テラーノベル
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徒歩25分の道を、いつも歩いていたのには理由がある。自転車で行けばいいのに、とよく茉唯にも言われている。好きな曲を聴きながら自然に溢れたこの道を歩くことが好きなの。春には桜、夏には近所の人の庭に咲く向日葵、秋には沢山の紅葉、道には落ち葉のカーペット、冬は雪で溢れた道路に足跡をつける。だけど、今日は何故かこの道を歩きたくなかった。蒼眞が倒れてから、1日と半日が経った。まるで蒼眞が世界から消えてしまったような感覚がする。
「綾愛、辛かったね」
教室に入ると、茉唯が私を強く抱き締めてくれた。その優しさが、今の私の心に染みる。日曜日は、何も楽しくなかった。私の前世や、レオの正体を考えたり、夏休みの予定を立てたりしたかったけど、私は蒼眞に対する罪悪感で押しつぶされそう。目は腫れて、何も考えられない。
「羽野さん、蒼眞は大丈夫だよ。羽野さんが気にすることないって」
夏目くんも、私を励ましてくれる。
「そうだよ!夏目、あんたも優しい男だ」
「橘、そういう調子のいいこと言うなよ」
「綾愛は何にも悪くない。人の体調不良とか、分かりづらい時もあるし、突然だったんだから尚更ね」
「…ありがとう」
席について、私は顔を伏せる。このまま、目を覚まさなかったらどうしよう。
お母さんは、結局蒼眞のご両親に会うことができなかったみたい。
「羽野さん、だっけ?」
机を、コンコンと指で鳴らされて顔をあげる。見たことあるような、ないような、そんな女の子が私の前に立っていた。
「私ね、羽瀬川くんのことが好きなんだ」
くしゃっと笑うその子の正体は、この間告白していた子だった。
「羽野さんのせいで、羽瀬川くん不幸に晒されちゃったのかなって私考えたの」
そう彼女が言った直後、私の耳元に近づいてこう囁かれた。
「これ以上、羽瀬川くんの隣にいると羽瀬川くん、死んじゃうかもよ?」
「何言ってるの…?」
「羽瀬川くん、あなたと話してから変わったよね。
嫉妬しちゃったの。これ以上は関わって欲しくないなって伝えたくて意地悪してみた」
歪んだ笑顔が、怖い。
「もし、羽瀬川くんがこのまま目を覚まさなかったら羽野さんのせいだね?一緒にいたのに、気づかないんだね」
「…ごめんなさい、それは本当私のせいで」
「気に入らないの、あなたが。
夏目くんと喧嘩した理由、あの短冊なんだってね?
羽瀬川くんのお願い、皆に言ったらどうなるかな」
誰かの心無い言葉が、蒼眞の胸を刺すかもしれない。私はそう考えた。怖くなった。また、蒼眞が自分の世界に閉じこもってしまったらどうしよう。余計、蒼眞は私のせいで傷ついてしまう。
「わかった。蒼眞のこと、よろしくね」
精一杯、口角を上げた。私は何か勘違いをしていたのかもしれない。女子から結構人気のある、顔が整っていて性格も良い同い年の男の子と私なんて釣り合わない。短冊のことで何度も迷惑をかけたし、蒼眞の優しさに甘えていたのかもしれない。大体、蒼眞の恋人になることじゃなくて蒼眞の会いたい人を探すことを目標にしていたし、出しゃばってしまった私が悪いんだ。
もう、終わりにしよう。
私は、レオと向き合うべきなんだ。
一刻も早く、蒼眞が目覚めて元気になってくれれば、それでいい。
「綾愛、さっきの子と知り合いなの?」
「うん、ちょっとね」
「…大丈夫?」
「羽野さん、顔色悪いよ」
鞄を持って、私は教室を出た。誰にも何も言わず、家に帰る。家には、レオしかいない。
「綾愛さん、今日は早いですね」
「うん、今日は早く終わったの」
「まだ9時にもなってないですけど…」
そんな言葉を無視して、部屋に閉じこもる。気づけば眠っていて、スマホのバイブ音で目を覚ました。もう夕方なんだ。沢山通知が来ていたけれど、嫌悪感が湧いてきて、スマホの電源を落とした。
本棚に閉まった、指切り姫を読み返すと、また涙が出てきてしまう。
蒼眞のこと、好きなのをやめたい。このまま、羽野綾愛をやめてフラン・ラルムとしてレオと結ばれれば、レオは幸せだし、私も楽なのに。
「綾愛!!!あんた何してるの?!
