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入学式とホームルームが終わり
生徒たちは浮き立つ心を胸に校舎をあとにしていった
白花瑠衣也は椅子から腰を上げると、机に拳を落としながら息を吐く
«……クソ、なんなんだよ此処……»
苛立ちを押し隠すように、足音荒く廊下を歩く
横顔は夕暮れに染まる窓硝子に影を落とす
その中で、瑠衣也は迷うことなく”あの男”の背を追った
«待てよ!»
鋭い声に、瑠衣也の担任────彪猫は立ち止まる
その背中は、軍人特有の隙のなさを纏っていたが
振り返る顔はどこか呆れ混じりであった
〈……なんだ〉
«なんだ、じゃねぇ! ここはどこなんだ?
なんで俺が入学なんて出来た?
……それに、お前はいったい何者なんだよ!»
畳みかけるような問い
苛立ちと戸惑いが、剥き出しのまま滲んでいた
〈……それも聞かされていないのか。全く彼奴は何を考えているんだか〉
«彼奴……?»
瑠衣也が怪訝そうに問い返すも、彪猫はそれ以上答えず
代わりに歩を進めながら説明を始めた
〈伏竜養成学校──政府直属の機関だ
主に、戦闘向きの
卒業すれば政府の仕事に就きやすくなる。
卒業目当てに来る者もいるんだが…
ほとんどは途中で心を病んで退学する
理由は簡単だ────»
そこで彼は一拍置き、瑠衣也の瞳を射抜いた
〈──ここでは、ほぼ毎日、人が死ぬ〉
«……!»
〈今、お前や俺が立っているその場所も、敵の襲撃が来れば一気に戦場だ〉
淡々と告げられた言葉は、廊下の空気を凍らせる
一般市民であれ、教師であれ、生徒であれ
死は隣人のように寄り添う──それがこの学校の日常
瑠衣也は、驚きに目を見開いた
しかしそれはほんの一瞬だった
驚愕の後、瑠衣也の胸は奇妙な熱で満たされていく
(……母さんは、だから俺にここを選ばせたのか!!)
──────悪を倒し、世界を平和にせよ
そう言外に託したのだと、瑠衣也は勝手に解釈した
小さな頃から魔法を使って敵をやっつけ
戦いを好み、死地をくぐり抜けてきた彼にとって
それはむしろ望むところであった
小さな頃から自分が笑いながら話していた言葉を
瑠衣也は信じて疑わなかった
胸は高鳴り、戦場への欲求が湧き上がる
«…はは、面白ぇじゃねぇか…
俺は魔法少年だ。悪い奴らを叩き潰すことに誇りを持ってる
ここがそういう場所なら──最高だ!»
瞳を爛々と輝かせる瑠衣也に、彪猫は思わず息を止めた
最初は暴れて「帰る」と喚いていた少年が
今は戦場を求めて笑っている
彪猫はその様子に気付き、目を細める
〈最初は嫌がっていたのに、今じゃ戦いたくて仕方がない顔だな…
────大切なものを失うのが、怖くはないのか 〉
ふと零れた問い
それは担任としてではなく
一人の男としての弱さが滲む言葉だった
瑠衣也は、首を傾げて即答した
«大切なものなんて、ねぇ»
少年は、怒っても、呆れても居なかった
ただただ、”何でそんなこと聞くんだ”という表情
無垢で、どこか何も理解していない子供のようで──
──────────残酷だった
胸を締め付けられるのを感じた彪猫は
心の奥でひとつ、決意を固める
彪猫が懐から取り出したのは、一枚の紙
そこには五つの空欄
«ンだよ…この紙»
〈この空欄のすべてに花丸を貰ってこい
そうでなければ…お前を戦場には出さない〉
«はぁ?! ふざけんな!殺すぞ!!»
〈俺は伏竜隊の隊長だ
俺の許可なしに、お前を戦場へは出せない〉
淡々と告げる彪猫に、瑠衣也は奥歯を噛み
渋々、紙を奪うように受け取った
〈最近、政府から派遣された特待生や研修生が四人居る
魔法学
生物学
言語心理学
天文学
──それぞれの専用室にいる特待生・研修生たちだ
4人から花丸を貰え
残る一つは……俺の分だ
……なに、簡単だ、少しの手伝いをすればいいだけだ〉
少年は目を細める
«理不尽だろ、こんなの!»
