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8畳の洋間。
方位はわからないが、壁に寄せてあるベッドは、木製ベッドではなく病院にあるような電動ベッドだった。
鉄柵にリモコンがついている。
「あたま ▲ ▽」
「たかさ ▲ ▽」
そのひらがな表記と、わかりやすい矢印が示す意味は、今の自分でも十分理解することができた。
ウレタンのマットレスは厚みが自分の掌ほどあって、寝ても座っても沈み込んで動きにくい。
ある日ふと思いついてひっくり返してみたら、思いのほか寝心地がよく、そこで初めて硬さを選べるリバーシブルタイプのマットレスであることが分かった。
「……リバーシブル……?」
声に出して言ってみる。
思い出せはしないが、昨日、いや、もっと前にはこんな難しい言葉、脳内に浮かばなかった気がする。
――思考は幼く淡白で、記憶は靄が掛かったようにはっきりしない。
でもそれでいい。
誰も文句を言わないし、誰も自分に求めたりしない。
さしずめ自分に課された唯一の仕事と言えば、“もよおした際にはトイレに排泄をする“これだけだ。
立ち上がった。
数歩、足を進める。
右手を伸ばしドアノブを捻る。
狭いそこは、向かって右側にバスタブ、真ん中に小さな洗面台、そして左側にトイレユニットがある。
洗面台には鏡はない。
だから自分がどんな容姿をしているのかわからない。
便座の脇にある壁には、L字の手すりが取り付けられている。
今の自分にはこの手すりの方が、洗面台の鏡より重要だ。
さて―――。
ジーンズのボタンを外し、チャックを下ろす。
尿道を通る僅かな熱を感じながら、無謀だと知りながらも、思考を巡らす。
【 Q 自分は誰だ? 】
ヒントその1。
陰茎がある。つまり性別は男。
ヒントその2。
その上部には濃くはないが陰毛が生えている。つまりは大人。
腹はたるまず、腹筋が浮き出て引き締まっている。
肌は若く水をはじく。
今わかっていることは、以上だ。
放尿が済むと、レバーで水を流した。
内蓋を下ろし、その上に座る。
もちろんL字の手すりを掴みながら、だ。
「……あ」
思わず口を開く。
もう1つあった。
重要なヒントその3。
ーーー右足が不自由。
歩けなくはないのだが、ある程度曲げるとふっと力が抜けてしまう。
だから座るときはどこかに掴まりながらじゃないと、尻もちをついてしまう。
一度それで内蓋を割ってしまっているため、慎重にしなければ。
左右に重心を逃がしながら、ジーンズを足首まで下ろす。
トイレットペーパーを20㎝程千切り、先ほど放尿を済ませたばかりのソレを軽く拭く。
膝を開いてそれを捨てると、ふうと息を吐いてからソレを握る。
先端から剥くように優しく擦ると、ソレはすぐに芯が通ったように硬度を上げた。
薄皮を優しく上下させながら、たまに淡く光っている先端に指を這わせる。
「ふ……」
彼女がやってくれたようにやっているつもりなのだが、なぜかうまくいかない。
あんなに、よくない。
体中沸騰してしまうような、淫らに開いた口から涎が流れ出てしまうような、力の入らない右足が突っ張ってしまうような……。
彼女にそうされると、自分はどうしようもなくソレから溢れ出す感情と欲望を抑えきれなくなる。
そして彼女の小さな頭を掴み、自分の腰を打ち付けてしまう。
「―――この先を知りたい?」
涙が溜まり、滲んだ視界で、自分のソレを愛おしそうに頬に擦りつけながら、彼女は問う。
この先が何を指すかはわからない。
知っているような気がするのだが、思い出すのが怖い。
そう。
自分は、ずっと―――。
ーーー思い出すのが怖い。
「―――ッ」
単調でつまらない刺激ではあるが、彼女の長く艶やかな赤髪や、色白で陶器の肌や、真っ赤な唇を思い出していたら、いつの間にか白い液が自分の人差し指と陰毛にかかっていた。
「んん」
軽く咳払いをする。
ヒントその4。
声は低い。
これらのヒントから導かれる結論はーーー。
【 A 一人称は「俺」でいい 】