学校はどうしたの?大丈夫?」
ドアを思い切り叩く音に驚く。 怒られるのが怖くて、私は何も言えない。
「…綾愛の心、共有して欲しいなって姉として思ってるよ」
優しい、綾葉の声を聞いて、私は部屋の鍵を開けた。
「何があったの?」
暗い部屋に、綾葉と2人きり。蒼眞に救ってもらったこと、蒼眞を好きな女の子に言われたことだけを話した。レオのことなど、信じてもらえるわけないから。
「それで、他に隠してることは何?」
「隠してることなんてないよ」
「じゃあ、急にレオってあだ名付けたのはなんで?」
「…それは別に今関係ないし」
綾葉は、私の手を取って、真剣な目で見てくる。姉妹で、いつもふざけ合ってるからこそ妙に緊張した。
「全部、信じるよ」
綾葉のその言葉で、私は心に張ってあったピンとした糸が切れた。
「…どうしたらいいのかわかんないの。私、私は誰なの?私本当は蒼眞が好き。なのに、レオが…!」
子どものように、声を上げて泣いた。レオには、どうか聞こえてませんように、そう心から願った。
「私ね、綾愛には幸せになって欲しい。心の底から笑っていて欲しいの。綾愛の笑顔は、私やみんなの幸せでもあるけど、何よりも綾愛自身の幸せなんだよ」
柔らかい、私と似た瞳でそう言って、私の背中や頭を撫でて、抱きしめてくれる。
「だから、綾愛には幸せな選択をして欲しい。レオくんと何があったか知らないけど、綾愛が今苦しんでるのはその2人に挟まれているからだよね?」
「レオは、私じゃなくて…!
でも私は、その人にはなれなくて…レオを愛せなくて、レオとちゃんと向き合えなくて。何とか丸く収められたけど、私と重ねられているのが嫌で…!」
綾葉は、小さく笑って、ベッドに置いた指切り姫を持つ。
「この香り、なんか懐かしい感じするよね。
ねぇ知ってる?綾愛の名前の由来」
「知らないけど…」
「お母さんに聞いてみてよ、きっと驚くよ!
だって、綾愛はこのお姫様が好きなんでしょ?」
「…なんでわかるの?」
「だって、この本を児童館で読んでもらった時、目を輝かせてたもん」
児童館で読んでもらったこと、あったっけ。
「それでね、近くにいた男の子に王子様役をやってもらってさ、私はフラン・ラルムよ!って」
「そんなの絶対うそだよ…!記憶ないし」
「いやいや!ほんとだよ、その人のお母さんが読んでくれてたんだけどみんなでもう大笑い!可愛かったなー、2人とも」
綾葉はその場で大笑いをしている。2歳の時の記憶など、ほとんどない。お母さんにこの本を読んでもらったとしか覚えていない。
「え、この本お母さんが読んでくれたんじゃないの?」
「違う違う、その男の子のお母さんが読んでくれたんだよ。けど、その後綾愛にこの本くれたの。うちは男の子だからって。その本、どうしたんだろうね?」
帰ったら、お母さんに聞いてみたいことが増えた。学校のことは、怒られるかもしれないけど。
「まぁとにかく、綾愛は綾愛らしくいること!