抗議の叫びに、彪猫は冷たく言い放った
〈……全て倒したら、お前の母親について教えてやる〉
その言葉に、少年の心臓が跳ねた
そして彪猫が
〈彼らは強者だ。お前にとっては良い鍛錬相手にもなる〉
と言い添えるや否や──────
«…特待生…とかいう奴、倒せたら倒してもいいんだなッ!?»
瞳が獣のように輝く
この少年、魔法少年の癖に───かなりの戦闘狂だった
そうして彪猫が言葉を継ぐ間もなく
返答を待たずに踵を返し、駆け出した
〈あっ、おい…!………人の話ぐらい、最後まで聞け〉
苦労人な男はまた、額を押さえ、深いため息をついた
興奮した瑠衣也が最初に訪れたのは
旧校舎側の「生物学室」
だが、扉を勢いよく開いた瞬間──────
«へぶっ゙?!»
顔面を直撃したのは、ふわふわした不思議な生き物だった
“きゅー”と愛らしい鳴き声を残し、瑠衣也は床へ転倒する
«……なっ、なんだコイツ!»
[ ごめんごめん、うっかりしてた(笑) ]
[ 勢い余って飛ばしすぎちゃったなぁ ]
軽やかな笑い声が響く
振り返ると、瑠衣也と同じ位の年頃の少年が立っていた
獣の耳を揺らし、柔和な瞳を持ち、穏やかな笑みを浮かべている
« お前が……特待生? »
[ 俺は────古狐八雲
ここで生物学を担当してる特待生だよ ]
八雲、と名乗る少年はここを管理していた
生物学室には緑と生命が溢れている
植物が天井を覆い
不思議な生き物たちが宙を舞い、床を駆け回る
先ほどの小動物もそのひとつらしい
[ 瑠衣也くん、彪猫先生に言われて来たんでしょ? ]
八雲は瑠衣也の事情をすでに知っている様に、にこりと微笑む
[ でも…すぐに花丸はあげられないなぁ ]
«はぁ?!»
抗議する瑠衣也に、八雲は穏やかに告げた。
[ 君に世話をお願いしたい生き物がいるんだ
一週間だけでいいよ、ご飯をあげて、排泄を確認して
撫でてあげるだけ──簡単なお仕事だよ ]
«一週間も?! ふざけんなッ!»
[相手は老犬だよ~?
もう年だから、ゆっくり撫でてあげるだけで喜ぶから…
俺一人じゃ手が足りなくてね~]
彼の穏やかな声
だがその奥には、試すような色が潜んでいた
八雲が指さした、生物学室の奥の方では
老犬はすでに寝台で丸くなり、静かに寝息を立てていた
瑠衣也は渋い顔をしながらも、最終的には拳を握りしめる
«……分かったよ。一週間だな…
…ただし!!その後はちゃんと花丸貰うからな!!»
[ ありがとぉ、助かるよ~ ]
八雲の笑みはどこか妖しく、それでいて優しかった
瑠衣也が去っていった後、八雲は窓の外の桜を見上げて呟く
[ ……この一週間で
瑠衣也くんはどこまで大人になるのかな ]
淡い花弁がひらりと舞い落ちた
次の日、授業を終えた瑠衣也は
生物学室へと足を運んだ
時間ぴったりに現れた彼に、八雲は口元を緩める
[ 時間を守るんだねぇ、瑠衣也くん 偉い偉い ]
«やめろっ!ぶっ殺すぞ!……俺は約束破らねぇんだよ…»
軽口を叩きながらも案内されて辿り着いたのは
昨日八雲が指を指していた生物学室の奥
そこは賑やかな生物学室の中でも特に静かな一角で
薄暗くも落ち着いたその場所に、一匹の老犬が横たわっていた
[ 彼の名前はドナ
ハウンドドッグとダックスフントの交配種でね…鼻がよくきくんだぁ
こう見えて、警察犬のエースだったんだよ~ ]
八雲の説明に目を見張る瑠衣也
小柄な体に衰えは見えるが、鼻先をひくひく動かす仕草に、只者ではない気配があった
[ じゃあ…俺は用があるからあとは宜しくね~ ]
八雲が去ったあと、改めて瑠衣也はドナに挨拶を交わす
──垂れた耳、短い足、白く濁った瞳
もう目は見えないはずなのに
瑠衣也の匂いを嗅ぎつけると、鼻をひくつかせて嬉しそうにしっぽを振る
«……小せぇ体でよくやったもんだな»
思わず呟く瑠衣也
どこか自分を重ねた老犬に照れ隠しに悪態を吐きつつも
瑠衣也は真剣に世話を始めた
【1日目】
世話をする瑠衣也の隣でドナはぐるぐると周りを歩いていた
わんっ
──ドナは意外なほど元気で人懐こく瑠衣也にすり寄ってきた
«邪魔だっつーの…»
瑠衣也は口では突き放しながらも、撫でる手つきは優しい
八雲はそんな様子を見て、笑みを隠そうともしなかった
【2日目】
瑠衣也が試しにキャッチボールをしてみると
ドナは衰えた足取りながらも鼻を頼りにボールを追いかけ、瑠衣也の元へ持ち帰ってくる
ぎこちなくも懸命に遊ぶ姿に、思わず瑠衣也の口元が緩んだ
«やるじゃねぇか…!»
