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「比嘉っ!」
玉城は立ち尽くしている比嘉の隣に並んだ。
「……ギィゃあアああッ」
「助ケデえ゛!!」
五十嵐と藤原の2人は、照屋に交互に噛みつかれて、この世の者とは思えない叫び声を上げている。
「あいつ、木村とディープキスしたからか……!」
スプラッター映画でも観たことのないようなおぞましい光景に吐き気が襲ってくる。
玉城は片手で口を覆いながら、もう一つの手を比嘉の前に翳した。
「……唾液感染、か」
立ち上がった知念も、照屋と彼に噛まれて臓物をぶら下げている五十嵐と藤原を見下ろした。
「もうこの3人はダメだよ。殺すか逃げるかしないと」
「――ふざけんなっ!!」
比嘉は知念を振り返った。
「ブス共はどうでもいいけど、照屋は見捨てらんねえんだよ!!」
――そう言うと思った。
玉城は舌打ちをしながら比嘉を睨んだ。
「馬鹿か!あんな状態になって助かるわけねえだろ!!」
「うるっせえ!!」
比嘉は玉城が翳した腕を振り払った。
「……俺が助けるって言ったら、助かるんだよ!」
「――――」
その顔が―――。
『……ガタガタうるせえな』
まだ黒髪だった時の、彼と被る。
『俺が助けるって言ったら、助かんだよ……!』
そう言って踏切のフェンスを飛び越えて行った彼と重なる。
「比嘉……!」
比嘉は銀髪を振り乱しながら、照屋に向かって走っていく。
気配に気づいたのか、白く濁った照屋の瞳が比嘉を見上げる。
真っ赤に染まった口が、ニヤリと笑う。
それでも比嘉はひるまずに照屋に向かっていく。
―――ああ、そうだ。
お前はそういう奴だ。
そういう奴だから、俺は―――。
お前を……好きになったんだ……!
玉城はフッと笑うと、
思い切り床を蹴った。
************
「なんでこんな問題も解けないんだ……!」
「その問題は、まだ授業でも塾でも習っていなくて――」
「誰にものを言っている?」
父は玉城を睨みつけると、化学の問題集を床に叩きつけた。
「この私の耳に、言い訳などという汚らわしいものを入れるな……!」
「―――!」
父にとっては授業でどこまで進もうと、
塾でどこまで習おうと関係ない。
「お前は玉城の人間にふさわしくない」
つまりそういうことだ。
玉城の人間であれば、こんなの習わなくてもわかるはずだと。
生まれた瞬間から理解していろ。
そう言うことなんだな。
口に出して言ったつもりはないのに、父は玉城の胸倉を掴み上げると、そのまま右フックを左顎にぶちこんだ。
「昔から玉城家は医者の家系と決まっているのだ。それを獣医だなんて―――」
父の怒りに震えた拳がまた襲ってくる。
「なんでだ……!なんで獣医なんかに逃げようとするんだ!なんで……なんでだ!?」
罵倒と共に拳が飛んでくる。
――なんで?
そんなの決まってるだろ……?
―――動物が、好きだからだよ。
「――これ、お前の猫?」
比嘉と会ったのは、玉城が高校に入ってすぐだった。
まだ黒髪だった自分と比嘉。
度重なる父親の暴力に耐えかね、ついに父親を殴った夜。
慣れない酒を飲みながら街を歩き、肩先が触れた奴、すれ違いざまに目があった奴を、無差別に殴っていった。
そのうち一発が、面倒くさい奴に当たった。
次の日の放課後、帰り道の公園で猫を撫でているとき、大袈裟に顔に包帯を巻いてきた男は、10人を超える仲間を連れてやってきた。
健闘したつもりではあったが3人が限界で、残る7人にボコボコにされた後は、滑り台の下から心配そうに見ていた猫を拉致られた。
必死で追いかけたが、そのたびに蹴られ踏んづけられた。
それでも奴らの夕闇に伸びる影を追っていくと、駅の近くの踏切に奴らのものだと思われるネクタイで線路に結び付けられていた猫を見つけた。
「ミャー、ミャー」
猫は自分の身に危険が迫っていることが本能的にわかるらしく、仰向けのまま暴れる。
カンカンカンカン。
踏切が下がってくる。
急がないと電車が来る……!
傷む身体を奮い立たせ、踏切の中に飛び込もうとした瞬間、首根っこを掴まれた。
「キミ!危ないじゃないか!」
サラリーマン風の男。
父親よりも、今日ボコってくれた男たちよりも、なんならクラスメイト達より断然細い。
それでも痛む身体が辛くて、殴られた身体の自由が利かなくて、男の手を振り払うことができなかった。
「猫がいるんだよ!猫が!!」
パニックになって叫んだ。
「誰か、電車を止めてくれ……!!」
「……ガタガタうるせぇな」
そのとき、玉城とサラリーマンの横を、銀色の何かが走り去っていった。
「あ、おい、君!!」
誰かが叫ぶ。
「もう無理だ!戻りなさい!」
「俺が助けるって言ったら、助かるんだよ!」
彼は猫が縛り付けられているところに飛び込むようにしゃがむと、繋がれていたネクタイをほどいた。
―――ブオオオオオオオオ―――
電車の高らかなクラクションが鳴り響く。
だめだ、間に合わない……!
電車があっという間に近づき、そして猫と銀髪の男は見えなくなった。
「………あ………あ………!」
間に合わなかった。
猫どころか男子学生まで犠牲になってしまった。
玉城はしゃがみ込むと、アスファルトに額を擦りつけた。
「――こいつ、お前の猫?」
「……!?」
その声に顔を上げると、ネコの首根っこを掴みながら、踏切のフェンスの上にしゃがんでいる男が見えた。
「ほらな、助けてやったぞ」
赤いヘアピン。
鋭い目つきに黒いネイル。
どこかハイカラな少年はそう言うと、ニカッと笑った。
************
――俺はあの時、誓ったんだ。
助けてもらった猫の代わりに、
俺があいつを守ろうって。
危険な時はアイツの盾になろうって。
たとえ、命に代えてでも……!