それが私との約束ね?はい、指切りげんまん」
綾葉の手は、温かかった。気づけば涙は収まっていて、リビングに行ってお母さんの帰りを2人でお菓子を食べながら待った。今日は、外食にでも行っちゃおうよと話しながら。
「綾愛!今日、学校どうしたの?」
心配そうな顔をして、私にそう尋ねる。私の目の腫れを見て察したのか、優しく撫でてくれた。綾葉は、お母さんに似たんだね。
「…ねぇお母さん、私の名前の由来って何?」
お母さんは、驚いたような顔をして嬉しそうに笑う。
「アイリスの花の仲間を、アヤメっていうのよ。
指切り姫を初めて読んだ時、あなたを身篭っていてね。フラン姫のように、強く勇敢であって欲しいと思って、お姫様の好きなお花、綾愛って名前をつけたの」
奥にある、物置部屋から古くホコリの被った本をお母さんは持ってきた。
「この本、昔子どもたちに読んでくれていたお母さんがいてね、綾愛があまりにも騒ぐもんで、貰ったの。もう絶版になっちゃったんだけど、まさか綾愛が持っているなんてね」
お母さんは懐かしそうに、本を見ている。何も覚えていないことが悔しい。そのお母さんに、出会わせてくれてありがとうっていつか言えたらいいのにな。
「ねえお母さん、あの王子役の男の子、元気してるかな?」
「どうだろうね、同い年くらいだったよね?確か、はせがわさんだっけね」
「児童館なら、ここら辺住んでるんじゃない?」
はせがわ、という言葉に私の耳が反応した。
「はせがわ、長いの長じゃなくて、羽?」
「そこまでは知らないけど…
あ、そういえばこの間病院でご両親に会えなかったからお母さんもう一度行くけど、綾愛も来なさい」
外食を頼む綾葉をそっちのけて、ご飯を作り出したお母さんは何処か昔話ができて嬉しそうな顔をしていた。
私は、私らしく。そんな言葉を大切に、私はレオの前でフランを意識するのではなく、私でいようと思った。
「…レオ?入ってもいい?」
父の部屋に入ると、レオは楽しそうに絵を描いていた。
「何描いてるの?」
「昔見た、炎です」
「…じゃあ、今から見に行こうよ」
時計は、17時45分を指している。窓からは橙色が見える。レオの手を引いて、私はひたすらに走った。家から5分の、河川敷に到着する。
「ねぇ、今から目を瞑っててね」
「えぇ!怖いですよ」
レオはそう言いつつも、素直に私の言うことに従ってくれた。暑い、この夏に見るにはとっておきのもの。コンクリートにレオを座らせる。
「はい、目を開けて!」
目の前には、燃えているような夕日が照らしている。
「…綺麗だ、フランと見た時と同じくらい」
「レオのその青い瞳の方が、私は綺麗だって思っちゃうけどね」
「僕の目…?」
「うん、そのサファイアのネックレスみたいに綺麗だよ」
レオは嬉しそうにネックレスを見つめている。
「この間の男の子といる時の綾愛さんは、夕日の何倍も綺麗です」
急にそんなこと言われるもんだから、私は固まってしまう。
「勝手なこと、この間は言ってごめんなさい。フランの代わりになって欲しい訳じゃないんです」
「…そっか。良かった、てっきりそうなって欲しいのかと思った。前世で愛した人を愛せなくて苦しかった。レオのことは大切な友達だって思ってる」
「僕、向こうに帰ったら綾愛さんの言う通り、たくさんアイリスの花を咲かせます。それで、フランを想いながら寿命が来るまで生きたいです」
夕日に照らされた、青い瞳が眩しい。フラン姫、前世の私はこの瞳に惹かれたのかな。
「だから僕と、向こうへ帰る方法を探して欲しい。
フランとやりたいことに付き合ってもらうんじゃなくて、僕を向こうの世界へ返して欲しい」
レオは私に小指を差し出す。
「約束、です」
「約束だよ、レオ」
「ありがとう、綾愛さん」
「けど、いなくなったら少し寂しくなっちゃうね」
胸にあった黒くて苦しいものが、少し去った気がした。全て取り除けていない理由など、分かっている。私は、蒼眞を傷つけないがためにあの子に言ってしまったから。”蒼眞をよろしくね”って。
どうするべきなのか、そんなの分かっている。
だけど勇気が出なくて、ただただ時間だけが過ぎていった。レオを戻す方法も、分からない。
終業式は終わり、夏休みに入った。蒼眞が倒れてから1週間が経った。明日は、蒼眞のご両親に会いに行く日。本を枕元に置いて、私は眠った。懐かしいアイリスの匂いに、包まれながら。
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設楽理沙
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コメント
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凛さん、第8章「アヤメ」読み終えました📘 告白してきた子の「死んじゃうかもよ」ってセリフ、ずしんと来ましたね…綾愛が自分を責めて「蒼眞をよろしくね」って言っちゃったところ、胸が締め付けられました。でも綾葉の「全部、信じるよ」にじんわり。児童館の思い出や名前の由来が蒼眞くんに繋がる伏線かな?夕日に向かってレオと新しい約束を交わすラスト、優しい光が見えたようでほっとしました🌷