わんっ
その言葉に、ドナは誇らしげに尻尾を振った
【3・4日目】
疲れたのか、ドナは寝床で静かに横たわる時間が増えた
退屈そうにしていた瑠衣也だったが犬用の菓子を分け与えながら
ドナに語りかける
«…お前……昔はエースだったんだってな»
わんっ
«ヒーローだな、すげぇな…俺もヒーローになりてぇんだ»
わんっ
«……俺の夢馬鹿にしてんのか?»
わんっ
«……分かんねぇよな…でもな
俺、絶対ェにヒーローになるんだ
平和な世界で……平和な世界で…、……なんだろうな…»
誰にともなく語り出す瑠衣也に、ドナはまるで肯定するように吠え
瑠衣也は一瞬照れ臭そうに笑った
【5〜6日目】
数日前とは打って変わって明らかに元気をなくし
ご飯も受け付けなくなったドナ
«……おい、食えよ»
焦りながらも、何もできない瑠衣也は
ただひたすら撫で続けるしかなかった
いつもの彼の皮肉も文句も、この時ばかりは影を潜め
ただ傍にいることを選んだ
【7日目 ( 最終日 )】
昨日までの弱々しさが嘘のように
ドナは元気を取り戻していた
«ンだよ…心配させやがって…!»
きっと、数日前に遊び疲れて
昨日は体力を回復していただけだろう
瑠衣也はドナに駆け寄るとめいっぱい頭を撫でてやった
わんっ!
生物学室の狭いスペースを駆け回り
瑠衣也の顔を舐めて、全身で甘える
«ははっ、やめろバカ! よだれつくじゃねぇか!»
怒鳴りながらも、心から楽しそうに笑う瑠衣也
その日、学校が終わるまで二人はめいっぱい遊び続けた
そして最終日の次の日
この日、瑠衣也は八雲に報酬の” 花丸 “を貰いに来ていた
[ いやぁ…本当にありがとう~、すごく助かったよ~ ]
«うるせぇな…こんくらい、正義の味方なら朝飯前だろ»
瑠衣也は、頭を撫でる八雲の手を照れ隠しのように払い除け
また、生物学室の奥へと足を運ぼうと歩みを進めた
[ どこに行くの~? ]
«ドナのとこ»
瑠衣也は当然のように返す
[ 瑠衣也くん…ドナのこと、好きになったんだね~(笑) ]
«ち、ちげぇよ…!ただ……ついでに世話してやるだけだ!»
[ 素直じゃないなぁ…、でもドナも凄く喜んでたよ~ ]
«当たり前だろ? 犬1匹元気にできない奴がヒーローなんて務ま────
[ 瑠衣也くん ]
[ ドナはね、もう死んじゃったんだ ]
不意に口から零れた言葉に、八雲はいつも通りの柔らかな笑顔を浮かべた
八雲の口から返ってきたのは、残酷な現実だった
その一言が、瑠衣也の心を激しく揺さぶった
瑠衣也の足が止まり、身体が固まる
聞き間違いだと信じたくて、これは夢だと信じたくて
瑠衣也は思わず笑みをこぼす
«……は?»
