まだ空が淡い色をしている早朝。
眠気を引きずりながら、ひまなつはゴミ袋を片手にアパートの外に出た。
冷たい朝の空気が肌に触れて、思わず肩をすくめる。
静かなはずの一角で、ひとつだけ、場違いな音があった。
カサ……カサ……
「……え?」
ゴミ置き場の横。
ボロボロのダンボールが、かすかに揺れている。
ひまなつは固まった。
「……ゴミ袋、動いたりとかしないよな?」
冗談みたいに呟きながら、近づく。
心臓がどくどく音を立てる。
そっと手を伸ばし、ふたを開けた――
小さく啜るような声。
そして。
そこにいたのは、 淡い水色の毛をまとった猫。
吸い込まれそうなほどきれいな、水色の瞳。
とても綺麗で、とても儚くて、 それでも必死に生きようとしている小さな体。
「……なんだよ、お前……すげぇ綺麗じゃん……」
見惚れてしまった。
でも、猫は怯えたように身を縮め、
弱々しく「……みゃ」と鳴いた。
――置いていかれた。
――寒い。
――怖い。
そんなふうに聞こえてしまった。
ひまなつはゆっくりしゃがみ込む。
「大丈夫、大丈夫。怖くないよ。俺、噛まねーし」
優しく手を差し出す。
猫は少しだけ目を伏せ、震えていた。
それが胸に刺さる。
「……放っとけるかよ。朝から重いよ、ほんと……」
そう言いながらも、
ひまなつは迷わずそのダンボールを抱え上げていた。
まずは家でタオルを温めて、 優しく体を拭いてやる。
冷たくなっていた毛が少しずつ温もりを取り戻し、 汚れの隙間から、本来のやわらかな色が見えてくる。
「すげぇ……本当に水色だ……」
撫でる手が自然と優しくなる。
そしてそのまま、動物病院へ。
診察台の上で、その猫は固まっていた。
暴れない。
鳴かない。
ただ、小さな体をぎゅっと固め、耐えている。
「……緊張してんのか、お前」
ひまなつは隣で苦笑する。
先生が道具を手にしても、 その水色の瞳はただじっと前だけを見ていた。
「大人しいですね」
医者がそう言うと、 ひまなつはそっと背中に手を添えた。
「大丈夫。もう捨てられねーよ。ちゃんと世話するから」
小さく、小さく。
ほんの僅かに、猫の体が緩んだ。
家までの帰り道。
キャリーケースの中で、その猫はじっとひまなつを見ていた。
「何だよ……そんな顔で見るなよ。ちゃんと世話してやっから……」
少し照れくさくて、でも嬉しくて。
アパートの部屋に着き、 優しくタオルで包み直し、暖かい場所に寝かせる。
そして、ひまなつはぽつりと呟いた。
「名前……どうしよっかな」
静かな朝の光が差し込んで、 水色の毛がふわっと光を吸い込むように柔らかく輝く。
まるで、優しい雨のあとみたいで。
夏の終わりのこさめみたいで。
「――こさめ。お前の名前、それだ」
視線を合わせ、呼んでみる。
「こさめ」
水色の瞳が、ひまなつをじっと見つめた。
心配そうな目じゃない。
さみしそうな目でもない。
ただ、『覚えようとしてる』みたいな顔。
それが可愛くて、ひまなつは思わず笑う。
「今日からよろしくな、こさめ。 怖い思い、もうさせねぇから」
こさめは返事をするように、小さく瞬きをした。
そして、ふたりの穏やかな朝が始まった。







