換気のために開けられた窓。
吹き込んだ風に膨らんだカーテンが揺れるのを、ベッドに寝転んだ格好のまんまぼんやりと眺める。
その隙間からのぞく歪な半円に切り取られた空の色は、雲のかけらひとつも見えなくて真っ青だ。
この間までは猛暑日が続き、確かに暑かったのに、いつの間にか肌寒くなって、めっきり秋。
カーテンを揺らす爽やかな秋の風は、自分の隣に寝そべる勇斗の髪も一緒に、さらさらと撫でていく。
眠そうに目を細める嫌味なくらい綺麗な顔に、ふと思い付いて、手のひらをそっと這わせてみた。
「なぁ、はやと」
「…ん」
呼びかけると、動きは緩慢ながらも、勇斗は猫のように手のひらに頬を擦り寄せ、まっすぐ視線を合わせてきた。
てっきり、照れて嫌がられるか手を振り払われるかするだろうと思っていたのに。内心意外だなぁと思いつつ、とりあえず言葉を続ける。
「俺さぁ、お前の為なら、腕一本くらいカンタンに差し出せるわ」
「………急になんそれ。」
少し黙り込んだ後、怪訝な表情で返された勇斗のごもっともな言葉に、自分でも吹き出す。
「ふはっ。いやぁ、なんとなくだけどそうおもったの」
「て言うか、何でそんな過酷な状況にいんだよ俺は」
「えぇ?それはアレじゃんかぁ、ウォーキングするデッドとかが攻めてきたんじゃない?」
「じゃないてお前、…」
「だってそうなったらはやと、先頭切って戦うタイプじゃん、イキって」
「イキってはよけいやろ」
「まぁまぁ、例えばだよ例えば」
「おお…で、なんだよ」
「で、よ。勇斗が戦ってるとすんじゃん」
「うん」
「勇斗強いからさ、ばったばったとなぎ倒していくんだよね、敵を」
「俺強いんだ」
「うん、めっっちゃ強い!そんで、あと一匹だっつって剣振りかざすでしょ?したら急に、死角から敵がばーんよ」
「絶体絶命やん」
「だろぉ?そこで俺が危なーい!って、あんた突き飛ばすじゃんか」
「おん」
「そんで勇斗は助かんだけど、俺は腕一本持ってかれんの。敵に。」
「…うん。」
「そんくらいだよ?」
「は?そんくらいだよって…そんくらいだよってなんだよ」
「勇斗の為なら、そんくらいできるってことだよ。」
「…………へぇ。」
何やら上機嫌でそう言い終えた後のドヤ顔が気に入らなくて。
俺は頬にひっついていた仁人の手のひらを掴んで口元に引き寄せ、その手首に噛み付くようにキスをした。
「い…ッた」
突然のことに目を白黒させる仁人を無視し、歯型が付いて赤くなった部分を労わるように、ぺろりと舐める。
「な、なんなんもう!」
途端に我に返ったらしく、真っ赤になりながら俺の顔を押しのけようとする仁人。
それを難なく制して、掴まえたままの手首を力いっぱい引き、今度は肘の内側、やわらかい部分に舌を這わせる。
「えっ、ちょ…ちょっとまってはやと、!」
さすがにもう無理かも、と本気で慌て出した仁人の肌に再び歯を立てながら、釈然としない気持ちが渦巻く。
黙って聞いてりゃなんだそれ。ひとの気も知らないで、そんなこと勝手に決めんなや。
「…こんなきれぇな腕、そんなカンタンに差し出すんじゃねぇよ。」
そんなこと、例え他ならない俺の為だったとしても。おまえにそんな事をさせた自分自身を、どうやったって許せそうに無いから。
「……なんちゅー顔してんの。」
「…………」
「例えばの話だって言ったでしょ。ゾンビなんてそうそう攻めてくるかよ。」
はやちゃんは心配性だなぁ、呆れたようにそう呟く仁人を、無言で胸の中へ抱き込む。
半端に重なった二人分の体重移動に反応して、ベッドが小さくきしりと、音を立てた。
「大丈夫ですよ。」
「…ん。」
「そんなこと、現実にはしないですから」
「…俺も、させないわ。」
「え、」
「差し出してくれんならさ、腕いっぽんなんて言わずに、じんの全部ちょうだい。」
「…言ってること、さっきと違いますけど。」
「何か言ってたっけ、俺。」
「我が儘な上に自己中だなおい。」
ひらひら、ひらり。
秋風に吹かれ、カーテンが翻る。
ベッドの上、ぴったり寄り添い丸まって。
そこからふたりでのぞいた空は、呆れるほど 青かった。
end.
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