間に足を踏み入れるのか…と店を目前にしてすっかり足が硬直してしまう。そりゃ、花屋さんなんてどこもお洒落なものなんてことは分かってる。でも、小中高ずっと陰に潜んでいた俺からしたら、こんな華やかな場所とてもじゃないけどハードルが高い!
ただ、いつまでたってもこんなとこで固まってるわけにもいかない。さっきから散歩中であろう腰が曲がったおばあさまがじーっとこちらを不審そうに見つめてきている。視線が痛い。
ふう、と深呼吸して、さぁいざ一歩進もうとしたところで、カラン、と心地の良い鈴の音がしたと同時に店内から若いお兄さんがジョウロを持って出てきた。さらに、白いシャツに黒のエプロンを身につけているのを見ると、きっとあの人がここを一人で営んでいるという店主のワカイさんだと思う。
あんなに若い男の人が店主だったのか、と驚き、ついまじまじと見つめてしまう。てっきりベテラン感満載の奥様が営んでいるとばかり思っていた。
キラキラと陽の光に反射するハイトーンなホワイトに近い金髪は今流行りのセンター分けに緩やかに巻かれていて、目元や唇には軽くメイクが施されていた。右手首には光沢が控えめのバングルが嵌められており、いかにも流行りに敏感な若者、という感じで、どうりでこんなお洒落なお店を作れるわけだと腑に落ちる。
いったいいくつくらいなのだろうか、俺よりは歳上そうだな…なんてことを考えていると、さすがにジロジロと見すぎてしまったのか、ばっちり目が合った。
「いらっしゃいませ!ご予約されてるお客様ですか?」
やばい、無礼だったかとあわあわとふためく情けない俺とは対比的に、にっこりとそう話し掛けてくれるワカイさん。なんかワカイさんの周りだけキラキラ光ってるんじゃないかってくらい眩しく感じる。
「いっ、いえ!あの…店頭で作っていただこうかなって思って」
「承知しました!どうぞ、お入りください」
少し吃ってしまったが、ワカイさんは特に気にする様子なく店内に案内してくれた。うわ、あんなにカチコチに固まってた時間はなんだったんだってくらいスムーズに入れてしまった。ダサすぎる、俺。
「あっ…!すみません、少しここで待っててください!」
通されるがままについていくと、ワカイさん慌てた様子で俺にそう言い、レジに小走りで向かっていってしまった。店に入った途端一人取り残された俺はとりあえず他のお客さんの迷惑にならない隅っこに移動して、レジでの様子を見ていることにした。
店内に並んである花を購入するらしい老夫婦のおふたりが、あわあわとラッピングや会計をするワカイさんに「ゆっくりでええからね」と穏やかに微笑んでいて、それにワカイさんも「ありがとうございますっ」と笑い返している。
わぁ、すっごい平和。
ワカイさんとその老夫婦の間で流れるあまりに和やかな雰囲気に、店内にいる別のお客さんもつられてにこにこしていた。
老夫婦のおふたりは綺麗なお花を大事そうに抱えて店から出ていき、店内にいたお客さんも続々と会計を済ませていったので、気づけば店には俺とワカイさんだけになっていた。
「すみません!こんなにお待たせしちゃって…」
「いやいや、全然!…その、大変じゃないですか?おひとりで全部やられてるなんて…」
そうなると当たり前だが、時計の針は意外と進んでいた。けれど、あんなに一人で目まぐるしく働いていたワカイさんをこの目で見ていたのだ、責めるなんてことできるわけない。申し訳なさそうにするワカイさんに首をブンブンと振った。
「へへ、正直言うと大変ですけど…、お花、大好きなんで頑張れてます」
ふわりと優しく微笑みそう言うワカイさんの周りには、本当に花が咲いたように見えて、すごく綺麗だった。
「今回どのような花束にされますか?」
いかん、ついぽーっと見惚れてしまった。ワカイさんはもう接客モードに入ったようなのでこちらもそれに倣う。
「従兄弟が今週の土曜、カフェの開業をするんです。それのお祝いに出す花束をお願いしたくて…」
「なるほど、開業祝いですね!ご予算伺ってもよろしいでしょうか?」
「5000円ほどでお願いします」
母親に受け答えは練習させられたので、なんとか吃らず話せた。俺の言葉をさらさらとメモしていくワカイさんの指は白くて細長くて、ものすごく羨ましい。ずっと見ていたいくらいだ。
「お花の種類や色のイメージなどはございますか?」
「えっと…従兄弟は明るい暖色の色が好きなので、黄色とかそういう感じがいいです。花の種類については任せます」
「承知しました!おまかせくださいっ」
そう言ってぐっとこぶしを握るワカイさん。(おそらく)年上で、しかも同性に抱くような感想ではないかもしれないが、とてつもなく可愛い。
……ごめん涼ちゃん。涼ちゃんのためにこの花屋さん来たけど、今めっちゃワカイさんのことばっか考えちゃってる。
「あとは…従兄弟さんの雰囲気とか印象を教えていただけますか?」
「……もう引くほど天然で穏やかな感じ、ですかね。一応僕より6つ上なんですけど、あんま年上だと思ったことないです」
「あははっ!それ相当天然さんですね笑」
ウワサをすれば、とやらで意識の外にいた涼ちゃんを引っ張り出してくる。ふわふわしていて、たまにどんくさい従兄弟のことを思い浮かべて出てきた言葉をそのまま言ってみると、キラッキラの笑顔を真正面から食らった。
どうしたものか、さっきから可愛いという感想しか出てこない。笑うとくしゃって細められる目とか、ハートの形になる口とか最高に可愛い。
「この後時間余裕ありますか?作るのに15分ほどお待ちしていただくことになるのですが…」
すべての質問をし終わったのか、ボールペンの芯をカチッとしまい、ワカイさんがそう聞いてきた。全然大丈夫です、と言いかけたのだが口に出す直前でふみとどまる。
もし今受け取ると、今日限りでワカイさんと会うことはもうなくなるのだろうか。滅多に花を贈る機会なんてこないし、かといって自ら花屋に足を運んで、花を楽しむほど時間とお金に余裕がある訳でもない。
「もちろん、また後日受け取りに来ていただくことも可能ですが、どうされますか…?」
「っ、そうします!」
固まってしまった俺を気遣ってくれたのだろうワカイさんの案に、もはや条件反射で答えてしまった。ここまでも俺は欲に忠実だったかと自分でも驚く。
「ではこちらにお名前と電話番号ご記入お願いしますっ」
「は、はい…」
さっきの自分が一気に恥ずかしく思えて顔が熱い。
まさか、これが一目惚れ、というやつなのだろうか。
あまりそういうのはしない派だと思っていたんだけどな。…そもそも、これが恋なのかなんなのかまだ分からないし。
そんなことを考えながら紙の空欄のところにいつもより気持ち丁寧めに文字を埋めていき、ワカイさんに手渡す。
「受け取り日時はどうされますか?」
「えっと…金曜日の夕方頃お伺いしてもいいですか?」
「はい!大丈夫ですよっ」
可愛い笑顔でそう元気に返されて安堵する。今日は水曜日だから、明後日にはまた会えるのかと思うと柄にもなく心躍る。
「じゃあ、また明後日来ます」
「はいっ、お待ちしてます」
店先まで見送ってくれて、色鮮やかな花々を背景に、陽の光に照らされながらお辞儀するワカイさんの姿はまるで妖精みたいだった。