昨日の光景が、脳裏に鮮明に蘇る
尻尾を振り、駆け回り、顔を舐めてきたドナの姿
あれは最後の──────別れの挨拶だったのか
«嘘だろ»
瑠衣也はかすれ声で呟いた
八雲は優しい表情で、しかし現実を覆すことはせず
[ 今日の朝、体調を確認しようとしたら
もう天国に行っちゃってたんだ
あの子は君に最後を託したんだと思うよ ]
と静かに言った
[ 中治り現象っていうんだ
死期が近づいた子が、最後に元気を見せることがある
きっと瑠衣也くんに“ありがとう”を言いたかったんだよ ]
八雲から差し出された首輪を受け取る瑠衣也の手は、震えていた
ずしりと重い革の感触が
まるで命そのものを失った証のように胸にのしかかる
瑠衣也にとって、人生で初めての感覚だった
«…別に…、彼奴も天国で楽になるだけだろ?»
«………っは、世話の手間が省けたな»
しかし八雲は、その虚勢を見抜いていた
[ 無理に強がらなくていいよ ]
その優しい声に反して、瑠衣也の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる
止めようとしても止まらない
拳を握りしめ、唇を噛み、必死に嗚咽を殺す
八雲はそんな瑠衣也の肩に手を置き、問いかけた
[ ねぇ、瑠衣也くん どうしてヒーローになりたいの? ]
[ 英雄になって皆から称えられたいの? ]
[ それとも“ヒーロー”って職業で食べていきたいの? ]
«ちげぇよ……っ!»
瑠衣也は、絞り出すように声を荒らげた
«ただ……ただ悪いやつを倒して、それで……»
言葉が詰まった
胸が締め付けられ、先が続かない
八雲は静かに首を振り、優しく告げた
[ う~ん、分からなくていいよ
命の価値なんて、誰も分からないんだから ]
[ でもね~俺、瑠衣也くんの夢、すごく素敵だと思うよ ]
[君はヒーローになれる]
«…俺に……出来るのか?»
瑠衣也は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、震える声で尋ねた
八雲はためらいなく答えた
[出来るよ~きっと、君は優しいから]
«……優しい?俺が?»
瑠衣也は鼻をすすりながら、信じられないように笑った
[ うん、じゃなきゃ今の君みたいに泣けないよ~ ]
八雲は柔らかい眼差しで瑠衣也を見つめる
«その優しさ、忘れないでね
君はきっと世界一のヒーローになれるから»
涙を拭い、瑠衣也は震えながらも
心底幸せそうな笑みを浮かべた
«分かった»
八雲はそんな瑠衣也の頭を撫でる
«やめろ、子ども扱いすんな……!»
その顔は泣き腫らして真っ赤だったが
間違いなく少年らしい笑顔だった
八雲はまたその頭を撫で
瑠衣也は鬱陶しそうに──けれどどこか嬉しそうに、その手を払いのけた
その口からはもう”殺す“なんて言葉は飛び出さなかった
ドナの存在は、瑠衣也の心に“命の重さ”を刻みつけた
八雲は静かにその変化を見守りながら
どこか寂しそうに、そして優しく笑った
そして瑠衣也は学んだものを胸に
次の試練へと足を向かわせるのだった─────
コメント
6件
1週間預けるって言う時点でドナの最期を見切ってた俺夜雲検定最上段取れるなコレ。 というかるやの俺の解像度が高すぎてびっくり こういわれたら、こういう事があったら俺ならこー言うな、とか思ってたらほぼジャストで当ててくるじゃん 生き物は死ぬ前に大切な人に元気な姿を見せて大切な人に見られないよう隠れて死.ぬ。 いいよね るやの豊富な語彙と文章力に惹き込まれたよ~ 続き、楽しみにしてるね(◍ ´꒳` ◍)
ドナが死んだって所で一気に泣きそうになった😭 命の重さは測りきれないくらい重いもんなぁ……
るいやちゃかっこいいだいすき🥹💌 実は心優しい所がギャップ!!✨✨ やーちゃは相変わらずふわふわ話してたけど、言葉がきょーれつ‼️めっちゃ心に響いた!!✨