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比嘉は照屋を睨んだ。
――やっば。
白く濁った目。
女たちの血肉を貪ったせいで真っ赤に染まった口元。
もうとっくに人間じゃない。
――これ、本当に助けられるのか?
自分の中の冷静な自分が聞く。
――無理だろうな。
もう一人のもっと冷静な自分が答える。
だけど――。
「見捨てるって選択肢は、俺にはない」
比嘉は照屋を見つめた。
************
入学して間もない頃、気まぐれに猫を助けた。
そのとき知り合った玉城は、次の週に髪を金髪に染め上げてきたから、比嘉も次の日銀色に染めた。
「お前が金ならこっちは銀だ」
「なに張り合ってんだよ」
そんなつまらない会話も居心地がよくなってきたころ、
「なあ。比嘉ってさぁ」
話しかけてきたのは照屋からだった。
剃りこみの入った髪の毛。
大きな体に着崩した制服。
どうみても粗暴の悪い照屋に警戒した玉城が立ち上がろうとするのを制して、比嘉は振り返った。
「なに」
「子育てセンターとか行ってなかった?ガキの頃」
「………」
正直あまり覚えていないが、確かに家の近所には子育てセンターがあり、母親が連れて行ってくれたと聞いたことがある。
「……行ってた、かも?」
「あやっぱり!お前の母ちゃん、めちゃくちゃ美人だから覚えてたんだよ俺っ!」
照屋はニカッと笑って言った。
――子育てセンターなんてせいぜい3歳くらいまでしか行っていないはずなのに、そんな年のガキが母親が美人だから覚えてるのってどんだけだよ……。
「ふっ」
比嘉は吹き出した。
そして笑顔で答えた。
「だろ。美人だったんだ」
今度は照屋が笑う。
「それ、ひどくね?今は美人じゃねえのかよ」
「あー」
比嘉は笑顔を崩さないまま言った。
「死んだから。癌で3年前」
「――――」
玉城が視線を上げる。
別に隠すことでもない。
ましてや恥ずかしいことでもない。
「…………」
照屋は小さく息を吸い込むと、ポケットから何かを取り出した。
そしてカサカサと包装紙を剥くと、いきなり比嘉の口に何かを押し込んだ。
「………!?」
反射的に舐めると、甘く香ばしい香りが口いっぱいに広がった。
「キャラ……メル?」
驚いて見上げると、照屋は大きな身体を震わせた。
「やるよ。食え。なっ?」
その小さな瞳には涙が滲んでいた。
「―――ぷ」
「―――くッ」
比嘉と玉城は同時に吹き出した。
「無駄なギャップ萌え……!」
「萌えねえって!!」
比嘉と玉城はヒイヒイ言いながら笑い続けた。
************
「俺たちサイコーだったじゃん」
比嘉は悲鳴を上げてのたうち回っている女たちを蹴散らすと、照屋の前に立った。
「こんなクソみたいな別れなんて、俺らには相応しくねーよな」
そう言いながら制服の袖を捲る。
「もっと遊ぼうぜ。な……?」
差し出された腕を見上げながら、照屋はニヤリと笑った。
立ち上がり、比嘉に向けて迫ってくる。
「馬鹿!!逃げろ!!」
誰かの声が聞こえる。
『上ヒ嘉ぁ!!!』
目の前に迫った照屋が、白い目でこちらを見上げる。
『イ奄ナニちレよずっー⊂一糸者ナニ″ょナょぁ!?』
口を開ける。
鋭く尖った歯。
もうとっくに人間じゃない。
比嘉は目を閉じた。
――ああ、そうだよ。
たとえ人間をやめようが、
たとえ死のうが消えようが、
俺たちはずっと一緒だ。
「う……!」
低い声が頭上から聞こえた。
「―――え」
驚いて目を開けると、目の前には金色の髪の毛が靡いていた。
「逃げろ!比嘉……!!」
脇から見える玉城の腕には比嘉が噛みついていて、
『ぅ<″っ』
そのまま引き千切らんばかりに顎を左右に振っていた。
「知念!東!どっちでもいい!」
玉城が叫ぶ。
「この馬鹿を連れて行けっ!!!」
動いたのは知念だった。
「行くよ!」
彼は素早く比嘉の脇に入り込むと、二の腕を掴み走り始めた。
「……ッ!!」
すごい力だ。
――こいつ……!
驚いている間に、照屋と玉城はぐんぐん遠くなっていく。
知念に体育館の出入り口まで引きずられていくと、
「待ってよぉ!」
東が追い付いてきた。
そこまで来てからやっと比嘉は知念の手を振り払った。
「離せよ!俺は……うッ!」
左頬に衝撃が走り、比嘉は廊下に殴り倒された。
「いい加減にしろ!」
知念は体育館の扉を閉めながら叫んだ。
「助けたかったらクリアしかないんだよ!」
――こいつ、本当に知念か?
比嘉はじんじんと痛む頬を抑えながら、目を見開いた知念を見上げた。
――お前、そんな大声も出るんだな。
そんな大声で、自分の意見を言えるんだな。
じゃあ、
なんであのとき、
助けを求めなかった――?
あのときお前が叫んでいれば、
お前は、
〇〇なくて済んだのに。
「!!」
――なんだ?今の……。
何かを思い出しそうになった思考は、
まるで潮が引くように記憶の海に溶けていってしまった。
「……行こう」
知念はそう言って比嘉に手を翳した。
――今はあいつらを助けることに集中しないと……!
「……ああ」
比嘉は彼を見つめ返すと、その華奢な手を掴んだ。